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Special Episode:私と師匠のはなし
第32話 私と師匠
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――これはまだ、私が王都にいた頃のお話。
この日は私の15回目の誕生日で薬局の数少ない定休日。
師匠の薬局は不定休。滅多にお店を閉めることはないけど、この日だけは毎年必ずお店を閉めて私のわがままを聞いてくれる。わがままと言ってもいつものように薬師になるための勉強を見てもらうくらい。いつもと変わらぬ一日を過ごし、師匠と一緒にご飯を食べるのが私にとっては一番の贅沢なんです。
「それじゃあ、ソフィー?」
「はい」
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございますっ」
普段通りに過ごすと言っても夕食は誕生日らしくケーキがついてくる。さらに師匠はそこに普段飲まないお酒が入ります。今夜のメニューは私のリクエストで師匠の特製シチュー。これが私にとって一番のご馳走なんです。
「それにしても、毎年同じメニューだけど良かったのかい?」
「はいっ。私、師匠のシチューが世界で一番好きですから」
「それは嬉しいな。ところでソフィー?」
「なんですか」
「キミも15歳。早いものだね」
「そうですね。あれからもう9年なんですね」
「9年って言うのはキリが悪いけどね。来年の今頃は薬師試験に向けて追い込みを掛けているところかな」
「うっ、考えたくない……」
「いまから怖気づいてどうするんだい」
「だ、だって試験は一生に一度。失敗できないんですよ」
「ソフィーなら大丈夫だよ。必ず合格するよ。それに不安なら受験を先延ばしにすれば良いだけだよ。別に16歳で受験しなくても良いんだからね」
「師匠……」
「心配しなくてもキミは僕の弟子なんだ。自信を持ちなさい」
師匠はグラスに残っていたお酒を飲み干すと私をじっと見つめました。その目は優しく、私はその眼差しが好きです。。
「あの、師匠?」
「ん? なんだい?」
「見ず知らずの私を引き取って、ここまで育ててもらえたことにはすごく感謝しています」
「急にどうしたんだい」
「ずっと気になっていたんです。どうして私を引き取ってくれたんだろうって」
私の問いに一瞬だけ難しい顔をする師匠。気になっていたけど聞くに聞けなかった疑問に師匠はどう答えてくれるのかな。嫌われたりしないよね。
「す、すみません。変なこと聞いちゃって」
「――やっぱり覚えてなかったんだね」
「え?」
「ソフィー?」
「は、はい」
「本当はキミを引き取るつもりなどなかったんだ」
「……え?」
引き取るつもりがなかった……? で、でも師匠は現にこうして私を育ててくれている。
「キミのことは本当の娘のように思っているよ。でもあの時はキミを引き取るつもりなどなかったんだ」
「その……どうして引き取ってくれたんですか」
「キミは覚えていないようだけど、キミが僕の手を握って離さなかったんだ。それが理由だよ」
「それだけ……で?」
「そうだよ。当時の僕は独立したばかり。この薬局を開いた直後だったんだ。正直、誰かを養える程の余裕はなかった。親類ならともかく、見ず知らずの子を引き取ろうなんて毛頭なかったよ」
至極当たり前のことを師匠は言っている。それなのに私は大好きな師匠から発せられた言葉にショックを受けた。
「すまない。せっかくの誕生日に嫌な気持ちにさせてしまったね」
「……どうして私は師匠の手を握ったんでしょうか」
「両親を一度に亡くした直後だからね。小さいながらに誰かに縋ろうと必死になっていたのかもしれないね」
「その相手が師匠だった……」
全く覚えていなかった。私はてっきり師匠が「自分が引き取る」と言ったものだと思っていました。私が師匠の手を握っていなかったら……
「――運命、だったのかもしれませんね」
「僕もそう思うよ。キミは僕に運命を託した。そう感じたからキミを引き取ったんだ」
「私、師匠を選んで良かったと思います。ちゃんと育ててもらえたし、薬師になる夢も作ってくれました。師匠に出会て良かったです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「師匠、今更かもしれませんが、私を養子にしてくれてありがとうございました」
