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第1章過去と前世と贖罪と

74・泣いた夜

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エドナの大剣がレイラの胸に突き刺さった――。
それと同時に甲高い悲鳴が聞こえた。

レイラの体を覆っていた氷は瞬く間に溶け始めた。
そしてそれが終わった後、レイラの体が砂のように崩れ始めた。

「……こんなことって…」

レイラは未だに信じられないのか、
崩れていく自分の体を茫然と見ていた。

「本当は…私はセツナを助け出そうとする前に、
あなたを助けていれば良かったのかもしれない…」

エドナは静かにそう語った。

「もうどんなことをしたって…時間は巻き戻らない。
あなたは魔族になってしまった。だから私がそれを倒した…でも」

エドナは大剣を地面に突き刺した。

「こうなる前に…他に方法が無かったんだろうかって…」

雪の上にキラキラとしたものが降り注ぐ。
エドナは泣いているんだろうか…それともそれはアーウィンの涙なのだろうか。

「もうどんなに謝ったところで…時間は戻らないのに」
「泣かないで…」

その時、他でもないレイラの言葉に私とエドナは驚いた。
まさか、最後に人間の心を思い出したんだろうか――?

「謝るのは…私の方だから…」
「姉さん…」

エドナの、その悲痛に満ちた目はアーウィンとよく似ていた。

「憎しみで、目の前が見えなくなっていた…。
そんな私を…あなたを救ってくれた…」

レイラの目から涙がこぼれた。

「私はもう大切な人を殺されないようなそんな力が欲しかった…。
だから魔族になった時は…嬉しかった。
でも望んでいた力は…私が思っていたようなものじゃなかった…!」

彼女は今になって、
自分のしでかしたことの恐ろしさに気がついたのかもしれない。
その顔には強い後悔と自責の念が浮かんでいた。

「強くなれば強くなる程…人間の心が消えていって…。
何がしたいのかもわからなくなった…。
最初は復讐のためだったのに、
関係の無いたくさんの人を多く殺してしまった…。
もう私が地獄に落ちたとしても、これは当然の報いでしょう…」

レイラの体が消えていく、
最後に消える前に話しておきたいことがあるのか、彼女は言葉を続けた。

「でもあなた…あなただけは私と同じような道を辿らないで欲しい…。
どうか、セツナと共に幸せになって…」
「分かった…」

エドナがそう言うとレイラは人間だった頃のように優しい笑みを浮かべた。

「アーウィンは…優しい子ね…」

そうしてレイラは涙をこぼすと、完全に消えた。

「エドナさん…」

私はエドナになんと声をかけていいのか分からなかった。
エドナは暫く呆然とレイラが居た場所を眺めていた。
そして今にも消えてしまいそうな声で喋り出した。

「……私はエドナ。この事実はこれからも変わらない…」

そう言っていたが、その顔は哀愁に満ちていた。

「でもラーズ村のアーウィンでもあった。
これは一体何なのかしら…地獄神の狙いなのか…。
それとも過去世のことは、自分で決着を付けろと言うことなのか…」
「エドナさん…」

エドナはレイラが居た場所を見つめていた。
だが、その体が急に崩れた。

「エドナさ…」

その時、私はハンマーで頭を殴られたかのような猛烈な頭痛を感じた。
それに逆らえきれず、地面に倒れこむ。
きっと今まで張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。
私は地面に倒れて、意識を失った。



「うぅ…」
「あ、目が覚めたか」

目が覚めると、ガイの顔が近くにあった。

「ここは…?」

寝起きのせいか、それとも魔族を倒すという目標を終えたせいか、
どこか現実でないような、ふわふわとした感覚で私は部屋を見た。
部屋の中は整理されていて、
そこの一角にベットがあり、私はそこで寝かされていた。

「領主の屋敷の中だ。
まだこの町には魔物がいるから、ここにお前は運ばれたんだ。
もう3日も眠っていたんだぞ」
「そうですか…」

そういえば、ほとんど空中戦だったので気づかなかったが、
『ゲート』が開いていたんだった。
後でそれを塞がないといけないとは言え、
今は何とも言えない倦怠感を体全体に感じた。

