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第1章過去と前世と贖罪と

56・伯爵夫人の思惑

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「どうしてですか、
この要求はそうあなたにとっても悪いことでは無いのでは…?」

そう言った私の言葉に、伯爵夫人は甘いと一蹴した。

「結論から言う。
お前が魔族を倒し、
その見返りに私がお前を守るという話だが、これは不可能だ」
「どうしてですか?」
「お前は忘れているかもしれないが、私はただの地方の領主に過ぎない。
それ故、もっと上の権力を持つ階級の人間には逆らえないんだ」
「それって…王都の貴族とか、王族とかですか?」
「そういうことだ…。
はっきり言うが、お前の持っている能力は奴らが見れば、
喉から手が出るぐらいには魅力的だ。
聖眼持ちで、優れた文明世界の人間で、
さらに極めつけは幻月神の後ろ盾がある。
こんな能力を持った人間…。
奴らは絶対にどんな手段を使ってでも手に入れようとするだろう。
私の権力はせいぜいこの領地までにしか使えん。
国そのものがお前を欲した時、私ではお前を守れんのだ…」

そういうことか…。
伯爵夫人は自分の能力の限界を知っているんだ。
だから自分では、私を守れないと判断したんだ。

それくらいに私が貴重だから。

「それにお前は別の世界から来たと言ったな?
という事は、いつかその世界に帰るんじゃないのか?」
「それは不可能だと言われましたけど…。
確かに出来るなら帰ってみたいです」
「なら、この町に執着する理由はないはずだ。
元の世界に帰るなら、この町に留まらずに別の場所に移った方がいい」
「確かに理由はありませんけど…。
でもこの町の人達のために何かしたいんです」
「気持ちはありがたいが…。
私の領民といえども、例え箝口令をしいたとしても、
お前が魔族を倒したという事を、他の人間に喋ってしまうだろう…。
そしてその話は必ず、政府にまで届く…。
そうなってしまったら、もうお前を守れない」
「ですが、魔族は私でないと倒せないんです」
「……それは本当に確かなのか?」

そう言うと伯爵夫人は目を細めた。

「えっと…未来を見たって言ってたので、確かだと思います」
「それは幻月神がか?」
「そうです。多分予知のようなものを使ったんだと思います」
「その予知というのは本当に正しいのか?」

伯爵夫人は疑うようにそう言った。

「お前は多大なカルマを背負わされている。
だから魔族を倒して、この町を救えば善行を積むということになる。
おそらくそのために、
幻月神はお前をこの町の近くに生き返らしたのだと思う。
という事は別にお前でなくても、
魔族は倒せるということではないのか?」
「それは確かにそうですが…」

地獄神は確かに私でないと魔族は倒せないと言った。
でもこの町に魔族は来る事は分かっていたから、
ここに生き返らしたと言った。
あれ…それなら善行を積ませるために、
あえてそんなことを言ったのかな…。
でも確証がないからわからない…。
もしも本当に私にしか倒せないのであれば、
その言葉を鵜呑みにするのは危険すぎる。
そう言おうと思ったけど、上手く言葉にすることが出来なかった。

「だとしたら魔族討伐は専門の人間に任せるのが筋というものだ。
政府がどれだけこの町のために人員を割いてくれるかわからない。
だが出来る限りの事は私も訴えかけてみるつもりだ」
「ですが騎士団では…倒せないみたいなんですけど」
「ならば、1ヶ月の間に出来るだけこの町から人を避難させる。
そういえば、魔族が来る具体的な日数は幻月神は言わなかったか?」
「そういえば騎士団が来た後だと言いました」
「そうか…。ならば対策は充分取れる。
別にお前が魔族を倒さなくても、私が何とかしてみせる」
「…ですが本当に私しか魔族が倒せなかったらどうするんですか?」
「そうなったらお前の力を借りないといけないかもしれないな…
だが魔族を倒したら…私やこの町の人間に構わず、
別の遠く離れた国に逃げろ。
お前の能力ならそれが可能だろう」
「ですが…それだと復興に時間がかかるんじゃないですか?」
「それはそうかも知れんが、お前も私の領民である事は確かなんだ。
だから自分自身の幸福を考えてくれ」