「お礼を言うのは僕の方だよ。キミのお陰で薬師を続けられているんだ」
「え?」
「キミと出会っていなかったら、今頃は放浪の旅をしていたかもしれない。こうして薬局を軌道に乗せれたのはキミのお陰だよ」
「薬師を辞めるつもりだったんですか」
「この店が軌道に乗らなかったら廃業するつもりだったんだ。いくら養成学校を首席で卒業しても経営者としての素質があるかと言えば、それは別問題だからね」
師匠は「あの頃の僕にはその素質がなかった」と口にするけど、この薬局は複数の診療所との取引があるし固定の患者さんも多い。なにより師匠自身が王都でも指折りの薬師と称されるほどの有名人なのだ。私には師匠にそんな過去があったとはとても思えない。
「僕だって最初から天才薬師だったわけじゃないよ。キミのお陰で退路を断てたからいまの僕があるんだ。だからありがとう。ソフィー」
「――師匠」
「なんだい?」
「私、いますごく幸せです」
「僕もだよ。キミみたいな娘ができて幸せだよ」
師匠の優しくて温かい眼差しに私も笑顔になる。同時に絶対、薬師になって師匠を超えてやると誓った。
「私、絶対薬師になりますっ。なって師匠に恩返しします!」
「ああ。期待しているよ」
「はいっ!」
それから一年が過ぎて――
「それじゃ、師匠。行ってきます」
私は無事、薬師試験に合格して薬師になり、今日は新天地となるエルダーに旅立つ日。
“娘”の旅立ちを不安に思う師匠はしきりに忘れ物はないか免状はちゃんと持ったかと尋ねてくるけど、多分これが親心っていうやつなんだろうな。そんな心配性の師匠に私は精一杯の感謝の言葉を伝える。
「ルーク師匠! 10年間、本当にお世話になりました!」
「うん。なんていうか、娘を送り出す父親ってこんな感じなのかな?」
「師匠、私にとって師匠は父親も同然です。私は貴方の娘ですよ」
「ソフィー……そうだね。キミは僕の娘だ」
「はいっ。それじゃ行ってきます!」
涙ぐむ師匠に満面の笑みで答え、待たせていた馬車に乗り込む私。これからは何か起きても私一人で解決しなきゃいけない。期待より不安の方が大きいけど、これからが本当の――
「始まりなんだから!」
この日は私の15回目の誕生日で薬局の数少ない定休日。
師匠の薬局は不定休。滅多にお店を閉めることはないけど、この日だけは毎年必ずお店を閉めて私のわがままを聞いてくれる。わがままと言ってもいつものように薬師になるための勉強を見てもらうくらい。いつもと変わらぬ一日を過ごし、師匠と一緒にご飯を食べるのが私にとっては一番の贅沢なんです。
「それじゃあ、ソフィー?」
「はい」
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございますっ」
普段通りに過ごすと言っても夕食は誕生日らしくケーキがついてくる。さらに師匠はそこに普段飲まないお酒が入ります。今夜のメニューは私のリクエストで師匠の特製シチュー。これが私にとって一番のご馳走なんです。
「それにしても、毎年同じメニューだけど良かったのかい?」
「はいっ。私、師匠のシチューが世界で一番好きですから」
「それは嬉しいな。ところでソフィー?」
「なんですか」
「キミも15歳。早いものだね」
「そうですね。あれからもう9年なんですね」
「9年って言うのはキリが悪いけどね。来年の今頃は薬師試験に向けて追い込みを掛けているところかな」
「うっ、考えたくない……」
「いまから怖気づいてどうするんだい」
「だ、だって試験は一生に一度。失敗できないんですよ」
「ソフィーなら大丈夫だよ。必ず合格するよ。それに不安なら受験を先延ばしにすれば良いだけだよ。別に16歳で受験しなくても良いんだからね」
「師匠……」
「心配しなくてもキミは僕の弟子なんだ。自信を持ちなさい」
師匠はグラスに残っていたお酒を飲み干すと私をじっと見つめました。その目は優しく、私はその眼差しが好きです。。
「あの、師匠?」
「ん? なんだい?」
「見ず知らずの私を引き取って、ここまで育ててもらえたことにはすごく感謝しています」
「急にどうしたんだい」
「ずっと気になっていたんです。どうして私を引き取ってくれたんだろうって」
