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第1章過去と前世と贖罪と

53・魔族

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「もちろん君には魔族の討伐をして欲しい」

私の思考を読んだのか地獄神がそう言う。
それってまさか私に魔族討伐をして欲しいってことか?
そんなの無理に決まっているじゃん!

「はっきり言ってかなり強い魔族だから、君じゃないと倒せないよ」
「え…? でも騎士団とか来るんですけど」
「騎士団? ああ、彼らは大してあてにならないよ。
そもそも今回の魔族は天候に影響を及ぼす程の絶大な力を持っている。
ボクの魔力が与えられた君じゃないと倒せないよ」
「そ、そんな…でも私じゃ無理です」

絶対来ないと思っていた魔族、
それが来ると分かって私は激しく動揺していた。
下手したら国1つ滅ぼしてしまう程の力を持った魔族。
そんな存在に私が勝てるはずがない。
というか勝負をする前に、すでに勝てる気になれない。
だいたい戦うのは私じゃなくても他の人ならいいじゃないか。
例えば地獄神とか…。

「ボクは無理だよ」
「え? あなたって強いんですよね?」
「あのね。ボクら地獄の神々は地上に降りてきてはダメなんだよ。
何でかというと、そこに居るだけで、
自然界に多大な影響を与えてしまうからなんだ。
何せ持っている魔力も絶大だからね。
その魔力を持ったまま、地上に現れてしまうと、
自然界に絶大な影響を与えてしまう。
ほら、前に怒った君が魔力を解き放ってしまった時、
弱い地震が起こったり、天気が急に変動したりしたじゃない。
あれは君自身がやろうと思ってやったわけじゃなくて、
君の感情に自然が反応してしまったんだよ」
「という事は私って…あまり怒ったりしない方がいいんですか」

だって怒るだけで地震が起こったら、まずいことになってしまう。

「いやそれはないね。
君にはそうならないようにボクがリミッターをかけている。
ちょっとやそっと怒ったぐらいじゃそのリミッターは外れない。
それが外れる時は、よっぽどだよ。
よっぽど悲しいか、よっぽど怒っているかのどちらかだよ」
「それならいいんですけど…本当に大丈夫なんですか?」
「まぁ君の魔力の解放ぐらいたいした影響じゃないよ。
でもボクら地獄の神々は違う。それこそ天変地異が起きるレベルだよ。
だから滅多なことでは、地上に降りてはダメなんだ」
「あれ…でもベアトリクスさんは…」

そういえば前にあの人とは会ったけど…。
普通に地上に出ていたよな…。

「ああ、彼女は地獄の神々の中でも、珍しい特異体質の持ち主でね。
月の満ち欠けに多大な影響を受けてしまうんだ。
満月になればなるほど強くなっていくけど、
新月になればなるほど弱くなってしまう。
そして新月の日はただの人間と同じぐらいに弱くなってしまうんだ」
「ああ、人間と同じぐらい弱くなるから、
逆に新月の日は地上に現れることができるって意味ですか?」
「そうだよ。といっても君の暴走を止めたり、
弱い魔族程度なら倒せてしまうぐらいの力を持っているんだけどね」
「じゃあその人が倒せばいいじゃないですか」
「今はダメだよ。地上に現れてもいい時期は新月だけなんだよ。
月が少しでも現れていたら、ダメなんだ」

という事は実質、
ベアトリクスさんは月に1度しか地上に出ることが出来ないってことか。
という事はつまり…。
魔族が現れる日と、
ベアトリクスさんが地上に出られる日が合わなければ魔族は倒せない…。

「そういうこと、魔族が現れる日までには間に合わない」
「間に合わないって…まさか」
「そう魔族は、もうそろそろやってくるよ。それも1ヶ月以内に」
「1ヶ月以内!?」

そんなのすぐ先じゃないか…。思った以上にやばい。

「本当に私以外の人は魔族を倒せないんですか…?」
「倒せないよ。
多少のイレギュラーを想定しても、君の力がなければ難しいだろう」
「あのSランク冒険者とか…他にもいるんじゃないですか」
「ああ、それは無理。
今国内にいるSランク以上の冒険者は他の仕事で忙しい。
来られたとしても、移動に時間がかかるからね。
間に合わないと思うよ」
「じゃ、じゃあ。他に倒せそうな人っているんですか?」
「そうだね。天上界の神々なら可能かもしれないけど、
でも天上界の神々が動いてくれる事はないと思うよ」
「でもあなたは一番偉い神様なんですよね。
あなたが働き掛ければ、
天上界の神々も動いてくれるんじゃないですか?」
「ボクは一番強い神であることは認めるけど、
一番偉い神ではないよ。
そもそも地獄と天上界は派閥が違うんだ。
だからボクが言ったとしても、聞き入れてくれるとは限らない。
というかお互いに不可侵を貫いているからね。
ボクから魔族を倒してって言っても、
何かよからぬ事を企んでいると勘違いされそうだし」

