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第1章過去と前世と贖罪と

63・魔族との死闘②

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魔族は驚愕したような顔で、じっとエドナを見ていた。

「あーうぃん…?」
「え? それってどういうこと!?」

その言葉にエドナは驚きの声を上げるが、私は制止した。

「まともに取り合ってはいけません。
おそらくあの魔族の生前の大切な人に、
エドナさんはただ似ているだけです。
ただ生前の記憶を刺激されただけで、
人間の心を取り戻したわけじゃありません」

その証拠に魔族は先程のように無邪気な笑みを浮かべると、
もうさっきのことは忘れてしまったようだった。

「手加減してあげるぅ。だから遊ぼうよぉ」

そう言うと魔族は私に向かって、飛び蹴りをしてきた。
その速さはおそらく魔法で身体能力を上げていても、
かわせたのは奇跡に近いぐらいに早かった。
おそらく第二形態になったことで、
今までの能力低下魔法が解除されてしまったのだろう。
だがそれについて考える余裕もなく、次の飛び蹴りが飛んできた。

「……!」

私はとっさに身構えたが、魔族の足が私に届くことがなかった。
太ももからの足の先がすっぱりと切断されていたからだ。

「私も忘れないことね…!」

おそらくエドナが雷丸を使って切断したのだろう。
身体強化の魔法がかかっているとは言え、
あれだけ速い魔族の攻撃を、切断したのか…?
どんだけすごい動体視力をしているんだよ…。

「雷よ!」

だが感心する間もなく、エドナの言葉によって、
さっきと同じように雷が頭上から落ちるが、魔族はそれをひらりとかわし、
崩れた時計塔の瓦礫の上に飛び乗る。

「…すごぉい!」

魔族が嬉しそうな顔でエドナを見る。
その切断された片足はみるみるうちに再生されていく。

「セツナ…! 奴に弱点はないの!?」
「調べてみます!《心眼(インサイト!!)》」

心眼魔法で見ると、
魔族の胸の中央部分に魔力が集中しているのが分かった。

「胸の中央です!」

そう言う間もなく、魔族は再び攻撃を仕掛けてきた。
今度は私でなく、エドナに向かって…!

「《焔熱砲(バーニング・カノン!!)》」

炎の渦が魔族に向かっていくが、魔族はそれをひらりとかわした。

「くそ、ちょこまかと!!
これならどうです《束縛(バインド!!)》」

私は先ほどかけたのと同じ束縛魔法をかける。
それで再び能力低下の魔法をかけようとするが――。

「ふぅん?」

だが、現れた鎖はたやすく魔族に引き裂かれた。

「なっ」

私が1ヶ月かけて作った魔道具とは威力は違うが、
それでも地獄神の加護のおかげで普通の倍以上の拘束力があるのに…!

「だめだめだねぇ…」

魔族はたしなめるようにそう言った。
そう言うと魔族は私に殴りかかって――来なかった。

「うふふ…あはははは!」

私が驚いて腰を抜かしていることがおかしいのか、魔族は高笑いをした。
明らかに遊ばれている――。

どうして…!!

私には最強魔力があるはずなのに、どうしてこいつに勝てないんだ!!

――さっきと同じように能力低下魔法を使うか?
――それとも遠距離で攻撃する?
――だけど今はエドナが居る、彼女を避難させる方が先?
――それとも結界魔法を体にかける方が先?

頭の中にぐるぐるとたくさんの考えが巡り、
結局どれも1つに絞ることが出来ず、何も出来なかった――。

自分の力不足が呪わしい――。
だが今はそんなこと考えている場合じゃ――。
地獄神は何を考えて――。

「セツナ!」

エドナに名前を呼ばれて、私はハッとする。

「私に考えがある。だから私の指示に従って…!」

そうして作戦を小さく耳打ちをされ、私は頷いた。

「何やってるのぉ? 弱いくせにぃ?」

魔族がニヤニヤと笑った。
それを見て、今まで全く勝ち目がないと思っていた、
魔族との戦いに勝利の兆しが見えた。

この魔族は明らかに油断している。
本気を出せば私達の事は簡単に殺せると思っているのだ。
だけどすぐに殺してしまったらつまらないと思っているのだろう。
本当ならば瞬殺出来るはずなのに、
じわじわといたぶって遊んでいるのだ。
だからこの油断がある限り、絶対に勝てる。勝てるに決まっている。

