跪くのはあなただけ

沈丁花

文字の大きさ
上 下
43 / 57

ep41

しおりを挟む
素早く、気づかれないうちに全員と目を合わせる。

カタン、と、動画を撮っていた者の手からスマホが落ちた。幸い、場の全員に聞いてくれたようだった。全員がやはり一葉の性を知らなかったらしく動揺が伺える。

安心して、紅司を縛る縄を解いていく。きつく縛られたところは、懐のナイフで切り離して。

紅司を座らせ、目隠しを解いた。彼は怒っていて、彼の放つ殺気は相当なもの。

場にいた何人かが失禁するほど、それは恐怖だったのだろう。

幸い周りにたっぷりとあった縄で場の全員を拘束していく。話すことさえできないほどの恐怖に駆られているとは思うが、一応話せないよう口も縛っておく。

「俺の一葉に触れるとは、いい度胸をしているな?」

ぐったりとした身体で、それでも不適に微笑んで。

「よくやった、一葉。kneel跪け。」

紅司が一葉にどこまでも優しく、そう声かけた。その足元に跪いて、一葉はじっと褒美アフターケアを待つ。

このようなことをしている場合ではなく、一刻も早くこの場を去るべきだが、一葉の精神はもう限界だった。

バッドトリップするかギリギリのところだったから、紅司の優しい声だけでも、達しそうなほど心地いい。

「いい子だ。」

だらりと垂らされた力無い腕が、それでもゆっくり、一葉の方へと向けられる。

首の付け根を、くの字に曲げられた紅司の人差し指に、猫を扱うように甘やかに擦られた。

「ふぅ…、あっ…ぁ… 」

気持ちよくてたまらない。頭がふわふわする。

でも、しばらくしてふと我に返った。

「…行きましょう、紅司様。」

立ち上がり、彼の腕を自分の肩に乗せる。

「帰ったらたっぷり褒美をやらないとな。」

「その前に医師を呼びましょう。当主様にもお話ししなくては。」

紅司の身体のほぼ全体重を支えながら、一葉はその場を後にした。助手席に紅司を座らせて、屋敷の家令に連絡を取る。

「…一葉。」

ふと、紅司が横でつぶやいた。濡れた髪の間から、端正な顔立ちがのぞく。

「はい。」

紅司を支えると同時に傘をさすことはできなかった。風邪をひいてしまわないように、タオルで彼の髪をぬぐいながら返事をした。



「ありがとう。

…お前がいてくれて助かった。優秀なSwitchのパートナーがいて。」

震える唇から紡がれた言葉は、低く、優しく響く。

「… 」

はっとして、気付いた時にはもう、視界がぼやけていた。…やばい、早く帰らなきゃいけないのに。

‘優秀なSwitchがいてくれてよかった。’

その言葉は、一葉の中にずっと刺さっていた棘を、一瞬にして消し去るような、そんな力を持っていた。

ずっと、自分の第2性が憎かった。こんなものなければいいと思っていた。

この性で損したことはあっても、得したことなど一度もなくて。

ただでさえハーフで目立つのに、加えてSwitch。突っかかられることなどざらだった。弱いDomであった育ての親に捨てられ、面白がられて引き取られた先でも捨てられて。

どうしてこんな半端者に生まれてきてしまったのだろうかと。

だから、嬉しかった。この人のそばにいることができる自分は、誰よりも幸せだと思う。

「…たくさん、傷つけてしまったな。」

頬にできた痣は、治るのに当分かかるだろう。背中も、少しでも背もたれに身体をつけると痛む。

「ははっ、勲章ですよ。」

「… 」

何も返事がないのが気になって紅司の方を振り返ると、彼は驚いたように目を丸くしていた。その視線の先、じっと一葉を見つめている。

「そんな風に笑うんだな。」

「…わ、私だって笑います。」

何故だか妙に恥ずかしくて、そっぽを向き車を走らせる。確かに、何かが吹っ切れたような気分だった。

…とんでもない事件が、起きたのに。

「そういえば、桃香さん、あのまま放り出されて… 」

はっと思い出す。あの雨の中放り出されたのだから、迎えに行かなければ…

「ああ、さっき連絡が来た。すぐにパートナーが迎えに来たらしい。」

少しずつ弱まってきた雨は、ちょうど屋敷についた時に完全に止んだ。たくさん泣いてすっきりしたのか、雲間からは燦々と太陽の光が降り注いで。

「虹だな。」

「…ですね。」

空には大きく虹がかかった。虹の向こうの雲間からは、天使の梯子がのぞいている。

写真など撮る気力もなかったから、せめてこの晴れやかで幻想的な美しい風景をこの目に焼き付けたいと、そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

葵君は調教されて………

さくらさく
BL
昔書いた小説を掲載させていただきます。 葵君という少年が田中という男に調教されてしまうお話です。 ハードなエッちぃ内容になります。 ところによって胸糞要素有。 お読みになるときは上記のことを了承していただくようお願いします。

【R18】異世界で傭兵仲間に調教された件

がくん
BL
あらすじ その背中は──俺の英雄であり、悪党だった。 物分かりのいい人間を演じてきた学生、イズミケントは現実で爆発事故に巻き込まれた。 異世界で放浪していたケントを魔獣から助けたのは悪党面の傭兵マラークだった。 行き場のなかったケントはマラークについていき、新人傭兵として生きていく事を選んだがケントには魔力がなかった。 だがケントにはユニークスキルというものを持っていた。精変換──それは男の精液を取り入れた分だけ魔力に変換するという歪なスキルだった。 憧れた男のように強くなりたいと願ったケントはある日、心を殺してマラークの精液を求めた。 最初は魔力が欲しかっただけなのに── 仲間と性行為を繰り返し、歪んだ支援魔法師として生きるケント。 戦闘の天才と言われる傲慢な男マラーク。 駄犬みたいな後輩だが弓は凄腕のハーヴェイ。 3人の傭兵が日常と性行為を経て、ひとつの小隊へとなっていく物語。 初投稿、BLエロ重視にスポット置いた小説です。耐性のない方は戻って頂ければ。 趣味丸出しですが好みの合う方にはハマるかと思います。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

普段は優しいけど夜はドSのDOM彼氏ができました

いちみやりょう
BL
▲Dom/Subユニバースの設定をお借りしてる上にもしかしたら変えてしまっているかもしれません▲ 「んっ、はぁ……はぁ」 「いいこですね。ほら、Look目をそらさないで」 先生を見つめると優しく微笑んで頭を撫でてくれる。 「えらいですよ。いいこ、いいこ」 その僕を褒める声が低く心地いいから、僕はすごく安心するんだ。 先生と付き合える人はどんな人なんだろう。 きっとすごく可愛いsubなんだろうな。 神崎先生はものすごく優しいプレイをするし、きっとパートナーは甘やかしたいタイプなんだろうなぁ。 そう、思っていたのに……。 「やっぱり透はドMだったんですね。Cum《イけ》、イきなさい、透」 「ぁぁああ、ぁ、ん」 「Cum《イけ》、Cum《イけ》 ……ああ、イってる最中の透の中、うねうねして最高に気持ちいいですよ」 「はぁ、んぁ、もう、むりぃ……んっぁ」 「無理? まだ大丈夫でしょう? ほらCum《イけ》 、イきなさい、Cum《イけ》」 「ひ、んっぁぁあああ!!」 パートナーになったらこんなにドSだったなんて……。 ーーーーーーーーー

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

処理中です...