「雪は…」
「まだ残ってる」

レイラは雪を操る力を持っていた。
だから彼女を倒せば雪も消えるかと思ったけど、
そうもいかないらしい。

「すみませんが…少し一人にしてくれませんか」
「…わかった」

そう言うとガイはドアの隙間から外に出て行った。

私はしばらくぼんやりと天井の壁を見ていた。
あれだけ魔族には、ここ1ヶ月の間、悩まされていたというのに、
魔族を倒して私の心は晴れていなかった。

レイラ――魔族となってしまった彼女のことを考えると胸が痛くなる。
そして起こってしまった犠牲――死んでしまった騎士団の団長のことや、
レイラがこの町に起こした被害、そしてこの町を出ていった人達。
復興の長い道のり、そしてヒョウム国での出来事。
それらがぐるぐると頭の中を回り続けた。

あの戦いを見て、町の人達はどう思っただろうか。
きっと私を恐れるはず、きっと私を化け物だと思うだろう。
そして権力者にまた目をつけられる――。
監禁されて閉じ込められて、また洗脳されるんだろうか――。
だから早くここから離れた方が良いとは言え、
今は何もする気にもならなかった。

そんな時、カチャリとドアが開いた。

「セツナ…」

そこに居たのはエドナだった。
エドナはまだ歩ける状況になかったのか、車椅子で現れた。
車椅子の上の彼女は満身創痍だった。
顔にはガーゼが貼られているし、両足にはぐるぐると包帯が巻かれている
やっぱり氷を溶かすためとは言え、
自分で足を燃やしたのがよくなかったらしい。
それと凍傷になってしまったのか、体の至る所に包帯が巻かれていたかった。

「しばらく二人っきりにしてくれない?」

エドナは車椅子を動かしていた使用人にそう言うと、
使用人は部屋を出ていった。

「ガイにあなたが目覚めたって聞いてね。
居ても経っても居られずに、無理を言ってここまで連れてきてもらったわ」

そう言うとエドナは車椅子を動かして、私の近くにまで来た。
その車椅子は私の世界でよく見る形ではなく、木で作られた車椅子だった。
私は車椅子という物がこの世界にあるということを知らなかったので、
まじまじとそれを見てしまう。

「車椅子ってこの世界にもあるんですね」
「最初に言うのがそれ?」

エドナはどこか呆れたような顔をした。

「そういえば馬車の車輪を利用して、
車椅子も作れるかもしれませんね。
最も考案したのは私と同じ異世界人かもしれませんが…」
「…セツナ」

それから重たい沈黙が続いた。
聞きたい事はたくさんあったはずなのに、
いざ彼女を目にすると何も喋る気にもなれなかった。
私はぼんやりと窓の外を見る。
外は夜だったが、すでに雪は止んでいた。夜空にぼんやりと光る月が見えた。

「異世界人って何なんでしょう?」

私はふとそんな事を口にしていた。

「魔力はゼロで、スキル皆無で、元の世界に帰ることも不可能で、
家族も居ないし、親戚も居ないし、友人も居ないし、知り合いも居ない…。
無い無い尽くしです。
さらに私は…監禁されてました。
拷問されました。
洗脳されました。
病気にもなりました。
たくさんの人が私のせいで死にました。
私はこの世界にとって、…何なんでしょうか?」

私は口元に自嘲の笑みを浮かべる。
確かにこんな記憶は――忘れていた方が幸せだった。

「セツナ…それは」
「私の世界では異世界モノって人気だったんですよ。
日本で暮らしてた学生とか、社会人とかが、
ある日突然、異世界に行って、そこでチート…あ、要は最強ってことです。
最強の力を手に入れて、そこで英雄になったり、
ハーレムを築いたり、自分にとって理想の世界を築くんです。
でも私は――日本に帰れるとしたら、
そんな本を片っ端から破り捨ててやりたいッ」

私は布団のシーツを握りしめる。

話が違うと思った。
もっと異世界っていうのは楽しいものだと思っていた。
でも楽しくなんてなかった。
あるのは無限に続く恐怖と苦痛と孤独だけ――。
だから私は何もかもに絶望して自殺したんだ。

