上 下
29 / 40
ナイアルラトホテップの影

2 ネクロノミコン

しおりを挟む
 ある日。

「ナイ神父、よろしいのですか。あのような
者達にネクロノミコンをお渡しになるとは、
一体何を考えておられるのです。」

「お前達が心配するようなことではない。た
だ、あの本だけは取り戻す必要がある。お前
は奴らの儀式に潜り込んで、多分失敗するで
あろう儀式の混乱に乗じてネクロノミコンを
回収してくるのだ。」

「失敗すると思っておられるのなら、本を貸
す必要もないのではないですか。」

「いや、最後の最後まで成功する可能性を残
さなければ意味はないのだ。そして、その上
で儀式は失敗する。そこが大事なのだ。とい
うよりも、今まで行ってきた総てのことは、
正にその失敗の為にあるといっても過言では
ない。」

 星の智慧派の指導者であるナイ神父の命令
は絶対ではあったがクリストファー・レイモ
スはどうも納得がいかなかった。神父は一体
何を望んでいるのだろう。クトゥルーの封印
が解けることなのか、解けないことなのか。
いずれにしても自分は神父の命令どおり一度
ダゴン秘密教団に貸し出されたネクロノミコ
ンを取り戻さなければならない。本に記され
ている儀式の内容と呪文は適切に処理されな
ければならない。その上で儀式自体は失敗を
する。それが神父の意向だった。クリストフ
ァーは直ぐにインスマス面の男達の跡を追っ
たのだった。

 クリストファー・レイモスはナイ神父の命
令でダゴン秘密教団に貸し出された『ネクロ
ノミコン』を儀式が失敗する混乱に乗じて回
収するためにインスマス面の男達の跡を付け
ていた。行く先は判ってはいるのだが、確認
の為に跡を付けていたのだ。

 インスマス面の男達の車は予想通り琵琶湖
畔にあるダゴン秘密教団の集落地へと向かっ
た。クリストファーが確認したそのごく普通
の日本家屋(それが日本古来の様式なのか、
最近の様式なのか区別はつかなかったが)に
は「田胡」とプレートネームが掲げられてい
た。その名前はダゴン秘密教団にとって重要
なポストにある人間の名前だとナイ神父から
聞かされていた。

 それだけを確認してクリストファーがその
場を離れようと車を来た道に戻したときすれ
違う車が在った。運転者には見覚えがある。
確か琵琶湖大学の講師で綾野祐介といった筈
だ。クトゥルーの封印を解く鍵を握っている
人物とナイ神父からは聞かされていたが、見
た目にはとてもそんな重要人物には見えなか
った。いずれ何らかの形で接触するかも知れ
ない。

 ダゴン秘密教団の儀式の為の準備は着々と
進んでいるようだった。クリストファーには
クトゥルーの封印を解く儀式が成功するよう
に思えた。『星の智慧派』の指導者であるナ
イ神父からは儀式は必ず失敗すると聞かされ
ていたが、なぜ失敗するのかは聞かされてい
ない。

 儀式に必要なものは『ネクロノミコン』も
含めて全て揃っている筈だった。クトゥルー
の復活を望む者と望まない者の、生き埋めに
された恐怖の怯える心臓。25年に一度のル
ルイエの上昇。そして、多分ダゴン秘密教団
の末端構成員には知らされていないだろう、
多くの者の精神の破壊。つまり彼らはクトゥ
ルーの復活における餌なのだ。

 先日、ダゴン秘密教団の集落ですれ違った
綾野という大学講師は、教団に捕まって心臓
を取り出される為に生き埋めにされるようだ
った。クリストファーはそれを確認するため
教団員たちの跡をつけていった。綾野のほか
に計3人の日本人が生き埋めにされるようだ。
彼らはクトゥルーの復活を望まない者達であ
ろう。クトゥルーの復活、復活の阻止両方の
鍵を握ると神父に教えられていた綾野がその
儀式に生贄として参加されられるとは、ナイ
神父はいったい何を言っておられたのだろ。

 クリストファーが見守っていると、穴を掘
って生き埋めにする作業は淡々と進められて
いった。生き埋めにされる恐怖を凝縮した心
臓が媒体となってクトゥルーの封印を解く鍵
の一つとなり、また無数の精神力(特にここ
でも恐怖が鍵となっている。)を吸い取るこ
とで自らの力を倍化させて旧神の封印を破る
つもりなのだ。

 作業が終わり教団のインスマス面の男達が
見張りも残さず一旦立ち去った。作業に使っ
た道具を車に積みに行ったのだろう。これで
準備は整った筈だ。あとは3日後に死体を掘
り起こし、心臓を取り出す作業が残っている
だけだった。

 クリストファーも立ち去ろうとした時だっ
た。人の気配に再びクリストファーは物陰に
隠れた。インスマス面ではないようだ。

 現れた人影は今埋められた三つの場所に近
づいていって掘り返していた。一部だけを深
く掘っているようだ。そして何か細長いもの
を突き刺して再び元のとおりに埋め戻した。
素早い行動だった。その人影たちが大急ぎで
立ち去ったすぐ後にインスマス面の男が一人
戻ってきた。見張りに残るつもりだろう。掘
り返されて戻されたことには気付いていない
ようだ。用具を置きに行っていたのだろう。

「なるほどそういうことか。」

 クリストファーはナイ神父の言っていた意
味を理解した。決して儀式の準備が揃うこと
はないのだ。

 予想通りクトゥルーの封印は解けなかった。
ルルイエも沈み再び水上に上昇するには25
年を経ないと無理だろう。ただ、ナイ神父の
話によればその間隔は短くなりつつあるとい
う。最後には海上に固定してしまうらしい。
そうなるとクトゥルーの封印を解くのはかな
り容易になる筈だ。

 クリストファー・レイモスはナイ神父から
言われていたとおり困難に乗じてダゴン秘密
教団に貸し出されていた『ネクロノミコン』
を回収することに成功したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

邪神大戦

綾野祐介
ホラー
この物語は決して書いてはいけない物語 今まで誰も書いていない物語。 それは決して書いてはいけない物語。 いったいそこで何が起こったのか。 いったいそこで何が起こらなかったのか。 混沌と秩序の戦いが始まる。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

クトゥルフ・ミュージアム

招杜羅147
ホラー
本日はクトゥルフ・ミュージアムにご来館いただき、誠にありがとうございます。 当館では我々を魅了してやまない神々やその配下の、躍動感あふれる姿を捕らえ、展示しております。 各エリアの出口には展示品を更に楽しめるよう小冊子もご用意してありますので、併せてご利用くださいませ。 どうぞごゆっくりご観覧下さい。 ~3年前ほどに別サイトにに投稿した作品で、クラシカルな感じのクトゥルフ作品です。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

妖怪達の薬屋さん

いちみやりょう
ホラー
人の噂話や悪意は弱い妖怪に影響する。 悪意や噂話に飲まれ自我を失った妖怪達を旅をしながら健康に戻したり事件を解決したりする男の話。 投票やお気に入り登録ありがとうございます。

動画配信者が消えた

佐倉海斗
ホラー
『心霊スポット巡り 特別編』として投稿された動画を最後に行方知らずになった動画配信者がいる。生放送と謳った動画につけられたコメントに対する返信はなく、続報もない。彼らの行方を知る者もなく、SNS上で拡散された噂話や根拠のない推測が話題を呼び、動画視聴率は駆け上がっていく。 彼らの身に何が起きたのか。 すべては動画の中に残されている。 ※小説家になろうで掲載している短編を元に書いています。

処理中です...