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二章〜冒険者は時に、資金稼ぎとして依頼も受ける〜

三十九話 魔族の力

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 大きくなったグレイルは、もう自我を保てていない。
 ロッドを忘れられない未練が強いあまりに、魂を冥界に、タナトスに売ってしまっている。
 彼を止めるには、『純愛結晶』を取り返すのみ。
 そして、横に常にいてくれなくては困るシュートの復活まで、対等に渡り合えるだろ私が何処で手に入れてきたのやら魔族の力を味方にして、戦うしかない。

 私に続いて、みんなが戦闘態勢に入って地上から攻撃を仕掛けてくれるようだが、果たしてそれで時間を稼げるか。
 ネネとベリアルなら、素早さが桁違いだから気を引くことはできるかもしれないが、アリアータは基本的に根性で何とかするとしてーーロッドにはまだ、迷いが見える。
 魔族の力を覚醒させて、シュートの死に怒り狂った私が言えることではないが、彼女はまだ本気を出せていない。

 初恋相手を殺すことを、心の何処かで躊躇っている。
 分からないでもない。シュートがああなれば、私も躊躇う。
 いや、私なら一緒に死ぬ道を選ぶかもしれない。

「ーーなーんて、言ってても始まらないわよね」

「リリー! あんただけ空飛ぶとか、酷くない!?」

「生えた羽は有効活用しなくちゃ、失礼でしょ?」

「あんたは私達に失礼でしょうがああ!」

「もう、良いじゃない。生えた羽を有効活用しているだけと思ってグチグチ言わないアリアータッ!」

 アリアータは木を蹴って、私の横に飛んできて文句だけ言ってまた地上へ戻っていった。
 全く、私の仲間達は文句が多いたらありゃしない。

「……見えてきたですう! 黒騎士の足ですう!」

「じゃあ足元で暴れて、あわよくばバランス崩して! 私は奴とーー真正面から対決するわあ!」

「了解したリリーさん。足元を固めようーーアイスワールド!!」

「ならこっちもーーディバインド・クロス! 私だって、多少は強くなってるのよっ!!」

 アリアータが自身の魔力のみで、前までは出すことのできなかった魔法を発動してみせた。
 私はその様子を上から見ながら、笑うしかできない。

「成長してるじゃないーーはあ。一体、何処で特訓を積んでいるのやら……聞かないけど。どうせ、アルラーネにしごいてもらっているんだろうし」

「ーー行くですう! ブーストッ!」

「ーー行くのですよお! ニャンドレイン!」

 ロッドとアリアータに続いて、ベリアルとネネが動き出す。
 ブーストで速度を上げ、グレイルの顔辺りまで上ってきて素早く動く。
 その間に心臓近くまで四足歩行で駆け上がってきたネネが、ドレインタッチで魔力を吸い取りだす。

「あんた達、本当よくやるわね。ばーか」

 上から見ていて、初めて分かることがある。
 どれだけ小さな身体でも、どれだけ細い身体でも、集まればその影は大きくなり、どれだけ強い者とも戦える。
 小さなベリアルとネネだが、しかし、彼女達は小さいながらに大きな武器を持つ。
 
 ロッドとアリアータは、細く剣を振るには向かないがそれでも、大きな根性が強さだ。
 そして私は、彼女達の頭で、沢山の人の想いに触れて支えられているだから強気でいられる。
 そして何より、横に居てくれる男が……私の全て。

「私は……支えられているんだっ! グレイル、あんたは誰を支えたの、誰に支えられてーーいたのおおおお!」

「グオオオオ!」

「誰に愛されていた、誰を愛していたの!! 誰を……一生守り横に居て欲しいと願ったの!!」

「グロオオオオ!」

「馬鹿やってんじゃないわよっ! 目を覚ましなさい馬鹿野郎がああああああ!!」

「グウオオオオオオ!!」

  私の蹴りが一発、二発、三発と入った。
 魔族の力を体の芯から叩き起こし、全身を限界突破で強化してグレイルを蹴る。
 グレイルは蹴られる度に、魔族の力は防ぎきることができず後ろに一歩、二歩と、後退していく。

「ーーデビダルマギカッ! 全身魔装形態ーーペルセオーネ!」

「リリーッ! 何よそれっ!」

「全身魔装よ、何か今だからできるのよ。ペルセポネと仲良くなったかしらね」

「ーーリリー様。私を体内に取り込むのでしたら、一言お声掛けをしてください。突然のことで驚きました」

「え? まあ、そうね。気をつけるわ次から」

「リリー……あんたって、実は邪神の生まれ変わりなんじゃないの?」

「……そのオチは嫌ね」

 と、呑気にアリアータと会話をしている場合ではない。
 ロッドのアイスワールドで作り出された氷山で固められた足を無理矢理に動かしたグレイルは、そのままの勢いでアリアータに蹴り掛かる。
 アリアータは華麗に側転をして避け、その次に私に向かって口から炎が吹かれる。

