邪神大戦

綾野祐介

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第3章 邪神大戦

神々の戦い

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第59話 神々の戦い

 ノーデンスたちが待ち受ける惑星の地表に、次々とアザトース配下の者たちが降り立った。

 暗黙の了解でサイズは2m程度に統一されている。元のサイズからすると10分の1の者もいれば100分の1の者さえいる。

 アザトースやシュブ=ニグラスなどの主力はまだ到着していない。

 対峙して間もなく、特に何の合図もなく戦いが始まった。

 戦い方はシンプルだった。ただぶつかり合って相手を圧殺する。互いの能力を最大限使う戦いではない。相手の能力は、相手が相殺してしまう。

 お互いに何かの武器を使う概念が無い。

 圧殺するのには数だ。アザトースの配下は個々の独立した者たちなのだが、統一した意識の元でただただ相手を囲んで圧殺する。

 ノーデンスたちは囲まれないように、逆に相手を囲もうとする。

 アザトース配下の者たちは、その触手を使って相手を取り押さえる。自らをどろどろに溶かして相手を取り込む。

(混ざる、混ざる、混ざってしまう)

(一度混ざってしまうと分離できないかも知れない)

(それは拙い。それは怖い。それは問題だ)

(混ざってしまうとどうなるのか)

(混ざったことが無いので判らない)

(それは別物になってしまう、ということか)

(そうかも知れない)

(これが恐怖というものか)

(それが恐怖なのかもしれない)

 アザトースたちの作戦は少しでも相手の戦力を削ることなのか。ただノーデンスたちの戦力の総数は知れていない。

 どちらも圧殺することで総数はわずかに減りはするが、本来は存在そのものが消滅するわけではない。特に強大な力を有する者は消滅しない。

 アザトースの配下たちは圧殺された者を別の者が吸収している。それでまた少しづつ力を積み重ねて行く。

 但し、既に混ざってしまっている者も吸収してしまっている。そうなると最早どちらの陣営の者なのか区別がつかなくなっている者もいる。

 どくどくと泡立っている者もいる。他者を吸収することで拒絶反応が出ているのだ。それらは本来の形を留めることが出来なくなってきている。

 アザトース配下の者たちに、それらは多かった。ノーデンスたちは混ざっていてもまだ自我を残しており、ほとんどが形も残っている。

 ただ、混ざっていることは確かで、精神への侵食も軽視できなくなってきていた。アザトースの配下には、それを得意としてる者たちも多かったからだ。

 ノーデンスたちには能力の差異が無い。得手不得手もないが特化した能力も持ち合わせていない。

 戦いは初手から膠着状態に向かって着実に進んでいた。



第60話 神々の戦い②

 序盤の戦いは膠着状態に陥っている。

 アザトース配下の者たちは、その数を減らしてはいたが次から次へと惑星に降り立ってくる。その絶対数は限りがあるはずなので、いつか尽きてしまうのだろうが、今のところはその気配は無い。ただ減らしてはいるが吸収しているので数は減っても総量はあまり変化が無い。

 ノーデンスたちは群であるが、その一部がアザトース配下と混ざってしまった部分を切り離さざるを得なくなってきていた。群の絶対量が減ってきている。アザトース配下に吸収された部分も減っているのだ。

 大きな戦況の変化もないまま、少しずつ少しずつ両陣営の総量は減っていく。エネルギー総量については変化が無い。

(状況に変化が無い。このままで大丈夫なのか)

(相手の主力が出てくるまでは、このまま推移するのだろう)

(いつアザトースたちは来るのだ)

(勿体付けているのだろう。自らを万物の王と称しているのだ、軽々しく戦いに自ら出てくることに抵抗があるのだろう)

(しかしアザトースを引き摺りださないと駄目なのだろうに)

(そうだな。相手の主力が勢揃いしないとだめだ)

(少々問題も出て来ている)

(なんだ、どうしたというのだ)

(相手に吸収された我らの一部がある。もしかすると我らの計画が、その吸収された群の一部から相手に伝わってしまうかも知れない)

(そうすると、どうなってしまうのか)

(我らの計画、図書館の知恵が使えなくなってしまうと対抗手段が無くなってしまう)

(それは拙いのではないか)

(それは相当拙いことだ)

(対策はないのか)

(相手の配下を相手陣営に戻さず我らの側に引き込む必要があるな)

(それで問題は解決するのか)

