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Karte1:うちの専属採集者になってもらえますか
第8話 死亡診断書
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その日の夜。リズさんは亡くなりました。死因はミツキバキルスネークの毒による中毒。リズさんの遺体は診察室のベッドにそのまま安置し、私はアリサさんを住居部分にある食堂兼リビングへ招き入れました。
「こちらがリズさんの死亡診断書になります」
「ありがとう。迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて。その、昼間は本当にすみませんでした」
「昼間? ああ。気にすることはない。薬師殿は王都の出なのだな」
「はい。春まで王都にいました」
「そうか。アタシはニルトスの生まれなんだ」
「たしか王都の東側にある小都市ですよね」
「そうだ。リズとは同郷の幼馴染なんだ。採集者の免状を取ってからは二人で旅をしていた」
リズさんと過ごした日々を懐かしむようにアリサさんはテーブルの上のティーカップを見つめます。私には幼馴染と言える人はいないけど、アリサさんを見ているとリズさんのことが本当に大切だったんだなって感じました。
「リズがいなかったら旅をしながら採集者などしていなかったと思う。まぁ、ケンカは良くしたけどな」
「リズさんは旅が好きだったんですか」
「大人になったら国中を回ると言ってたからな。それで薬師殿?」
「なんですか」
「リズのことで相談なのだが、ニルトスは王都の東にある。運んで葬れる距離ではない。できればこの村で葬りたいのだが」
「それなら大丈夫ですよ。実はエド――昼間いた男の子が村長のお孫さんなんです。既に話は通してありますので棺が出来次第いつでも」
「そうか。なにからなにまですまない」
「アリサさんはこれからどうするんですか?」
こんな時になにを聞いているんだろう。自分でもそう思ってしまうがアリサさんは少し考えて「分からない」と返してくれました。
「旅ができたのはリズがいたからだ。アタシ一人じゃ旅などできない。かといってニルトスに戻ろうともいまは思えない」
「もし良ければ、しばらくウチにいませんか?」
「薬師殿の薬局でか?」
「こんな時に不謹慎だとは思いますが、専属の採集者としてウチで働いてほしいんです」
ほんとこんな時になに言ってるんだろう。確かに採集者の知り合いは欲しいよ。だからっていま話す必要がどこにあるの?
「……専属の採集者か」
「すみません。勝手なことを言っているのは分かっています。忘れてください」
「薬師殿。一つ聞いて良いか」
「なんでしょう?」
「なぜアタシを専属採集者にしようと思ったのだ」
「理由は二つあります。一つは純粋に採集者の知り合い、できれば専属契約ができる人が欲しかったからです」
「もう一つは?」
「リズさんは村の共同墓地に埋葬する予定です。だから、アリサさんがこの村に拠点を置けば何時でもリズさんに会えると思ったんです」
「なるほど。まぁ、本音は前者というとこかな」
やっぱり見透かされるよね。アリサさんが難しい表情でティーカップに口をつける。
「薬師殿の誘いは嬉しい。リズのことはともかく、拠点を構えるのは良いことだと思う。だが少し考えさせてくれ」
「それは構いません。私こそこんな時にすみませんでした」
「気にするな。薬師殿は採集者と接点がないのだろう? その気持ちは分かる」
「ありがとうございます」
「今日はお言葉に甘えて泊まらせてもらうよ。リズのところで良いか?」
「いえ。私の部屋を使ってください。私がリズさんの傍にいますので」
「そんな薬師殿の部屋を使わせてもらうなど申し訳ない。アタシがリズといる」
「でもアリサさんも疲れているでしょう。無理はだめです。ベッドを使ってください」
「しかし……わかった。そうさせてもらう。しかし薬師殿はなかなか強引だな」
「そんなことないですよ。アリサさんが頑固なだけです」
「フフッ。頑固か。薬師殿は面白いな」
笑ってくれた。こんなことで笑ってくれるなんて予想外だったけど少し安心した。大事な人を亡くした直後って気分が不安定になるけど、この笑顔は心の底から笑えている証拠だ。この様子ならアリサさんは大丈夫だ。
「それじゃ、私は診察室にいますから。部屋は廊下を左に出て突き当りの部屋です」
「わかった。遠慮なく使わせてもらうよ」
「それじゃおやすみなさい」
「ああ。おやすみ。今日は本当にありがとう。感謝してる」
「そう言って頂けるなら良かったです」
感謝を述べるアリサさんへニコッと笑顔を見せてリビングを出た私は診察室に行くことなく、壁に寄りかかり天井を見上げ自分の無力さを呪いました。アリサさんの前では専属採集者になって欲しいとか言って強がったけど、手の施しようがなくただ死を待つ人を診るのは辛い。薬師ってこんなに辛い仕事だったっけ。
「――これじゃ、薬師失格だよ」