「ーー炎吹くとかあり!? ドラゴン!?」

「ああなってしまうと、口から炎を吹く訳がないと言った当たり前は通用しないです」

「うーん……こっちも何かできる?」

 私はペルセポネと会話をしながら、炎を全て避けきる。
 こうなってくると、近距離戦に持ち込むのは難しい。
 遠距離戦で先にどちらが魔法を当てられるかの戦いになる。

「ーーでは、杖を生成しましょう」

「……これは?」

 ペルセポネは杖を生成して、私に持たせた。
 透明ガラスでできた杖は、中で血が流れているかのように赤い魔力が上下している。
 杖の先には、紫水晶が付いている。
 どうして冥界は紫や赤黒と、こうも期待を裏切らないのか。
 とりあえず私は杖を握り、次どうするかペルセポネに聞く。
 
「では亡霊達を呼び出しましょう」

「ヘルゾーン?」

「いえ、ヘルゾーンはこの際オススメできません。ようは、あの巨体の魔力を抜けば良いのです。ですから、ヘルゾーンではなくブレイクゾーンを放つのです。魔力を壊すーー」

「なるほどねーーじゃあ。『ブレイクゾーン』、いでよ亡霊達! 我が命によって、彼の魔力をぶち壊しなさいっ!」

 私が唱えると、グレイルの頭上に大きな穴が空いた。
 そこから、ボロボロのマントを被った亡霊達が、巨大な鎌を持って溢れ出してくる。

「命によりーー」

「命によりーー」

「魔力をくれえ……!」

「くれえ……魔力を、くれえ……!!」

 亡霊の数はどんどんと増していき、気づけば数千になってグレイルを襲った。
 グレイルは手で亡霊達を振り払うが、通り抜けるだけでダメージにならない。

 グレイルの魔力は、次々に亡霊達に削られていき、私が地上に降りて四人を集合させた頃には、もう半分程にまで縮んでいた。
 私達はグレイルが元の姿に戻るまで、魔力を削られていく様子をただ見ているしかできない。
 ロッドは、元のグレイルの姿に戻っていく過程を見ながらうっすらと涙を浮かべていた。

「ロッド……」

「どうしたのですか……リリーさん。あれでもまだグレイルではないのです。グレイルは赤髪ではなく、漆黒なのに優しい黒髪ですから……そこまで、戻ってくれないと…………」

「なら、戻してあげる。そして、トドメを刺しなさい。辛辣かもしれないけど、そうしないと彼はまた、タナトスによって暴走する」

「そう、ですね……分かっています」

 ロッドは頷いたが、やはり、まだ迷いがある。
 強気に面を装っても、中身が弱気でいる。
 
 「……ロッド」

「大丈夫です、分かっていますからーーっ!?」

 ロッドの頬をビンタする。

「分かっていないわよ。私も、分かっていなかったけどね、愛する人と一緒に死ぬ覚悟しろってことよ。私はシュートが死んだ時、狂いに狂った。だけどそれってただ爆発した感情に自我を持っていかれただけ。未練垂らしだけ。冒険者同士で恋してたらそりゃ、どっちかが死ぬこともあるわよ。それで一々、怒り狂っていたら話にならないでしょーーそれと同じ。初恋相手が暴走した、だから私が殺す? それは良いと思うけどーーでも、自分も一緒に死ぬ覚悟ができていない奴が口でどう言っても死ねないのよっ!! 私は死ねるわよーー『純愛結晶』の奪還に失敗して二人一緒に死ぬ覚悟ができているわ」

「…………っ! 五月蝿いっ!!」

「……フッ。どう? 人に色々と言われて、最後には感情に任せて私を打って。スッキリした?」

「……五月蝿い。私は、死ぬ覚悟……死ぬ覚悟はいましたああああ!!」

 ーー私はグレイルと共に、死ぬ覚悟を今決めたああああ!!

 ロッドは叫び、私をまた殴った。
 頬を二回も殴られ、口の中が血の味で広がる。
 しかし、良い拳を持っている。強い、とても強い、芯のしっかりと通った意思のある拳だ。

「……迷いは吹っ切れた?」

「ええ、切れました」

「敬語なんて水臭いわよ」

「……そう、かもしれない。リリー、ありがとうーー目が覚めた。グレイル……一緒に冥界へ堕ちるなら、それもありね」

「…………アア。ロッド、俺は諦めない……っ!」

 元の姿に戻ったグレイルがロッドを強く睨む。
 
「ロッド、グレイルと一緒に冥界堕ちるとか、何回言ったのかしら?」

「分からない、何回か言っているかもしれない。アハハ……それはそれで良いじゃないか。今回のが、本当の、私のけじめの末の覚悟だっ!」

「じゃあ、見せてもらうわ。その覚悟ーー行ってきなさい……ロッドオオオオオオッ!!」

 私はロッドの手を取り、高速スピンしてグレイルに向けて投げた。
 ロッドはスピンソードで、居合い抜きの形でグレイルに向けて飛んでいく。

「グレイル……大好きよ…………だから、目を覚まして」

「……ウアアアアアア!! ロッド、俺は諦めないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 ロッドの抜いた剣と、グレイルの結界が衝突する。
 枯れた木々が衝撃波によって宙を舞い、その様子を見ているから私達は、シュートの声が背後から聞こえると同時にーー激しい光に襲われ視界をもっていかれた。
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