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第二章 忘れていること
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部活に行った葉ちゃんと別れると、あたしは図書室に向かった。
教室にはもう西澤くんの姿はなかったから、きっともう図書室にいるんだろうと思った。何度か立ち止まっては気持ちを落ち着かせて、ようやく辿り着く。
部活動の盛んなうちの学校では、テスト前とかじゃない限り、放課後はほとんど図書室には人がいない。部活に所属していない人はすぐに帰ってしまうし、一人になりたい時にはもってこいの場所だった。
カラリと引き戸を開ける。ひんやりとした空気と一緒に、まだ生ぬるい外からの青い空気が体に絡み付いてきた。小さく深呼吸をして、中に踏み入る。
一箇所だけ窓が開いていて、カーテンが揺れている。そこに、西澤くんの姿を見つけた。
「……あ、杉崎さん。良かった、来てくれて」
こちらに気がついた西澤くんが嬉しそうに微笑むから、なんだか胸がぎゅっと詰まる。
「立ち位置がなんか前と逆だね。変な感じ」
ははっと笑った西澤くんの言葉には、やっぱり引っかかるものがある。
西澤くんの言う、前とは、いつの事なのか。あたしにはなにも身に覚えがないから、合わせる様に笑うしかない。
ぎこちなく距離を詰めて、西澤くんから少し離れた椅子に手をかけて座る。すると、窓を閉めてカーテンをタッセルで纏めた西澤くんが、ゆっくりあたしの前の席に座った。
スローモーションのように見える動きの一つ一つに、なんだか見たことがある様な気がして、あたしの胸がざわめく。
「杉崎さんさ、もしかして忘れちゃった?」
悲しそうに眉を下げて、西澤くんが泣きそうにこちらを見るから、あたしまでつられて泣きそうになってしまう。
「……え?」
「杉崎さんが学校に来る様になって、もしかしたらまた話しかけてもらえるかなって、期待していたんだけど……そんなことなくて。自分からメッセージ送ったりして、昨日は嫌な思いさせちゃったんじゃないかなって、ちょっと反省してた」
ごめん。と、頭を下げる西澤くんに、あたしは驚いてしまう。
あたしには、西澤くんに呼び出される理由も、親しく話す理由も、謝られる理由も全部わからない。
「……本当に全然、覚えてない?」
少しの希望を抱くみたいに、確かめるように聞いてくるけど、あたしには本当に西澤くんの言いたいことが、分からない。悲しませたくないのに、言葉が見つからなくて視線を下げたまま黙っていると、また、西澤くんが小さく謝った。
「ごめん、困らせるつもりはないんだ……ただ、やっぱり俺だけなんだなって思ったらちょっと、悔しいなって。はは、何言ってんだコイツって感じでしょ? 杉崎さんと会えていたあの日々は、俺は忘れたくないんだけど……」
ついに、シンっとしてしまった図書室には、空調の音だけが静かに聞こえる。窓から差し込む陽射しが、木の葉に揺られて不器用にあたし達を照らす。
「でも、俺はしょうがないとか思って、諦めたくないんだよね」
「……え?」
「足怪我してサッカーは出来なくなっちゃったけど、俺はサッカー諦めてないし、だから、杉崎さんのことも諦めたくない」
真っ直ぐにあたしに向き合って、西澤くんが真剣な顔をしている。
いつもの西澤くんなら、もっともっと陽に焼けて、焦げたみたいに真っ黒なはずなのに、今年の夏は、きっと怪我でサッカーが出来なくて外に出ている時間も短かったからだろう。元々きっと色白な西澤くんの肌は、うっすらと日に焼けて色づいているだけな気がする。そんな表情が、今は日焼けとは違うけど、頬と鼻が赤く色付いている。
「杉崎さんに、思い出してもらいたい。だから、俺、杉崎さんのこと、好きになっても良い?」
「……え?」
真っ直ぐに揺るがない視線に捉われると、逸らせなくなった。
