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第3章 邪神大戦
神々の黄昏
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第3章 邪神大戦
第69話 神々の黄昏
「我の力などアザトース様に比べるまでもない」
(気の弱いことだな)
ヨグ=ソトースはアザトースとは戦いもせずに、その軍門に降っている。その他の配下たちはナイアルラトホテップが連れて来てヨグ=ソトースがその力で調伏するというのだから全ての配下はヨグ=ソトースよりも劣っていることになる。アザトースの次に、というのは確実なのだが本人が戦わずして負けてしまっていてはどうしようもない。
クトゥルーの思考はどんどんあらぬ方向に向かっていて不遜この上ない。ただヨグ=ソトースも気が付いてはいない。もし気づけばヨグ=ソトースもクトゥルーのことを不問には出来ないだろう。
クトゥルーは自身の精神支配の能力について絶対的な自信を持っていた。ノーデンスさえ捕まえられれば今戦っている相手(結局なんと呼べばいいのかすら判らない存在)全体を支配できる。そうすれば勝だ。クトゥルー一体が勝利を齎すことになる。ヨグ=ソトースの子であるクトゥルーが英雄になるのだ。
「やはり私が赴きノーデンスの居場所を掴んできましょう。ナイアルラトホテップが戻る確証もありません。このままでは負けないかも知れませんが勝つこともできないでしょう」
クトゥルーの認識は間違っている。有限であるアザトースの配下は多少は補填されるが絶対数として相手が多いことも十分予想できるからだ。もし相手が相当数多ければこちらの負けが確定するだろう。それはヨグ=ソトースを初め強大なものたちが戦場に赴き戦って敗北した後、ではあるが。
当然負ける時にはアザトースさえも参戦した後になるのだが、流石にクトゥルーにもアザトースが敗北するところは想像できなかった。クトゥルーでさえ戦わずして軍門に降ることを良しとしたのだ。
いずれにしてもクトゥルークラスが出ないと相手にできない状況に追い込まれてきている。こちらの力をほぼ正確に読んで同等の者を当ててくるのだ。
相手の目的もよく判らない。こちらの「アザトースを万物の王として、その支配下に入れる」ことを目的としていることに対して抗う勢力ではあるのだろう。ただ抗うだけなのか、また別の目的があるのかが判らない。
対話か可能なのか、若しくは一人一人、一体一体を各個撃破し配下にすることが可能なのか。
今のところただの質量、ただのエネルギーとしてぶつかり合い、お互いを吸収する。それが最初のころはほぼ対等であったものが、ほんの少しづつ相手の吸収する数が上回ってきている。
ぶつかり合いによって失われる質量、エネルギーもあるが四散するだけで宇宙から消えてなくなるわけではない。吸収したり吸収されたりして数はどんどん少なくなっていく。
ルールによって外形は変わらないので、同じ大きさのまま巨大な質量、巨大なエネルギー体が生まれていく。
ただ、それまで戦場に赴いた全て質量、エネルギーを足しても、確かに数は膨大だがヨグ=ソトースには到底及ばない。アザトース配下のものたちの末端と相手の末端をいくら足してもヨグ=ソトースとは比べるまでもないのだ。
何か、ひとつの切っ掛けがあれば、という焦燥感にヨグ=ソトースは苛まれ始めていた。
第70話 神々の黄昏②
打開策として想定しているのは勿論ナイアルラトホテップが齎《もたら》すであろう図書館の知恵なのだが、一向に戻る気配が無い。
まさかクトゥルーの言うようにナイアルラトホテップが逃走したとは思えないが戻れない理由も判らない。ナイアルラトホテップであれば、それほど時間を掛けずに最適解を持ち帰ると疑っていなかった。
それが戦いが終盤を迎えようとしているにも関わらず、まだ戻らないことは異常事態と言える。
その頃、ナイアルラトホテップはナイアルラトホテップで深刻な問題に直面していた。
図書館で何らかの打開策を探していたナイアルラトホテップが、とうとう見つけたもは逆にアザトースを筆頭にその配下を封印する方法だった。
各々のものについて各々の方法での封印が記されている。その特性に合わない方法では封印できないのだ。
「これは拙いな。この方法を相手方が知れば、我らは完全に封印されてしまう。もしかすると既に持っている可能性もあるな」
ナイアルラトホテップは急ぎ戦場へと戻ることにした。封印される方法が各々判るのであれば、その対策も建て甲斐がある。封印を回避し続ければ勝ち筋も見えて来るだろう。
「いや、待てよ。今のところ、こちらの陣営の力あるものたちは出ていないこともあって封印されたものは居なかった。それが力あるものたちが戦場に立てば事態は変わって来るだろう。だとするともう少し時間があるのか」
まだ暫らくは配下の力なきものたちで十分時間を費やせるはずだ。その間に、逆に相手を封印する方法などが見つかれば負けない算段ではなく勝つ算段が立つのではないか。
ナイアルラトホテップは戦場に戻るのを後回しにして、相手を封印する方法を探し始めた。
相手を打ち負かす方法ではない、相手を封印するのだ。それは相手かこちらを滅することができない理由と同じだった。
特に相手は群体なので消滅する時は全てが消滅してしまうのだ。それは宇宙の崩壊を意味している。こちらもアザトース様が本当に滅されてしまえば宇宙は崩壊するだろう。それはナイアルラトホテップやヨグ=ソトースでも同様だ。もしかするとクトゥルー辺りでも崩壊が始まってしまうかも知れない。
巨大な質量、エネルギーの消滅は、どちらの陣営であっても大問題だった。その辺りは相手も把握しているのだろう。
(見つけてしまったのだな)
「誰だ?」
ナイアルラトホテップの頭の中に直接思考が流れ込んできた。当然相手方の誰かだろう。群体なので一部、というのかも知れない。
(我の名はノーテンス。我らの中では唯一の名を持つ存在ではある。ただ我らの中の他との差は特にないのだがな)
「そのノーデンスとやらが何の用だ」
(ナイアルラトホテップよ、図書館の知恵を手に入れたようだな)
「我の名を知っているのか。それで図書館の知恵とは何だ?」
無駄だとは思ったがナイアルラトホテップは惚けてみた。図書館に居るのだ、何かを探していることは隠しようがない。それが既に見つけたのかどうか、というところか。
(惚けても無駄だ、そこにそれ、手にしておるだろう。その書物は危険だ。そなたが持つべきものではない)
ノーデンスの言い様は不思議だった。危険とは何故だ?こちらを封印することは確かに相手にとっては有用な知識であろう。それがこちらにとって危険?意味が解らない。
「危険とはどういう意味だ。この書物が我らにとって危険だと言うのか」
(危険と言うのは、お前たちにとって、という意味ではない。この宇宙にとって、という意味だ)
それなら、まあ理解できるかも知れない。但し、封印されたのなら、宇宙も崩壊しない。危険でも何でもないが逆に封印されなければ危険だと言うのか。
「今一意味が解らない。なぜ危険なのだ。詳しく教えろ」
ナイアルラトホテップはとりあえず話を出来るだけ伸ばして今この場におけるノーデンスに対しての対処方法を考えることにした。
第71話 神々の黄昏③
(単純な話だ。お前たちや我らが消滅してしまうと何が起こるかは理解しておるだろう)
「確かに。我らのような巨大な質量・エネルギーが消滅してしまうと宇宙のバランスは崩れて一瞬にして崩壊へと向かう可能性がある、というのであろう」
(まあ、そんなところだな。よって全く消滅させる訳には行かないことは理解できるな)
馬鹿にしている風ではないが癇に障る言い方だ。
「当り前だ。だからそこ、ここで知識を探しているのだ」
最早隠しても仕方ないことだ。こちらの目論見は完全に把握されている。
(そして、その解決方法を見つけた、ということでよいかな?)
