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第1章過去と前世と贖罪と

65・蘇る記憶①

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嘘だ――倒したはずなのに、こんなことって…。

魔族が宙に浮かびながら高笑いをする。
だがその容姿はさっきと変わっていた。
先程の高校生ぐらいの容姿が、中学生ぐらいに変わったように見える。
姿は先ほどと同じだったが、手と足の先を覆っていた氷が無くなり、
頭にあった二本の角も小さくなっている。
まるでそこらの子供と同じように見えたが、
邪悪な雰囲気はごまかせない。

「あはははは! 引っかかってやーんの!!
あたしが死んだと思ったぁ? 残念でしたぁー!
あんた達が倒したのは、
あたしの3つある器のたったの2つでぇーす!
まだ肉体は滅んでませぇーん! あはははは!!」

魔族の甲高い笑い声が聞こえてくる。
だが私にはその声が聞こえていなかった。
それよりも、重大な事――。
エドナが魔族に攻撃されて、
重傷だということの方が私にとっては大きかった。

「エドナさん…!」

エドナの体に突き刺さった氷のつららから、どんどん血が溢れていく。
それと同時に彼女の顔からも生気が消えていく。
それだけで私はもう半狂乱になりそうだった。

そんな私の前に魔族が降り立つ。

「お前はただじゃ殺さないよ。
何せこのあたしが100年以上かけて作り出した体を、
2つも壊したんだからァ!!
苦しみながら、死ねぇ!!」

魔族が私に向かって、殴りかかってきた――!

「《転移(テレポート!!)》」

私は瞬間的に転移魔法を使ってその場から逃げ出した。



気がつけば私は神殿の中にいた。
神殿の中は屋内だと言うのに、凍りついていた。
窓や天井にはつららが発生し、神々の像も凍りついている。

一瞬自分がどうしてここに来てしまったのか分からなかったが、
すぐに私の使えない回復魔法を使える神官なら、
エドナを助けれるんじゃないかと言うことに気がついた。

「神官さんー!!」

そう声の限り叫んだが、何の反応もなかった。
そうだ。神官は今領主邸で、怪我人の手当てをしているはず、
すぐそこに転移しようとした時、
エドナが縋り付くような目で、私を見た。

「止めて…」
「何を言っているんですか、今なら助かるかもしれないですよ!」

私がそう言うとエドナは静かに首を振った。

「自分…の…体の事は…自分が…1番よく…わかってる…。
私は…助からない」

そう言うとエドナは激しく咳込んだ。
それには内臓から血液が逆流したのか、多くの血液が含まれていた。
この世界の回復魔法は――せいぜい傷を治す程度のものだけ。
破れてしまった内蔵や、
失ってしまった血液を元に戻すことは出来ない。
それは薬も同じで、魔法は万能では無いのだ――。
日本の医療なら助かるかもしれないが、ここは異世界。
この世界の医療では、どうあがいてもエドナは助からない。

それは完全なる別れを意味していた――――。

「い、嫌だ…!」

エドナが死ぬなんて――死んでしまうなんて耐えられない…!

私の初めて出来た友人。そして初めて出来た母親のような存在。
私はどこまでも孤独で、異世界でたった1人。
親も、親戚も、友達も、誰1人居ない。
日本の生活が恋しかった。お母さんが恋しかった。
誰を頼っていいのか分からず、右も左もわからない。
そんな私に唯一、初めて優しくしてくれた人。

それがエドナだった。

そんな彼女がこれから死ぬ――?