「…現実は…冷酷なんでしょう。
私は何の力も持たなかった…。
最強どころか無力です…。
漫画の中の世界は――。
結局理想を投影した世界で、現実じゃない。
現実は優しくない。
現実は厳しいばかりで…私はそれに翻弄されるしかなかった…。
私はただの女で、何の力を持たない女で、
本当に皇帝に良いように利用されました…。
そして私のせいで多くの人が殺されました…。
私さえ、この世界にやってこなければ、みんなが幸せだったのにッ!!」
「アーウィンが…」

その時、黙って聞いていたエドナが口を開いた。

「アーウィンがどうしてあなたを命がけで助けたと思う?」
「……わかりません」
「それはね。アーウィンはあなたを本当の妹のように思っていたからよ」
「…さっきから気になっていたんですけど、エドナさん…あなたは」
「…前世の記憶は…最初に生き返って、
レイラの顔を見た瞬間に思い出したの。
どうして思い出したのかは自分でもよくわからない。
でもだからといって、私自身の人格が変わったわけじゃない。
ただ私と全く違う人物の記憶を思い出しただけ。
私自身は何も変わっていないわ」
「そうだとしたら、あなたはアーウィンではないんですね?」
「そうよ。私はただのエドナよ。
ただ前世の記憶を思い出しただけで、私自身は何も変わっていないわ。
これは表現が難しいんだけど…。
前世の記憶はただ過去にあったというだけで、
私の身に起こったことじゃないから。
いきなり女性が好きになるとか、
性格がアーウィンそのものになってしまうとか、そういうことではないの。
ただ私の中にアーウィンの記憶と経験がプラスされただけで、
でもそこにアーウィンの意識はないから、私自身は何も変わっていないの…」
「つまり前世の記憶は思い出したけど、
前世の人格に意識が乗っ取られたとか、二重人格とか、
そういうことではなく、
前世の記憶を思い出しても、
エドナさんはエドナさんのままって事ですか?」
「そういうことだと思う…。
ごめん、自分でもよく説明出来ないんだけど、
私はアーウィンのことは思い出したけど、アーウィンではないの。
でもアーウィンがどんな気持ちで、どんな人生を送ったかは分かる…」

そう言うとエドナは静かに語り始めた。

「アーウィンはあなたを大切に思っていた。
それこそ大切な妹のような存在だと本当に思っていた…。
だからこそ、狩りから帰ってきた時、
黒焦げになった村を見て、もの凄くショックを受けた。
ショックで、村人の埋葬すらも出来なかった。
自分の幸せの残骸を直視出来なくて、すぐに村を出たわ。
その時に――よく確認していたら、
あなたも自分の姉も死んでないことが分かったかもしれないけど、
その時はショックと悲しみで何も出来なかった」
「アーウィン…」

私だって暮らしていた日本のあの町がある日何者かに襲撃されたら、
ショックで何も出来なくなるかもしれない。
親しい人達の死体の直視なんて…絶対に出来なかっただろう。

「そして何年もあてもなく各地を放浪したわ。
どこに行っても悲しみが癒えることもなくて、
ただ抜け殻のように毎日を生きていた。
そして帝都に来た時、あなたの噂を知った。
最初は…あなたが自分で望んで皇帝の側室になったのかと思った…。
そしてひょっとしたら、
あなたが村を滅ぼしたのかも…と心のどこかで思っていた。
だから…真実を確かめるために、危険を犯してあなたに会いに行った。
もしもあなたが自分が村を滅ぼしたと言えば、殺していたかもしれない…。
でもあなたは予想に反して、皇帝から虐げられていた。
アーウィンはそれに強い怒りを感じた。
いや、それは怒りと言うよりは、義憤だったかもしれない」
「義憤?」
「…だってあなたは…本当にただこの世界に来てしまっただけじゃない。
あなたがそれを望んでいたならともかく、
あなたは母親のことをとても大事に思っていた。
だからどうしても帰りたかったんでしょう?
それにあなたは貧しい寒村の中で、愚痴の一つも言わなかった。
本当に忍耐強く、優しい子だと、アーウィンは思っていたの。
そんなあなたを…虐げていい理由が無いじゃない…」
「そう…でしょうか…?」