ノーデンスはこちらが得た情報を既に持っているということだろう。しかし、そうだとすると何故早々にこちらを封印し始めないのだろうか。
そして、問題は逆にノーデンスたちを封印する方法があるのかどうか、それは何処で手に入れられるのか、どの書物に書かれているのかだ。
「よいかな、と言われてもな。だったらどうだと言うのだ」
(いや、どういうことでもない。多分今お前が得た知識はお前たち自身の封印方法だろう。我ら封印できる知識ではない)
完全に読まれている。
「お前たちを封印できる方法もあるのだな」
ノーデンスの言い方からすると自らを封印できる方法があると宣言しているかのようだ。
(そうだ、それはある。ただお前にその知識を渡す訳には行かない)
まあ、それは当たり前の話だ。一方的にこちらを封印する方法が判明したのであれば、こちらの一方的な負けが確定してしまう。それに宇宙にとっても危機ではなくなる。
それだけを考えると相手方に封印されることが正しい選択肢ではないかとすら思えてくる。
ただナイアルラトホテップの使命は主であるアザトースが万物の王であると宇宙中に知らしめ、その全てをアザトースの配下とすることだ。それがナイアルラトホテップの存在意義なのだ。
唯々諾々と相手方に封印される訳にも行かない。どうすれば一矢報いることができるのか。
「ではお前たちは既に自らを封印する術の知識を持っているというのだな」
これはカマをかけてみただけだ。実のところは判らない。ただこちらの情報もどれだけ相手が掴んでいるのかは不明だ。
こちらが今手にしている書物によって得た自らを封印する術を完全にノーデンスたちが把握しているとは限らない。但し封印する術があること自体は知識として持っていることは間違いなかった。
第72話 神々の黄昏④
(我らを封印できるとでも思っているのか?)
「我らを封印できるのだ、お前たちも当然封印できるのであろう。それが宇宙のあるべき姿だ」
(お前たちがそのような思考をすることが面白いな)
ノーデンスは姿は見せずに思念のみを送ってくる。
「それでノーデンスとやら、結局貴様はここに何をしに来たのだ」
(我が来た理由を問うておるのか)
「そうだ、そう言っている」
ノーデンスが来た理由は想像が付かなかった。こちらの得た情報を確認しに来ただけであれば、声を掛ける必要がない筈だ。
ナイアルラトホテップ同様ノーデンスも時間稼ぎにきたのかも知れない。ナイアルラトホテップがノーデンスたちを封印する方法を見付けられないように邪魔をしに来たのか。
(我が来た理由はお前との交渉だ)
「我との交渉?どういうことだ、我らは敵対しているのだぞ」
和睦でもしようというのか。それをこちらが許さないのは判っている筈だ。万物の王を標榜しているのだ、他者との和睦など在り得ない。
(敵対している訳ではないぞ。アザトースが万物の王を名乗りたいのであれば名乗ればよいのだ)
「それならば何故我らは戦っているのだ?」
おかしな話だった。当然ノーデンスたちは万物の王を名乗るアザトースを敵視していたからこそ、その配下の末端を取り込む様なことをしていたのではなかったのか?
(意味などない。そうだ、意味などないのだ)
なぜかノーデンスは自らの言葉を自ら確認するかのように繰り返した。
「意味もなく戦っているというのか」
(その通りだ。それが決められたことの様に我らは戦っているのだ)
ノーデンスは自らの発言が意図したものではないかのような口調だった。誰かに、或いは何かに言わされている、という感じだ。
「お前が何を言っているのか、全く判らない。それで一体何を交渉しようと言うのだ」
それからしばらくして、漸くナイアルラトホテップは図書館を離れるのだった。
第73話 神々の黄昏⑤
「遅かったではないか」
ナイアルラトホテップが戦場に戻ると直ぐにヨグ=ソトースがやって来た。
「それで何か見つかったのか?」
「ヨグ=ソトースよ、お前一人か」
「我だけだ。他の者は戦場か戦場に送り込む者たちを集めに行っている」
「そうか。ではお前一人にだけ話そう。他の者には話せないことなのだ」
「何かを見つけたのだな」
「そうではない。心して聞くが良い」
それからナイアルラトホテップはノーデンスとの話を説明し始めた。
「それは敵ではないか。裏切ったと言うのか?」
「違う。ちゃんと最後まで聞くのだ」
ナイアルラトホテップの話はヨグ=ソトースにとっては肯んじることができることではなかった。
「そんな事の為に我らは今まで戦ってきたのか」
「そういうな」
「しかしだな、我が主になんとご報告するのだ」
それが一番の問題だった。アザトースにとってもヨグ=ソトース同様受け入れがたいことになるだろう。
「我がいいと言っても我が主はお怒りになられることは間違いないだろう」
「それは困るのだが、なんとかならないだろうか」
「お前にできないことが我にできる訳がないだろう」
アザトースとの付き合いはナイアルラトホテップの方が多少長い。何かを伝える必要があるのであればナイアルラトホテップの役目だろう。
「それに他の者も、特にクトゥルーやクトゥグアは抵抗が強いだろうな」
「確かに。ハスターあたりもそうかも知れない。だが我が主が是とされれば従うだろう」
「そうはそうなのだが、そもそも我も納得している訳ではないぞ」
敵であるノーデンスの提案など本来は一蹴すべきことであっだ。そんな話を持ち込んできたナイアルラトホテップも裏切り者として断罪しても可笑しくない。
ただアザトースに一番近い筈のナイアルラトホテップが相手の提案を受け入れたことをヨグ=ソトースは重く受け止めていたのだ。
「すべては我が主次第、ということか。ではまずは我が主を説得することしか方法が無いということだな」
それは今までで最大の難問だった。
