一番近くに。

沈丁花

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指輪と約束の日

結婚指輪?

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「結婚指輪。受け取ってくれる?」

「うん。」

出てきた言葉に驚くあまり脳内で漢字変換できなくて、ただ疑問系の語尾に反射的に肯定を示す。ケッコン…

「け、結婚指輪?」

脳内でやっと処理できた情報が過激すぎて大きい声が上がる。とっさに口をふさぐと、アシュリーは目の前で無邪気に笑う。

「驚き過ぎ。制度上は結婚することはできないから、形だけでも順番は大切にしたかったんだよ。

テオは、今日がなんの日かわかる?」

なんの日だろう。去年アメリアさんの家から戻って付き合い始めたのはもっと後だし、クリスマスも、あまり大きなイベントではないけれど年明けもすでに終わっている。

「何かあった?」

わからないと答えると、アシュリーはだよね、といった。そして上を向いて、何かを思い出すように空を仰ぐ。何か大切な思い出でもあるのだろうか?

「テオが、一緒に暮らしたいって言ってくれた日だよ。

毎年この日だけは、絶対に一日休むことに決めてるんだ。テオと約束したことも、今日の夜にいい出そうかと思ってた。

最近看護師さんたちがなぜか立て続けに体調を崩したせいで忙しくて、無理言って今日一日休みを取るために働きづめだったんだ。」

言われてみれば確かにこの時期だった。でもそれが、彼の中では記念するほどの日になっていたのか。毎回仕事を休んでまで。

「アシュリーにとっては、大切な日?」

なぜだろう、と思って聞いてみる。

「うん。家族ができた日。」

彼は嬉しそうにほおを緩め、もう一度僕の手に目を落とす。

家族、と言う言葉が引っかかった。もうあの日から、僕は彼にとって家族だったのか。

「そっか。

先走って、変に悩んで、ごめんなさい。」

彼なりに考えがあって、準備してくれていたのか。それを1人で不安に思っていたことは、ちゃんと謝るべきだった。

「約束の歳になったのに、何も言わずに仕事ばかりしてたんだから、不安にさせたのは俺の責任だよ。ごめんね。」

彼に謝る必要はないのに、謝られて次に何を言えばいいのだろう。

「今日は、お祝いをしたくて色々買ってきたんだ。夜は俺が作ってもいい?」

黙っていると明るい調子で彼が言う。もうこのことで悩むのは終わり、と終止符を打つような口調だった。

「楽しみにしてる。」

「楽しみにしていてね。」

そしてまた、当たり障りのない会話をしながら食事を終えた。

それでもごちそうさまをした後に席を立ち上がった彼の、夜も楽しみだね、と囁いた声は、明るい食卓にやけに官能的に響いた。
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