私さえこの世界に来なければ――少なくとも誰も死なずにすんだ。
レイラは魔族になることもなく、幸せに余生を過ごせただろう。
ヒョウム国も滅ぶこともなかったかもしれない。
そんな私を見て――義憤を感じるのだろうか。
エドナは言葉を続けた。

「少なくともそうだと、アーウィンは思ったわ。
あなたを虐げることは…他の善良な人達、そして人間としての尊厳…。
それら全てを否定することだと、アーウィンは思った。
だからあなたを何としてでも助けたかった。
何を犠牲にしても――、
それが結果的に自分自身が非道な行いをすることになってしまった…」
「でもそれは…」

だがアーウィンがあそこで助けようとしていなければ、
私は間違いなく、
カルマ転移の術を受け続け、間違いなく魂が消滅していた。
エドナも、私をサポートするためにアーウィンが生まれ変わったのだから、
私が消滅していれば、確実にエドナも生まれて来ていなかった。

「分かっているわ。
そうでもしないとあなたを助けられなかった事は…。
でもそれは叶わなかった…。
アーウィンのやった行動は…結果的にヒョウム国を滅ぼし、
魔族となった姉を強力な存在にする一因を作ってしまった。
そしてあなたを自殺に追い込んでしまった…。
この罪は何をしたとしても絶対に消えやしないわ」
「それは…エドナさんの責任じゃありません…」
「…あなたの責任でもないわ」
「え?」

エドナは悲痛極まりない顔をして、私を見た。

「私達はどうしようも出来ない。運命の渦に巻き込まれてしまった。
そこに逆らう事はどうしても出来なかった。
何を選択したとしても、悲劇的な結末が待っていた――――。
そう思うことにしましょう…」
「エドナ…」
「過去は何をしたとしても…絶対に消えないわ。
…でもあなたがやらなければいけない事ははっきりしている」

そう言うとエドナはキリッとした表情で私を見た。

「善行を積んでカルマを全て消すこと――。
これがあなたに課せられた一つの使命よ」

その言葉を聞いて、私は今まで黙っていたことをエドナに話すことにした。
私のもう一つの罪――それを打ち明けた。

「…私は今まで黙っていましたが、
エドナさんにとても酷いことをしました。
私の都合であなたを現世に留めてしまった」
「それは別にいいわよ…。私も死にたくないし」
「もうエドナさんは私が居ないと生きていけません…。
というよりもう…人間じゃなくなっているんです」
「え?」
「魂を別の肉体に移して生き返らせる――。
それが私のやったことなんですけど。
それによってエドナさんは人間じゃなくなりました。
私の魔力無しでは生きられず、私から離れて生活することももう出来ません。
本来であればこれは、
術者の操り人形となっていてもおかしくなかったんですけど、
エドナさんには、自由意志は与えています。
ですがそれは嫌だと思っていても、私から離れられないという事。
結婚も、冒険者としての仕事も、今まで通りにはいかないでしょう。
それは地獄のような苦痛です…。
でも私はダメだと思っていてもそうせざる得なかった」
「つまり…もうあなたが私の主人で、
私はその召使いみたいな立場ってこと?」
「そうです。最低だと自分でも思います…」
「……分かった」

そう言うとエドナは車椅子から降りた。

「ちょっと…」

明らかに満身創痍なのに、そんなことをして大丈夫なのだろうか。
足だって痛いはずなのに――。
私が止めようとすると、エドナは私の前で膝をつき、頭を下げた――

「それは――」

この世界では頭を下げるという事は、私はあなたより劣っています…。
あなたに私は従いますと言うようなものだ。
それをどうしてエドナがやるのだろうか。
そう思っているとエドナは口を開いた。