その言葉に私は驚いた。いや驚いたなんてものじゃなかった。
心臓が止まるかと思うぐらいには驚愕した。

私ははっきり言うと権力者は嫌いだ。
権力に支配された人間というのは他人のことを考えない。
下にいる人々も、まるで虫けらのようにしか思っていない。
そんな根強いイメージを私は持っていた。
たとえ傍目からは優秀な統治者に見えても、
どこか欲深いところを持っている――そう思っていた。

「自分自身の利益はどうでもいいんですか?」
「利益?」

だから気がついたら勝手にそんな言葉が口から飛び出ていた。

「本来であれば魔族を倒せる能力を持った私は、
近くに置いておきたいと思うんじゃないですか?
あるいは目障りだから消してしまう…とか?」
「普通はそうだろうな。普通は」

伯爵夫人は手元の羽ペンをくるくると回した。

「だが私はそういうことには興味はないんだ。
お前の存在と秘密を、政府に伝えれば爵位を上げる事は可能だろうが、
私はそういうのはどうでもいい。現状に満足しているからな」
「でも自分の元で働かないかって前に言いましたよね」
「あれはお前の事情知らなかったからな。
それにお前の能力は、私の手に余る。それに…」

そう言うと伯爵夫人は羽ペンを机に置き、真っ直ぐに私を見た。

「お前は自由が良いのだろう」

その言葉に確かな愛情と慈愛が感じられた。
私のことを確かに考えてくれているのだと、そう思えたのだ。
まさかこんな風に、
私のことを考えていいくれているなんて――正直言って信じられない。

「確かに私は自由な方が良いですけど、でも――」
「別にこれはお前自身のことを思って考えているだけじゃない。
お前の持っている能力は、
権力者にとっては魅力的すぎるぐらいに魅力的だ。
誰も彼もお前を手に入れようとして、戦争になるかもしれない」
「せ、戦争?」
「それぐらいに貴重なんだ。
これでお前が醜女であれば話は別だったんだけどな。
持っている能力の希少性、魔力、そして容姿、それらを含めると、
お前自身を手に入れることによって、
その力を手に入れようとする人間も居るだろう。
そして下手したら…お前を洗脳して、操り人形にするかもな。
そうなっては、魔族どころの騒ぎではない。災厄そのものだ。
下手したら、国が滅びかねん」

伯爵夫人がそう言うと、今まで黙っていたエドナが口を開いた。

「確かに…それはそうですね。
私もセツナの能力を見た時、そう思いました。
だから彼女に能力を隠すように助言したんですが、
こういう事態になったので、
隠すどころではないと思っていましたが…、
権力者にセツナのことを知られる方が、
結果的に世界にとって災いなのかもしれません」

人のことを大量破壊兵器みたいに言わないで欲しい…。
でも反論は出来ない…。
だって私自身にもそんな事は起こらないって保証が出来ない…。
なんだか妙にリアリティがあって怖い……。

「そうだろうな…というかむしろお前はどうして平気なんだ?」
「いえ、平気ではありませんよ。ただの慣れです」

伯爵夫人の問いに、若干悟った顔でエドナはそう言った。

「なるほどな…。
まぁ長くなったが、結論としてはお前は魔族を倒さない方がいい。
倒すなら専門の人間に任せてくれ。
それとそうだな…。
もし本当にこの町のために何かしたいというのならば、
後方支援をしてくれないか?」
「後方支援?」
「魔族が来た時のためにこの町の防衛に力を貸してくれ。
確かお前は魔法使いだったな。具体的にどんな魔法が得意なんだ?」
「そうですね。光属性以外の魔法なら全部使えますよ」

