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第2話 9月19日 その1
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朝、7時30分
「行ってきます」
しっかり身支度を整えた琴音が玄関ドアを開けたところで振り返り、俺――御笠春亮《みかさ はるあき》を見た。
「いい? しっかり60数えてよ?」
「はいはい。わかってるよ」
「60だよ? ズルしちゃ駄目だからねっ」
「わかったから早く行けよ」
「じゃあ行ってきまーす」
ドアが閉まると同時にカウント開始。きっかり60秒数えてから家を出る。これが決まり。
《……さんじゅーごぉー、さんじゅーろぉーく……》
「そういえば今日は親父も義母さんも遅いって言ってたな」
二人とも公務員だが警官の親父とは違い、役所勤務のおばさんが遅くなることは少ない。それでも最近は忙しく帰宅が深夜になる事もしばしば。今朝も俺が起きた時には支度を済ませて出て行くところだった。
「親父は夜勤だし、おばさんもたぶん外で済ませてくるだろうから……てことは俺が食事当番――」
いや、俺もバイトがあるから……
《……ごじゅうきゅー、ろくじゅうっ。よしっ》
1分経過。ようやく俺も学校へ行ける。夕食の件はあいつとメールしながら決めよう。のんびりしてたら快速に乗り遅れる。
「それじゃ、いってきます」
夜勤前の親父がまだ寝ているが念のために戸締りをして準備完了。家の前の道を右へ進み、通りに出ればすぐ駅に着く。決して駅近物件とは言えないがほぼ一本道だから駅までの道程が苦とは感じない。
「官舎暮らしよりだいぶ楽だよな。階段降りなくて良いし」
以前住んでいたのはエレベーター無しの5階建て官舎の5階。それと比べると駅まで徒歩20分でも今の生活の方が快適だ。
親父が再婚すると言い出したのが中3の年末。それもあと数時間で年が変わるという大みそかの夜だ。唐突過ぎて思わず年越しそばを吹き出してしまった事は今でも覚えている。
確かあの時は「好きにどうぞ」とかそんな事を言ったと思う。そもそも、息子が高校受験を直前に控えているのにそんな事を普通言うか?
まぁ、これまで一人で俺を育ててくれたのは親父だ。俺が口を挟む事なんて出来る訳がなく、いつの間にか親父は家を購入。引っ越しの準備をしているうちに話は進み、気が付けば再婚相手との同居が始まり……
「よく考えれば、家を買うってそう易々出来るものじゃないよな」
親父の中じゃ秘密裏に再婚話を進めていたんだろうな。俺が中学に入った時くらいから「そろそろ家買うか」とか言い出したし、よく考えればコソコソと隠れて何かをしていた形跡もあったな。
「別に隠さなくて良かったのにな」
俺との二人暮らしが長く続いたせいか、きっと親父の中じゃ反対されると思ってたんだろうな。俺としてはその気があるなら別に反対するつもりはなかったんだけど。
「あれ、琴音じゃね?」
10メートルくらい先。駅前の交差点で信号待ちをしている集団の中にうちの制服を着た女子がいた。肩まで届く髪をペンギンの飾りがついたヘアゴムで纏め、カバンにペンギンのピンバッジを付けた女の子。
「あ、こっち気づいた」
やっぱり琴音だった。何気なく振り返ったら俺の姿が視線に入ったのだろう。俺と視線が合った瞬間、彼女はプイと前を向き視線を合わせようとしなかった。
「えぇ……」
そこまでしますか。琴音さん。まぁ、分かっていたことだけどさ、その扱い酷くないですか?
琴音とは別に仲が悪いわけではない。ただ、姉弟という関係性に慣れないだけ。特に彼女の方は周りに知られたくないらしく、家以外では他人のような接し方をしてくる。いや、家の中でも二人の時は俺の事をかなり雑に扱ってるよな。まぁ、今更文句を言っても無駄だ。俺に出来るのは彼女の逆鱗に触れないようにするだけ。とりあえず、距離を取って信号が変わるのを待つか。
「ん? 琴音から?」
琴音から少し離れた場所で信号待ちをしていると、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。見ればメールを一件受信していた。送り主は数メートル先にいる女子高生だ。
《なんでいるのよ》
「なんでって言われてもなぁ」
同じ学校なんだから仕方ないと思いますよ? そんな文言を送り返してやろうかとも思ったが機嫌を損ねたらそれはそれで面倒だ。一先ず、今日の夕飯の相談でもするか。
『親父たち帰り遅くなるし、俺もバイトだから夕飯どうする?』
《バイト何時まで?》
お? ちゃんと返してきた。
『家着くのはたぶん9時前』
《わかった。ハルくんが帰って来るの待ってる》
『りょーかい。じゃあ、帰りになんか買ってくる』
《ハルくんのバイト先、新作あるでしょ。それ食べたい》
「新作……チョコ増しエクレアの事か?」
《エクレア食べたい!》
『わかったから、エクレア買ってくるから! あと適当で良いな?』
《なんでも良い~》
琴音のやつ、きっと頭の中は新作エクレアでいっぱいなんだろうな。っていうか、告知とかしてないのになんで新作知ってるんだ。
「あ、青になった」
信号が青に変わり、道路を横断する時はもちろん、最寄り駅の改札を抜ける時も俺は意図的に琴音との間に距離を作る。
