25 / 29
第8章 剣士祭
剣士祭Ⅴ
しおりを挟む
剣士祭Ⅴ
そしてついに剣士祭本選決勝が始まる。クレイオン道場の周りには入れなかった人々が何重にも取り囲んでいる。関心の高さを物語っていた。
「剣士祭本選決勝クレイオン道場対ローカス道場を始める」
審判の宣誓により試合会場にクレイオン道場の五人とローカス道場の五人が入って来た。どちらも緊張している様子だか、よりローカス道場の特に二人が緊張しているようだ。
「先鋒戦クレイオン道場ウルム=アロア対ローカス道場マコト=シンドウ、始め」
マコトは本選に入ってからまだ一度も勝っていない。マコトが弱い訳ではない、相手が強いのだ。
ウルムは何でもできるタイプの剣士だった。対応力がずば抜けている。マコトの打ち込む剣も難なく捌いて行く。フェイントを入れても全く動じない。
マコトも相手が格上だと判っているので様子見などしない。今出来る限りの力で休まず打ち込み続ける。体力は相当付いてきているはずだ。但しウルムの方が一回り大きい。持久力でもウルムの方が勝っているのだ。
それでも関係なくマコトは打ち込み続ける。動けなくなるまで続けるつもりだ。そこに何か取っ掛かりができるかも知れない、とすら思っていない。ただ休むことなく打ち込み続ける。
いつまでも続くマコトの打ち込みを苦も無くウルムが捌いてはいるが、ウルムの方から仕掛けることが出来ないでいた。
「マコト、そのままでいい、突っ走れ」
アクシズが激を飛ばす。アクシズはマコトが勝てるとは思っていないが一泡吹かせることはできるかも知れないとは思っていた。
「マコトはいつまで持つかな」
「そろそろ限界かもな」
マコトの打ち込みはフェイントも所々に入れつつ速さも緩急を付けているのでウルムも対応が大変だった。だからそこ反撃が出来ないでいるのだ。ただウルムにはまだ余裕がある。マコトが疲れるのを待っているのだ。それからでも十分決着を付けることが出来ると考えている。そしてそれは間違いではない。
「少しマコトの動きが悪くなってきたんじゃないか?」
ロックが指摘する通りマコトの剣速は徐々に遅くなりつつあった。それが態とではないので逆にウルムの反応も悪くなってきている。
「体力的にはもう限界を超えているようだな」
マコトは限界を超えて動き続けている。今日、この試合で終わるのだ、この後のことは考えなくていい。
マコトの限界を超えた動きに対してもウルムは対応し続けている。少しづつ余裕が無くなって来てはいるが、まだまだ対応が可能だった。
「ああ」
口から迸る叫びを残していきなりマコトが倒れ込んだ。突然限界が訪れたのだ。
「そこまで、ウルム=アロアの勝ち」
マコトは倒れ込んだまま動けない。控えて挨拶をしなければならないのだが息も荒く全く身動き出来なかった。
「申し訳ない」
アクシズが肩を貸してマコトを立たせ、ローカス道場側に連れ戻した。
「よく頑張った、強くなったな」
「負けるって悔しいもんだな。俺は負けてばかりだ」
「全部勝つなんて無理な話だ。負けることで次に繋がる。そして強くなって次は勝てばいい」
マコトも言われなくても判っている。真剣に修行する決意を固めていた。クスイーもアクシズもルークやロックも全部超えてやる、と心の中で誓うマコトだった。
剣士祭Ⅴ②
「俺かクスイーのどちらかが勝たないとロックまで回らないからな」
アクシズはクスイーにプレッシャーを掛ける。逆効果になるかもしれないが今のクスイーにはいい刺激になると判断したのだ。
「判っています。力の限り頑張ります」
クスイーの顔は最初の会った頃とは別人のように自信に溢れていた。今回の剣士祭でとてもいい経験が出来た証拠だ。
「次鋒戦クレイオン道場ギークス=ロット対ローカス道場クスイー=ローカス、始め」
クスイーの試合は今のところ同じことの繰り返しだ。その異常なまでに速い剣速を生かすためにできるだけ速く打ち込み続ける。疲れるとか、フェイントとかは全く関係がない。ただ異常なまでの速さで打ち込み続ける。
同じようではあるがマコトとの違いは剣の速さと打ち込むパターンが少ないということだ。ただ判っていても、その剣速を捌くことは容易ではない。