「行くわよ!」

そう言うとエドナは魔族に向かって斬りかかった。
魔族はエドナがもうやけくそになったのだと思ったのか、
馬鹿にするような笑みを浮かべた――その時。

「《転移(テレポート)》」

私は魔族のすぐ横に移動し、至近距離で魔法をぶつけた。

「《焔熱砲(バーニング・カノン!!)》」

そして最大級の威力の火炎砲をお見舞いする。

「…ッ!!???」

魔族が驚いた顔で、両手でそれを受け止める。
だがこれはフェイク。1番の狙いは――。

「《敏捷低下×10《スピード・ダウン×10!!》》」

極限に集中して、
魔法の効果が重複するように、倍増するように魔法を使う。
本来能力低下や能力上昇の魔法というのは、
重複する事は出来ないと言われている。
その理由としては、詠唱時間がとんでもなく長くなることと、
膨大な魔力を消費し、そしてとんでもなく集中力がいるということだ。
だが私にはそれが出来る。
それに先ほどの結界魔法を重複させた時、気がついたのだ。
もっと手っ取り早く、効果を重複させることが出来ないかと、
だが実際にやってみて、
もう頭の血管が切れるのかと思うぐらい集中力を使った。
そう何度も連発は出来ないだろうか、この魔族の1番厄介な点は、速さだ。
目にもとまらぬ速さで動き、そして一撃一撃がとんでもなく強力なのだ。
だがその速さを封じてしまえば、対処する方法は必ずある。

魔族は自分自身の変化を感じたのか、呆然と自分の両手を見る。
そして私を見てニヤリと笑った。

「セツナ!」
「わかってます!」

私は再び、魔法を使おうとした。
だが突然現れた私の目の前に猛吹雪が現れた。
今は結界魔法がないので、吹雪から私を守る存在は無い。
視界が塞がれて、慌てて体に結界魔法をかけると、急に吹雪がやんだ。
そしてそこに信じられない光景があった。

「エドナ!」

魔族はエドナの首をつかんで宙に持ち上げていた。
エドナは抵抗しようとするが、武器は地面に落ちてしまっていた。

「動いたら、殺すよぉ?」

魔族が無邪気な笑みを口元に浮かべる。
だが状況からしてそれは邪悪なものにしか見えなかった。

「エドナさんを離しなさい!」

私がそう言うと魔族はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

「大切な人なんだぁ? でも動いたら殺すよ。」

そう言うと魔族はエドナの胸に手を当てる。
それだけで彼女の身体にかかっていた結界魔法は弾け飛ぶ。

嘘だろ……あんな簡単に破られるなんて。
私の絶望を悟ったのか、魔族が余裕の笑みを浮かべる。

「人間にしては…まぁやれた方かなぁ?
でもあなたって、
強力な魔力を持っている割には、無駄が多すぎるねぇ…」

魔族はクスクスと笑う。

「力に振り回されてぇ、それをまるで使いこなせていないしぃ…。
それにさっきの攻撃。まるでだめだねぇ…。
あたしの能力が速さだけだと思ったぁ?
この雪だって、あたしの能力なんだよぉ?
もっと観察しないとだめだめだよぉ?」

初めて魔族がちゃんとした会話をしたので、
私は少し驚いてしまった。
だが確かに魔族の言う通りだ。
地獄神は私が地獄神から与えられた能力を、
ほとんど使いこなせていないといった。
どうすれば使いこなせる。
どうすればそれを自分のものに出来るんだ!!

「ま、それも関係ないか、ここで死ぬんだし…!?」

その時、エドナが体に隠し持っていたのか、
小さな短剣を魔族の額に突き刺した。

「…っ、うっとうしいなぁ!!」

怒った魔族がエドナの体を放り投げる。

「《転移(テレポート!!)》」

私は転移すると、エドナの体を受け止めた。
だがそれでも衝撃は大きく、積もっていた雪の中に2人して倒れ込む。

「うぅ……大丈夫ですか?」
「セツナ……さっきの戦闘であいつの弱点が分かった…!」
「え? 弱点?」

私が驚いていると、エドナが私に魔族の弱点を耳うちする。

「私が思うにこの魔族は――ではあるけれども、
―――で――な性格をしているわ。
だから―――――には弱いと思う」
「そんなことが…でもどうやって!?」

私がそう言うと、エドナは私の肩を掴んだ。

「セツナ! よく聞いて!
あなたはおそらく自分自身を縛り付けているのよ…!」
「縛り付けて…?」
「あなたはヒョウム国に居た時は、
酷い扱いを受けて、凄惨な死に方をしたんでしょう?
それで地獄神があなたの記憶を封印した。
でもあなた自身はたぶんそれをどこかで覚えている…!
覚えているから、おそらくその記憶と体験が、
あなた自身の枷になってしまっているのよ!!」

