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第1章 始まりの章

第9話 始まりの街で呼び出しを喰らった

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「ゼノン、俺はなんで呼ばれたんだろうな。」

 領主屋敷への道中、俺は単純な疑問を投げかけた。全く心当たりがない。異世界転生してから、特に何もしていない自覚はある。領主様の目に留まるはずがない。

「俺が知る訳ないだろう。ルーデシア様は暴君でも暗君でもないが賢君でもない。普通の、ごくありふれた領主だった。ただ野心はある。何かお考えがあるのだとは思うが。」

 ゼノンにも心当たりはないようだ。では、何で領主は俺のことを知っているのだろうか。誰かが情報を入れたのか。それはどんな情報だったのか。うん、あれこれ考えても仕方ない。なるようになるだろう。

 俺とゼノンは領主が迎えに寄越した馬車で領主屋敷に着いた。ストラトス家よりもかなり大きい。ケルンの街の政庁のようなことも、この屋敷で行っているらしいので、その部分もあるのだろう。

「どうぞ此方へ。主人がお待ちです。」

 ケルン家の執事長が出迎えてくれた。ゼノンは当然顔見知りの筈だが緊張しているのが俺にも伝わった。何を言い出されるのか判らないからだ。

 ちゃんとした部屋に通されて少しだけ待たされた。客扱いではありそうだ。紅茶と茶菓子も用意されている。いきなり逮捕とかは回避できそうだが、まだまだ安心はできない。

 そこに領主様が現れた。

「お待たせしました。よく来てくれましたね。あなたがコータローさんですか?」

 領主は幸太郎に対しても丁寧な言葉づかいで挨拶した。あまり悪い方向に話は進まないのかも知れない。

「初めましてケルン子爵様。私が沢渡幸太郎です。」

 幸太郎は普通に挨拶を返す。相手の目的が判らないので普通に対応するしかない。

「ゼノンもよく彼を連れて来てくれました。ありがとう。」

 ゼノンは領主に礼を言われて戸惑った。礼を言われる意味が判らない。

「いや領主様、私はご指示に従っただけです。それでコータローに何かご用事が?」

 ゼノンは一応俺を慮って先に核心を突いてくれた。幸太郎からはとても聞きづらい と思ったからだ。

「そうなのだ、少し彼に聞きたいことがあってね。」

「そうなのですね。では何なりとお聞きください。コータロー、領主様のご質問に正直に答えるのだぞ。」

 俺はいつもと全然違うゼノンに吹き出しそうになったのを我慢した。

「判りました。ご領主様、何でもお聞きください。」

 自分でも吹き出しそうだった。ゼノンも我慢しているようだ。こいつ、絶対領主を馬鹿にしている、と思った。

「そうか。では聞くが、コータローとやら。異世界から転生してきたというのは本当か?」

 いきなり逆に核心を突かれた。しまった、この話を領主にしていいものなのか、事前にゼノンと打合せするのを忘れていた。ゼノンを見ると目配せをしている。ただ、それが話をしていいと言っているのか、駄目だと言っているのか、区別が付かなかった。仕方ない、正直に行こう、駄目だったらそれまでだ。

「はい。私は転生してこの世界に来ました。ここに来るまでは『日本』という国で普通に会社員として働いていた一般人でした。」

 会社員や一般人が通じるかどうかは判らなかったが気にしない。

「そうか、やはりそうだったか。」

「なぜ領主はそのことをご存知なのですか?」

「昨年の秋ごろに、見たことが無い不思議な男をゼノンが連れて行った、その男は聞いたことが無い言葉を話していたという話を聞いていて、先日どうも同じ男が西街で騒ぎを起こしたと聞いたのでな。少し調べさせてもらったのだ。」

 気が付かないうちに全て調べは付いていたようだ。

「なるほど、そうでしたか。それで私はお咎めを受けることになるのでしょうか。」

「咎め?何の罪でですか?誰もそんな事は言っていないと思うが。私はただコータローと話がしたかっただけなのだ。」

 ゼノンはてっきりコータローを独り占めして隠していたことを咎められるのだと思っていたが、それもどうやら杞憂のようだ。

「どうだろうゼノン。彼を暫らくこの屋敷に滞在してもらって話を聞きたいのだが、お前の許しはでるだろうか。」

 あくまで部下であるゼノンに対しても丁寧に頼んでくる。普段のルーデシアはもう少し横柄なのだが、この件ではあくまで下手に出ることにしているようだ。ゼノンには断れなかった。

「かしこ参りました領主様。コータローがそれでもいいと言うのなら。」

 ゼノンは幸太郎に全権委任してしまった。コータローを手放すのは痛いが領主に逆らうわけにも行かない。それに領主は暫らくと言っているので飽きたら返してくれるかも知れない。

「判りました、私のような者でよければ暫らくここでお世話になります。」

 こうして今度は領主の屋敷でダラダラと過ごすことになった。

 領主は一応忙しいようで、俺は二日か三日に一度領主に呼ばれて話の相手をするだけだった。領主の興味は概して異世界の生活様式や商売の話だった。どうもそれがこの世界で何かの役に立つかどうかを知りたいらしい。貴族が変な商売に手を出しても火傷するだけなのだが、そんなアドバイスをするつもりもなかった。

 領主の屋敷では本当に何もしなかった。庭仕事の手伝いも勿論しない。領主に呼ばれないときは、ただ本を読んでいた。ここにはストラトス家よりも多くの書物があった。古い書物も多いし魔法関連の書物もたくさんあった。俺は本を読むのは好きだったので、わりと充実した時間を過ごしていた。それと悪いがやはり飯はここの方が美味かった。いい素材を使っているのが判る。金はかかっていそうだ。

 そして、ひと月も経ったとき、俺は突然ストラトス家に戻るように言われた。領主が飽きたのだ。得るものがない、という判断は正しい。俺も有意義なことを伝える気が無かった。変に役に立ってしまって色々とやらされるのが嫌だったからだ。差しさわりのない話しかしなかった。解放されるのが近いとは思っていたが予想以上に速かった。堪え性のない領主のようだ。

 屋敷の外に出されて帰りは馬車を出してもくれなかった。最早領主の記憶からも消えているかも知れない。

 ストラトス家に戻るとみんな心配してくれていた。

「よく戻った。もう会えないかもと思っていたぞ。」

 泣いてはいなかったがゼノンも喜んでいた。

「コータロー様、よくぞ御無事で。」

「まあね、心配してくれてありがとう。でも案外何もなかったんだよ。ここに居た時と同じでたまに領主に呼ばれて話をしていたたけだし。また世話になるから、よろしく。」

 ジョシュアは近寄っても来ないが、チラッとこちらを見ていたので戻ったことは把握しているはずだ。とりあえず、何とか平穏な日々を取り戻せたようだ。
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