(判らない。我らのように相手の意識が同調しているとすれば、意味が無いな)

(では完全に相手を取り込む必要があるのではないか)

(相手の意識も含めて取り込むことが必要だ)

 そこからは大変だった。群として切り離した存在も含めて全てを意識ごと取り込まなけれはならない。

 問題は群として統一的な思考と意識を保ってきたノーデンスたちが異分子を取り込むことで変容してしまうことだった。それが今後の戦いにどのような影響を与えるのか。いずれにしても、アザトースたちが出てくるまでは、この形での戦いを続けなければならない。



第61話 神々の戦い③

 膠着状態は続く。

 ノーデンスたちとしてはアザトース以下主だった者たちが勢ぞろいするのを待たなければならない。それまでは、この膠着状態を続けるしか方法が無い。

 アザトースとて、膠着状態を打破するため、もっと力を持った者たちを参戦させるはずだ。その日はちゅく着と近づいている。

「ナイアルラトホテップよ。どうも膠着状態に陥って久しいようだな」

「我が主、申し訳ありません。敵の全軍の陣容が掴めないまま、ただ悪戯にこちらも相手も、その数を減らせているだけになってしまっております」

「それはわが軍には最終的に不利になるのではないか」

「ご慧眼、恐れ入ります。仰る通り、こちらの陣営には数の限度というものがございます。個体数は今のところそれほど増えておりません。アブホースが生み出すにしても限度もございます。ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスが産み出すものは、もっと数が限られてしまいます。ただ産み出された者たちの力はかなりの者たちではありますが」

「一体一体の力がいくら強くとも数で圧倒しなければ結果的には負けてしまうのではないか」

 アザトースは今回の戦い(と言っても今回の様は戦いは初めてだが)本質を見抜いていた。相手はこちらの力量を見極め相打ちを狙ってきている。そうすると最後は数に勝るであろう相手の勝利が確定するのだ。

 ただ相手の総数については判明していないので、どの時点で負けが確定するのかも判らない状況だった。

 膠着状態に陥っている現状を打破するには、圧倒的な力で相手を蹂躙するしかない。数に頼らず、相手にも数の有利性を破棄させるほどの圧倒的な力でだ。
 
 それが可能なのかどうか、誰にも判っていない。

 アザトースたち一体が群である相手の一部を何百何千何万何億体倒せばいいのか。それを主だった者たちで一斉に行えば何かしら光明が見えて来るのか。

「なぜあのような星の上で能力を制限されて戦っているのだ」

「ご説明させていただきましたが、我らがその能力を開放して戦ってしまうと末端の配下の者たちの力でもこの宇宙に多大な損傷を与えかねません。それは相手も同じことです」

「なるほど、そのようなことを聞いたな。それで相手も同様に制限されたまま戦っておるのか、奇特に事だな。それは相手との約定でもあるのか?」

「特にそのようなことはありません。ただ、相手もこちらの能力を把握しているようですし、戦うとなればこのような方法を取るしかないということは今日つ認識になっています」

「だが、それで相手を圧倒できなければ意味がないではないか」

「それはそうなのですが、お互い宇宙に損傷を与えない、ということで戦うにもルールが必要なのです」

 アザトースは全くもって納得していない。自分一人の力で相手を完全に圧倒できる気がしているからだ。

 戦いが始まって、特に相手の力量が見えてきている。配下の者たちとの力を制限したうえでの戦いであってもアザトースには明確に相手の力量が判った。

 自分よりは劣るがナイアルラトホテップやヨグ=ソトースであっても可能なように思う。単身で敵全体を圧倒
できるものを、違いに制限された状態でただ物量と質量の戦いを続けているように見える。

 ナイアルラトホテップのいう事も理解できるが、そのために自分たちが敗れてしまうことには全くもって不満しかない。このままでは、どうもそう推移してしまう可能性が高い。

「何か打開策はないものか」

 アザトースか問う。しかし今のところナイアルラトホテップには妙案がなかった。



第62話 神々の戦い④

「やはり図書館へ行ってまいりましょう」

 ナイアルラトホテップが何度目かの提案をする。いままでアザトースはそれを許さなかった。誰が収めたものなのかすら判らない図書館とやらの知識を利用することに抵抗があったのだ。