「私はあなたに従います」
「え?」
「あなたが望めば剣となり、盾となりましょう」

その動作はまるで、騎士が王に誓いを立てるような――。

「私の命はお好きなようにお使いください。
この命が続く限り、あなたに仕え――」
「止めてください!!」

私は気がつけば叫んでいた。
エドナはキョトンとしたような表情で私を見た。

「そんな事は…しないでください…」
「何故です。あなたが私の主でしょう?」
「私は…そんなことさせるために、
あなたを生き返らせたんじゃない!!」

私はその時、泣きそうな顔をしてたかもしれない。

「上下関係とか、命令とか服従とか、粛清とか…。
私はそんなものをたくさん見てきました…。
私はとても言葉には出来ないような酷い事を、皇帝にされました…。
でも今は…前ほど彼のことがそんなに恐ろしいと思えないし、
憎いとも思えない…」
「でもあの男は…あなたを」
「皇帝は…とても優れた才能を持っていて、
人の上に君臨するだけのカリスマ性は持っていました…。
でも彼は王族の血は流れていなかったんです。
お母さんが不倫して出来た子供だったから…。
だから彼はそんな自分がとても嫌だった。
その事実を受け入れられなくて、
衝動的にお母さんを殺してしまった…。
…それが全ての悲劇の元でした。
彼がどこかで…開き直っていたら、そんな自分を愛していたら、
あるいはそれでも包み込んでくれる優しさを持った人が現れていたら、
何かが変わっていたかもしれない…。
あの人は皇帝だったけど…この地上で最も不幸な人だった」

きっと怯えていただろう。
いつか出生の秘密が露見してしまうかもしれないと。
だから王族であるということにこだわっていたのかもしれない。
そしてそのコンプレックスを払拭するために、人を粛清した――。

「もちろん殺された人が一番不幸です。
でも最初に皇帝が不幸になってしまったことによって、皆が不幸になってしまった。
私も、アーウィンも、レイラも、ヒョウム国の人も…。
私はもうそんな人を見たくない。繰り返したくないんです…ッ」

私はあふれる涙を拭わず、エドナの肩に手を触れる。

「だから私自身がどこかで道を間違えてしまったら…、
正してくれる人が必要なんです。
私はとても強い魔力を持っています。
だから私が不幸になってしまったら、
皆を不幸にしてしまうかもしれない…。
その時に、私を止めてくれる人が必要なんです…!」
「セツナ…」
「それにエドナさんは私の師匠で、先輩で、仲間でしょう?
主だなんてそんな事は止めてください。
いつも通り、前のように接してください…」
「…分かった。そうするわ」

そう言うとエドナは顔を上げた。
その体に私は堪らず抱きついた。

「セツナ…?」
「お願い…このまま泣かせてください…っ」

今だけは――もう虚勢を張ることも出来なかった。

私はたくさんのものを失ってしまった。

お母さんも失った。
友達も失った。
帰る場所を失った。
ラーズ村の人々も失った。
レイラも失った。
アーウィンも失った。

そして残ってしまったのは――皇帝に与えられた苦痛と恐怖の記憶と、
私のせいで、たくさんの人が死んでしまったという罪悪感と後悔。

そして莫大なカルマ――。

これから私は善行を積まねばならない。
それは分かっているが、今だけは今だけは泣いてしまいたい――。
もう何もかも忘れて、ただ泣いてしまっていたい――。

「ごめんなさい…」

突然エドナが私に謝った。
その顔を見ると彼女も泣きそうな顔をしていた。

「あなたが元の世界に帰りたいと言った時…。
皇帝にあなたの存在を知らせてはいけなかった…。
ずっと村に居ても良いと言うべきだった――」
「そんな…エドナさんのせいじゃ…」
「もう何をやったとしても…過去は変えられない。
だからこのまま突き進むしかないと思っていても…」

エドナの目から涙があふれる。

「あの時にどうして、ああ言っておかなかったのかなって…」

その言葉を聞いて、私は堪らずエドナを抱きしめた。
きっとアーウィンも同じように後悔していたんだということがわかった。
だからあんなに死ぬ思いで、私を助けたんだと…ようやく理解出来た。
でもその気持ちを知ったとしても、アーウィンはもう居ない。
彼はエドナになってしまった。
エドナという別人に――。
私の初恋の人は――もうこの世界のどこにも居ない。

「ごめんなさい…」

もうどうしたとしても、過去には戻れない。
人は完璧じゃない。
必ず過ちを犯す…そう思っていても、どうしても考えてしまうのだ。

――どうしてこんな悲劇的な結末しか、私達は選べなかったんだろう。

何をどうすれば――良かったんだろうと――。

そしてその夜、涙が枯れるまで、二人で泣いた。

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