しかも私をかばって、私のせいで――。

そのことを考えるだけでもう発狂しそうだった。

「ごめんね…約束…守れ…なかった」

エドナが、か細い声でそう言った。
それだけで私の瞳から涙がこぼれた。

「そんなこと、どうだっていいんです!!
そんなことよりも、もう喋らない方が…!」
「私はね…暗い部屋…の中に…いたの」
「エドナさん…?」
「自分でも…そこから…出たかったけど…出られなかった…。
でもあなたが…あなたが…そこから…出してくれた…。
そして暖かな…光の世界へ…連れて…きてくれた」
「そんな…私の方こそエドナさんに…!」

助けてもらった。優しくしてもらった。教えてもらった。

もうそれはお金では買えることの出来ない財産だった。
彼女はその対価を要求することもなく、
無償の、無償の愛を私にくれた。

それなのに――、
私がエドナを助けたなんてそんなことが――あるはずがない。

「でもあなたが…あなたが…私を救ってくれた…。
だから…あなたのためなら…死ぬ事は…嫌じゃない…けど。でも…」

そう言うとエドナは瞳から大粒の涙をこぼした。

「死にたくないなぁ…」

その言葉に私は衝撃を受けた。
エドナは強い人だった。その強い人ですら、死ぬことが怖い――。
当たり前かもしれないけど、その言葉は私にとって衝撃だった。
そしてその状況に私が追いやってしまったということが、
許せなかった――。

「まだ…やり残したことが…たくさんあったはずなのに…!
あなたと一緒に…世界中を…、
旅をしてみたかったのに…これで終わりだ…なんて……」
「私だって、エドナさんと世界中を旅をしてみたかった!
なのに…なのに…こんな別れ方って…!」

私の瞳からたくさんの涙がこぼれる。
エドナの左手が私の頬に触れた。

「他の…頼み事なら…聞けるんだけど…こればかりは…」
「嫌です!! これが最後みたいに言わないでください!!」
「ごめんね…」

そう言うと、エドナの左手が地面に落ちる。

「エドナさん…?」

そうしてエドナは何も喋らなくなった。
血は止まらない。ずっと流れ続けていた。
腕の中のエドナの体温がどんどん低くなっていく。

――死、ん、だ、?

その事実に気がついた時、私は狂ったように髪を掻きむしった。

「い、嫌だ!!」

私はエドナの体を抱きしめる。

「あなたが死ぬなんて嫌だ!!
嫌だ…どうしてまたあなたを失わないと――」

“また”?

またとは一体どういうことだ。
それだと以前にもエドナを失ったことがあるような――。

「あ」

その瞬間、地獄神がかけた記憶の封印が音を立てて崩れた。

そして私は――全ての記憶を思い出した。





「ふ~ん、ふ~ん」

私はその日、学校帰りの道を歩いていた。
その日、私は上機嫌だった。
今日は珍しく、普段忙しいお母さんが帰ってくる日だったからだ。
そしてお母さん自身は絶対に忘れているだろうけど、
今日はお母さんの誕生日なのだ。
だから今日はお小遣いを奮発して、
ケーキの材料も買ったし、パーティーグッズも買った。
きっとお母さんは喜んでくれるに違いない。
久々に家族の時間が過ごせる。そう私は思っていた――――。

「あれ?」

その時、横断歩道の道路の上に奇妙な穴が開いていた。
その穴はマンホール程のサイズだったが、
真っ暗闇で底が見えなかった。

「なにこれ?」

私は穴に近づき、指の先をちょんとそれに触れてみた。
その瞬間、私は何か巨大な引力のような力で、
穴の中に引きずりこまれた。
穴の中はまるで無重力空間のようにぐねぐねとしていて、
景色自体も絵の具をたくさん混ぜたような気持ちの悪い光景が広がっていた。
私は途中で意識を失い。気がついた時には――――。

「嘘…」

雪が吹き付ける雪原の中に居た。
最初はこれはドッキリなのかと思った。
だが雪の中、探してもカメラは見当たらず。
さらにスマホも圏外だった。
そして、その尋常では無い寒さに、
すぐにこのままでは死んでしまうと思った。
その雪原は日本の冬ではありえないぐらいに、寒かった。
私は洞穴で、寒さをしのごうと思ったけれども、
都合よくそんなものが見つかるはずもなく、
また日ごろの運動不足などもたたって、すぐに動けなくなった。
寒さが尋常ではなかったからだ。
着ている制服では、寒さをしのぐには心もとなかった。
しだいに猛烈に眠たくなってしまって、やがて私は倒れて意識を失った。