クスイーは普通の剣士であれば剣速だけで圧倒できるレベルまで達している。ただその剣速は目で追うというよりは経験則で身体が勝手に対応できるくらいの達人であれば問題なく対応できるのだった。
そのレベルの剣士はマゼランでも多くは無い。クスイーの課題は剣速を落とさずに色々なフェイントを混ぜ込むことだ。それで対応できる剣士の数は極端に減るだろう。
そしてギークスは今のクスイーの剣速に対応できる数少ない剣士だった。キークスとすれば今までのクスイーの対戦相手がやった事をそのまま実行するだけだ。クスイーが疲れてその剣速が衰えるまで受け続けるのだ。
「クスイー、休むな、気力の続く限り行け」
アクシズがいつものように声を掛ける。クスイーにはそれしかないからだ。
「ん?」
ギークスが怪訝な表情を浮かべる。予想以上にクスイーの剣速が衰えないのだ。それどころか、どんどん速くなってきている気がする。
「なんなんだ、お前。この前の試合と違うぞ」
ランドルフ道場の剣士たちは情報収集も怠ってはいない。勝つべくして勝つ、それが信条だった。当然ローカス道場の準決勝も見ていた。その時のクスイーならもうとっくに疲れて剣速が落ちていたはずだ。
「僕は日々進化しているのです」
クスイーが珍しく試合中に相手を煽った。それは自信の表れだ。マゼランで一番のクレイオン道場と互角に渡り合っている。というか、少し押してさえいるだ。
しかし相手のギークスもクレイオン道場でずっと次鋒を預かっている猛者だ、そう簡単には負けない。クスイーの体力が落ちるまで受け続ける。
クスイーの剣速が更に上がる。フェイントを入れない素直な剣筋なのでギークスも辛うじて受けることができているが、それにも限界がある。
ギークスがもうこれ以上は無理だと思った瞬間、それは訪れた。クスイーが完全に止まってしまったのだ。クスイーは立ったままま動かなくなった。立ったまま気絶しているのだ。
試合続行が不可能とみて審判が宣言する。
「そこまで、ギークス=ロットの勝ち」
クスイーは気絶したままルークに抱きかかえられて下がった。が、直ぐに意識を取り戻す。
「あっ、僕はまた負けたんですね」
「十分だよ、クスイー。恰好良かったね」
トリスティアの視線を確認しながらルークが言う。
(いい子なんだけどな)
そうは思うがクスイーは多分気づかない。そしてクスイーのアイリスへの思いも真剣なのだ。
「これで二敗か、何とかしないとな」
「アクシズ」
「なんだ、ロック」
「これで終わりだ、多少の無理はいろよ」
「判っている、死に物狂いでやってやるさ」
珍しくアクシズが闘志むき出して出て行った。
剣士祭Ⅴ③
「中堅戦クレイオン道場ソルム=ハーツ対ローカス道場アクシズ=バレンタイン、始め」
試合が始まると珍しくアクシスが闊達に打ち込む。後のことを考えていないかのような打ち込み方だ。マコトやクスイーの試合の様に今出来る目一杯の打ち込みをしているようだ。
アクシズはクスイー程の剣速は無いがマコトよりもかなり立ち回りが上手い。ソルムからすると思わぬ方向から剣が打ち込まれる。ソルムはそれに対応することで精一杯だ。
「おい、アクシズはあれで大丈夫なのか?」
ロックが心配している。
「アクシズにはアクシズの考えがあるのでしょう」
相手のソルムもマゼラン最強のクレイオン道場で中堅を任される程の剣士だ、今のところアクシスの剣を受けているだけだが少しでも隙を見せれば一瞬で決着が付くだろう。
しかしアクシズの剣は止まらない。ソルムに反撃の隙を与えず常に受け身に回らせている。どうもローカス道場の伝統芸になっているかのようだ。
アクシズが一段ギアを上げる。ソルムはそれにも十分付いてくる。変則的なフェイントを複数入れてみるが、それにも対応して見せた。
「これはちょっとマズいかもな」
アクシズが珍しく弱気な言葉を呟く。
「無理しなくてもいいよ、アクシズ」
ルークからするとここで終わった方がいいかも、と思っていた。ロックが負けたクリフ=アキューズ戦は仕方ないとして、敗戦を重ねる必要は無いのではないかと思っていた。それほどまでにマシュ=クレイオンは強い。
