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第1章過去と前世と贖罪と

75・過去と許し

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あの後、エドナと散々泣いて、
泣きまくって、いつの間にか眠ってしまった。
そして、二人仲良くお医者さんにしこたま怒られた。
特にエドナは絶対安静と言われていたのに、
使用人に無理言って、私に会いに行っていたから、なおさらだった。
あれ以後、エドナは私に会いにきていない。
たぶんまた脱走しないように、
お医者さんの監視が厳しくなっているのかもしれない。

あれから一週間が経った。
魔族が現れたと言うのに、犠牲は恐ろしく少なくてすんだ。
死者はあの騎士団の団長ただ一人だけだった。
それ以外の人間は、私が補助魔法や結界魔法をかけたと言うのもあって、
怪我人も出なかった。

といっても手放しには喜べないのが現状だ。
町には相変わらず魔物はいるし、大量の雪は残っている。
とりあえず雪かきはみんなでしているし、
雪自体は魔族であるレイラが降らしていたため、
夏らしい日差しが戻りつつあった。
そのうち、雪もいつか溶けてなくなるだろう。
だけど、建物の受けた損害は酷く、
特に時計塔が崩壊したのが大きかった。
まぁ元々建て壊す予定ではあったけど、
崩れる時に落ちた土砂の撤去作業がこれまた大変で、
それに雪の重みで倒壊してしまった建物や、
魔族に壊された道や建物の修復を考えるだけでめまいがする程らしい。
とりあえず町の中の『ゲート』は私が作った魔道具を使って、
ギルドの冒険者が全部塞いだらしいが、結界自体が崩壊しているし、
町の周囲にも魔族が作ったっぽい『ゲート』がたくさんあるし、
後始末を考えるだけで、ものすごく大変だ。
ちなみに伯爵夫人には、あれ以来会っていない。
というのもオリヴァーさんの話によると、
寝る間もなく働きまくっているらしく。
私と話をする余裕も無いらしい。

そんな私はと言うと…ベットの上でずっとぼーとして過ごしていた。

「はへぇ……」
「お前さ…鏡見てみろよ。すげえ顔をしてる」

そうガイに言われたが関係なかった。
ここ一週間、私は全く何のやる気もしなかった。
倦怠感と脱力感で、何をするの面倒くさく、
ただベッドの上でずっとぼーっとしていた。

あれから禁断症状ということについてお医者さんに聞いてみたが。
どうやら魔力切れの上段階の症状らしく。
魔力が切れると人間というのは吐き気と頭痛で失神する。
それから何日も昏睡状態に陥るのだが、
目覚めてもしばらくは、感情が高ぶりやすくなったり、
虚脱状態に陥ってしまうらしい。
そういう時は絶対に魔法を使ってはいけないと言われた。
使うとまず間違いなく、二度と魔法が使えなくなるらしい。

まぁそう言われたのだが、今の私は魔族を倒したという目的を達成したし、
(…まぁ倒したのはエドナだったけど、この際それはどうでもいい)
目が覚めてから初日にめちゃくちゃ泣きまくったので、
今度は逆に何もする気が起きなくなってしまったのだ。

ほとんど焦点の合ってない目で、
口をぽかんと開けて、ただ天井を見て過ごす。
何人か見舞いは来たけど、相手にするのもしんどいので帰ってもらった

そんな日々を過ごし、ようやく私のやる気が回復し、
ベットから起き上がれるようになると、私は伯爵夫人に呼び出された。

「体調は良くなったか? 体は大事にしろよ」

最初、来た時に入った執務室に入ると、そう言われた。
だが…その言葉は本人に返してあげたいくらいだった。
机の上には…というか床にも書類で山積みだった。
おそらく何日も寝ずに報告書を書き続けていたのだろう。
伯爵夫人の目の下にはくっきりとクマが出ていた。

「…私はまぁ…大丈夫です」
「そうか…それでこれからどうするんだ?」
「調子も良くなったので、そろそろおいとましようと思います。
町がこんな状況なのに、見捨てるのは心苦しいですが」
「それなんだが…お前はここから出なくても良いかもしれん」
「え?」
「実はな…」

そう言うと伯爵夫人は羽ペンを置いた。
そうして説明されたことに私は絶句する。

「え……まさかそんなことで?」
「そんなことでだ。それでお前に聞いておきたいんだが、
どうしてエドナの右目が聖眼になっている?」

うっ、それについては絶対聞かれると思ったよ。
私は咄嗟に嘘をつくことにした。

「…私にもよくわかりません。
ですがひょっとしたら、神様が何かしてくれたのかもしれません」
「……幻月神か」

そう言うと伯爵夫人は大きなため息を吐いた。

「お前はつくづく常識外れだ。
お前みたいに予測がつかない人間も珍しい」
「そうでしょうか?」
「だがお前が居なければこの町は滅んでいた。
だから心よりお礼を言う。ありがとう」

その言葉に私は胸の中が暖かくなった。
感謝されるという事は予想以上に嬉しかった。
やっぱりここに残って正解だったと、思えた。

「私の方こそありがとうございます。
私の話を信じてくれて、ありがとうございました」
「いやあれは…信じざる得ないと思うのだが…」

若干呆れた顔で伯爵夫人はそう言った。

「それはともかく、実はお前とエドナについてなんだが、
お前とエドナが何者なのか…。
知りたがっている人間は大勢いる。
特にお前は強力な補助魔法を冒険者達の前で使っただろう。
あれについてだけでも説明しないと、今後付き纏われるかもしれない」