第74話 神々の黄昏⑥
結局ナイアルラトホテップはヨグ=ソトースを連れて来れなかったので一人でアザトースの前に現れた。。そして着くなり問われる。
「戦況はどうなっておる。良報を持って参ったのであろうな」
アザトースの言葉は圧倒的な威圧感を纏《まと》っている。ナイアルラトホテップですら抗《あらが》えないほどのものだ。
「我が王よ、ご無沙汰をしてしまいました。戦況は今のところ一進一退というところです」
「それは勝っているのか負けているのか、どちらなのだ。はっきり申すが良い」
「申し訳ございません。負けたわけではありませんが、勝っても居ない、というところです」
「ナイアルラトホテップよ、我の言葉を確《しか》と聞いておったのか。我は勝っているのか負けているのか、どちらかを聞いておるのだ」
アザトースの声には少しだけ苛立《いらだ》ちが垣間《かいま》見れた。ただナイアルラトホテップとしてはそれを判った上で応えている。
「我が王よ、今私がお応えしたことは全くの事実でございますので、それ以上のこともそれ以下のことも無いのです。どちらとも言えない、というのが正確なご報告になるのです」
アザトースは全くもって納得していない。ただナイアルラトホテップがそう言うのだ、他に言いようがないのだろうと、その曖昧な報告を許すことにした。
「それでお前はそんな報告をするためにここに来たのか?」
「いえ、我《わ》が王がお聞きになられましたのでお応えしただけです。我《われ》が御前に罷《まか》り出ましたのは別のご報告があったからです」
「それは何だ、申してみろ」
それからナイアルラトホテップはノーデンスとの話を説明し始めた。
「それは敵ではないか。お前は我《われ》を裏切ったと言うのか?」
「それは違います、我《わ》が王よ。ちゃんと最後まで聞いてください」
ナイアルラトホテップの話はアザトースにとっては肯《がえ》んじることができることではなかった。
「そんな事の為に我《われ》らは今まで戦ってきたのか」
同じことをヨグ=ソトースにも言われたばかりだった。誰でもそう感じるのは仕方ないことだ。提案しているナイアルラトホテップですら同じ感想を持ったのだ。
ただ、その上でナイアルラトホテップは止《や》むを得ないと判断したのだ。ナイアルラトホテップとしても納得している訳ではない。
「そうです、我《わ》が王よ。我《われ》ら生まれ、我《われ》らが今までやってきたことは、全てこの為にあっと、ということなのです」
アザトースは考え込んでしまった。ナイアルラトホテップと違いアザトースは自らを万物の王として認識している。そしてそれはほぼ確実なことだったはずだ。
「少し考える。お前は控えておれ」
アザトースはそういうと自身の中に没入してしまった。ナイアルラトホテップは御前から退席する。
アザトースとしてはナイアルラトホテップやヨグ=ソトースと違って、そう簡単には結論を出せるものではなかった。
第75話 神々の黄昏⑦
「よし、判った。お前の言う通りにするとしよう」
アザトースの言葉はナイアルラトホテップにしても意外な物だった。そんな簡単に結論を出せる問題ではないのだ。
「よろしいのですか?」
「よい、と言っておる。色々と思う所はあるが、この世界の成り立ちから考えると仕方あるまい。我《われ》にそう思わせることができたと思うが良い」
ナイアルラトホテップは平伏するしかなかった。ここでアザトースを説得できなければ戦乱は続く。それは全てが消滅(あらゆる意味での消滅)してしまう。自分たちと相手方の消滅は、すなわちこの宇宙の消滅に直結してしまうのだ。
アザトースは全てを理解し決断した。ただそれは『この宇宙が消滅するよりはいくらかマシ』という消極的な理由だった。
そもそもナイアルラトホテップはアザトースと刺し違えても納得してもらうつもりだった。ただナイアルラトホテップがいくら命を掛けて刺し違える気になってもアザトースに傷一つも付けられないだろう。
勿論《もちろん》ナイアルラトホテップにアザトースと敵対する気など毛頭ない。ナイアルラトホテップとしても苦渋の選択ではあるのだ。
「では私は我が主《あるじ》のご選択をヨグ=ソトース以下配下の者に周知してまいります」
ナイアルラトホテップは直ぐにアザトースの御前を辞した。アザトースの意に染まない決断をしたことによる威圧感の前に少し存在が消えかかってしまっていたからだ。
「さて、ヨグ=ソトースをとりあえずなんとかしないとな」
ナイアルラトホテップはヨグ=ソトースの元まで戻って来た。
「我が王はどうであった?」
「なんとかご承諾いただけた」
「本当か?」
「嘘を言ってどうする」
「まあ、そうだな。しかしよく我が王はご決断された。我《われ》はそのご意思に従うまでだ」
「良いのか?」
「良いも悪いも無い。我《われ》の意志など些細なことだ。我が主のご意思が最優先であろう。それはお前も一緒だと思うが」
「確かにな。問題はクトゥルーあたりの説得か」
「説得する必要はあるまい。我が王のご意思だ、それに反抗する者がいる筈がなかろう」
ヨグ=ソトースの思いは思いとしてナイアルラトホテップはそう簡単に行くとは思っていない。いくらアザトースの意志であっても反抗する者は現れる筈だと思っている。
「確かにそうなのだが、もし反対する者が現れたら、それを力付くでも従わせることが我らの役目だ。我が王のお手を煩《わずら》わせる訳には行かない」
「当然だ。万が一逆らう者は我が消滅させてくれよう。少しくらいなら滅しても問題あるまい」
大きくバランスを崩さなければ確かに問題ないかも知れない。ただその境界線を見極めることは至極困難なことになりそうだ。
陣営に属する全ての者が従うことが理想ではあるが、ナイアルラトホテップはそれが実現可能だとも思ってはいなかった。