 ただ、その図書館の知恵を借りて配下の力あるものたちを産み出せたことはあった。それは偶々上手く行ったのであって、いつも成功するとは限らないのだ。

 それと、当時はその存在を認識していなかった、今戦っている存在が在る。その相手がナイアルラトホテップたちに見つけさせるために、その場所に判り易いようにしておいた、ということもあり得る。

 一度信用させておいて、決定的な場面で致命的なミスを犯すよう誘導するために、そんな手の込んだことをしたのかも知れない。

 アザトースにとっては全てが疑わしい。そもそも存在を多次元に同時に存在することによって隠していた相手なのだ、どんな手を使って来るかなんてわかるはずもない。
 
 しかし、ナイアルラトホテップは相手に合わせて戦う場所を選定し、相手に合わせてその力や能力に制限を掛けた状態で戦っている。アザトースには、その辺りのことも納得がいっていなかった。

 まさか、ナイアルラトホテップと相手が通じていてアザトースたちを裏切ったと?

 口にも態度にも出していないし、頭の中を探られたときのため(ナイアルラトホテップはその能力はあったがアザトースに向かって使ったことはない)に考えることもしていない。

 逆にアザトースにもナイアルラトホテップの思考を読む能力はあるが使ったことは無い。ナイアルラトホテップに対しての牽制の意味で使ってもいいのだが、今はまだその時ではないと思っている。

 基本的にはナイアルラトホテップが裏切ることは考えてはいない。アザトースを裏切ってもメリットは無い。
 逆に裏切り者をアザトースは許さないので消滅させられてしまうかも知れない。その際、宇宙のエネルギーバランスが崩れてしまって最悪崩壊してしまうかも知れないが、それよりも裏切り者の粛正がアザトースにとっては優先される。

 アザトースにしてみれば裏切り者を許すくらいなら宇宙が崩壊しても構わないのだ。

 ナイアルラトホテップからすると、もしかしたら裏切っているかも知れないと思われていることは心外だった。そう思われている証拠もないがアザトースの図書館に対しての反応はそう思わせるには少し弱いが可能性を考えるには弱過ぎることは無い。

 様々な葛藤の元、アザトースはついに決断する。

「判った、図書館に行って打開策を見つけてまいれ」

 アザトースの指示を受けてナイアルラトホテップは図書館と向かう。

 一度場所が変わってしまっていたが、既に発見していたので直ぐに向えた。

 図書館に着くとナイアルラトホテップは直ぐに司書を探す。円錐型の生物だ。意思の疎通は難しかったが、居ないよりはマシというものだった。

 ナイアルラトホテップが何かの打開策を見つけるまで戦いが一旦休止している訳ではない。

 アザトースは途切れることなく配下の者を戦いの場である惑星に送り続けている。
 
 それはこちらが何かの策を準備していることを悟られないためだった。そんな事の為に駆り出される配下の者たちにとっては自らの忠誠心との鬩ぎあいではあったが、抗う術もなかった。

 ナイアルラトホテップとしては配下の者たちが少しずつ相手に飲み込まれていくことを一刻も早く止めたいのだがなかなか司書も見つからない。

 見つけたとしても、まずはこちらの意図を伝えないといけない。精神感応では伝わらないものもあった。

 前回訪れた時は時間の制限も無かったので司書の助けを借りずに見つけることが出来たが、今回は少しでも早く見つけたい。司書の手を借りるのが一番の近道なのだ。



第63話 神々の戦い⑤

 司書を探している間、ナイアルラトホテップは妙な違和感を感じていた。図書館に来るのは二度目か三度目か。しかし、もっと頻繁に来ていたような気がする。

 そんな筈はない、と言い聞かせてみるが、どうも腑に落ちない。図書館の中の巨大な岩を積まれた部屋や通路を案内も無しに歩ける。

 ただ、何処に何が置いてあるのか、自らが求める情報は何処に行けばいいのかが判らない。靄がかかったかのようにスッキリしない。

 やっと司書を見付けて意思の疎通を図ろうとする。といっても一方的に思念を送るだけだ。

 本来ナイアルラトホテップがその力の限り思念を送ったりすると相手の精神は崩壊してしまう。場合によってはその身体さえ保てなくなってしまう。それは例えばヨグ=ソトースですら耐えられない程度のものだ。

 しかし円錐型の司書は全く意に関していない様子で、ナイアルラトホテップの指示に対して判ったのか判っていないのかも知れないままナイアルラトホテップを案内をするかのように動き出した。

 司書は暫らく付いて行くと大きな部屋に入った。ここは来たことが無い。いや、無いのか?