そういえばギリシャ神話でも、
神々にも派閥とかあったような…。
それにお互いに仲が悪い神様も居たりするんだよな…。
それはこの世界も同じなのかな…

「それにあいつらは魔族の事はもう放置しているからね。
魔族を生み出してしまったのは、
その環境を作った人間達自身だと思っているから、
絶対に動いてくれることは無いと思うよ」
「え?それってどういう意味です?」
「ああ、魔族っていうのはね。
この事実は地上では知っている人間は少ないんだけど、
実は元人間なんだよね」
「え…?」

なにそれ…物語だったら終盤で告げられる情報を、いきなり言ったよ。
地獄神…。

「何で人間が魔族になるんですか?」
「君の世界で悪霊という言葉があるだろう。
それみたいな存在なんだよ、魔族は。
通常、この世界の人間は死んだらすぐに冥府に行き、
そこで生前の罪を裁かれる。
けれども、強い未練を抱く者は冥府には行かず、地上に留まってしまう。
すると、どんどん地上の人間の負の感情を吸い取ってしまうんだ」
「え、負の感情って、地獄に行くようになっているんですよね」
「そうだけど、生きている人間からすぐに発せられた負の感情は、
地獄に行くまでタイムラグがあり、それを幽霊は吸収してしまうんだ。
そうなるとどんどん魂が汚れる。そして汚れて魂が黒く染まった時、
魔族と呼ばれる生命体になってしまう。
いや生命体というのは違うか、もう死んでいるんだから」
「それって、魔物とちょっと似ていますね」
「確かに似ていることは似ているけど、
人の魂を媒体としている以上、魔物とは違うかな。」
「でもそれだと……魔物よりタチが悪くないですか」
「悪いね。魔族化するまで地上に留まる魔族は少ないとは言え、
その影響力は絶大だ。
まぁ地上には霊視能力を与えた人間が大勢いるから、
彼らが説得して、幽霊を成仏させてくれたらそれでいいんだけど、
稀に呼びかけに応えてくれないこともある。
だから君には幽霊を説得して成仏させて欲しいと思っているんだけど…」
「嫌です!!」

私は間髪入れずに断っていた。
幽霊なんて見たくもないし、話したもくない。
幽霊、怖い…。

「だろうね。だから君にはその能力は与えていない。
まぁ魔族になるまで、地上に存在している幽霊はごく少数に限られるけど、
それでも現れてしまうものなんだ」
「でも魔族は元は人間なんですよね。元には戻せないんですか?」
「できないね。
汚れてしまった魂は地獄の炎で浄化することでしか戻せない。
殺すしか魂を救う方法は無い」
「そんなことって…」

地獄神が言うには、
幽霊が魔族になってしまえば、自力で成仏することは不可能らしい。
というのも幽霊は肉体を持っていないので、
物質的に干渉しようと思うと、どうしても肉体が必要になるのだという。
そして負の感情より集めることで仮の肉体を作っていくのだという。
といっても肉体を作るには、様々な条件が必要であるため、
魔族化しない幽霊の方が圧倒的に多いが、
もし魔族化してしまえば、もう手遅れだ。
魔族が作った肉体というのは、負の感情でできているため、
生きている人間を恨み、嫉み、苦しることしか考えられなくなる。
最早、人としての心や、最初の未練なんてものも忘れてしまう。
生きている人間全てが幸せに見え、それを苦しめる事しか考えられなくなる。

魔族が人の多い所に行って、
人を殺したり、あるいは呪いをかけたりするのは、
ただ人間を苦しめたいだけらしい。
生きている人間が妬ましいというのもあるが、
人を苦しめればその人間から悲しみや怒りなどの負の感情が発せられる。
それを食事代わりに吸収して、どんどん強くなっていくのだという。
基本的に魔族の強さは人を苦しめた分、強くなるらしく、
しかもそれに上限は無い。
つまり無限に強くなることもできると言う訳だ。