第76話 神々の黄昏⑧
配下の者全てに王の意志を伝える。それは全ての者にとって意外であり失望であり慚愧に堪えない思いが蔓延している。
「どういうことだ、そんなことが我が王のご意思だとは到底信じがたい。ナイアルラトホテップ、お前とヨグ=ソトースで我が王を謀《たばか》ったのではないか」
クトゥルーの意志がナイアルラトホテップとヨグ=ソトース以外の者を包み込む。それは全員の意志でもあるからだ。
「そんな訳が無かろう。我《われ》如きが謀れるような我が王だとでも言うのか」
ナイアルラトホテップにそう言われてしまうと誰一人反論できる筈も無かった。それはアザトースの無謬性を疑うことになるのだから。
「そうは言っていないが、では今までの戦いは何だったと言うのだ。我らは何のために戦ってきたのだ」
特に発言は無いがハスターやクトゥグアも同意のようだ。ただ言葉にして王への忠誠を違《たが》えることはできないと思っているようだ。
「さっき説明した通りだ。それも意味がある、という事に変わりがない」
「そこが判らない。なぜあいつらとの戦いにも意味があると言うのだ」
ナイアルラトホテップはそれも丁寧に説明をする。しかしクトゥルー以下の者たちは肯《がえ》んじない。
「やはり判らない。我が王の決断も含めてな」
「では我が王の意志に逆らうと言うのか、クトゥルーよ」
この話を持ち出した時、一番に反対するのはクトゥルーだとは思っていた。ハスターやその眷属のロイガー、ツァール、他にもクトゥグアあたりも簡単には承諾するとも思えない。
ツァトゥグアは何を考えているかよく判らなかったが、シュブ=ニグラスはヨグ=ソトースの意志に従うだろうから多分問題は無い。
アブホースやガタノトーアは他者の意見に従うだろう。
結局クトゥルーさえ説得で切れば正面切って反対意見を言う配下はそうそう居ない筈だった。
「クトゥルーよ、我が王のご意思である。いい加減にしないか」
ナイアルラトホテップは説得を諦め王の威厳と自らの威圧でクトゥルーを押さえつけようとした。それが後に禍根を残すことになるとは思ったが他にいい方法も思いつかなかったからだ。
「我が王のご意思、ナイアルラトホテップよお前は我が王の威を借るつもりか」
「そうだ。我《われ》の言葉ではない、我が王の言葉だとして納得するのだ」
クトゥルーはそれ以上は何も言わなかった。だが到底納得しているようにも見えない。
「ヨグ=ソトースよ、お前からも何とか言ってくれ」
「いや、我《われ》自体が納得していないのだ、そんな者の言葉で説得できるわけが無かろう」
アザトースの意志に従う、ということを承諾しているだけで、その内容についてはヨグ=ソトースも納得している訳ではなかった。
そして、それはナイアルラトホテップ本人でさえ、そうなのだ。
一旦、皆を引かせてヨグ=ソトースと二人になった。
「やはり想像した通りの展開になったな」
「ヨグ=ソトースよ、お前は本当に何も助けてはくれないのだな」
「仕方あるまい。口を開けばどちらかと言えばクトゥルー側に立って言葉を吐いてしまう可能性が高いのだからな」
「それは本当に止めてくれ」
結局強引に話を進めるしかない、と決心するナイアルラトホテップであった。
第77話 神々の黄昏⑨
(困っておるようだな)
それはいきなり現れた。正確には現れてはいない。姿は無いが思念だけが伝わってくるのだ。
「ノーデンスとやらか。よくここまで入り込めたものだな」
そこはアザトース軍の中枢とも言うべき惑星の一角の前線基地のような場所だった。当然様々な結界が何重にも張られている。味方ですら入るのに時間を要するくらいだ。
(まあこれ位はな。ところでもう一度聞くが困っているのではないか?)
その全てを見透かしたような言い様が気に食わなかったが困っていることは事実だった。
「困っていたらどうだというのだ」
(我が力を貸そうか、と申しておるのだ)
「どういう意味だ」
(お前がその配下たちを説得するのに協力しようという意味だ)
「なぜそのような助力をするのだ」
(我らの目的の遂行のため、ということだ。他意はない)
確かにノーデンスたちの目的を進めるには、今この戦いを一旦収める必要がある。そして、その収め方はアザトースたちの勝利であってはいけない。
しかしナイアルラトホテップたちからするとノーデンスたちの目的に協力する義理は無いのだ。それがこの世界の成り立ちに起因するのであっても、今のナイアルラトホテップたちには関係がない。
いや、全く関係がない訳ではないが、そんなものに従う義務もない。
「ナイアルラトホテップよ、さっきからお前は誰と話しておるのだ」
ヨグ=ソトースが問う。ヨグ=ソトースにはノーデンスの思念が伝わっていないようだった。
「なんだ、ノーデンスの言葉が届いていないのか」
「今ノーデンスがここに来ているのか?」
「そうだ。我に協力してくれるそうだ」
(お前が応と言うのであれば、そこのヨグ=ソトースとやらにも我の言葉が届くようにするがな)
「協力を依頼したらお前にも聞こえるようにするらしい。どうする?」
「お前の話は、そのノーデンスから聞いたものなのだろう。では直接我が聞いてみることも必要なのかも知れんな」
「ではノーデンスに協力を依頼することにしようか」
第78話 神々の黄昏⑩
(意見はまとまったようだな)
その言葉はヨグ=ソトースにも届いている。
「なるほど、お前がノーデンスか。それで姿は現さないのか」
(視認できることに意味があるのか?)
「まあ確かにそうではあるな。よい、では何を協力してくれると言うのだ」
(お前たちの配下の者を一堂に集めて貰えれば、我がその全員に向かって我らの提案の意味や意義を説明しよう)
「それで皆が納得しなければどうする?」
(納得しようがしまいが結果は同じた。そうではないか?)