そして気がついた時、パチパチと火がはじける音がした。
目を開けると、傍に見知らぬ男が寝ていて、びっくり仰天した。

「な、な、な、」

私はすぐに男から離れようとするが、その時に自分が裸であることに気がついた。

「なんじゃこりゃー!!」

私が絶叫すると男がぱちっと目を開いた。その瞳の色は深い青色だった。

「目が覚めたか…」

男は何てことのないように、そう言うと自分の上着を私に投げた。

「あんた誰!? てゆうかここどこ!?」

そう叫んだ時、男がしっと人差し指を口にあてた。

「今は夜だ。騒げばここに魔物がやってくる」
「ま、魔物?」

私は混乱しながらも、魔物=異世界という図式が頭の中で完成した。
よく見れば男も日本人離れした容姿をしているし、
まだ20歳ぐらいに見えるのに、髪の毛が白い。
しかも男なのに伸ばしているのか、腰まである髪を後ろでくくっていた。
服はたぶん毛皮で作っているのか、暖かそうな上着を着ており、
下のズボンも何かの動物の毛皮みたいだった。
なんとなく見た感じの印象として山男という感じだった。
まぁヒゲは生えていなかったけど、
インドア派の私とは違って、アウトドアが好きそうな男性だった。

「あの…ここってどこです?
なんで私はあなたと一緒にいるんです?」

一応相手の正体もわからないため、私は男に敬語で話しかけた。

「そうか、お前は意識を失っていたから知らないか。
お前は凍死しかかっていたんだ。だから俺が狩りで使う洞穴に移動させた」

狩りって事はこの人は狩人?
よく見ると男の後ろの壁に弓と矢筒が立てかけられてあった。
という事はこの人は狩りの途中で私を見つけて、
この洞穴に移動させたということだろうか。

「えーと、じゃあ助けてくれたんですか?」
「そうなるな」

そう言うと男は黙り込んだ。たぶん無口な人なのかもしれない。
その沈黙に何となく居心地が悪くなって。
私は改めて、辺りを見渡すと、洞穴の中心に火が焚かれてあった。
そこに私の服などが干されていた。
その中に自分の下着も見つけて、私は赤くなった。

「だったらどうして、服とか脱がせたんですか?」
「知らないのか? ここらは濡れた服のままでいると凍死するんだ。
お前の服は雪で濡れていたからな」
「え? そうなんですか?」

なんとなく彼の言っていることは正しいことなんだと理解出来た。

「でも裸…」

私がそう言うと男は納得したように顔をした。

「俺は自分より年下には興味は無いんだ。子供に手を出す趣味も無い」

子供って…私が童顔のせいで、男は私を子供だと誤解しているらしい。
でもここは誤解させておいた方がいいかもしれないと思った。
男はみんな狼なのよとお母さんも言っていたし、
まだ彼が信用出来る人なのかどうかわからなかったからだ。

だがここでこの誤解を訂正しておけば――、
私の人生は変わったかもしれない。
でも今そう思ったとしても、それは手遅れだった。

「そんなことよりも、お前はどうして1人であんな場所に居たんだ?
親とはぐれたのか?」
「あの…ここって異世界なんですか?」

その言葉に私は思った事を正直に聞いて見た。

「イセカイ?」
「別の世界です。だって魔物が居るって事は、
ここ地球じゃないですよね…。
日本とかアメリカって言ってわかりますか?」

私がそう聞くと、やはり男は知らないようだった。

「あの私…この世界とは違う世界からやってきたかもしれないんです…」
「何だって?」

私は男に事情を説明した。
別の世界から来てしまったらしいことと、
元の世界に帰る方法がないかどうかを。

「そんなこと、初めて聞いた」

男は驚いたように顔をしかめた。
こうしてみると男の白髪が焚き火の色を反射して、
オレンジがかった色に見えた。

「少なくとも俺は知らない。異世界などと言うことも初めて聞いた。
お前の話はにわかには信じられんが、
お前の着ていた服は恐ろしいレベルでよく出来ていた。
だからおそらくお前の言っていることは、正しいんだろうな」
「そういえば私の荷物は…」