確かに、エドナと魔族との戦いは大勢の人に目撃されてしまった。
もちろん右目が金色になってしまっているのも見られている。

それにエドナが右腕を動かせないということは、
気がついている人は気がついているだろうし、
それなのに突然動けるようになったら、みんな疑問思うだろう。

ちなみに魔族との会話は離れていたので、
ほとんど聞こえなかったみたいだけど、
それでも何か話していたのはわかっただろう。
もしも何らかの形で魔族と接点を持っていれば、
死罪になる可能性もある。

「そうなんですか…」
「それでお前はどうしたらいいと思う?」
「全てを話すしかないでしょうか…」
「全て? 以前話したことが全てではなかったのか?」
「いえ、実は私はヒョウム国での記憶を思い出したんです」

そう言うと私はヒョウム国でのことを全て話した。
アーウィンのことも、
レイラのことも、
ヒョウム国が滅んでしまった理由も、
一度話したら、止まらなかった。
魔族が元人間であるということも、伝えた。
そして私がその魔族と少なからず関わりがあることを――。

「そんなことが…」
「ごめんなさい…魔族が生まれてしまったのは、私のせいなんです」
「何故お前が謝る。お前は何も悪くないじゃないか」

伯爵夫人はきっぱりとそう言った。
てっきり責められるかと思ったけど、
思っても見なかった言葉に私はびっくりする。

「全ては皇帝の心の弱さが招いたこと。
そして皇帝を持ち上げて増長させた人間が全て悪い。
たった一人の…それも何の力もないお前が何か出来るとは思えん」
「そうでしょうか」
「あのな…お前はひょっとしたら心のどこかでは、
そんな自分が嫌でたまらないかもしれないが、
人間では逆らいきれん、運命というやつがあるんだ」
「運命…?」
「それを宿業と言う奴も居る。
あるいは歴史と言う奴もいる。
その流れには人は逆らえきれんのだ。
私だって逆らえないものはたくさんある。
だがそれは私自身が過去世によって、罪を犯した報いなのかもしれない。
だから現世でそれに翻弄されているのかもしれない」
「でも伯爵夫人は…とても優秀ですよね」
「いくら優秀であっても、女は出世出来ないのだ。
私は本当は結婚はしたくなかったんだが…結局親には逆らえなかった。
まぁ旦那様が優しい人で良かったが、
私自身が真の領主である事は絶対に言えん。
死ぬまで隠し通した方がいいだろうな…これは。
まぁ話が脱線したが、
不幸の源はお前の言った通り、
前世で犯したカルマのせいなのかもしれない。
だが私はそれは違うと思う」
「違う?」
「前世というのは所詮、過去だ。
そしてお前自身がヒョウム国で生きたということも、
過去世と同じく過去の出来事だ。
今更どうにも出来ん。
知ったところで何が変わると思えん。
その過去を知ったところで何がどうなると言うものでもない。
そもそも人間にとって大切なのは過去じゃなくて、
今をどう生きるかだろう」
「今を?」
「私だって…ひょっとしたら前世ではとんでもない極悪人だったのかもしれん。
だがそれは結局、過去だ。
今じゃない。
今の私がやったことじゃない。
その過去を責めてどうなるんだ。
何が変わると言うんだ。
そんなことよりも、今は人を殺してはダメだと思っている。
今は人の命が大切なものだと思っている。
そう思えたことの方が、自分がかつて人を殺したという事実よりも、
何十倍も価値のあることじゃないか?」
「確かにそれはそうですが…」
「私達が生まれ変わる時に記憶を無くしてしまうのは、
やり直すチャンスを与えられているからだと思う。
幻月神はお前にそのチャンスを与えたんだ。
だからこそ魔族をあえてお前達二人に討たせたのかもしれん。
過去と決別させるためにな」
「まさかそのために…?」

地獄神はそこまで考えてくれていたんだろうか。
だけど彼ならあり得るかもしれないと思った。
だって私とエドナが出会う事は、
エドナが生まれる前から決まっていたことだし…。
私がそんなことを考えていると、伯爵夫人は言葉を続けた。

「過去は所詮過去だ。
現在からは何も出来ん。時は巻き戻らんからな。
いや例え巻き戻ったとしても、
監禁されて病気になっていたお前には何も出来なかったかもしれない。
だから今のお前が出来ることはただ一つ、
その時の無力だった自分を許してやってくれ」

その言葉は意外なものだった。意外すぎて言葉が出ない。
そんな私に構わず、伯爵夫人は言葉を続ける。

「例えば大切な人を誰かに殺されたとする。
一番憎いのは殺した犯人だ。だが2番目に憎いのは誰だと思う?」
「まさか自分ですか?」
「そういうことだ。どうしてあの時はああしておかなかったんだろうと、
配慮が足りなかった自分自身が憎たらしいんだ。
だから苦しいんだと思う。
おそらくそのレイラと言う女は、皇帝が憎い半面、
自分自身が一番憎かったのかもしれんな。
生き残ってしまった自分自身をどうしても許せなかったんだろう…」
「…そうかもしれません」
「お前は…ヒョウム国のことを思い出すだけで、
情けなくなくて悔しいだろうが、
そんなお前もまたお前自身なんだよ。だから自分を許してやれ。
どこかで自分自身を許さなければ、人間は前に進めない」

自分を許すこと――それはとても難しくて、きっと時間がかかることだろう
でも私が、無力だった自分を許せたのならば、
皇帝を許せた時のように、きっと穏やかな気持ちになれるのかもしれない。

「はい…」

あれだけ泣いたのにまた涙がこぼれた。
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