私の問いに一瞬だけ難しい顔をする師匠。気になっていたけど聞くに聞けなかった疑問に師匠はどう答えてくれるのかな。嫌われたりしないよね。
「す、すみません。変なこと聞いちゃって」
「――やっぱり覚えてなかったんだね」
「え?」
「ソフィー?」
「は、はい」
「本当はキミを引き取るつもりなどなかったんだ」
「……え?」
引き取るつもりがなかった……? で、でも師匠は現にこうして私を育ててくれている。
「キミのことは本当の娘のように思っているよ。でもあの時はキミを引き取るつもりなどなかったんだ」
「その……どうして引き取ってくれたんですか」
「キミは覚えていないようだけど、キミが僕の手を握って離さなかったんだ。それが理由だよ」
「それだけ……で?」
「そうだよ。当時の僕は独立したばかり。この薬局を開いた直後だったんだ。正直、誰かを養える程の余裕はなかった。親類ならともかく、見ず知らずの子を引き取ろうなんて毛頭なかったよ」
至極当たり前のことを師匠は言っている。それなのに私は大好きな師匠から発せられた言葉にショックを受けた。
「すまない。せっかくの誕生日に嫌な気持ちにさせてしまったね」
「……どうして私は師匠の手を握ったんでしょうか」
「両親を一度に亡くした直後だからね。小さいながらに誰かに縋ろうと必死になっていたのかもしれないね」
「その相手が師匠だった……」
全く覚えていなかった。私はてっきり師匠が「自分が引き取る」と言ったものだと思っていました。私が師匠の手を握っていなかったら……
「――運命、だったのかもしれませんね」
「僕もそう思うよ。キミは僕に運命を託した。そう感じたからキミを引き取ったんだ」
「私、師匠を選んで良かったと思います。ちゃんと育ててもらえたし、薬師になる夢も作ってくれました。師匠に出会て良かったです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「師匠、今更かもしれませんが、私を養子にしてくれてありがとうございました」
「お礼を言うのは僕の方だよ。キミのお陰で薬師を続けられているんだ」
「え?」
「キミと出会っていなかったら、今頃は放浪の旅をしていたかもしれない。こうして薬局を軌道に乗せれたのはキミのお陰だよ」
「薬師を辞めるつもりだったんですか」
「この店が軌道に乗らなかったら廃業するつもりだったんだ。いくら養成学校を首席で卒業しても経営者としての素質があるかと言えば、それは別問題だからね」
師匠は「あの頃の僕にはその素質がなかった」と口にするけど、この薬局は複数の診療所との取引があるし固定の患者さんも多い。なにより師匠自身が王都でも指折りの薬師と称されるほどの有名人なのだ。私には師匠にそんな過去があったとはとても思えない。
「僕だって最初から天才薬師だったわけじゃないよ。キミのお陰で退路を断てたからいまの僕があるんだ。だからありがとう。ソフィー」
「――師匠」
「なんだい?」
「私、いますごく幸せです」
「僕もだよ。キミみたいな娘ができて幸せだよ」
師匠の優しくて温かい眼差しに私も笑顔になる。同時に絶対、薬師になって師匠を超えてやると誓った。
「私、絶対薬師になりますっ。なって師匠に恩返しします!」
「ああ。期待しているよ」
「はいっ!」
それから一年が過ぎて――
「それじゃ、師匠。行ってきます」
私は無事、薬師試験に合格して薬師になり、今日は新天地となるエルダーに旅立つ日。
“娘”の旅立ちを不安に思う師匠はしきりに忘れ物はないか免状はちゃんと持ったかと尋ねてくるけど、多分これが親心っていうやつなんだろうな。そんな心配性の師匠に私は精一杯の感謝の言葉を伝える。
「ルーク師匠! 10年間、本当にお世話になりました!」
「うん。なんていうか、娘を送り出す父親ってこんな感じなのかな?」
「師匠、私にとって師匠は父親も同然です。私は貴方の娘ですよ」
「ソフィー……そうだね。キミは僕の娘だ」
「はいっ。それじゃ行ってきます!」
涙ぐむ師匠に満面の笑みで答え、待たせていた馬車に乗り込む私。これからは何か起きても私一人で解決しなきゃいけない。期待より不安の方が大きいけど、これからが本当の――
「始まりなんだから!」
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