 違和感は拭えないが、それよりも何か対策の参考になる図書館の知恵を探すのが先だ。それから、その部屋でナイアルラトホテップは打開策を探し始めるのだった。

 その間も配下の者たちは相手に飲み込まれていく。いつからかこちらの配下を取り込むことに戦略を変えて来ていた。差最初のころはお互いを融合することで引き分けのような結果になっていたが、途中からは一方的に相手に飲み込まれていく。

 相手の総数は全く判らないし予想も出来ないが、アザトースたちの陣営は総数がある程度定まっている。産み出しているのは産み出しているのだが、まったくもって追いついていない。

 そろそろ主力の者たちにも動員を掛ける必要がありそうな気配だが、ナイアルラトホテップが打開策を持ち帰るのを待っているのだ。

(戦いが始まって久しいが趨勢が決まりつつあるな)

(いや、相手は主力を出していない。それからが本番と言えるだろう)

(主力が出て来ても、やることは同じではないのか)

(今来ている配下とは全く別物だと考えなければないないだろう。我らを消滅させられるほどには強力な力を有している者も多い)

(それほどのものか)

(それほどのものだな)

(それは拙いのではないか?)

(そのま推移すれば拙いことになるだろう)

(ではどうするのだ)

(図書館の知恵は既にわが手にある)

 ノーデンスが少し誇らしげに言う。感情らしきものがあることは、群にとっては自らの事ではあるが驚きだった。そんなものとは無縁であると認識していたからだ。

 戦いの場である惑星の表面は双方の遺体が残らないこともあり綺麗なものだった。岩や砂で覆われた地表には海もあるが平地や山が大半を占めている。

 海ではないが一際大きい湖は後にハリ湖と呼ばれるようになる場所だった。その淵が主に戦いの場となっている。

 10体の人型が出てくると群からは11体相当の人型が出る。100体が出てくると101体が出る。1,000体が出てくると1,001体が出た。

 能力は封じられているので単なる質量の塊としての戦いが全てだ。但し、アザトース直轄の者たちの力は制御できない程の力を有している。人型となっても、その能力は抑圧出来ないかもしれない。

 その時は群からもそれなりの力や能力を有した人型が出なければならない。その時は刻一刻と近づいてきている。それはお互いの共通した認識だった。



第64話 神々の戦い⑥

 ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスと間に産まれた者たちの多くはまだ戦場に到達していない。そして、ヨグ=ソトースたちから生まれ出ていない、強き者たちも未だ到着していなかった。

 それは作戦として相手の出方を見極める、という方針を決めていたからだったが、立案、提案したナイアルラトホテップは今図書館の知恵を探して行っているので不在だった。

「ナイアルラトホテップはいつ戻るのだ。そのままでは結局相手にこちらの全ての配下たちを潰されてしまうだけだ」

「そなたが焦っても仕方なかろう。彼の者に任せたのだ、待つしかあるまいに」

 シュブ=ニグラスに窘められたが、ヨグ=ソトースは焦っている訳ではなかった。ただ打つ手が無いのも確かだったのだ。

「我が主もさぞ不快に思われていることであろう」

「直接お聞きしたのか?」

「できるものか。ナイアルラトホテップと共にでなければ御前に罷り出ると我だけ不興を買う事になってしまうではないか」

「なんぞ、怖いのか?」

「馬鹿を言うでは無い。怖くない訳がなかろう」

「しかし、そなたをアザトース様が消滅することは決してあるまい」

「それはそうなのだが」

「そなたが怖いと言う感情を持ち合わせておることが、我にはとても興味深いぞ」

「揶揄うでないわ。我とて消滅されなくとも、どのような罰をうけるのか全く予想ができないことが恐ろしいのだ。我が主であれば我の想像を遥かに超えてくるであろうからな」

「我の想像も越えような。さすがはアザトース様じゃ。我が夫であるそなたをして恐ろしいと言わしめるのであるからな」

「揶揄うなと言っておるだろう。それにしても、今戦っている相手は一体何者なのだろう。そして、何故このような戦い方しかできないのであろうな」

 配下の者たちはその能力を全て封印され、ただ質量・エネルギーの塊として直接ぶつかっているだけなのだ。

 そして最近ではどうも相手に吸収されているようだった。人型になっているにも関わらず、その遺体が残らないのだ。

「相手の情報は無いのか?」

「今のところは無いな。我らとは別の者、ということは判っているのだが」

「なぜ別の者だと判るのだ?」

「我らはエネルギー体ではあっても一定の実態を常時持ち合わせて居るが、あの者たちはそれが無い。必要な時だけ実体化する、というようなことかも知れん。それにどうも我らの様に唯一の個体ではなく全体が一つ、というか全てが同じ意志と意図を持っているかのようだ」