初めて診る危篤状態の患者、初めて下す死亡宣告、初めて書く死亡診断書、どれも経験したくない“初めて”だった。この程度で心が揺らぐとは。やっぱりまだ薬師としては未熟なんだと感じた一日になりました。
「こちらがリズさんの死亡診断書になります」
「ありがとう。迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて。その、昼間は本当にすみませんでした」
「昼間? ああ。気にすることはない。薬師殿は王都の出なのだな」
「はい。春まで王都にいました」
「そうか。アタシはニルトスの生まれなんだ」
「たしか王都の東側にある小都市ですよね」
「そうだ。リズとは同郷の幼馴染なんだ。採集者の免状を取ってからは二人で旅をしていた」
リズさんと過ごした日々を懐かしむようにアリサさんはテーブルの上のティーカップを見つめます。私には幼馴染と言える人はいないけど、アリサさんを見ているとリズさんのことが本当に大切だったんだなって感じました。
「リズがいなかったら旅をしながら採集者などしていなかったと思う。まぁ、ケンカは良くしたけどな」
「リズさんは旅が好きだったんですか」
「大人になったら国中を回ると言ってたからな。それで薬師殿?」
「なんですか」
「リズのことで相談なのだが、ニルトスは王都の東にある。運んで葬れる距離ではない。できればこの村で葬りたいのだが」
「それなら大丈夫ですよ。実はエド――昼間いた男の子が村長のお孫さんなんです。既に話は通してありますので棺が出来次第いつでも」
「そうか。なにからなにまですまない」
「アリサさんはこれからどうするんですか?」
こんな時になにを聞いているんだろう。自分でもそう思ってしまうがアリサさんは少し考えて「分からない」と返してくれました。
「旅ができたのはリズがいたからだ。アタシ一人じゃ旅などできない。かといってニルトスに戻ろうともいまは思えない」
「もし良ければ、しばらくウチにいませんか?」
「薬師殿の薬局でか?」
「こんな時に不謹慎だとは思いますが、専属の採集者としてウチで働いてほしいんです」
ほんとこんな時になに言ってるんだろう。確かに採集者の知り合いは欲しいよ。だからっていま話す必要がどこにあるの?
「……専属の採集者か」
「すみません。勝手なことを言っているのは分かっています。忘れてください」
「薬師殿。一つ聞いて良いか」
「なんでしょう?」
「なぜアタシを専属採集者にしようと思ったのだ」
「理由は二つあります。一つは純粋に採集者の知り合い、できれば専属契約ができる人が欲しかったからです」
「もう一つは?」
「リズさんは村の共同墓地に埋葬する予定です。だから、アリサさんがこの村に拠点を置けば何時でもリズさんに会えると思ったんです」
「なるほど。まぁ、本音は前者というとこかな」
やっぱり見透かされるよね。アリサさんが難しい表情でティーカップに口をつける。
「薬師殿の誘いは嬉しい。リズのことはともかく、拠点を構えるのは良いことだと思う。だが少し考えさせてくれ」
「それは構いません。私こそこんな時にすみませんでした」
「気にするな。薬師殿は採集者と接点がないのだろう? その気持ちは分かる」
「ありがとうございます」
「今日はお言葉に甘えて泊まらせてもらうよ。リズのところで良いか?」
「いえ。私の部屋を使ってください。私がリズさんの傍にいますので」
「そんな薬師殿の部屋を使わせてもらうなど申し訳ない。アタシがリズといる」
「でもアリサさんも疲れているでしょう。無理はだめです。ベッドを使ってください」
「しかし……わかった。そうさせてもらう。しかし薬師殿はなかなか強引だな」
「そんなことないですよ。アリサさんが頑固なだけです」
「フフッ。頑固か。薬師殿は面白いな」
笑ってくれた。こんなことで笑ってくれるなんて予想外だったけど少し安心した。大事な人を亡くした直後って気分が不安定になるけど、この笑顔は心の底から笑えている証拠だ。この様子ならアリサさんは大丈夫だ。
「それじゃ、私は診察室にいますから。部屋は廊下を左に出て突き当りの部屋です」
「わかった。遠慮なく使わせてもらうよ」
「それじゃおやすみなさい」
「ああ。おやすみ。今日は本当にありがとう。感謝してる」
「そう言って頂けるなら良かったです」
感謝を述べるアリサさんへニコッと笑顔を見せてリビングを出た私は診察室に行くことなく、壁に寄りかかり天井を見上げ自分の無力さを呪いました。アリサさんの前では専属採集者になって欲しいとか言って強がったけど、手の施しようがなくただ死を待つ人を診るのは辛い。薬師ってこんなに辛い仕事だったっけ。
「――これじゃ、薬師失格だよ」
初めて診る危篤状態の患者、初めて下す死亡宣告、初めて書く死亡診断書、どれも経験したくない“初めて”だった。この程度で心が揺らぐとは。やっぱりまだ薬師としては未熟なんだと感じた一日になりました。
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