「それはそうだが、では説明などする意味があるのか」
(それは予定調和と言うものだ。結果が同じであっても途中の経過は大切なものだ)
「そんなものかね。いいだろう、我が全員を明日までに集めておく。そこでお前が説明するのだ」
「ヨグ=ソトースよ、いいのかそんな奴の言いなりになって」
「何を言うのだナイアルラトホテップよ、最初にその者の話を持ってきたのはお前ではないか」
「それはそうなのだが。判った、それで行こう。我やお前が一々説得して回るよりは効率がいい。とりあえずクトゥルーやクトゥグアあたりを力づくで抑え込む必要もあるからな」
ナイアルラトホテップとヨグ=ソトース、それにノーデンス。三者三葉の思いはあるがアザトースの意志を詳《つまび》らかにすることは絶対条件であることに変わりはない。
そして今この時であっても両陣営の戦いは実は終わっていない。ただの肉弾戦ではあるが、ずっと同じように続いているのだ。そこにすら意味がある、という。物理的な死や自我の消滅であっても意味があると言うのだ。
それが意味があると言う理由、それはナイアルラトホテップにも理解できる。だが決して納得している訳ではない。
自らが生まれた意味、今までアザトースの配下として活動した意味、全てに意味があるというのは全てが無意味だったと知るよりはずっといい。
だが、例えそうであっても、やはり死んでいった同胞たちを思うと気が晴れることはなかった。
いつになく沈んだ思いを心の奥深くに沈めてナイアルラトホテップは明日を迎える決心をする。主であるアザトースは全てを理解したうえで承諾をしてくれている。その思いが痛いほど判るナイアルラトホテップはやはり明日など来なければいいと思っていた。
第69話 神々の黄昏
「我の力などアザトース様に比べるまでもない」
(気の弱いことだな)
ヨグ=ソトースはアザトースとは戦いもせずに、その軍門に降っている。その他の配下たちはナイアルラトホテップが連れて来てヨグ=ソトースがその力で調伏するというのだから全ての配下はヨグ=ソトースよりも劣っていることになる。アザトースの次に、というのは確実なのだが本人が戦わずして負けてしまっていてはどうしようもない。
クトゥルーの思考はどんどんあらぬ方向に向かっていて不遜この上ない。ただヨグ=ソトースも気が付いてはいない。もし気づけばヨグ=ソトースもクトゥルーのことを不問には出来ないだろう。
クトゥルーは自身の精神支配の能力について絶対的な自信を持っていた。ノーデンスさえ捕まえられれば今戦っている相手(結局なんと呼べばいいのかすら判らない存在)全体を支配できる。そうすれば勝だ。クトゥルー一体が勝利を齎すことになる。ヨグ=ソトースの子であるクトゥルーが英雄になるのだ。
「やはり私が赴きノーデンスの居場所を掴んできましょう。ナイアルラトホテップが戻る確証もありません。このままでは負けないかも知れませんが勝つこともできないでしょう」
クトゥルーの認識は間違っている。有限であるアザトースの配下は多少は補填されるが絶対数として相手が多いことも十分予想できるからだ。もし相手が相当数多ければこちらの負けが確定するだろう。それはヨグ=ソトースを初め強大なものたちが戦場に赴き戦って敗北した後、ではあるが。
当然負ける時にはアザトースさえも参戦した後になるのだが、流石にクトゥルーにもアザトースが敗北するところは想像できなかった。クトゥルーでさえ戦わずして軍門に降ることを良しとしたのだ。
いずれにしてもクトゥルークラスが出ないと相手にできない状況に追い込まれてきている。こちらの力をほぼ正確に読んで同等の者を当ててくるのだ。
相手の目的もよく判らない。こちらの「アザトースを万物の王として、その支配下に入れる」ことを目的としていることに対して抗う勢力ではあるのだろう。ただ抗うだけなのか、また別の目的があるのかが判らない。
対話か可能なのか、若しくは一人一人、一体一体を各個撃破し配下にすることが可能なのか。
今のところただの質量、ただのエネルギーとしてぶつかり合い、お互いを吸収する。それが最初のころはほぼ対等であったものが、ほんの少しづつ相手の吸収する数が上回ってきている。
ぶつかり合いによって失われる質量、エネルギーもあるが四散するだけで宇宙から消えてなくなるわけではない。吸収したり吸収されたりして数はどんどん少なくなっていく。
ルールによって外形は変わらないので、同じ大きさのまま巨大な質量、巨大なエネルギー体が生まれていく。
ただ、それまで戦場に赴いた全て質量、エネルギーを足しても、確かに数は膨大だがヨグ=ソトースには到底及ばない。アザトース配下のものたちの末端と相手の末端をいくら足してもヨグ=ソトースとは比べるまでもないのだ。
何か、ひとつの切っ掛けがあれば、という焦燥感にヨグ=ソトースは苛まれ始めていた。
第70話 神々の黄昏②
打開策として想定しているのは勿論ナイアルラトホテップが齎《もたら》すであろう図書館の知恵なのだが、一向に戻る気配が無い。
まさかクトゥルーの言うようにナイアルラトホテップが逃走したとは思えないが戻れない理由も判らない。ナイアルラトホテップであれば、それほど時間を掛けずに最適解を持ち帰ると疑っていなかった。
それが戦いが終盤を迎えようとしているにも関わらず、まだ戻らないことは異常事態と言える。
その頃、ナイアルラトホテップはナイアルラトホテップで深刻な問題に直面していた。
図書館で何らかの打開策を探していたナイアルラトホテップが、とうとう見つけたもは逆にアザトースを筆頭にその配下を封印する方法だった。
各々のものについて各々の方法での封印が記されている。その特性に合わない方法では封印できないのだ。
「これは拙いな。この方法を相手方が知れば、我らは完全に封印されてしまう。もしかすると既に持っている可能性もあるな」
ナイアルラトホテップは急ぎ戦場へと戻ることにした。封印される方法が各々判るのであれば、その対策も建て甲斐がある。封印を回避し続ければ勝ち筋も見えて来るだろう。
「いや、待てよ。今のところ、こちらの陣営の力あるものたちは出ていないこともあって封印されたものは居なかった。それが力あるものたちが戦場に立てば事態は変わって来るだろう。だとするともう少し時間があるのか」
まだ暫らくは配下の力なきものたちで十分時間を費やせるはずだ。その間に、逆に相手を封印する方法などが見つかれば負けない算段ではなく勝つ算段が立つのではないか。
ナイアルラトホテップは戦場に戻るのを後回しにして、相手を封印する方法を探し始めた。
相手を打ち負かす方法ではない、相手を封印するのだ。それは相手かこちらを滅することができない理由と同じだった。
特に相手は群体なので消滅する時は全てが消滅してしまうのだ。それは宇宙の崩壊を意味している。こちらもアザトース様が本当に滅されてしまえば宇宙は崩壊するだろう。それはナイアルラトホテップやヨグ=ソトースでも同様だ。もしかするとクトゥルー辺りでも崩壊が始まってしまうかも知れない。
巨大な質量、エネルギーの消滅は、どちらの陣営であっても大問題だった。その辺りは相手も把握しているのだろう。
(見つけてしまったのだな)
「誰だ?」
ナイアルラトホテップの頭の中に直接思考が流れ込んできた。当然相手方の誰かだろう。群体なので一部、というのかも知れない。
(我の名はノーテンス。我らの中では唯一の名を持つ存在ではある。ただ我らの中の他との差は特にないのだがな)
「そのノーデンスとやらが何の用だ」
(ナイアルラトホテップよ、図書館の知恵を手に入れたようだな)
「我の名を知っているのか。それで図書館の知恵とは何だ?」
無駄だとは思ったがナイアルラトホテップは惚けてみた。図書館に居るのだ、何かを探していることは隠しようがない。それが既に見つけたのかどうか、というところか。
(惚けても無駄だ、そこにそれ、手にしておるだろう。その書物は危険だ。そなたが持つべきものではない)
ノーデンスの言い様は不思議だった。危険とは何故だ?こちらを封印することは確かに相手にとっては有用な知識であろう。それがこちらにとって危険?意味が解らない。
「危険とはどういう意味だ。この書物が我らにとって危険だと言うのか」
(危険と言うのは、お前たちにとって、という意味ではない。この宇宙にとって、という意味だ)
それなら、まあ理解できるかも知れない。但し、封印されたのなら、宇宙も崩壊しない。危険でも何でもないが逆に封印されなければ危険だと言うのか。
「今一意味が解らない。なぜ危険なのだ。詳しく教えろ」
ナイアルラトホテップはとりあえず話を出来るだけ伸ばして今この場におけるノーデンスに対しての対処方法を考えることにした。
第71話 神々の黄昏③
(単純な話だ。お前たちや我らが消滅してしまうと何が起こるかは理解しておるだろう)
「確かに。我らのような巨大な質量・エネルギーが消滅してしまうと宇宙のバランスは崩れて一瞬にして崩壊へと向かう可能性がある、というのであろう」
(まあ、そんなところだな。よって全く消滅させる訳には行かないことは理解できるな)
馬鹿にしている風ではないが癇に障る言い方だ。
「当り前だ。だからそこ、ここで知識を探しているのだ」
最早隠しても仕方ないことだ。こちらの目論見は完全に把握されている。
(そして、その解決方法を見つけた、ということでよいかな?)