エドナの言葉は腑に落ちた。
たしかにそれなら、
私が能力のほとんど使いこなせていないのも、説明がつく。
私自身が無意識のうちに、私自身に大きな枷をはめてしまっているのだ。
でもどうやって? どうやったらその枷が外れるんだ――?

「なぁに、ひそひそと話してるの?」

その時、魔族が顔をしかめてそう言ってきた。

「お前らはもういいやぁ…。
なんだか胸がざわざわするしぃ…、もうさっさと殺しちゃおう…」

そう言うと魔族は空中に氷の塊を無数に作り出す。
それも一つ一つが岩のように巨大だった。
それを見た時、結界を壊されて、殺されかけた時の恐怖を思い出した。

「セツナ…っ!」

その時、きゅとエドナの手が私の手を握る。

「あなたはもう籠の鳥じゃない!
自由でどこにでも行ける渡り鳥よ!!」

でも私は――許せないんだ。

弱い自分が、何も出来ない自分が、自分自身が好きになれないんだ。

だって私は××年もの間――。

「私は…」
「信じてるから…!!」

その時の衝撃は決して言葉に表すことが出来ないだろう。
エドナの、たった一言のその言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に小さな炎が宿った気がした。
その炎はとても小さくか細かったけど、
私の冷たく暗く、絶望に満ちた心を明るく照らしてくれた。

「さよなら」

そう言って魔族が私達、目がけて、氷の塊を飛ばしてきた。
私は魔族に手を向け、そして想像する――。
今なら出来るという勇気が、胸の奥から湧いて出た。

「《出でよ!!》」

私がそう言った瞬間、巨大な鏡が私達の目の前に現れる。
その鏡に魔族が放った巨大な氷の塊が当たり、吸収されていくと、
同じ質量を持った氷の塊が魔族に向かって放たれた。

「ぐっ…」

さすがに自分の魔法が跳ね返されるとは思ってもみなかったらしく、
魔族が驚愕したように、腕をクロスさせてそれを防ぐ。
敏捷低下によって、逃げることもままならないらしい。

それに魔族が驚くのも無理は無い。
これはどの国の魔法書にも載っていない魔法だからだ。
ちなみに手帳にも載っていない。私のオリジナル魔法だ。
魔法は詠唱が必要なように多くの人は自分自身にリミッターをかけている。
だが地獄神から魔力を与えられている私はそんなものは必要ない。
だから自分の思うままに、
念ずるままに魔法を使えばいいと地獄神が言った。

それが今、ようやく理解出来た気がする。

「いくぞ!!《消える魔球!!》」

そう言うと、
私は両手から何メートルもある巨大な火の玉を魔族に向かって放り投げた。
魔族は氷の力でそれを相殺しようと、両手を向けた。
その瞬間、火の玉が消えた。

「え?」

魔族が驚いたのか動きが止まった。
その瞬間、消えていたはずの火の玉が魔族に激突する。

「ガァッ?!」

魔族の体の表面が高熱によって溶ける。これは俗に言う消える魔球だ。
火の玉を幻惑魔法で見えないように錯覚させたのだ。
今になって日本で読んだ漫画の知識が役に立つとは思わなかった。

「行くぞ!《現れろ、拳よ!!》」

そう言うと私は飛翔魔法を使い、魔族に殴りかかった。
それもただ殴りかかるだけではなく、
自分の手の上に、魔法で作った巨大な拳をイメージした。
そのイメージ通りに現れた拳は魔族の顔をブン殴った。

