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第1章 花の街フリージア
1.依頼人
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ちょうど女性職員の何人かが休憩で食事をすると言うので、おすすめの定食屋へ連れていってもらった。その中には受付の女性職員、ユーリさんもいる。
「えっと……レンさん?」
「あの、わたしたち休憩時間が決まっているから早めに注文していただけると……」
「え?あ!そうですね、申し訳のないことでございます」
慌てて『とろーりチーズのふわふわオムライス』と『チキンソテーとハンバーグ』、『オニオングラタンスープ』を頼む。注文に時間がかかったのは目玉焼きハンバーグと迷ってしまったからだ。
「そ、そんなにも食べるんですか?」
「あ……わたし、昔から大食いで何度母からはしたないと言われたことか……もう亡くなりましたけれど」
暗い話題にしてしまった。きっとレンの素性を理解しているのだろう。有名だから。職員たちは、同情の目を向けている。
「それにしても、この町はとても綺麗ですね!花の町と言うのも頷けます」
「はい!帝国中へ花が出荷されています」
「わたしは祖父が植物の交配の研究者なんですよ」
「うちは兄が継ぎましたが温室栽培の農家です」
「うちは植物の小売業です。ブーケやリースなどの」
「わぁ、本当に花の町なんですねぇ」
レンは嬉しくて微笑んでいた。集まった女性がワイワイとおしゃべりするのは当然のことだ。でも、レンは数年ぶりで、和やかな空気を味わっていた。
「あ、そういえばユーリさん今さらですが……」
「なんですか?」
「違うとわかってはいるのですが念のため、あの人、恋人ではありませんよね?」
「はい!もちろん!本当にありがとうございます!」
前のめりのお礼に、レンは身体を椅子の背もたれへと預ける。
「ということは、他に本命の方が?」
あまり生き死にの話をしてもいけないと頭を巡らせた結果、その質問になったのだ。途端に女性職員たちは頬を染める。
「えぇ、その、所長の息子さんなんです。裁判官で」
「実はわたし来月結婚するんです」
「わたしは正式に婚約しました」
「あ、あの、わたし、とうとうトッキが告白してくれて!」
「えぇ!?本当におめでとう!」
「よかったですねぇ」
「ありがとうみんな!」
あぁ、いい。レンはにっこりした。はっとしたように女性職員たちはレンを見る。
「も、申し訳」
「あら、よろしいのです。幸せの補充をしているところですので」
「幸せの補充?」
首をかしげるので説明する。
「だってわたし、もう幸せがなくなってしまったでしょう?他の方の幸せのお裾分けをいただいて楽しむほか無いのです」
「レンさん……」
湯気の立つオニオングラタンスープに、スプーンを入れる。そっと口へ運ぶ。美味しい。この町へきたらこの店へ寄ることにしよう。
「……レンさんは本当に皇族の血が流れてらっしゃるのねぇ」
レンはこてん、と首を傾げた。どうしてそんなことを言うのだろう。
「いえ、お食事の仕方がとても優雅で……」
「その、休憩の時間が終わってしまいます」
見れば、ほとんど食べ終わっているらしい。わたしの前にはまだまだ熱々の食事が残っている。さっと青ざめた。
「まぁ!なんてこと!これでは所長さんをお待たせしてしまいます!」
「わたしが所長に言っておきますので!」
「大丈夫、大丈夫ですよレンさん!」
慌てたレンに慌てた女性職員たちは、一人にして申し訳ないと言いながら先に帰っていった。レンは自分にがっかりした。最近はずっと一人で食事をしていたので浮かれていたのかもしれない。
「寂しいなんて、思ってはいけないのに」
「ならばご一緒しようか、お嬢さん」
ずっと様子を見ていたと思われる気配が話しかけてきた。
武人だと思われるよく鍛えられた体躯に、立派な髭、白髪のまじる髪は後ろに流している。着ているものは貴族、もしくは貴族に仕える者のような上等なものだ。ベルトに紋章が刻まれている。大輪の花に方位磁針。
「……ご領主、サウスグラス伯爵」
おや、というように眉を片方だけあげてレンを見下ろす。レンはスプーンを置いて立ち上がった。
カツッとブーツのかかとを打ち付けて音を鳴らし、左の拳を胸に掲げる。右手は腰に落ち着けた。
「お初にお目にかかります。処刑執行人のレンにございます」
「なるほど……まだ2年と思っていたがもう立派な執行人だな」
「おそれいります」
目線で座るように促されたので、レンは座る。