ノーデンスはこちらが得た情報を既に持っているということだろう。しかし、そうだとすると何故早々にこちらを封印し始めないのだろうか。
そして、問題は逆にノーデンスたちを封印する方法があるのかどうか、それは何処で手に入れられるのか、どの書物に書かれているのかだ。
「よいかな、と言われてもな。だったらどうだと言うのだ」
(いや、どういうことでもない。多分今お前が得た知識はお前たち自身の封印方法だろう。我ら封印できる知識ではない)
完全に読まれている。
「お前たちを封印できる方法もあるのだな」
ノーデンスの言い方からすると自らを封印できる方法があると宣言しているかのようだ。
(そうだ、それはある。ただお前にその知識を渡す訳には行かない)
まあ、それは当たり前の話だ。一方的にこちらを封印する方法が判明したのであれば、こちらの一方的な負けが確定してしまう。それに宇宙にとっても危機ではなくなる。
それだけを考えると相手方に封印されることが正しい選択肢ではないかとすら思えてくる。
ただナイアルラトホテップの使命は主であるアザトースが万物の王であると宇宙中に知らしめ、その全てをアザトースの配下とすることだ。それがナイアルラトホテップの存在意義なのだ。
唯々諾々と相手方に封印される訳にも行かない。どうすれば一矢報いることができるのか。
「ではお前たちは既に自らを封印する術の知識を持っているというのだな」
これはカマをかけてみただけだ。実のところは判らない。ただこちらの情報もどれだけ相手が掴んでいるのかは不明だ。
こちらが今手にしている書物によって得た自らを封印する術を完全にノーデンスたちが把握しているとは限らない。但し封印する術があること自体は知識として持っていることは間違いなかった。
第72話 神々の黄昏④
(我らを封印できるとでも思っているのか?)
「我らを封印できるのだ、お前たちも当然封印できるのであろう。それが宇宙のあるべき姿だ」
(お前たちがそのような思考をすることが面白いな)
ノーデンスは姿は見せずに思念のみを送ってくる。
「それでノーデンスとやら、結局貴様はここに何をしに来たのだ」
(我が来た理由を問うておるのか)
「そうだ、そう言っている」
ノーデンスが来た理由は想像が付かなかった。こちらの得た情報を確認しに来ただけであれば、声を掛ける必要がない筈だ。
ナイアルラトホテップ同様ノーデンスも時間稼ぎにきたのかも知れない。ナイアルラトホテップがノーデンスたちを封印する方法を見付けられないように邪魔をしに来たのか。
(我が来た理由はお前との交渉だ)
「我との交渉?どういうことだ、我らは敵対しているのだぞ」
和睦でもしようというのか。それをこちらが許さないのは判っている筈だ。万物の王を標榜しているのだ、他者との和睦など在り得ない。
(敵対している訳ではないぞ。アザトースが万物の王を名乗りたいのであれば名乗ればよいのだ)
「それならば何故我らは戦っているのだ?」
おかしな話だった。当然ノーデンスたちは万物の王を名乗るアザトースを敵視していたからこそ、その配下の末端を取り込む様なことをしていたのではなかったのか?
(意味などない。そうだ、意味などないのだ)
なぜかノーデンスは自らの言葉を自ら確認するかのように繰り返した。
「意味もなく戦っているというのか」
(その通りだ。それが決められたことの様に我らは戦っているのだ)
ノーデンスは自らの発言が意図したものではないかのような口調だった。誰かに、或いは何かに言わされている、という感じだ。
「お前が何を言っているのか、全く判らない。それで一体何を交渉しようと言うのだ」
それからしばらくして、漸くナイアルラトホテップは図書館を離れるのだった。
第73話 神々の黄昏⑤
「遅かったではないか」
ナイアルラトホテップが戦場に戻ると直ぐにヨグ=ソトースがやって来た。
「それで何か見つかったのか?」
「ヨグ=ソトースよ、お前一人か」
「我だけだ。他の者は戦場か戦場に送り込む者たちを集めに行っている」
「そうか。ではお前一人にだけ話そう。他の者には話せないことなのだ」
「何かを見つけたのだな」
「そうではない。心して聞くが良い」
それからナイアルラトホテップはノーデンスとの話を説明し始めた。
「それは敵ではないか。裏切ったと言うのか?」
「違う。ちゃんと最後まで聞くのだ」
ナイアルラトホテップの話はヨグ=ソトースにとっては肯んじることができることではなかった。
「そんな事の為に我らは今まで戦ってきたのか」
「そういうな」
「しかしだな、我が主になんとご報告するのだ」
それが一番の問題だった。アザトースにとってもヨグ=ソトース同様受け入れがたいことになるだろう。
「我がいいと言っても我が主はお怒りになられることは間違いないだろう」
「それは困るのだが、なんとかならないだろうか」
「お前にできないことが我にできる訳がないだろう」
アザトースとの付き合いはナイアルラトホテップの方が多少長い。何かを伝える必要があるのであればナイアルラトホテップの役目だろう。
「それに他の者も、特にクトゥルーやクトゥグアは抵抗が強いだろうな」
「確かに。ハスターあたりもそうかも知れない。だが我が主が是とされれば従うだろう」
「そうはそうなのだが、そもそも我も納得している訳ではないぞ」
敵であるノーデンスの提案など本来は一蹴すべきことであっだ。そんな話を持ち込んできたナイアルラトホテップも裏切り者として断罪しても可笑しくない。
ただアザトースに一番近い筈のナイアルラトホテップが相手の提案を受け入れたことをヨグ=ソトースは重く受け止めていたのだ。
「すべては我が主次第、ということか。ではまずは我が主を説得することしか方法が無いということだな」
それは今までで最大の難問だった。
第74話 神々の黄昏⑥
結局ナイアルラトホテップはヨグ=ソトースを連れて来れなかったので一人でアザトースの前に現れた。。そして着くなり問われる。
「戦況はどうなっておる。良報を持って参ったのであろうな」
アザトースの言葉は圧倒的な威圧感を纏《まと》っている。ナイアルラトホテップですら抗《あらが》えないほどのものだ。
「我が王よ、ご無沙汰をしてしまいました。戦況は今のところ一進一退というところです」
「それは勝っているのか負けているのか、どちらなのだ。はっきり申すが良い」
「申し訳ございません。負けたわけではありませんが、勝っても居ない、というところです」
