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夜のお迎えと予想外のデート②

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北瀬が車のドアを開け、“乗って”、というように優しく礼人の背中を押す。

手が離れてしまうのを名残惜しく思いながら、礼人あやとは礼をして助手席に座った。

車の中、せめて残りの温もりが出て行かないようにと繋いでいた方の手をもう片方の手で握りしめるけれど、もう片方の手は冷たく、かえって早く熱が奪われてしまい後悔する。

「春崎君、どうかしましたか?」

両手を握り合わせたまま俯いていると、低く掠れた穏やかな声が鼓膜を震わせた。

“北瀬”、“氷王子”といった印象とは違い、北瀬の声はどこまでも優しく、春のような温かさを帯びている。

そして、以前思いを伝え合った日以来はじめて聞いたその声音に、礼人の心臓はまたとくんと一回変則的に跳ねた。

「あの、…いえ…。」

うわずった声で答えながら、シートベルトを手に取る。

ここから礼人の家までは車でせいぜい5分程度。

シートベルトを嵌め発進してしまえばこの時間はすぐに終わってしまうのだと思うと、なんだか寂しくて動きが遅くなってしまう。

「このあと、何か予定はありますか?」

ふと尋ねられ、礼人は首を傾げた。夜の礼人に家で過ごす以外の予定は基本的にない。

「えっと、ありません。」

あるなしで答えるのが正解なのか、それとも実はもっと複雑な質問なのか。

少し悩んだ末に単純な答えを告げれば、北瀬にじっと目を見つめられた。

「では俺の家で少しゆっくりして行きませんか?」

__先輩の家に…?そうしたらもっと一緒にいられて嬉しい…。

月明かりに照らされた北瀬の瞳は、まるでそれ自体が月であるかのように妖艶で美しく、礼人はその光に吸い込まれるようにして、一瞬欲求のままに頷きかける。

しかしぎりぎりのところで我に帰り、口を開いた。

「あの、でも、…その、実験が…。」

「実験は趣味みたいなものなので、毎日する必要はありません。…君がそばにいてくれるなら、なおさら。一緒にいてくれませんか?」

甘い言葉が胸を疼かせる。

ねだるようにそう言われてしまっては断ることができないし、もとから礼人側に断る理由はない。

「あの、…ぼ、僕も、もう少し一緒がいいです。」

答えれば、“じゃあ決まりですね”、と北瀬は嬉しそうに口元を綻ばせた。

そのままぐっと礼人の方に彼の身体が傾く。

何をされるのだろうと不思議に思いながら異常に近い彼との距離にドキドキしていると、かちゃりとシートベルトを締める音がした。

「…あっ…。」

思わず声を漏らした礼人にふわりと笑いかけてから、北瀬はハンドルに手をかける。

「着いたら映画でも見ましょう。どんな映画が好みですか?それとも何か他のことがいいですか?」

「えっと、怖くないのなら全部好きです。」

「ミュージカルは?」

「楽しくて好きです。」

「ではそれを。」

あんなに緊張していたはずなのに、移動しながら話しているうちに不思議と落ち着いて、車が止まる頃には礼人はすっかり彼との会話を楽しんでいた。
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