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第二部
お礼と初夜の準備①(東弥side)
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“はい。…あれ、東弥君?”
「はい。お二人に用事があって。」
“すぐ出るから待っていて。”
由良の家のチャイムを押すと、驚いたような由良の声がインターホンから返ってきた。
「幹斗さんのとこ、行くんじゃないの…?」
横で静留が不思議そうに首を傾げているのがかわいらしい。
そう、今日は今回の騒動で世話になったからと由良と幹斗にお礼をしにきたのだが、幹斗が昨日から由良の家に泊まっているというので由良の家まで訪ねてきたのだった。
「幹斗もいるよ。」
言い聞かせ、静留の頭を撫でながらドアが開くのを待つ。
静留はまだ不思議そうにしていたが、ドアが開き幹斗が出てくると安心したようにふわりと笑んだ。
「わざわざ来てくれてありがとう。…あれ、東弥、もう普通に歩いても大丈夫なの?」
「うん。静留にも手伝ってもらって、リハビリも終わったから。明後日から大学も普通に通える。幹斗も色々ありがとう。」
「そっか、よかった。あとさ、解析のレポートなんだけど、わからない問題があって。」
「どこ?」
東弥がしばらく幹斗と話していると静留はなぜか眉を潜め東弥と幹斗を何度か交互にきょろきょろと見始める。
しかし何かを諦めたようにしたあと今度は幹斗の後ろにいた由良の方を向き、持っていた荷物を差し出した。
「あきづきさん、これ、おふたりにおれいです!」
東弥は幹斗とレポートの問題の確認をしながらその様子を横目で眺める。
緊張した面持ちで慣れない敬語を使っている姿が微笑ましい。
「ありがとう。受け取らせてもらうね。…この封筒は?」
由良はにこやかにそれを受け取ったが、封筒を見て少し怪訝そうな表情をした。
お金が入っていると勘違いしたのかもしれない。
「僕のコンサートのチケット、もしお時間があれば…。」
静留が少し恥ずかしそうに答えると、由良は静留に対し穏やかに微笑んでそれを受け取った。
「それは嬉しいな。静留君のピアノは聴いていてとても心地いいから、一度はコンサートに行ってみたいと思っていたんだ。」
「ほんとう!?…あっ…。ほんとうですか?」
「無理に敬語を使わなくてもいいよ。もちろん事実だ。もともとCDは持っていたけれど、チケットはなかなか取れなくてね。」
穏やかに微笑む由良と、緊張で少し顔を赤くしながらも嬉しそうに話す静留。
いつのまにか幹斗も東弥もレポートについて話すどころではなくなり、2人の間に流れているなんとも言えない幸せそうな空気に凄まじい危機感を覚え始めた。
「じゃあ静留、そろそろ行こうか。」
東弥はついそう言いながら静留の手を引いてしまい、幹斗もまた由良に腕を巻き付け、
「そ、そうですね、由良さんもそんな格好では寒いでしょうし、そろそろ中に入りましょう。」
と焦ったように中に由良を引っ張り始めた。
「…もう、おべんきょうのおはなしはいいの…?」
静留が尋ねてきたので、実際は終わってないが東弥は微笑んでうなずく。
あとはLINEでどうとでもなる。
対する由良は、
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。上がってお茶でもしていく?」
とにこやかに答えて。
静留が目を輝かせ始めたので、慌てて適当に言い繕って車に戻った東弥だった。
幹斗達と谷津達にそれぞれ挨拶を終え帰ってくると、静留はピアノには目もくれず、リビングのソファーに座っていた東弥の身体にぴったりと彼の身体を寄り添わせてきた。
「どうしたの?静留。」
尋ねるも、言葉は返ってこない。
代わりに彼のオニキスのような瞳は大きく見開かれじっと東弥を覗いていて、明るい照明をキラキラと乱反射する。
「静留、Say. 」
彼の中のなにか言いたげな思いを感じ取り、東弥はglareを放ちながら言葉を促した。
こうしてglareで促す行為が良いものかどうかはわからない。
しかし言いたい言葉を飲み込んで欲しくないという思いから、彼が言葉を我慢しているとき東弥はついこうしてcommandを放ってしまう。
濡羽色の瞳が一瞬ためらうように泳いだあと、淡い唇が徐に開いた。
「…あしたで、さいごだね…。」
紡がれたあえやかな声はどこか寂しげで、それと同時に彼の瞳にかかる睫毛のヴェールがしっとりと露に濡れていく。
氷細工のように繊細でどこまでも美しいその光景をいつまでも見ていたいと思う一方で、その涙が溢れるまえに止めてやりたいという焦りもまた脳を支配した。
