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悪夢と流れ星③

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「…ん、春崎君。」

心地よい振動と大好きな声に誘われ、礼人はゆっくりと瞼を開いた。

目の前には美しいシトリンの瞳が揺らいでいる。

__…あれ、北瀬先輩…。夢、かな…?

北瀬がなぜここにいるのかわからず、ぱちぱちと瞬きながら口をぽかんと開けていると、くすぐったそうに笑んだ北瀬の唇がそっと額に触れた。

「おはようございます。」

淡雪のように柔らかな声が降ってくる。

まるで、御伽噺のエピローグ。幸せな雰囲気に、ここはやはり夢なのだと礼人は確信した。

「えへへ、せんぱい、好きです。」

普段悪い夢ばかり見るから北瀬が夢に出てくるなんて嬉しくて。つい口元が緩んでしまう。

「もしかして誘っていますか?」

脳内お花畑の礼人の目の前で、北瀬はなぜか困ったように唇を歪めた。

「さそう…あっ、ぎゅってしてください!」

彼の質問の意図について少し考えた後、結局理解できず、礼人はそう言って北瀬の方に両手を伸ばす。

普段は北瀬に抱きつきたいだなんてそんな恥ずかしいお願いはできないけれど、きっと夢なら大丈夫だ。

本音を言えば、彼の温もりが大好きだから、叶うならいつだってずっと包み込まれていたい。

北瀬の表情がさらに困惑の色を帯びる。

「念のため確認しておきますが、ここはどこですか?」

「えっと、僕の夢の中…?です。」

なぜそんなことを聞くのだろうとか礼人が首を傾げる一方で、北瀬は納得したように頷き、柔らかに微笑んだ。

「そうですか。…では、靴を脱いで…そうです。こちらへ来られますか?」

言われた通りに靴を脱げば、彼の手が礼人を運転席へと誘う。

そのまま北瀬の太腿に向かい合わせに乗せられ、ぎゅっと抱きしめられた。

「先輩のにおい…。」

彼の胸に顔を埋め、さわやかな香りと彼の温もりをふんだんに貪る。幸せでたまらない。

しかし、胸に顔を押し付けているうちに、北瀬の心臓があまりにも強く脈打っていることに気が付き、礼人は驚いて顔を上げた。

__…先輩がどきどきしてくれて嬉しいなあ…。あれ、でも、夢ってこんなにリアルだったっけ…?そういえばなんでここ、車なんだっけ…?…そうだ、深夜に先輩からLINEが来て……

自分が今なぜここにいるのかを思い出して、顔がみるみるうちに熱くなっていく。

これが夢じゃないのであれば、今自分はかなり大胆なことをしでかしているのではないか。

上を向いたまま固まっていると、北瀬の顔がだんだんと近くなり、唇に彼の唇が押しつけられた。

__…えっ、これ、キス…?

何が起こっているのかをうまく脳で処理することができない。

ただ、すでにこんなにも顔が熱いのに、キスなんてされたら心臓がもたないと思った。

現に速くなりすぎて胸から飛び出してしまうのではないかと怖くなる。

何度か唇を喰まれ、色を帯びた水音が響いた。

__…ど、どうしよう、息、できない…。

息の仕方が分からず混乱し、ぎゅっと目を瞑る。

しかし、呼吸を中断した苦しさの中に確かに快楽に似た甘美な感覚があり、不思議な感覚だった。

やがて唇が離れ、困ったように微笑む北瀬と目が合う。

妖艶に光る濡れた唇が先ほどまでの行為を証明しているようで、礼人は何も言えず俯いた。

「君はいささか無防備が過ぎます。なのでお仕置きです。」

__…そうだよね、夢と勘違いしていきなり抱きしめてくださいなんて、おかしいよね…。

「…お、怒ってますか…?」

恐る恐る彼を見上げれば、今度は優しく頭を撫でられる。

「いえ、あまりに可愛いから、襲いそうになるのを堪えていました。」

「襲う…?」

「…なんでもありません。それより、外に出ましょう。ちょうどピークの時間帯です。」

「そうだ、流れ星!!」

北瀬が靴を履かせてくれ、運転席からそのまま外に出た。

空には普段見上げた時よりもずっとたくさんの星々が煌めいていて、礼人は思わず“わあ”、と声を上げる。

「雲がひとつもないなんて、幸運ですね。」

後から降りてきた北瀬がさりげなく手を繋ぎながら囁いた。

周りに誰もいないから、こうして外で話すことができるのだろう。

はじめて流れ星を見に来れたことと、北瀬と外で会話ができること、二重の喜びを噛み締めながら、礼人は空に流れ星を探しはじめた。
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