「ナイアルラトホテップよ、我の言葉を確《しか》と聞いておったのか。我は勝っているのか負けているのか、どちらかを聞いておるのだ」
アザトースの声には少しだけ苛立《いらだ》ちが垣間《かいま》見れた。ただナイアルラトホテップとしてはそれを判った上で応えている。
「我が王よ、今私がお応えしたことは全くの事実でございますので、それ以上のこともそれ以下のことも無いのです。どちらとも言えない、というのが正確なご報告になるのです」
アザトースは全くもって納得していない。ただナイアルラトホテップがそう言うのだ、他に言いようがないのだろうと、その曖昧な報告を許すことにした。
「それでお前はそんな報告をするためにここに来たのか?」
「いえ、我《わ》が王がお聞きになられましたのでお応えしただけです。我《われ》が御前に罷《まか》り出ましたのは別のご報告があったからです」
「それは何だ、申してみろ」
それからナイアルラトホテップはノーデンスとの話を説明し始めた。
「それは敵ではないか。お前は我《われ》を裏切ったと言うのか?」
「それは違います、我《わ》が王よ。ちゃんと最後まで聞いてください」
ナイアルラトホテップの話はアザトースにとっては肯《がえ》んじることができることではなかった。
「そんな事の為に我《われ》らは今まで戦ってきたのか」
同じことをヨグ=ソトースにも言われたばかりだった。誰でもそう感じるのは仕方ないことだ。提案しているナイアルラトホテップですら同じ感想を持ったのだ。
ただ、その上でナイアルラトホテップは止《や》むを得ないと判断したのだ。ナイアルラトホテップとしても納得している訳ではない。
「そうです、我《わ》が王よ。我《われ》ら生まれ、我《われ》らが今までやってきたことは、全てこの為にあっと、ということなのです」
アザトースは考え込んでしまった。ナイアルラトホテップと違いアザトースは自らを万物の王として認識している。そしてそれはほぼ確実なことだったはずだ。
「少し考える。お前は控えておれ」
アザトースはそういうと自身の中に没入してしまった。ナイアルラトホテップは御前から退席する。
アザトースとしてはナイアルラトホテップやヨグ=ソトースと違って、そう簡単には結論を出せるものではなかった。
第75話 神々の黄昏⑦
「よし、判った。お前の言う通りにするとしよう」
アザトースの言葉はナイアルラトホテップにしても意外な物だった。そんな簡単に結論を出せる問題ではないのだ。
「よろしいのですか?」
「よい、と言っておる。色々と思う所はあるが、この世界の成り立ちから考えると仕方あるまい。我《われ》にそう思わせることができたと思うが良い」
ナイアルラトホテップは平伏するしかなかった。ここでアザトースを説得できなければ戦乱は続く。それは全てが消滅(あらゆる意味での消滅)してしまう。自分たちと相手方の消滅は、すなわちこの宇宙の消滅に直結してしまうのだ。
アザトースは全てを理解し決断した。ただそれは『この宇宙が消滅するよりはいくらかマシ』という消極的な理由だった。
そもそもナイアルラトホテップはアザトースと刺し違えても納得してもらうつもりだった。ただナイアルラトホテップがいくら命を掛けて刺し違える気になってもアザトースに傷一つも付けられないだろう。
勿論《もちろん》ナイアルラトホテップにアザトースと敵対する気など毛頭ない。ナイアルラトホテップとしても苦渋の選択ではあるのだ。
「では私は我が主《あるじ》のご選択をヨグ=ソトース以下配下の者に周知してまいります」
ナイアルラトホテップは直ぐにアザトースの御前を辞した。アザトースの意に染まない決断をしたことによる威圧感の前に少し存在が消えかかってしまっていたからだ。
「さて、ヨグ=ソトースをとりあえずなんとかしないとな」
ナイアルラトホテップはヨグ=ソトースの元まで戻って来た。
「我が王はどうであった?」
「なんとかご承諾いただけた」
「本当か?」
「嘘を言ってどうする」
「まあ、そうだな。しかしよく我が王はご決断された。我《われ》はそのご意思に従うまでだ」
「良いのか?」
「良いも悪いも無い。我《われ》の意志など些細なことだ。我が主のご意思が最優先であろう。それはお前も一緒だと思うが」
「確かにな。問題はクトゥルーあたりの説得か」
「説得する必要はあるまい。我が王のご意思だ、それに反抗する者がいる筈がなかろう」
ヨグ=ソトースの思いは思いとしてナイアルラトホテップはそう簡単に行くとは思っていない。いくらアザトースの意志であっても反抗する者は現れる筈だと思っている。
「確かにそうなのだが、もし反対する者が現れたら、それを力付くでも従わせることが我らの役目だ。我が王のお手を煩《わずら》わせる訳には行かない」
「当然だ。万が一逆らう者は我が消滅させてくれよう。少しくらいなら滅しても問題あるまい」
大きくバランスを崩さなければ確かに問題ないかも知れない。ただその境界線を見極めることは至極困難なことになりそうだ。
陣営に属する全ての者が従うことが理想ではあるが、ナイアルラトホテップはそれが実現可能だとも思ってはいなかった。
第76話 神々の黄昏⑧
配下の者全てに王の意志を伝える。それは全ての者にとって意外であり失望であり慚愧に堪えない思いが蔓延している。
「どういうことだ、そんなことが我が王のご意思だとは到底信じがたい。ナイアルラトホテップ、お前とヨグ=ソトースで我が王を謀《たばか》ったのではないか」
クトゥルーの意志がナイアルラトホテップとヨグ=ソトース以外の者を包み込む。それは全員の意志でもあるからだ。
「そんな訳が無かろう。我《われ》如きが謀れるような我が王だとでも言うのか」
ナイアルラトホテップにそう言われてしまうと誰一人反論できる筈も無かった。それはアザトースの無謬性を疑うことになるのだから。
「そうは言っていないが、では今までの戦いは何だったと言うのだ。我らは何のために戦ってきたのだ」
特に発言は無いがハスターやクトゥグアも同意のようだ。ただ言葉にして王への忠誠を違《たが》えることはできないと思っているようだ。
「さっき説明した通りだ。それも意味がある、という事に変わりがない」
「そこが判らない。なぜあいつらとの戦いにも意味があると言うのだ」
ナイアルラトホテップはそれも丁寧に説明をする。しかしクトゥルー以下の者たちは肯《がえ》んじない。