「そんなのどうやって倒せばいいんですか!?」
「簡単なことだよ。
体に蓄えてある負の感情には限りがあるから、
限界まで力を使わせればいい。
まぁ詳しい事は手帳に書いておくから、ちゃんと読むんだよ」
「……それで魔族はアアルに来るんですよね…?」
「そうだ。とにかく君には魔族を倒してほしい」
「もし私が何もしなかったらどうなるんです?」
「当然、町は滅びるけど?」

うわぁ…うわぁ…うわぁ…選択の余地なんてないやん。

「それは一体いつ起こるんですか?」
「さぁ? でも近いうちだってことはわかるよ。
騎士団が来ていたのは見えたから、その後である事は確かだ」
「あのひょっとして、
アアルに魔族が来てしまうのは私のせいですか?」
「いや違うよ。あれはあの町に起こる運命だったんだよ。
それも魔族の襲来によって、なすすべもなく滅ぶというね。
本来であれば、
あそこは目立った予兆もなく、魔族は突然現れるはずだった。
でも君がそれを変えた。
意図的ではなかったとは言え、
君の行動で町の人間は、
魔族が来ると予想し、対策を取ることができた。
結果的にそれで多くの人の命が助かったんだよ」

何だかそれ、とことん都合がいいような気もするけど…。
結果オーライってってことでいいのかな…。

「もしも私が何もしなかったらどうするんですか?」
「そうだねぇ。
町の壁は破られ、
至る所で『ゲート』が発生し、
町は魔物で埋め尽くされ、
ギルドの冒険者の努力の甲斐もなく、町は瓦礫の山と化す。
それがぼくが予知で見た内容だよ」

想像以上にやばいじゃないか。
…でも伯爵夫人にはどう説明したらいいんだろう…。
魔族は来ないといってしまったし…

「ああ、あの真の領主なら大丈夫だよ。
魔族が現れた時の対策と、
現れなかった時の対策、その両方で進めているから、
元々君を呼び出したのは、
魔族が現れるか現れないか聞きたかっただけだしね。
君の言葉に真に受けて、魔族対策を停止したりはしていない」
「それならいいんですけど…」
「実を言うと君をアアルの近くに飛ばしたのは、
事前に魔族の襲撃があると分かっていたからなんだ。
だからそれを君に食い止めてもらおうと思って、
アアルの近くに生き返らせたんだ」
「魔族の進行を食い止めるためにですか?」
「いや、君がカルマを減らせる手助けになると思って」

そうにっこりと地獄神が笑った。
ドッキーン。
なな、何その笑顔反則なんですけど…。
あれだ。カメラがあったら撮影して、取っておきたい気分だ。
…って、うぁあああ、ダメだ。何ときめいてんだ私!
今はそれどころじゃないだろ!
そう自分に叱咤すると、私は覚悟を決めて地獄神を見た。

「とりあえず、どういう結果になるかわかりませんが、
私に出来ることをしようと思います」
「じゃあ、よろしく頼むよ。
あと魔族は基本的に群れないから、町に現れるのは一体だけだ。
でもくれぐれも油断しないようにしてね」

そう言うと地獄神は私に杖を向けかけ、
思い出したように手のひらにポンと拳を置いた。

「ああ、そうだ。
エドナ・オーウェンには町を出て行くように言ってくれないかな」
「どうしてですか?」
「足手まといにしかならないからさ。
今回の魔族は恐ろしく強いからね。
彼女は安全な場所で暮らした方がいい」

そう言うと地獄神が大きくため息をはいた。

「もしもエドナ・オーウェンが右腕を負傷せず、
今なお剣士だったら話は違ったんだけどね…。
全盛期の彼女は、Sランク冒険者に匹敵する程の実力を持っていた。
だから怪我さえしていなければ、
君と協力して魔族を倒すこともできただろうけど、
今のエドナ・オーウェンは、全盛期に比べて格段に弱体化している。
魔族相手では彼女の力はアテにならない。むしろお荷物にしかならない」
「なんでそんなことがわかるんですか」
「神だから」

うん…私の疑問が一言で解消されたよ。

「まぁ…一応伝えておきますね」
「じゃあ、頑張ってね」

そう言うと地獄神は私に杖を向けた。
その瞬間、私は地上で目を覚ました。
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