「それはそれで怖いのではないか?」

「それはそれで怖いな。しかし、何故あのような戦いを強いられておるのじゃ?」

「それは判らない。もしかすると我が主はご存知なのかも知れないが、聞ける訳もない」

「いずれにしても現状の打開はナイアルラトホテップ次第ということか」

「そうだな。我がこの場を動けない以上、あ奴が戻るまで戦況の膠着を続けるしかあるまい」

 結局、一定の期間を空けて配下の者たちを戦場に送り込むことを、ただダラダラと続けているだけだった。



第65話 神々の戦い⑦

 あれだけ居た配下の者の数が、だんだん少なくなってきている。力なき者たちはただの数合わせでしかない。

 自らの名前を持って生まれた原初の力ある者たちは、その質量やエネルギーは名付けられた者たちとは比べ物にならない程の大きさだったが、その名前を持って生まれた者たちの出番が迫っている。

 ナイアルラトホテップはまだ戻らない。梃子摺っているのか、別の理由で遅れているのか。

 ヨグ=ソトースはナイアルラトホテップの能力に疑問を抱いてはいない。自らと同等、若しくはそれ以上だと思っていた。向き不向きがあるので、単純に比べることはできないが、内容によっては自分を超えると。

 ただ予想以上の時間が掛かっていると感じていることも確かだった。名を持つ者たちの出番前には十分戻ってくると思っていたのだ。

「仕方あるまい、とりあえず時間稼ぎが必要だろう」

「どうするのだ?」

「我が子を出す」

「我とそなたの子をか」

「そうだ。それと場合によっては我が子ではないが名を持って生まれ落ちた者たちも出さざるを得まい」

「それでナイアルラトホテップが戻るまでの時間稼ぎをしようというのか」

「我が出る訳にも行かないのでな。そなたもまだ出す訳には行かない。いざと言うときには、またそなたには子を産んでもらわなけれぱならないからな」

「我に、我が子を死地に向かわせるために産めというのか」

「それはすまないとは思うが、相手に合わせて出さざるを得ないのは判ってもらわないと」

「それはそうなのじゃが。しかし、どうしても戦いは続けなければならないものなのかの」

「それは始めてしまったものを今更止められない、という意味だけではないか。我にしてもアザトース様にしても勿論ナイアルラトホテップにしても戦いの理由の本質は理解していないのかも知れん」

「そんなことで続けられるのかの?」

「今まで続けてきたのだ、決着が付くまで続けることになるだろう。どちらかが完全に勝利する、という未来が見えている訳ではない。空間、次元、時間をも超越しているはずの我でもな」

「それにしてもナイアルラトホテップは遅すぎやしないか。何か良からぬことを企んで居らなければよいのじゃが」

 ヨグ=ソトースもその疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている。ただアザトースの為にならないことをナイアルラトホテップがやるとは思えない。そま主従関係は絶対的なものの筈だ。

 何か不測の事態に陥っている可能性もある。ナイアルラトホテップが対処できないことなど想像もできないし想像したくもない。

 そして、ついにヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスから名を持って生まれた者たちが戦場に投入される。