あの事件から1ヶ月近くが経ち、もう東弥は事件の前と同じように支障なく日常生活を送るようになった。家事をすることにも、静留の髪を乾かすことにも、その華奢な身体を抱きしめることにも抱き上げることにも少しも難はない。
東弥にとってそれは喜ばしいことで、けれど考えてみれば明後日からまた静留は家で1人の時間を過ごすのだ。
「寂しい?」
「…うん。」
寂しいかと尋ねると彼は小さく首を縦に振る。
彼の瞳から滴が落ち無かったことに安堵しながら、彼になんと声をかけていいかがわからず、東弥はただ彼の頭を優しく撫でた。
穏やかな沈黙が場を支配するその中で、しばらく東弥に身を預けていた静留がふと小さく息を吸って東弥に向き直った。
「…わがまま、してもいい…?」
「えっ…?」
わがままを言いたい、という自発的な言葉に驚いて、思わず聞き返してしまう。
自分が能動的にしたいと思ったことを自分の意思で彼が口に出したことは、もしかしたら初めてかもしれない。
__成長したな。
彼の成長に少し寂しさを感じる反面、彼が東弥に対する望みを自ら口にしたことへの喜びの方が大きく、東弥は口元を綻ばせる。
「うん。なんでも言って。」
東弥が頷けば彼は安心したように桜色の唇に柔らかな笑みを浮かべた。
「…あの、ね、…じゅんび、したいの。」
「…えっ…?」
「東弥さんとつながる、じゅんびがしたいの。…だめ、かな…?」
繋がる準備、と聞いて性的な行為を浮かべるのは東弥の心が汚れているからだろうか。
しかし静留の方も白い頬を薄紅に染めて瞳を潤ませ、明らかに普段と様子が違う。
「それは、…collarをつける準備をしたいって意味で合ってる?」
言葉を選んで尋ね返せば静留は俯いて首を縦に振る。
「じゃあ今夜、少しだけ関係を進めてもいいかな?」
「…ほんとう?」
続けてそう言えば彼は心底嬉しそうに目を輝かせて、そんな彼の仕草に、普段感じるものの何倍もの愛しさを覚えた。
今すぐにでもベッドに押し倒しその華奢な身体に自分を受け入れてほしいとも思う。
今までも何度もそう思ったことがあった。
けれど、愛しい彼の初めての行為が幸せな思い出になるようにゆっくりと彼の身体を開いていきたいという、その思いの方がずっと強いから、しない。
押し倒す代わりに唇を奪えば、静留の手が東弥の背中に回される。
互いの熱を交換するように深く唇を重ね舌を絡め合う中で、思いを伝え合ったあの日のまだ口づけすら知らなかった彼を思い出し、なんとも言えない感情が込み上げてきて強くその身体を抱きしめた。
「はい。お二人に用事があって。」
“すぐ出るから待っていて。”
由良の家のチャイムを押すと、驚いたような由良の声がインターホンから返ってきた。
「幹斗さんのとこ、行くんじゃないの…?」
横で静留が不思議そうに首を傾げているのがかわいらしい。
そう、今日は今回の騒動で世話になったからと由良と幹斗にお礼をしにきたのだが、幹斗が昨日から由良の家に泊まっているというので由良の家まで訪ねてきたのだった。
「幹斗もいるよ。」
言い聞かせ、静留の頭を撫でながらドアが開くのを待つ。
静留はまだ不思議そうにしていたが、ドアが開き幹斗が出てくると安心したようにふわりと笑んだ。
「わざわざ来てくれてありがとう。…あれ、東弥、もう普通に歩いても大丈夫なの?」
「うん。静留にも手伝ってもらって、リハビリも終わったから。明後日から大学も普通に通える。幹斗も色々ありがとう。」
「そっか、よかった。あとさ、解析のレポートなんだけど、わからない問題があって。」
「どこ?」
東弥がしばらく幹斗と話していると静留はなぜか眉を潜め東弥と幹斗を何度か交互にきょろきょろと見始める。
しかし何かを諦めたようにしたあと今度は幹斗の後ろにいた由良の方を向き、持っていた荷物を差し出した。
「あきづきさん、これ、おふたりにおれいです!」
東弥は幹斗とレポートの問題の確認をしながらその様子を横目で眺める。
緊張した面持ちで慣れない敬語を使っている姿が微笑ましい。
「ありがとう。受け取らせてもらうね。…この封筒は?」
由良はにこやかにそれを受け取ったが、封筒を見て少し怪訝そうな表情をした。
お金が入っていると勘違いしたのかもしれない。
「僕のコンサートのチケット、もしお時間があれば…。」
静留が少し恥ずかしそうに答えると、由良は静留に対し穏やかに微笑んでそれを受け取った。
「それは嬉しいな。静留君のピアノは聴いていてとても心地いいから、一度はコンサートに行ってみたいと思っていたんだ。」
「ほんとう!?…あっ…。ほんとうですか?」
「無理に敬語を使わなくてもいいよ。もちろん事実だ。もともとCDは持っていたけれど、チケットはなかなか取れなくてね。」
穏やかに微笑む由良と、緊張で少し顔を赤くしながらも嬉しそうに話す静留。