陽射しを受けた瞳が煌めいている様で、吸い込まれそうで、徐々に、あたしの胸が高鳴っていくのを感じる。
教室にはもう西澤くんの姿はなかったから、きっともう図書室にいるんだろうと思った。何度か立ち止まっては気持ちを落ち着かせて、ようやく辿り着く。
部活動の盛んなうちの学校では、テスト前とかじゃない限り、放課後はほとんど図書室には人がいない。部活に所属していない人はすぐに帰ってしまうし、一人になりたい時にはもってこいの場所だった。
カラリと引き戸を開ける。ひんやりとした空気と一緒に、まだ生ぬるい外からの青い空気が体に絡み付いてきた。小さく深呼吸をして、中に踏み入る。
一箇所だけ窓が開いていて、カーテンが揺れている。そこに、西澤くんの姿を見つけた。
「……あ、杉崎さん。良かった、来てくれて」
こちらに気がついた西澤くんが嬉しそうに微笑むから、なんだか胸がぎゅっと詰まる。
「立ち位置がなんか前と逆だね。変な感じ」
ははっと笑った西澤くんの言葉には、やっぱり引っかかるものがある。
西澤くんの言う、前とは、いつの事なのか。あたしにはなにも身に覚えがないから、合わせる様に笑うしかない。
ぎこちなく距離を詰めて、西澤くんから少し離れた椅子に手をかけて座る。すると、窓を閉めてカーテンをタッセルで纏めた西澤くんが、ゆっくりあたしの前の席に座った。
スローモーションのように見える動きの一つ一つに、なんだか見たことがある様な気がして、あたしの胸がざわめく。
「杉崎さんさ、もしかして忘れちゃった?」
悲しそうに眉を下げて、西澤くんが泣きそうにこちらを見るから、あたしまでつられて泣きそうになってしまう。
「……え?」
「杉崎さんが学校に来る様になって、もしかしたらまた話しかけてもらえるかなって、期待していたんだけど……そんなことなくて。自分からメッセージ送ったりして、昨日は嫌な思いさせちゃったんじゃないかなって、ちょっと反省してた」
ごめん。と、頭を下げる西澤くんに、あたしは驚いてしまう。
あたしには、西澤くんに呼び出される理由も、親しく話す理由も、謝られる理由も全部わからない。
「……本当に全然、覚えてない?」
少しの希望を抱くみたいに、確かめるように聞いてくるけど、あたしには本当に西澤くんの言いたいことが、分からない。悲しませたくないのに、言葉が見つからなくて視線を下げたまま黙っていると、また、西澤くんが小さく謝った。
「ごめん、困らせるつもりはないんだ……ただ、やっぱり俺だけなんだなって思ったらちょっと、悔しいなって。はは、何言ってんだコイツって感じでしょ? 杉崎さんと会えていたあの日々は、俺は忘れたくないんだけど……」
ついに、シンっとしてしまった図書室には、空調の音だけが静かに聞こえる。窓から差し込む陽射しが、木の葉に揺られて不器用にあたし達を照らす。
「でも、俺はしょうがないとか思って、諦めたくないんだよね」
「……え?」
「足怪我してサッカーは出来なくなっちゃったけど、俺はサッカー諦めてないし、だから、杉崎さんのことも諦めたくない」
真っ直ぐにあたしに向き合って、西澤くんが真剣な顔をしている。
いつもの西澤くんなら、もっともっと陽に焼けて、焦げたみたいに真っ黒なはずなのに、今年の夏は、きっと怪我でサッカーが出来なくて外に出ている時間も短かったからだろう。元々きっと色白な西澤くんの肌は、うっすらと日に焼けて色づいているだけな気がする。そんな表情が、今は日焼けとは違うけど、頬と鼻が赤く色付いている。
「杉崎さんに、思い出してもらいたい。だから、俺、杉崎さんのこと、好きになっても良い?」
「……え?」
真っ直ぐに揺るがない視線に捉われると、逸らせなくなった。
陽射しを受けた瞳が煌めいている様で、吸い込まれそうで、徐々に、あたしの胸が高鳴っていくのを感じる。
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