 一番最初に戦場となる惑星に降り立ったのは自ら志願したクトゥルーだった。



第66話 神々の戦い⑧

 クトゥルーの得意としているのは精神支配だ。戦場である惑星に立っても相手の精神を支配しようとしている。相手は地球で支配した古のものたちとは全く異なっていた。

 精神支配をしようとしても相手の個の部分がない。相手が群体であることも精神支配を試みて初めて気が付いたくらいだ。

 相手を精神支配する、ということは群体全てを支配することになる。群体全てが一つの意志で統一されているからだ。

「何だ、どういうことだ。お前は、というかお前たちは何なのだ」

 相手が個ではなく当然名を持っている訳もない。相手をどう呼べばいいかすら判らない。

「我らは我らだ。一であり全、全であり一。全ては我らの意志である」

 そういう相手は人型になっているが、やはり精神は群体の一部でしかない。

 クトゥルーも本来の不定形や地球で実体化した時の姿では無く人型に合わせている。それが誰の指示で誰の作戦なのか判らなかったが理由もなく従っているクトゥルーだった。

 クトゥルーは相変わらず相手を支配しようとする。ただ相手はそれに抗う様子がない。今目の前にいる相手は群体の一部であり個が無いため支配しきれないのだ。

 しかし、クトゥルーはその先の他の群体の中に入り込み始めた。群体で繋がっているので目の前の一部から群体の本体というか別の群体の一部に入り込むことが可能だったのだ。

「完全な個の無い群体、と言う訳でもなさそうだ」

 クトゥルーは群体の中で中心となっている存在を感知していた。その中で一番の中心はノーデンスと呼ばれているようだ。

 そこまで掴んで、その全てを精神支配しようとして逆にクトゥルーの精神が崩壊してしまった。相手はクトゥルーの精神を支配しようとした訳ではない。ただクトゥルーの精神が物理的に容量不足になってしまったのだ。

「クトゥルーよ、一旦戻るが良い」

 ヨグ=ソトースは戦場からクトゥルーを呼び戻した。流石に相手もクトゥルークラスには質量同士の衝突を仕掛けては来ない。

 一旦ヨグ=ソトースは名付けたものたちや急場しのぎにシュブ=ニグラスと産み出したものたちを時間稼ぎに送り出す。

 そしてヨグ=ソトースは呼び戻したクトゥルーの精神を修復する。重要な情報を得られた可能性があったからだ。それにクトゥルークラスは使い捨てにするにはあまりにも勿体ない。

「では、そのノーデンスという者が中心だというのだな」

「それは間違いありません、我が父よ」

 クトゥルーの精神は完全に修復できたので、その記憶も完全に修復できたのだ。



第67話 神々の戦い⑨

「そのノーデンスという者を引き摺りだせれば相手の全てを崩壊させることが出来る、ということか」

「その可能性はあると思います。ただ、我が試みたところでは全く歯が立ちませんでした。相手の群体であるところの全てを侵食するつもりで行かないとノーデンスの位置も掴めないと思われます」

 クトゥルー以上に精神支配を得意とする個体は居ない。また、クトゥルーと同等のものを何体も産む、ということも不可能だ。

「ノーデンスを引き摺りだせさえすれば、クトゥグアやハスターで対応できるのではないか」

「それはどうでしょう。我が父のお力でなら、若しくはアザトース様であれば別だと思いますが」

「我が主の手を煩わせる訳には行かない。我とお前とでなんとかノーデンスを引き摺りだし、やはりクトゥグアたちの力で相手を殲滅するしかあるまい。我には有効な攻撃手段が無いのでな」

「いえ、我が父のお力であれば可能かと」

「確かに我の力は我が主に次いで強大であるには違いない。ただ、相手が実体を持っているとは言え群体の一部であり精神的に繋がっているとなれば我の力よりも瞬時に相手を焼却できるクトゥグアや粉砕できるハスターの方が適している。他の群体の一部に逃げ込む隙を与えないようにしなければならない」

 クトゥルーはアザトースを別として父であるヨグ=ソトースの力を絶対だと認識している。それが少しとはいえ他に引けを取るようなことを言われると残念でたまらない。確かに物理的な攻撃力であればクトゥルーよりもクトゥグアたちの方が遥かに勝っているのだ。

 クトゥルーはナイアルラトホテップの力は全く評価していなかった。ただの真似ごとでしかないからだ。自らが本来持ち合わせて居る能力ではない。また母であるシュブ=ニグラスの力も評価はしていない。産み出す力よりも破壊する力を上位に置いているからだ。

「それにしてもナイアルラトホテップはどうしておるのか。図書館の知恵を探しに行ったきり全く戻る気配もない」

「ただ怖気ついて逃げたのではありませんか?」

「ナイアルラトホテップはそのような者ではない。力で言えば我と同等と言っても過言ではない」

「我が父よ、それは在り得ません。アザトース様から全てを任されているのは我が父であるヨグ=ソトース、あなたではありませんか。ナイアルラトホテップなどただの使い魔でしかありません」