「ぐぁ…!?」

拳は魔族を殴るとすぐに消えた。
だが私は再度拳を作り、魔族を何度も何度も殴りつける。

「うらぁ!!」

そして崩れた家屋の壁に魔族の体が激突する。

「どうして…!?」

魔族は信じられないといった様子で私を見た。
その体に負った傷が深すぎて、再生が間に合っていないのか、
顔の半分が焼けただれていた。

「そんな魔法は見たことがない…!
そもそも…どうしてお前は…詠唱していないの!?」

私は地獄神から魔力をもらっている。
その時点で普通の魔法使いとはもう違うのだ。
今まで私は魔法唱える時に呪文を唱えていた。
でもそれはおそらくあった方がわかりやすいから、
地獄神は手帳に色々と書いてくれたのだろう。
でも今ではそれは必要ないものだとわかる。
だって私はイメージするだけで、
魔力を自在に扱える能力を持っている。

今までそれが使えなかったのは――、
私自身がそれは無理だと思っていたからだろう。
私は魔法のない世界で育った。
超能力とかそういうのはあったけど、
人が手から炎を出したり、空を飛んだりすることは、物理的に不可能。
そう教わって生きてきた。
その長年の思い込みが、魔法が使えるようになったとしても、
無意識のうちに、私の使う魔法に制限をかけていた。
ひょっとしたら、
これは地獄神のもので自分のものではないと思っていたのかもしれない。
だが今は肌をしみてわかる。

これが魔力なんだと――これが私の最強魔力。

「教えるわけねーだろ。馬鹿野郎」

私は魔族に向かってそう言うと、魔族の周りに猛吹雪が発生する。

「馬鹿にするなぁ…人間風情がぁ!!」

そう言うと魔族は宙に浮き、吹雪の勢いと共に私に殴りかかってきた。
それを見ながら、私は冷静な頭でその手があったかと思った。
敏捷低下のおかげで魔族の動きは格段に悪くなっているとも言え、
魔力の方は健在のため、空を飛べば動きなんて関係ないのかも知れない。
これは1つ勉強になった。

「お前もその人間だったんだよ!!」

私は強力な火炎を魔族にぶつける。
だが今までのことから考えて、
これで奴が滅んだ訳では無いという事は分かる。
だから次の手を考えていた。

「でも忘れてしまった!
そして今では人を苦しめるだけの魔族になってしまった!!」

私は巨大な拳を魔法で作り、それで魔族をぶん殴る。

「お前にだって大切な人や、守りたい人も居たはずなのに!!
未練があって地上に留まっていたはずなのに!!」

魔族はこのままでは私に敵わないという事を悟ったのか、
周囲に猛吹雪を発生させた。
それで私の視界が限りなく悪くなった。
だが吹雪の向こうに影が見えたので、
私は再び作った巨大な拳で殴りつける。

「だから私が倒すんだ!!」

そして唐突に吹雪が止んで、視界がはっきりと見えた。
そして見えたものに――私は血の気が引いた。

「うふふふふ…仲間なのに攻撃しちゃったねぇ」

魔族がニヤニヤと笑った。

だがその言葉すら耳に入らないぐらい、私は動揺していた。

地面に倒れていたのは、間違いなく―――エドナだった。

彼女は体から血を流して倒れていた。
それも尋常じゃない量。
明らかに――即死とも言えるぐらいの血の量だった。

まさか、まさかまさかまさか、
さっきの魔族だと思っていた影はエドナだったのか?

だったら私は――エドナを殺してしまったのか?

「うふふ…人を殺した気分はいかが」

そう言うと魔族はニヤニヤと笑う。

私の膝が地面に崩れ落ちる。もう私は戦う気が失せていた。

信じていると言ってくれた彼女をこの手で殺してしまった。
事故とは言え、殺してしまったという事実は変わらない。

「あなたには散々嫌な思いをさせられたから、
凄惨な方法で殺してあげる…。
目もくり抜いちゃうしぃ…、両手も引き裂いてあげる。
それとも凍死が良いかなぁ?
そうだね。じわじわと凍らせてあげる。
すぐにあの女の元に送ってあげるわ!」

そう言うと魔族は私に手を掲げた。
あの騎士のように、私もなすすべなく殺されてしまうのかもしれない。
だがそれでもいいと思えてきた。

やっぱり――私が関わるとろくなことにならない。
私自身が不幸を呼んでしまうのだ。
だったらもうここで死んでしまった方が――。

――その時だった。

魔族のちょうど胸の部分から、何か刃のようなものが貫いた。

「「え?」」

魔族と私の声が同時に重なった。

「この時を待っていたわ!!」

魔族の背後には不敵な笑みをたたえるエドナが居た。

「雷よ!!」

その瞬間、莫大な質量を持った雷が魔族を貫いた――!
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