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第2部
帰省12
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「あの、由良さん。」
「どうしたの?痛む?」
「…いえ、なんでもないです…。」
せめて何か言葉にしようと口を開いたはいいものの、意図せず彼を傷つけてしまうのではないかと怖くなりまた閉じる。
こうしている間も彼の手は冷たい。
こんな風に黙っていたら、由良さんを元気付けるどころか困らせてしまうのに。
何も言えずに俯いていると、ふと大きな手が俺の頭を撫でた。
驚いて彼を向いた視界に心配そうな紫紺の瞳が映しだされる。
「幹斗君、本当に大丈夫?今日はホテルを取って帰るのは明日にしようか?それとも薬局で湿布を買う?」
…ああ、この人は。
こんなにも苦しそうなのに、彼が紡いだ言葉の主語は全て俺で。
そういうところも大好きだけれど、彼には自分のことも大切にして欲しい。
そこまで思ってようやく、言いたい言葉を見つけることができた。
「…苦しいの、俺には隠さないでください。」
しかしそれを聞いた彼は寂しげな笑みを浮かべ、そっと俺から目を逸らして。
「苦しむ権利なんてないんだ。…僕が悪いから。」
と、細い声で吐き出した。
やっぱり大丈夫じゃないではないかと思う一方で、脆く儚い彼の優しさに涙が出そうになる。
俺といる限り永遠に付き纏うであろう由良さんの過去は、俺が想像していたよりも遥かに彼を苦しめていたらしい。
どれだけ辛いことだろう。俺を見るたび、俺の家族に会うたびそれを思い出すのに、それでも自分の他に誰も苦しまないようにと1人で抱えて、きっと1人泣いて。
多分その優しさが彼の生き方で、彼自身なのだろう。だからそれを否定することはしないけれど、せめて俺だけは彼が苦しんでいることを知り、寄り添いたいと願う。
だから。
「由良さんは何も悪くありません。
俺には由良さんがその時どんなに辛かったか、そのことを抱えてどれだけ苦しんでいるかわかりませんが、由良さんがされたことと由良さんが祖父母のために今日そのことを言わないでくれたことは知っています。それには心から感謝します。
でも、まだ由良さんが苦しんでいることも俺は知っているから、せめて俺の前では強がらないで、苦しいって教えてください。」
言い始めてしまえば、言葉は驚くほどすらすらと出てきて。
由良さんは黙ってそれを聞き、全て終わると空を仰いだ。
夜の帳を下ろした空は俺たちの顔を照らさない。
上を向いたままでいる由良さんの頭にそっと手を回し、俺の肩の上に乗せてみる。
まるで彼の苦しみがそのままのしかかっているみたいにずっしりと肩が重い。
苦しさに質量ってあったっけ。
…ああでも、もしもあるのなら、きっともっと重いだろうな。
「…こうしていたら泣いてしまいそうだ。」
そうは言っても起きあがることはせず、彼は俺の肩に体重を預けると、今度は俺の手に指を絡め、縋るようにぎゅっと握った。
「大丈夫です。暗くて何も見えません。」
「それならいいか。…少しだけこのままで…。」
掠れた声で彼が紡ぐ。
「はい。いくらでも。」
啜り泣く音は聞こえず、代わりに生温かい液体が俺の肩をしっとりと濡らしていった。
いつもこんな風に静かに泣くんだ。
そう思うとまた胸がずきりと痛む。
「…ありがとう。」
しばらくして凛とした声が鼓膜を震わせた。
「もう大丈夫ですか?」
重たげに顔を上げた由良さんは、潤んだままの瞳を泣きそうなくらいに優しくぎゅっと細め、そして固く結ばれていた口元を柔らかに綻ばせる。
「うん。幹斗君の言葉のおかげで、すごく救われた。」
「俺の言葉で?」
たいしたことは言ってないし、そもそも俺が蒔いた種なのに?
まだ彼が俺に気を遣っているのではないかと不安になり、じっと彼の瞳を覗けば、彼は何もかも分かっているような表情で頷いた。
「苦しかったよ。でも君が僕の苦しみを知ってくれてるって、その言葉だけで抱えていたものが随分と軽くなった。
…20年以上も軽くならないまま抱えていたのに、不思議だね。君は僕よりもずっと、僕のことを知っているみたいだ。」
“エスパーか何か?”
