晩夏光、忘却の日々

佐々森りろ

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第六章 泣くのは大事

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 限界だった。必死で堪えていた涙はもうすぐそこまで湧き上がっていた。
笑っていた口角を、ぎゅっと結んで一文字に力を込めた。

「泣いて良いんだってば」

 ため息をするように、だけど、優しくて柔らかい言葉があたしを包み込む。西澤くんは立ち上がると、あたしの横まで移動して立ち止まった。

「いいんだよ、泣いたって」

 震えていた指先が、自然とゆっくり暖かさを取り戻していく気がする。

「たくさんたくさん、泣いていいんだよ。思う存分泣いたら、また、前を向けばいい。泣くのは、悪いことなんかじゃない」

 あたしの横にしゃがみこんで、「ね」と顔を覗き込んでくる西澤くんの笑顔が、一瞬だけ見えた。かと思ったら、目の前が波打ち始めて、視界がぐちゃぐちゃに混ざり込んでいく。一瞬にしてもう、何も見えなくなった。

 体が熱くなっていく。心の底の悲しみが、何度も何度も、押し寄せてくる。
 耐えきれなくなって、あたしは声をあげて泣いていた。
 もう、なにも我慢したくない。
 押し込んでいた悲しみは、いつか消えるだろうなんて、そんなことがあるわけなかった。
 全部、我慢しないで吐き出せていたら、こんなに辛くて苦しい思いなんて、しなくて良かったんだ。だけど、それがどうしてもできなかった。
 拭っても拭っても溢れ出てくる涙に、頬と目尻が痛くなった。
 西澤くんが隣の椅子を引いて座ると、あたしが泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。

 誰かにそばにいてほしい。
 あたしは、いつだって願っている。
 だけど、人は離れて行ってしまうものだ。それが怖くて、なるべく深く関わらないようにしてきた。
 離れてしまった時の悲しさが、どんなに悲しいか、あたしは知っているから。

「あはは、目、真っ赤」

 ようやく落ち着いて、ポケットティッシュを取り出したあたしが鼻をかんでいると、隣でけらけらと西澤くんが笑った。
 何も言わずにあたしは不服に頬を膨らませる。

「思い切り泣けたね」

 微笑む西澤くんに、あたしは重たくなった瞼を懸命に開きながら小さく笑った。

「……うん、スッキリした」

 なんだか、胸の中が空っぽになったみたいにスカスカだ。空気が、体の中を通り抜けていくみたいに清々しい気分。
 初めての感覚に、なんだか不思議に思いながらも嬉しくなった。

「ねぇ、杉崎さん。俺の母さんに会ってみない?」
「……え」

 突然、西澤くんが聞いてくるから、せっかくスッキリした気持ちにまた少しモヤがかかる。

「母さん……と、言うか、うちの家族に会ってみない?」
「……家族?」
「うん、俺の父さんと母さんと、大海と大地、そして花。みんなと、会ってみてよ。きっと、今たくさん泣けた杉崎さんなら、俺の家族のこと、受け入れてもらえる気がする」

 西澤くんの提案に頷けずにいると、西澤くんも困ったように首筋を掻く。

「まぁ、家族と会って、とか、ちょっとアレか。なんか、両親に会わせるってなると俺も緊張しちゃうけど、友達ってことで遊びに来てみてよ。花もまた会いたいって言ってたし」

 照れて、耳が赤くなる西澤くんに、あたしは小さく頷いた。
 だって、花ちゃんにはまた会いたいと思っていたから。
 あたしが頷くのを確認した西澤くんは、一気に表情が綻んでいく。嬉しそうににやけているから、なんだかあたしも照れてしまって、そっと視線を逸らして窓へと向けた。

 一瞬だけ、蝉の鳴く聲が聞こえた気がして、幻のように消えていく。窓からの陽射しも、じりじりと焼くように眩しく入り込んでいたかと思えば、夏の光が少しずつ弱まって、柔らかい温かさを感じる、晩夏光。
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