「やはり判らない。我が王の決断も含めてな」
「では我が王の意志に逆らうと言うのか、クトゥルーよ」
この話を持ち出した時、一番に反対するのはクトゥルーだとは思っていた。ハスターやその眷属のロイガー、ツァール、他にもクトゥグアあたりも簡単には承諾するとも思えない。
ツァトゥグアは何を考えているかよく判らなかったが、シュブ=ニグラスはヨグ=ソトースの意志に従うだろうから多分問題は無い。
アブホースやガタノトーアは他者の意見に従うだろう。
結局クトゥルーさえ説得で切れば正面切って反対意見を言う配下はそうそう居ない筈だった。
「クトゥルーよ、我が王のご意思である。いい加減にしないか」
ナイアルラトホテップは説得を諦め王の威厳と自らの威圧でクトゥルーを押さえつけようとした。それが後に禍根を残すことになるとは思ったが他にいい方法も思いつかなかったからだ。
「我が王のご意思、ナイアルラトホテップよお前は我が王の威を借るつもりか」
「そうだ。我《われ》の言葉ではない、我が王の言葉だとして納得するのだ」
クトゥルーはそれ以上は何も言わなかった。だが到底納得しているようにも見えない。
「ヨグ=ソトースよ、お前からも何とか言ってくれ」
「いや、我《われ》自体が納得していないのだ、そんな者の言葉で説得できるわけが無かろう」
アザトースの意志に従う、ということを承諾しているだけで、その内容についてはヨグ=ソトースも納得している訳ではなかった。
そして、それはナイアルラトホテップ本人でさえ、そうなのだ。
一旦、皆を引かせてヨグ=ソトースと二人になった。
「やはり想像した通りの展開になったな」
「ヨグ=ソトースよ、お前は本当に何も助けてはくれないのだな」
「仕方あるまい。口を開けばどちらかと言えばクトゥルー側に立って言葉を吐いてしまう可能性が高いのだからな」
「それは本当に止めてくれ」
結局強引に話を進めるしかない、と決心するナイアルラトホテップであった。
第77話 神々の黄昏⑨
(困っておるようだな)
それはいきなり現れた。正確には現れてはいない。姿は無いが思念だけが伝わってくるのだ。
「ノーデンスとやらか。よくここまで入り込めたものだな」
そこはアザトース軍の中枢とも言うべき惑星の一角の前線基地のような場所だった。当然様々な結界が何重にも張られている。味方ですら入るのに時間を要するくらいだ。
(まあこれ位はな。ところでもう一度聞くが困っているのではないか?)
その全てを見透かしたような言い様が気に食わなかったが困っていることは事実だった。
「困っていたらどうだというのだ」
(我が力を貸そうか、と申しておるのだ)
「どういう意味だ」
(お前がその配下たちを説得するのに協力しようという意味だ)
「なぜそのような助力をするのだ」
(我らの目的の遂行のため、ということだ。他意はない)
確かにノーデンスたちの目的を進めるには、今この戦いを一旦収める必要がある。そして、その収め方はアザトースたちの勝利であってはいけない。
しかしナイアルラトホテップたちからするとノーデンスたちの目的に協力する義理は無いのだ。それがこの世界の成り立ちに起因するのであっても、今のナイアルラトホテップたちには関係がない。
いや、全く関係がない訳ではないが、そんなものに従う義務もない。
「ナイアルラトホテップよ、さっきからお前は誰と話しておるのだ」
ヨグ=ソトースが問う。ヨグ=ソトースにはノーデンスの思念が伝わっていないようだった。
「なんだ、ノーデンスの言葉が届いていないのか」
「今ノーデンスがここに来ているのか?」
「そうだ。我に協力してくれるそうだ」
(お前が応と言うのであれば、そこのヨグ=ソトースとやらにも我の言葉が届くようにするがな)
「協力を依頼したらお前にも聞こえるようにするらしい。どうする?」
「お前の話は、そのノーデンスから聞いたものなのだろう。では直接我が聞いてみることも必要なのかも知れんな」
「ではノーデンスに協力を依頼することにしようか」
第78話 神々の黄昏⑩
(意見はまとまったようだな)
その言葉はヨグ=ソトースにも届いている。
「なるほど、お前がノーデンスか。それで姿は現さないのか」
(視認できることに意味があるのか?)
「まあ確かにそうではあるな。よい、では何を協力してくれると言うのだ」
(お前たちの配下の者を一堂に集めて貰えれば、我がその全員に向かって我らの提案の意味や意義を説明しよう)
「それで皆が納得しなければどうする?」
(納得しようがしまいが結果は同じた。そうではないか?)
「それはそうだが、では説明などする意味があるのか」
(それは予定調和と言うものだ。結果が同じであっても途中の経過は大切なものだ)
「そんなものかね。いいだろう、我が全員を明日までに集めておく。そこでお前が説明するのだ」
「ヨグ=ソトースよ、いいのかそんな奴の言いなりになって」
「何を言うのだナイアルラトホテップよ、最初にその者の話を持ってきたのはお前ではないか」
「それはそうなのだが。判った、それで行こう。我やお前が一々説得して回るよりは効率がいい。とりあえずクトゥルーやクトゥグアあたりを力づくで抑え込む必要もあるからな」
ナイアルラトホテップとヨグ=ソトース、それにノーデンス。三者三葉の思いはあるがアザトースの意志を詳《つまび》らかにすることは絶対条件であることに変わりはない。
そして今この時であっても両陣営の戦いは実は終わっていない。ただの肉弾戦ではあるが、ずっと同じように続いているのだ。そこにすら意味がある、という。物理的な死や自我の消滅であっても意味があると言うのだ。
それが意味があると言う理由、それはナイアルラトホテップにも理解できる。だが決して納得している訳ではない。
自らが生まれた意味、今までアザトースの配下として活動した意味、全てに意味があるというのは全てが無意味だったと知るよりはずっといい。
だが、例えそうであっても、やはり死んでいった同胞たちを思うと気が晴れることはなかった。
いつになく沈んだ思いを心の奥深くに沈めてナイアルラトホテップは明日を迎える決心をする。主であるアザトースは全てを理解したうえで承諾をしてくれている。その思いが痛いほど判るナイアルラトホテップはやはり明日など来なければいいと思っていた。
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