あくまで家の外では互いに距離を取り、他人同士を演じるのが俺たちのルール。ちょっと窮屈かもしれないが慣れるとそこまで苦でもない。
「行ってきます」
しっかり身支度を整えた琴音が玄関ドアを開けたところで振り返り、俺――御笠春亮《みかさ はるあき》を見た。
「いい? しっかり60数えてよ?」
「はいはい。わかってるよ」
「60だよ? ズルしちゃ駄目だからねっ」
「わかったから早く行けよ」
「じゃあ行ってきまーす」
ドアが閉まると同時にカウント開始。きっかり60秒数えてから家を出る。これが決まり。
《……さんじゅーごぉー、さんじゅーろぉーく……》
「そういえば今日は親父も義母さんも遅いって言ってたな」
二人とも公務員だが警官の親父とは違い、役所勤務のおばさんが遅くなることは少ない。それでも最近は忙しく帰宅が深夜になる事もしばしば。今朝も俺が起きた時には支度を済ませて出て行くところだった。
「親父は夜勤だし、おばさんもたぶん外で済ませてくるだろうから……てことは俺が食事当番――」
いや、俺もバイトがあるから……
《……ごじゅうきゅー、ろくじゅうっ。よしっ》
1分経過。ようやく俺も学校へ行ける。夕食の件はあいつとメールしながら決めよう。のんびりしてたら快速に乗り遅れる。
「それじゃ、いってきます」
夜勤前の親父がまだ寝ているが念のために戸締りをして準備完了。家の前の道を右へ進み、通りに出ればすぐ駅に着く。決して駅近物件とは言えないがほぼ一本道だから駅までの道程が苦とは感じない。
「官舎暮らしよりだいぶ楽だよな。階段降りなくて良いし」
以前住んでいたのはエレベーター無しの5階建て官舎の5階。それと比べると駅まで徒歩20分でも今の生活の方が快適だ。
親父が再婚すると言い出したのが中3の年末。それもあと数時間で年が変わるという大みそかの夜だ。唐突過ぎて思わず年越しそばを吹き出してしまった事は今でも覚えている。
確かあの時は「好きにどうぞ」とかそんな事を言ったと思う。そもそも、息子が高校受験を直前に控えているのにそんな事を普通言うか?
まぁ、これまで一人で俺を育ててくれたのは親父だ。俺が口を挟む事なんて出来る訳がなく、いつの間にか親父は家を購入。引っ越しの準備をしているうちに話は進み、気が付けば再婚相手との同居が始まり……
「よく考えれば、家を買うってそう易々出来るものじゃないよな」
親父の中じゃ秘密裏に再婚話を進めていたんだろうな。俺が中学に入った時くらいから「そろそろ家買うか」とか言い出したし、よく考えればコソコソと隠れて何かをしていた形跡もあったな。
「別に隠さなくて良かったのにな」
俺との二人暮らしが長く続いたせいか、きっと親父の中じゃ反対されると思ってたんだろうな。俺としてはその気があるなら別に反対するつもりはなかったんだけど。
「あれ、琴音じゃね?」
10メートルくらい先。駅前の交差点で信号待ちをしている集団の中にうちの制服を着た女子がいた。肩まで届く髪をペンギンの飾りがついたヘアゴムで纏め、カバンにペンギンのピンバッジを付けた女の子。
「あ、こっち気づいた」
やっぱり琴音だった。何気なく振り返ったら俺の姿が視線に入ったのだろう。俺と視線が合った瞬間、彼女はプイと前を向き視線を合わせようとしなかった。
「えぇ……」
そこまでしますか。琴音さん。まぁ、分かっていたことだけどさ、その扱い酷くないですか?
琴音とは別に仲が悪いわけではない。ただ、姉弟という関係性に慣れないだけ。特に彼女の方は周りに知られたくないらしく、家以外では他人のような接し方をしてくる。いや、家の中でも二人の時は俺の事をかなり雑に扱ってるよな。まぁ、今更文句を言っても無駄だ。俺に出来るのは彼女の逆鱗に触れないようにするだけ。とりあえず、距離を取って信号が変わるのを待つか。
「ん? 琴音から?」
琴音から少し離れた場所で信号待ちをしていると、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。見ればメールを一件受信していた。送り主は数メートル先にいる女子高生だ。
《なんでいるのよ》
「なんでって言われてもなぁ」
同じ学校なんだから仕方ないと思いますよ? そんな文言を送り返してやろうかとも思ったが機嫌を損ねたらそれはそれで面倒だ。一先ず、今日の夕飯の相談でもするか。
『親父たち帰り遅くなるし、俺もバイトだから夕飯どうする?』
《バイト何時まで?》
お? ちゃんと返してきた。
『家着くのはたぶん9時前』
《わかった。ハルくんが帰って来るの待ってる》
『りょーかい。じゃあ、帰りになんか買ってくる』
《ハルくんのバイト先、新作あるでしょ。それ食べたい》
「新作……チョコ増しエクレアの事か?」
《エクレア食べたい!》
『わかったから、エクレア買ってくるから! あと適当で良いな?』
《なんでも良い~》
琴音のやつ、きっと頭の中は新作エクレアでいっぱいなんだろうな。っていうか、告知とかしてないのになんで新作知ってるんだ。
「あ、青になった」
信号が青に変わり、道路を横断する時はもちろん、最寄り駅の改札を抜ける時も俺は意図的に琴音との間に距離を作る。
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