「サウスグラス伯爵プルデン・コンダットだ、よろしく頼む」
「……依頼人、ですか?」
彼はさっきまでユーリさんが座っていた椅子へ腰掛けながら大きくうなずいた。
「えっと……レンさん?」
「あの、わたしたち休憩時間が決まっているから早めに注文していただけると……」
「え?あ!そうですね、申し訳のないことでございます」
慌てて『とろーりチーズのふわふわオムライス』と『チキンソテーとハンバーグ』、『オニオングラタンスープ』を頼む。注文に時間がかかったのは目玉焼きハンバーグと迷ってしまったからだ。
「そ、そんなにも食べるんですか?」
「あ……わたし、昔から大食いで何度母からはしたないと言われたことか……もう亡くなりましたけれど」
暗い話題にしてしまった。きっとレンの素性を理解しているのだろう。有名だから。職員たちは、同情の目を向けている。
「それにしても、この町はとても綺麗ですね!花の町と言うのも頷けます」
「はい!帝国中へ花が出荷されています」
「わたしは祖父が植物の交配の研究者なんですよ」
「うちは兄が継ぎましたが温室栽培の農家です」
「うちは植物の小売業です。ブーケやリースなどの」
「わぁ、本当に花の町なんですねぇ」
レンは嬉しくて微笑んでいた。集まった女性がワイワイとおしゃべりするのは当然のことだ。でも、レンは数年ぶりで、和やかな空気を味わっていた。
「あ、そういえばユーリさん今さらですが……」
「なんですか?」
「違うとわかってはいるのですが念のため、あの人、恋人ではありませんよね?」
「はい!もちろん!本当にありがとうございます!」
前のめりのお礼に、レンは身体を椅子の背もたれへと預ける。
「ということは、他に本命の方が?」
あまり生き死にの話をしてもいけないと頭を巡らせた結果、その質問になったのだ。途端に女性職員たちは頬を染める。
「えぇ、その、所長の息子さんなんです。裁判官で」
「実はわたし来月結婚するんです」
「わたしは正式に婚約しました」
「あ、あの、わたし、とうとうトッキが告白してくれて!」
「えぇ!?本当におめでとう!」
「よかったですねぇ」
「ありがとうみんな!」
あぁ、いい。レンはにっこりした。はっとしたように女性職員たちはレンを見る。
「も、申し訳」
「あら、よろしいのです。幸せの補充をしているところですので」
「幸せの補充?」
首をかしげるので説明する。
「だってわたし、もう幸せがなくなってしまったでしょう?他の方の幸せのお裾分けをいただいて楽しむほか無いのです」
「レンさん……」
湯気の立つオニオングラタンスープに、スプーンを入れる。そっと口へ運ぶ。美味しい。この町へきたらこの店へ寄ることにしよう。
「……レンさんは本当に皇族の血が流れてらっしゃるのねぇ」
レンはこてん、と首を傾げた。どうしてそんなことを言うのだろう。
「いえ、お食事の仕方がとても優雅で……」
「その、休憩の時間が終わってしまいます」
見れば、ほとんど食べ終わっているらしい。わたしの前にはまだまだ熱々の食事が残っている。さっと青ざめた。
「まぁ!なんてこと!これでは所長さんをお待たせしてしまいます!」
「わたしが所長に言っておきますので!」
「大丈夫、大丈夫ですよレンさん!」
慌てたレンに慌てた女性職員たちは、一人にして申し訳ないと言いながら先に帰っていった。レンは自分にがっかりした。最近はずっと一人で食事をしていたので浮かれていたのかもしれない。
「寂しいなんて、思ってはいけないのに」
「ならばご一緒しようか、お嬢さん」
ずっと様子を見ていたと思われる気配が話しかけてきた。
武人だと思われるよく鍛えられた体躯に、立派な髭、白髪のまじる髪は後ろに流している。着ているものは貴族、もしくは貴族に仕える者のような上等なものだ。ベルトに紋章が刻まれている。大輪の花に方位磁針。
「……ご領主、サウスグラス伯爵」
おや、というように眉を片方だけあげてレンを見下ろす。レンはスプーンを置いて立ち上がった。
カツッとブーツのかかとを打ち付けて音を鳴らし、左の拳を胸に掲げる。右手は腰に落ち着けた。
「お初にお目にかかります。処刑執行人のレンにございます」
「なるほど……まだ2年と思っていたがもう立派な執行人だな」
「おそれいります」
目線で座るように促されたので、レンは座る。
「サウスグラス伯爵プルデン・コンダットだ、よろしく頼む」
「……依頼人、ですか?」
彼はさっきまでユーリさんが座っていた椅子へ腰掛けながら大きくうなずいた。
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