そう言うと伯爵夫人は唖然とした顔をした。

「は…? ああ、そうだったな。
お前は幻月神の後ろ盾があるんだった。
ならば魔族が来た時のために、
騎士団に補助魔法をかけたり、結界の修繕をしてくれないか」
「あ、それ何ですけど。
私ならこの町全体の結界を再構築し直すことが出来ます。
多分魔族も入れないような強力なやつを作れると思うんですけど」

私がそう言うと伯爵夫人は顔に苦渋を浮かべた。

「悪いが、それは止めてくれ…。
ここを襲わねば、魔族が別の村や町を襲いかねん…。
事前にここに来ると分かっていれば、
対策も出来るが、余所はそうもいかない…。
それよりも、入ってくることが出来ても、
絶対にここから出て行くことが出来ない…。
そんな結界を作ってくれないか?」
「たぶん、出来ますけど…どうしてですか?」
「万が一、ここを攻め滅ぼされた時、
魔族がここから逃げられないのであれば、
いずれ誰かに倒されるだろう。
そうすれば被害はうちだけで済む」

それを聞いて――この伯爵夫人は本当に凄い人だと思った。
ただ頭が良いだけじゃなくて、先見の明もある。
そして自分の領地だけでなく、国全体の影響を考えているんだ。
こういう事は普通は出来ない。
だって普通自分の領地さえよければ、それでいいって思うのが普通なのに、
周りに起きる影響をそこまで考えられるなんて、私には出来そうにない。

それにたぶん彼女は命の駆け引きが出来る人なんだ。
他の多くの人の命を助けるために、別の少数の人の命を犠牲にする。
そういった非常な判断も時として出来る人なんだ。

本当に――女性であることが惜しまれる程だ。
たぶん彼女が男性だったら、
確実に出世して、確実に国の中心の近くに居た。
そうしたら、この国は今よりもっと良くなっていただろう。

「わかりました。協力します。
私に出来ることなら可能な限り何でもします」
「そうしてくれると助かる…。
まぁ実際の所どうなるのか私にもわからん。
だが出来る限りの事はやる。それが領主としての私の使命だからな」

そう言うと伯爵夫人はため息をはいた。

「それよりも今はこのガラクタを片付けてくれ、
こうも散らかっていたら、作業に集中出来ん」

私が作った異世界の品を見て伯爵夫人はそう言った。

「あ、でも珍しい物好きなんですよね。欲しかったらあげますけど」

そう言うと伯爵夫人はげんなりした表情をした。

「それは私でなく、私の夫のことだ。
夫の趣味が、いつの間にか私の趣味ということに伝わっているだけだ。
私にはガラクタを集める趣味はない」

ああ、旦那さんの趣味がいつの間にかごっちゃになっちゃったと…。

「まぁもらえるというなら、これはもらっておこう。
こういった変わったなものはカイルが好きだからな」

そう言うと伯爵夫人は東京タワーの模型を手に取った。
カイルというのは伯爵夫人の息子さんだった気がする。
確か王都にある全寮制の学校に通っているため、
ここには居ないと聞いたが。
やっぱり自分の子供って特別な存在なんだろうか。

「まぁとりあえず魔族が来るとわかったのなら、
お前にも頼まなければいけないことがたくさんある。
それとお前の泊まっている宿は今日で営業停止だったな。
2人ともせっかくだからこの屋敷に泊まっていくがいい」
「え? 良いんですか?」
「どっちにしろ。近くにいた方が指示しやすいからな。
どうせ部屋は余りに余っているんだ。好きに使ってくれて構わない」
「どうします? エドナさん」
「ここはご好意に甘えておきましょう。
どちらにせよ。今日で宿は出て行かないといけないんだし…」
「確かにそうですね。それじゃあ、ご厄介になりますよ」

そして私達は領主の屋敷に泊まることになった。

来たるべく、魔族の襲撃に備えて――。
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