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ep41
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素早く、気づかれないうちに全員と目を合わせる。
カタン、と、動画を撮っていた者の手からスマホが落ちた。幸い、場の全員に聞いてくれたようだった。全員がやはり一葉の性を知らなかったらしく動揺が伺える。
安心して、紅司を縛る縄を解いていく。きつく縛られたところは、懐のナイフで切り離して。
紅司を座らせ、目隠しを解いた。彼は怒っていて、彼の放つ殺気は相当なもの。
場にいた何人かが失禁するほど、それは恐怖だったのだろう。
幸い周りにたっぷりとあった縄で場の全員を拘束していく。話すことさえできないほどの恐怖に駆られているとは思うが、一応話せないよう口も縛っておく。
「俺の一葉に触れるとは、いい度胸をしているな?」
ぐったりとした身体で、それでも不適に微笑んで。
「よくやった、一葉。kneel。」
紅司が一葉にどこまでも優しく、そう声かけた。その足元に跪いて、一葉はじっと褒美を待つ。
このようなことをしている場合ではなく、一刻も早くこの場を去るべきだが、一葉の精神はもう限界だった。
バッドトリップするかギリギリのところだったから、紅司の優しい声だけでも、達しそうなほど心地いい。
「いい子だ。」
だらりと垂らされた力無い腕が、それでもゆっくり、一葉の方へと向けられる。
首の付け根を、くの字に曲げられた紅司の人差し指に、猫を扱うように甘やかに擦られた。
「ふぅ…、あっ…ぁ… 」
気持ちよくてたまらない。頭がふわふわする。
でも、しばらくしてふと我に返った。
「…行きましょう、紅司様。」
立ち上がり、彼の腕を自分の肩に乗せる。
「帰ったらたっぷり褒美をやらないとな。」
「その前に医師を呼びましょう。当主様にもお話ししなくては。」
紅司の身体のほぼ全体重を支えながら、一葉はその場を後にした。助手席に紅司を座らせて、屋敷の家令に連絡を取る。
「…一葉。」
ふと、紅司が横でつぶやいた。濡れた髪の間から、端正な顔立ちがのぞく。
「はい。」
紅司を支えると同時に傘をさすことはできなかった。風邪をひいてしまわないように、タオルで彼の髪をぬぐいながら返事をした。
「ありがとう。
…お前がいてくれて助かった。優秀なSwitchのパートナーがいて。」
震える唇から紡がれた言葉は、低く、優しく響く。
「… 」
はっとして、気付いた時にはもう、視界がぼやけていた。…やばい、早く帰らなきゃいけないのに。
‘優秀なSwitchがいてくれてよかった。’
その言葉は、一葉の中にずっと刺さっていた棘を、一瞬にして消し去るような、そんな力を持っていた。
ずっと、自分の第2性が憎かった。こんなものなければいいと思っていた。
この性で損したことはあっても、得したことなど一度もなくて。
ただでさえハーフで目立つのに、加えてSwitch。突っかかられることなどざらだった。弱いDomであった育ての親に捨てられ、面白がられて引き取られた先でも捨てられて。
どうしてこんな半端者に生まれてきてしまったのだろうかと。
だから、嬉しかった。この人のそばにいることができる自分は、誰よりも幸せだと思う。
「…たくさん、傷つけてしまったな。」
頬にできた痣は、治るのに当分かかるだろう。背中も、少しでも背もたれに身体をつけると痛む。
「ははっ、勲章ですよ。」
「… 」
何も返事がないのが気になって紅司の方を振り返ると、彼は驚いたように目を丸くしていた。その視線の先、じっと一葉を見つめている。
「そんな風に笑うんだな。」
「…わ、私だって笑います。」
何故だか妙に恥ずかしくて、そっぽを向き車を走らせる。確かに、何かが吹っ切れたような気分だった。
…とんでもない事件が、起きたのに。
「そういえば、桃香さん、あのまま放り出されて… 」
はっと思い出す。あの雨の中放り出されたのだから、迎えに行かなければ…
「ああ、さっき連絡が来た。すぐにパートナーが迎えに来たらしい。」
少しずつ弱まってきた雨は、ちょうど屋敷についた時に完全に止んだ。たくさん泣いてすっきりしたのか、雲間からは燦々と太陽の光が降り注いで。
「虹だな。」
「…ですね。」
空には大きく虹がかかった。虹の向こうの雲間からは、天使の梯子がのぞいている。