私をここに来る前にカバンを持っていたはずなんだけど、
それは今どこにも見当たらなかった。

「荷物?」
「あの…カバンを持っていたはずなんですけど」
「ああ…そういうのもあったかもしれないな。
だがお前は気絶していたせいで覚えていないかもしれないが、
魔物に襲われていたんだ。
それもかなりの数のな。
お前を連れて逃げ出すのに必死で、それどころじゃなかった」

という事は私のカバンはまだ雪の中ということだろうか。
何となく探すのは無理だということは分かった。
だから残念だとは思ったけど、すぐに諦めることにした。
命があっただけ良かったと思うことにしたのだ。

「それで元の世界に帰れる手がかりを知っていますか?」
「そうだな…。
俺は知らんが、俺の村の長老なら何か知っているかもしれない。
お前さえ良ければ、お前を村に連れて行ってもいい」

その言葉に私は嬉しくなった。
早く帰らないとお母さんが心配する。
来たという事は帰れることも出来るはず、だから早く帰る方法を探そう。

だがそんな方法は――存在しないということに、
私は全く気が付いていなかった。





洞穴で一晩過ごすと、男の住んでいる村に移動することにした。
その時に驚いたのだが、男はソリに乗って移動していた。
そしてそのソリを引く生き物は2頭のトナカイだった。
いやトナカイっぽいけどちょっと違う。
トナカイは茶色っぽい毛並みだけど、
このトナカイは黒い毛並みで、
角もそんなに特徴的な形をしておらず、真っすぐだった。
トナカイはどんな雪深いところでも、見事にソリを引いてくれた。
だが私は景色を楽しむ余裕はなかった。
あまりの寒さに、それどころじゃなかった。
男からもらった上着を着ていても、寒すぎて仕方なかったから、
だからもうずっと男の体にひっついて移動していた。
もはや恥ずかしいとかそういったレベルの寒さではなかったからだ。
男は完全に私の事を子供だと勘違いしていたので、何も言わなかった。

何日も移動して、その度に男がよく利用している洞穴で休み、
それもかなり早朝の段階から、起こされて、出発する。

その時、不思議なことに私は男の名前を聞かなかった。
男にも名乗っていなかったし、
ひょっとしたらすぐに帰るつもりだったので、
そんなに親睦を深めるつもりもなかったのかもしれない。
実際男も聞かれない限りは、
自分から進んで話しかけることもなかったし、
そのまま会話らしい会話もないまま、時間だけが過ぎていった。

そして何日もかかって、ようやく男の村にたどり着いた。
その村は小さな寒村だった。木で建てられた家に、藁の屋根。
村には男が飼っているのと同じトナカイがたくさん飼われていた。
その村の人々は、ゲームの登場人物みたいなカラフルな髪の色をしていた。
しかも男も女もみんな髪を腰まで伸ばしていた。
それに驚いていると、
家の前で数人の村人と話していた女が嬉しそうな顔して近づいてきた。

「アーウィン、今日は早かったね」

女は腰まであるライトグリーンの髪をしていた。目の色は青色で、
ハリウッドスターも真っ青になるぐらいの美人だった。
服は男と同じような毛皮の服だった。

「それどころじゃないことになったんだ」
「そうなんだ。ところでその子は誰?」
「そんなことより、今長老は?」
「家に居るよ」

女にそう言われたので、男は私の手を引いて、長老の家に案内する。

「今の人は…」
「俺の姉だ。もっとも今は結婚して家庭に入っているが」

そう言うと男はどこか寂しそうな表情をした。

「そうですか…」
「まぁ今はそんなことよりも、長老の家に行く方が先だ」

そして私達は長老の家に向かうことにした。
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