いつのまにか幹斗も東弥もレポートについて話すどころではなくなり、2人の間に流れているなんとも言えない幸せそうな空気に凄まじい危機感を覚え始めた。
「じゃあ静留、そろそろ行こうか。」
東弥はついそう言いながら静留の手を引いてしまい、幹斗もまた由良に腕を巻き付け、
「そ、そうですね、由良さんもそんな格好では寒いでしょうし、そろそろ中に入りましょう。」
と焦ったように中に由良を引っ張り始めた。
「…もう、おべんきょうのおはなしはいいの…?」
静留が尋ねてきたので、実際は終わってないが東弥は微笑んでうなずく。
あとはLINEでどうとでもなる。
対する由良は、
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。上がってお茶でもしていく?」
とにこやかに答えて。
静留が目を輝かせ始めたので、慌てて適当に言い繕って車に戻った東弥だった。
幹斗達と谷津達にそれぞれ挨拶を終え帰ってくると、静留はピアノには目もくれず、リビングのソファーに座っていた東弥の身体にぴったりと彼の身体を寄り添わせてきた。
「どうしたの?静留。」
尋ねるも、言葉は返ってこない。
代わりに彼のオニキスのような瞳は大きく見開かれじっと東弥を覗いていて、明るい照明をキラキラと乱反射する。
「静留、Say. 」
彼の中のなにか言いたげな思いを感じ取り、東弥はglareを放ちながら言葉を促した。
こうしてglareで促す行為が良いものかどうかはわからない。
しかし言いたい言葉を飲み込んで欲しくないという思いから、彼が言葉を我慢しているとき東弥はついこうしてcommandを放ってしまう。
濡羽色の瞳が一瞬ためらうように泳いだあと、淡い唇が徐に開いた。
「…あしたで、さいごだね…。」
紡がれたあえやかな声はどこか寂しげで、それと同時に彼の瞳にかかる睫毛のヴェールがしっとりと露に濡れていく。
氷細工のように繊細でどこまでも美しいその光景をいつまでも見ていたいと思う一方で、その涙が溢れるまえに止めてやりたいという焦りもまた脳を支配した。
あの事件から1ヶ月近くが経ち、もう東弥は事件の前と同じように支障なく日常生活を送るようになった。家事をすることにも、静留の髪を乾かすことにも、その華奢な身体を抱きしめることにも抱き上げることにも少しも難はない。
東弥にとってそれは喜ばしいことで、けれど考えてみれば明後日からまた静留は家で1人の時間を過ごすのだ。
「寂しい?」
「…うん。」
寂しいかと尋ねると彼は小さく首を縦に振る。
彼の瞳から滴が落ち無かったことに安堵しながら、彼になんと声をかけていいかがわからず、東弥はただ彼の頭を優しく撫でた。
穏やかな沈黙が場を支配するその中で、しばらく東弥に身を預けていた静留がふと小さく息を吸って東弥に向き直った。
「…わがまま、してもいい…?」
「えっ…?」
わがままを言いたい、という自発的な言葉に驚いて、思わず聞き返してしまう。
自分が能動的にしたいと思ったことを自分の意思で彼が口に出したことは、もしかしたら初めてかもしれない。
__成長したな。
彼の成長に少し寂しさを感じる反面、彼が東弥に対する望みを自ら口にしたことへの喜びの方が大きく、東弥は口元を綻ばせる。
「うん。なんでも言って。」
東弥が頷けば彼は安心したように桜色の唇に柔らかな笑みを浮かべた。
「…あの、ね、…じゅんび、したいの。」
「…えっ…?」
「東弥さんとつながる、じゅんびがしたいの。…だめ、かな…?」
繋がる準備、と聞いて性的な行為を浮かべるのは東弥の心が汚れているからだろうか。
しかし静留の方も白い頬を薄紅に染めて瞳を潤ませ、明らかに普段と様子が違う。
「それは、…collarをつける準備をしたいって意味で合ってる?」
言葉を選んで尋ね返せば静留は俯いて首を縦に振る。
「じゃあ今夜、少しだけ関係を進めてもいいかな?」
「…ほんとう?」
続けてそう言えば彼は心底嬉しそうに目を輝かせて、そんな彼の仕草に、普段感じるものの何倍もの愛しさを覚えた。
今すぐにでもベッドに押し倒しその華奢な身体に自分を受け入れてほしいとも思う。
今までも何度もそう思ったことがあった。
けれど、愛しい彼の初めての行為が幸せな思い出になるようにゆっくりと彼の身体を開いていきたいという、その思いの方がずっと強いから、しない。
押し倒す代わりに唇を奪えば、静留の手が東弥の背中に回される。
互いの熱を交換するように深く唇を重ね舌を絡め合う中で、思いを伝え合ったあの日のまだ口づけすら知らなかった彼を思い出し、なんとも言えない感情が込み上げてきて強くその身体を抱きしめた。
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