写真など撮る気力もなかったから、せめてこの晴れやかで幻想的な美しい風景をこの目に焼き付けたいと、そう思った。
カタン、と、動画を撮っていた者の手からスマホが落ちた。幸い、場の全員に聞いてくれたようだった。全員がやはり一葉の性を知らなかったらしく動揺が伺える。
安心して、紅司を縛る縄を解いていく。きつく縛られたところは、懐のナイフで切り離して。
紅司を座らせ、目隠しを解いた。彼は怒っていて、彼の放つ殺気は相当なもの。
場にいた何人かが失禁するほど、それは恐怖だったのだろう。
幸い周りにたっぷりとあった縄で場の全員を拘束していく。話すことさえできないほどの恐怖に駆られているとは思うが、一応話せないよう口も縛っておく。
「俺の一葉に触れるとは、いい度胸をしているな?」
ぐったりとした身体で、それでも不適に微笑んで。
「よくやった、一葉。kneel。」
紅司が一葉にどこまでも優しく、そう声かけた。その足元に跪いて、一葉はじっと褒美を待つ。
このようなことをしている場合ではなく、一刻も早くこの場を去るべきだが、一葉の精神はもう限界だった。
バッドトリップするかギリギリのところだったから、紅司の優しい声だけでも、達しそうなほど心地いい。
「いい子だ。」
だらりと垂らされた力無い腕が、それでもゆっくり、一葉の方へと向けられる。
首の付け根を、くの字に曲げられた紅司の人差し指に、猫を扱うように甘やかに擦られた。
「ふぅ…、あっ…ぁ… 」
気持ちよくてたまらない。頭がふわふわする。
でも、しばらくしてふと我に返った。
「…行きましょう、紅司様。」
立ち上がり、彼の腕を自分の肩に乗せる。
「帰ったらたっぷり褒美をやらないとな。」
「その前に医師を呼びましょう。当主様にもお話ししなくては。」
紅司の身体のほぼ全体重を支えながら、一葉はその場を後にした。助手席に紅司を座らせて、屋敷の家令に連絡を取る。
「…一葉。」
ふと、紅司が横でつぶやいた。濡れた髪の間から、端正な顔立ちがのぞく。
「はい。」
紅司を支えると同時に傘をさすことはできなかった。風邪をひいてしまわないように、タオルで彼の髪をぬぐいながら返事をした。
「ありがとう。
…お前がいてくれて助かった。優秀なSwitchのパートナーがいて。」
震える唇から紡がれた言葉は、低く、優しく響く。
「… 」
はっとして、気付いた時にはもう、視界がぼやけていた。…やばい、早く帰らなきゃいけないのに。
‘優秀なSwitchがいてくれてよかった。’
その言葉は、一葉の中にずっと刺さっていた棘を、一瞬にして消し去るような、そんな力を持っていた。
ずっと、自分の第2性が憎かった。こんなものなければいいと思っていた。
この性で損したことはあっても、得したことなど一度もなくて。
ただでさえハーフで目立つのに、加えてSwitch。突っかかられることなどざらだった。弱いDomであった育ての親に捨てられ、面白がられて引き取られた先でも捨てられて。
どうしてこんな半端者に生まれてきてしまったのだろうかと。
だから、嬉しかった。この人のそばにいることができる自分は、誰よりも幸せだと思う。
「…たくさん、傷つけてしまったな。」
頬にできた痣は、治るのに当分かかるだろう。背中も、少しでも背もたれに身体をつけると痛む。
「ははっ、勲章ですよ。」
「… 」
何も返事がないのが気になって紅司の方を振り返ると、彼は驚いたように目を丸くしていた。その視線の先、じっと一葉を見つめている。
「そんな風に笑うんだな。」
「…わ、私だって笑います。」
何故だか妙に恥ずかしくて、そっぽを向き車を走らせる。確かに、何かが吹っ切れたような気分だった。
…とんでもない事件が、起きたのに。
「そういえば、桃香さん、あのまま放り出されて… 」
はっと思い出す。あの雨の中放り出されたのだから、迎えに行かなければ…
「ああ、さっき連絡が来た。すぐにパートナーが迎えに来たらしい。」
少しずつ弱まってきた雨は、ちょうど屋敷についた時に完全に止んだ。たくさん泣いてすっきりしたのか、雲間からは燦々と太陽の光が降り注いで。
「虹だな。」
「…ですね。」
空には大きく虹がかかった。虹の向こうの雲間からは、天使の梯子がのぞいている。
写真など撮る気力もなかったから、せめてこの晴れやかで幻想的な美しい風景をこの目に焼き付けたいと、そう思った。
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