冗談めいた口調で由良さんが紡ぐ。
“それは由良さんの方ですよ”、と返そうと開いた唇を噛み付くように奪われて、そのまま息ができないほど深く舌を絡められた。
周囲を気にする余裕もなく、その口付けに溺れてしまう。
胸が熱くなって、愛しさで締め付けられそうだ。
由良さんが好き。ずっと一緒にいたい。たとえそれで由良さんが苦しむことになっても、その時はいつだって俺が寄り添うから。そんな想いが募っていく。
「…っ、好き、です。」
唇が離れた後、まだ息も整わないまま途切れ途切れに紡いだ。
「僕も好きだよ。君がいないと生きていけない。ずっと一緒にいて。」
彼はなんの躊躇もなくそう返し、今度は俺の額にキスを落とす。
「ありがとうございます。」
気づけばそう溢していた。
“ずっと一緒にいて”、と、こんな1日を乗り越えて尚躊躇いなく紡がれた言葉が幸せで。
ただ、こんなにも愛してくれてありがとうと、伝えたかった。
「どうしたの?痛む?」
「…いえ、なんでもないです…。」
せめて何か言葉にしようと口を開いたはいいものの、意図せず彼を傷つけてしまうのではないかと怖くなりまた閉じる。
こうしている間も彼の手は冷たい。
こんな風に黙っていたら、由良さんを元気付けるどころか困らせてしまうのに。
何も言えずに俯いていると、ふと大きな手が俺の頭を撫でた。
驚いて彼を向いた視界に心配そうな紫紺の瞳が映しだされる。
「幹斗君、本当に大丈夫?今日はホテルを取って帰るのは明日にしようか?それとも薬局で湿布を買う?」
…ああ、この人は。
こんなにも苦しそうなのに、彼が紡いだ言葉の主語は全て俺で。
そういうところも大好きだけれど、彼には自分のことも大切にして欲しい。
そこまで思ってようやく、言いたい言葉を見つけることができた。
「…苦しいの、俺には隠さないでください。」
しかしそれを聞いた彼は寂しげな笑みを浮かべ、そっと俺から目を逸らして。
「苦しむ権利なんてないんだ。…僕が悪いから。」
と、細い声で吐き出した。
やっぱり大丈夫じゃないではないかと思う一方で、脆く儚い彼の優しさに涙が出そうになる。
俺といる限り永遠に付き纏うであろう由良さんの過去は、俺が想像していたよりも遥かに彼を苦しめていたらしい。
どれだけ辛いことだろう。俺を見るたび、俺の家族に会うたびそれを思い出すのに、それでも自分の他に誰も苦しまないようにと1人で抱えて、きっと1人泣いて。
多分その優しさが彼の生き方で、彼自身なのだろう。だからそれを否定することはしないけれど、せめて俺だけは彼が苦しんでいることを知り、寄り添いたいと願う。
だから。
「由良さんは何も悪くありません。
俺には由良さんがその時どんなに辛かったか、そのことを抱えてどれだけ苦しんでいるかわかりませんが、由良さんがされたことと由良さんが祖父母のために今日そのことを言わないでくれたことは知っています。それには心から感謝します。
でも、まだ由良さんが苦しんでいることも俺は知っているから、せめて俺の前では強がらないで、苦しいって教えてください。」
言い始めてしまえば、言葉は驚くほどすらすらと出てきて。
由良さんは黙ってそれを聞き、全て終わると空を仰いだ。
夜の帳を下ろした空は俺たちの顔を照らさない。
上を向いたままでいる由良さんの頭にそっと手を回し、俺の肩の上に乗せてみる。
まるで彼の苦しみがそのままのしかかっているみたいにずっしりと肩が重い。
苦しさに質量ってあったっけ。
…ああでも、もしもあるのなら、きっともっと重いだろうな。
「…こうしていたら泣いてしまいそうだ。」
そうは言っても起きあがることはせず、彼は俺の肩に体重を預けると、今度は俺の手に指を絡め、縋るようにぎゅっと握った。
「大丈夫です。暗くて何も見えません。」
「それならいいか。…少しだけこのままで…。」
掠れた声で彼が紡ぐ。
「はい。いくらでも。」
啜り泣く音は聞こえず、代わりに生温かい液体が俺の肩をしっとりと濡らしていった。
いつもこんな風に静かに泣くんだ。
そう思うとまた胸がずきりと痛む。
「…ありがとう。」
しばらくして凛とした声が鼓膜を震わせた。
「もう大丈夫ですか?」
重たげに顔を上げた由良さんは、潤んだままの瞳を泣きそうなくらいに優しくぎゅっと細め、そして固く結ばれていた口元を柔らかに綻ばせる。
「うん。幹斗君の言葉のおかげで、すごく救われた。」
「俺の言葉で?」
たいしたことは言ってないし、そもそも俺が蒔いた種なのに?
まだ彼が俺に気を遣っているのではないかと不安になり、じっと彼の瞳を覗けば、彼は何もかも分かっているような表情で頷いた。
「苦しかったよ。でも君が僕の苦しみを知ってくれてるって、その言葉だけで抱えていたものが随分と軽くなった。
…20年以上も軽くならないまま抱えていたのに、不思議だね。君は僕よりもずっと、僕のことを知っているみたいだ。」
“エスパーか何か?”
冗談めいた口調で由良さんが紡ぐ。
“それは由良さんの方ですよ”、と返そうと開いた唇を噛み付くように奪われて、そのまま息ができないほど深く舌を絡められた。
周囲を気にする余裕もなく、その口付けに溺れてしまう。
胸が熱くなって、愛しさで締め付けられそうだ。
由良さんが好き。ずっと一緒にいたい。たとえそれで由良さんが苦しむことになっても、その時はいつだって俺が寄り添うから。そんな想いが募っていく。
「…っ、好き、です。」
唇が離れた後、まだ息も整わないまま途切れ途切れに紡いだ。
「僕も好きだよ。君がいないと生きていけない。ずっと一緒にいて。」
彼はなんの躊躇もなくそう返し、今度は俺の額にキスを落とす。
「ありがとうございます。」
気づけばそう溢していた。
“ずっと一緒にいて”、と、こんな1日を乗り越えて尚躊躇いなく紡がれた言葉が幸せで。
ただ、こんなにも愛してくれてありがとうと、伝えたかった。
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