 クトゥルーはナイアルラトホテップを下に見ている、若しくは下に見たいと思っているのがありありと判る。

 ヨグ=ソトースはそのことを少し苦々しく思っていた。個々の主張が強すぎることは十分理解しているので、仲良くやってくれ、とは言わないが諍いを起こさないで欲しいとは思っていた。

 個々にバラバラで戦っていては勝てるものも勝てなくなってしまう。ただヨグ=ソトースは戦うことの意味を考え始めている。

 そもそも何故戦いは始まったのか。共存は不可能だったのか。

 アザトースを万物の王として宇宙中に知らしめることをヨグ=ソトースはナイアルラトホテップと協力して実行していた。それを邪魔するように全ての宇宙、全ての次元に相手が侵食してきたのだ。

 邪魔するように、というのは少し誤った認識であったのかも知れない。相手が広げていったのは万物の王アザトースの存在は否定せず、ただ他の価値観もあるのではないかというふんわりとしたものだった。

 それを敵対しているとして戦いを始めたのは、どちらかと言えばこちら側の都合であったのかも知れない。相手から積極的に戦う意思を示された結果ではなかった。

 ただ戦場の選択や戦い方の限定は両者で特に事前に打ち合わせをしたわけでもなく今の形態に落ち着いている。それが互いの不利や優位に繋がらない、というのが共通認識だ。



第68話 神々の戦い⑩

 戦いそのものが予定調和なのか。その疑問がいつまでたってもヨグ=ソトースから離れなかった。

「クトゥルーよ、今一度戦場に赴きなんとかノーデンスの居場所を特定できないものか」

「我が父よ、それはかなりの危険を伴うでしょう。ただそれを恐れている訳ではありません。ご命令とあらば今すぐにでも参りましょう」

 ヨグ=ソトースとしてはクトゥルーほどの力あるものを簡単に失う訳には行かない。ただヨグ=ソトースは事態が膠着しており、その決着の為に危ない橋を渡らなければいけなければ、その決断をする立場にあった。

「今暫らく待て。ナイアルラトホテップが戻れば何らかの策を持って帰るはずだ。それを見てからにするとしよう」

「戻ってくるのですか。やはり逃げたのでは?」

「逃げるというが、何処に逃げ場所があると言うのだ。もしあ奴が逃げたのだとしたら我が見つけられない訳がない」

「それはその通りなのですが。ではナイアルラトホテップは何故戻らないのでしょう」

「何らかの対策が見つけられないのか、それとも見つけたが戻れないのか」

「見つけられないのはナイアルラトホテップのの失敗でしょうから理解出来ますが、見つけたのに戻れないとは一体とういったことなのでしょう」

 ヨグ=ソトースとしてもそれが何か判って言ったわけではない。それしか考えられない、ということでしたかないのだ。

「理由は判らない。やはりナイアルラトホテップ本人から聞かないと判らないことだな」

 クトゥルーはアザトースを除いて万能だと崇拝している父ヨグ=ソトースに判らないことが有ることが信じられなかった。

「その図書館という所の位置はご存じないのですか?」

「我は知らんな。いつもナイアルラトホテップがその知恵を調べに行ってくるのだ」

 クトゥルーは、もしそれが本当ならば図書館と言うのはナイアルラトホテップの出まかせかもしれないと、とすら思った。時間を稼いでいい案を思いついたら、図書館の知恵として持って帰った体で衒らかしていたのではないか。その考えをヨグ=ソトースに言うと、

「それは無いな。そんことをする意味は無い。多分我が万物の王であらせられるアザトース様にはすぐに判ってしまうことだろう」

「ではナイアルラトホテップは本当に図書館で知恵を得ていると」

「それで間違いない。ただ、その図書館に在る知恵は一体誰の知恵なのか、というところは不明だ。それはナイアルラトホテップも同じことを言っておった」

「そんなものを信用していいのですか?」

「そうだな。ただ、それしか頼るものがない、と言うのであれば仕方あるまい。我らの力の及ぶところではない、ということだ」

「そのようなことがあるのですか。我が父やアザトース様でさえ不可能なことが」

 クトゥルーは精神支配に長けている分、他者からの精神攻撃にも圧倒的に強い。父であるヨグ=ソトースからの攻撃も簡単にはね返せるほどには十分強かった。

(もしかして我が父やアザトースの力も案外大した物ではないのかも知れん)

 そんな不遜なことを考えていてもヨグ=ソトースには気づかれてはいない。

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