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第2部
前進⑥
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…ごめんなさい、じゃないよね…。
部屋を出たあと、由良さんを見上げながら考えた。
俺が想像できるようなことは全て承知でここまでしてくれたのだから、俺の言う言葉はきっと謝罪じゃない。
「あの、ありがとうございます…。」
俺がそう告げると、彼はまず口元に穏やかな笑みを浮かべたが、それから少し不安げに眉根を寄せた。
…俺、何かしたかな?
「かっとなってしまったから、怖い思いをさせてない?」
尋ねられ、彼が不安がっている理由に驚く。
怖い思いはしていない。
たしかに由良さんの威圧的な声には震えたけれど、恐怖とか、そう言う類の感情は抱かなかった。
由良さんが御坂に対して怒っている間は余裕がなくてただ黙って固まっていることしかできなかったが、今あの時の彼の表情や声、言葉を思い出すと痛いくらいに心臓が疼いて泣きそうなくらいに嬉しくなる。
「いえ、その、
…格好良くて嬉しかった…。」
正直に答えると、由良さんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「格好悪い、の間違いじゃないかな?頭に血が上ると言う経験を人生で初めてしたよ。恥ずかしい。」
「なおさら嬉しっ…あれっ… 」
突然涙が溢れてきて戸惑う。
俺のことで人生で初めて頭に血が上ったと言ってくれたことは嬉しい。
でも、嬉しいけれど同じくらいにやるせなくて。
きっと仕事のことでとても迷惑をかけてしまった。
ごめんなさいを言ったら由良さんのしてくれたことを否定してしまう気がするからそれは言わないけれど、でもこの涙を止めることもできなくて。
「…幹斗君、こっちを見て。」
柱の影に連れ込まれ、優しくあごを掬われる。
目を開ければ、温かい光を宿した彼の瞳が視界に入った。
「僕ね、もともとこの会社を辞めようと思っていたんだ。嘘じゃない。一年前からずっと他社から誘いがかかっているんだ。
部署も同じで、役職は一つ下になるけど給与もそっちの方が高い。自宅からの距離も一駅先になるだけ。昨日その話を受けたから、ここはもう辞める。」
「えっ…。」
会社を移ると言う話の内容より、その話を今この状況で彼が俺に聞かせたことに驚く。
「もちろん辞める辞めないに関わらず今日ぐらいの事はした。むしろし足りないくらいだと思う。…ただ、今回の件について、君が僕のために泣く必要はないって、それだけ伝えたくて。幹斗君は優しいから。」
…どうして。
また涙が溢れてくる。
どうして由良さんはこんなにも俺の気持ちをわかってくれるのだろうか。
いつだってまるでエスパーみたいに俺の心を読んで欲しい言葉をくれる。
「…いつ、俺の心を読んだんっ、ですかっ… 」
「いつも幹斗君を見てる。」
非科学的な俺の問いかけに対する由良さんの答えは、噛み合っていないようで案外噛み合っていた。
いつも見ているから君のことならなんでもわかると、きっとそう言う意味なのだろう。
「このあとデートしようか。どこ行きたい?」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように由良さんが話題を変えてくれた。
でも今どこに行きたいと聞かれたら、困ってしまう。
どうしようもなく彼に忠誠を示したい…つまりプレイをして欲しいと思ってしまったから。
じっと彼の目を見つめると、“参ったな”、と言いながら彼は今度は少し雑に俺の頭をくしゃりと撫でる。
「身体は大丈夫?」
「大丈夫です。」
「じゃあ家に帰ろうか。」
…どうしよう、心臓、うるさい…。
目を見ただけで俺の考えを理解してくれるなんて、やっぱり由良さんは少しおかしい。
でもそんなところも大好きだと、心の中で少し惚気てみた。
部屋を出たあと、由良さんを見上げながら考えた。
俺が想像できるようなことは全て承知でここまでしてくれたのだから、俺の言う言葉はきっと謝罪じゃない。
「あの、ありがとうございます…。」
俺がそう告げると、彼はまず口元に穏やかな笑みを浮かべたが、それから少し不安げに眉根を寄せた。
…俺、何かしたかな?
「かっとなってしまったから、怖い思いをさせてない?」
尋ねられ、彼が不安がっている理由に驚く。
怖い思いはしていない。
たしかに由良さんの威圧的な声には震えたけれど、恐怖とか、そう言う類の感情は抱かなかった。
由良さんが御坂に対して怒っている間は余裕がなくてただ黙って固まっていることしかできなかったが、今あの時の彼の表情や声、言葉を思い出すと痛いくらいに心臓が疼いて泣きそうなくらいに嬉しくなる。
「いえ、その、
…格好良くて嬉しかった…。」
正直に答えると、由良さんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「格好悪い、の間違いじゃないかな?頭に血が上ると言う経験を人生で初めてしたよ。恥ずかしい。」
「なおさら嬉しっ…あれっ… 」
突然涙が溢れてきて戸惑う。
俺のことで人生で初めて頭に血が上ったと言ってくれたことは嬉しい。
でも、嬉しいけれど同じくらいにやるせなくて。
きっと仕事のことでとても迷惑をかけてしまった。
ごめんなさいを言ったら由良さんのしてくれたことを否定してしまう気がするからそれは言わないけれど、でもこの涙を止めることもできなくて。
「…幹斗君、こっちを見て。」
柱の影に連れ込まれ、優しくあごを掬われる。
目を開ければ、温かい光を宿した彼の瞳が視界に入った。
「僕ね、もともとこの会社を辞めようと思っていたんだ。嘘じゃない。一年前からずっと他社から誘いがかかっているんだ。
部署も同じで、役職は一つ下になるけど給与もそっちの方が高い。自宅からの距離も一駅先になるだけ。昨日その話を受けたから、ここはもう辞める。」
「えっ…。」
会社を移ると言う話の内容より、その話を今この状況で彼が俺に聞かせたことに驚く。
「もちろん辞める辞めないに関わらず今日ぐらいの事はした。むしろし足りないくらいだと思う。…ただ、今回の件について、君が僕のために泣く必要はないって、それだけ伝えたくて。幹斗君は優しいから。」
…どうして。
また涙が溢れてくる。
どうして由良さんはこんなにも俺の気持ちをわかってくれるのだろうか。
いつだってまるでエスパーみたいに俺の心を読んで欲しい言葉をくれる。
「…いつ、俺の心を読んだんっ、ですかっ… 」
「いつも幹斗君を見てる。」
非科学的な俺の問いかけに対する由良さんの答えは、噛み合っていないようで案外噛み合っていた。
いつも見ているから君のことならなんでもわかると、きっとそう言う意味なのだろう。
「このあとデートしようか。どこ行きたい?」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように由良さんが話題を変えてくれた。
でも今どこに行きたいと聞かれたら、困ってしまう。
どうしようもなく彼に忠誠を示したい…つまりプレイをして欲しいと思ってしまったから。
じっと彼の目を見つめると、“参ったな”、と言いながら彼は今度は少し雑に俺の頭をくしゃりと撫でる。
「身体は大丈夫?」
「大丈夫です。」
「じゃあ家に帰ろうか。」
…どうしよう、心臓、うるさい…。
目を見ただけで俺の考えを理解してくれるなんて、やっぱり由良さんは少しおかしい。
でもそんなところも大好きだと、心の中で少し惚気てみた。
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