「無理じゃなくて無茶をするなら何とかなるか」
アクシズはそう言うと可笑しな動きを始めた。シャロン公国の中で行われている剣の流派はいくつかあるが本流であり聖都騎士団で正式に採用されているトレス流には無い動きだ。
「なんだ、アレは?」
今までアクシズがいれていたフェイントとも違う別の動きだ。想定の範囲内での動きであればソルムも十分対応できる。それがアクシズ並みの剣速であっても可能だ。それが見たこともない動きによってソルムの対応が少しづつ遅れだした。
「あれはもしかしたら東方の剣術にある動きのようだ」
マシュの祖父、クレイオン道場の道場主プラクト=クレイオンが呟く。プラクトにしても実際に見たことは無い。聞いた記憶かある程度のものだ。
剣舞のように流れる体捌きでアクシズの剣が舞う。次にどうくるのかが判っていても反応できない、不思議な舞だった。
「これは見せたくは無かったんだがな」
アクシズは少し苦い顔で呟く。誰に見せたくなかったのかは、その言葉だけでは判らなかった。
結局ソルムは初めて見るアクシズの動きに、ほんの少しだけ反応が遅れる。慣れれば問題のであろうが、アクシズがそれを許さない。そして決着が付いた。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
これで副将戦までは繋ぐことが出来た。
「アクシズ、何だあれは?」
「ああ、まあ、詳しくは聞かないでくれ。結構最近まで俺はあちこち放浪していたんだよ」
その放浪している時に東方の国、例えばズィーイあたりで剣の修行もしたのかも知れない。
「なんにしても勝ってくれて助かった。次はルークだ、頼んだぞ」
「僕にはアクシズのような隠し玉はないよ。まあロックに繋げる様に頑張ってみるけど」
ルークはまだ迷っていた。ロックとマシュを対戦させることがロックの為に良いのか悪いのか判断が付いていなかったのだ。
剣士祭Ⅴ④
「ロック、どうしてもマシュと試合たい?」
返事は判っている。聞けば、そうだと応えるはずだ。ただ、ルークは確かめたかっだけだ。覚悟と言ってもいい。クリフ戦に続いて2度目の敗戦を受け止められるのか、という覚悟だ。
「当り前だろう。マゼランで試合たいのは三騎竜とマシュ=クレイオンだ」
探せばまだ埋もれている剣士もいるだろうが、その四人はマゼランで確実に上位に居る存在だろう。
「判った。君まで回せるよう祈っていてくれ」
そう言うとルークは決心して中央へ進み出る。クレイオン道場の副将が相手だ、そう簡単には行かないことはルークも十分理解している。ただ、ルークには作戦があった。
普通の試合であれば開始の合図でお互いが相手の技量を見極める為に打ち合う。そのうちに相手の癖を見付けるなり隙を見つけるなりして勝ちに結び付けていく。技量が拮抗している場合は特に最初は探り合いになることが多い。
ルークはそれを全て無視する。相手の技量も何も判らなくてもいいのだ。ただ自らの最高の技と剣速で一気に方を付ける。
相手からすると試合開始と同時に最高剣速で切り付けられるので対応するのに身体が付いて行っても心が付いて行かない。それでどうしても対応がほんの一瞬遅れてしまう。それがルークの狙いだ。
「副将戦クレイオン道場ハーツクライ=ミットロー対ローカス道場ルーク=ロジック、始め」
勝負は一瞬で付いていた。相手のハーツクライも何が起こったのか判っていない。審判の全く気が付けない内に試合は終わっていた。
ルークにしても自らの持てる全てを掛けて打ち込んでいた。二太刀目は考えていない、全力の打ち込みだった。その瞬間、その一太刀だけであればルークの剣速はクスイーを上回っていたかも知れない。
そしてルークの剣は剣速だけではなくハーツクライの剣を打ち落とすほどの剛剣でもあった。細いルークのどこにそんな力が備わっているのか判らないがハーツクライの剣には罅が入っていた。ハーツクライが持っているのだ、その剣はマゼランの名工の力作だった。ただ、ルークの剣もヴォルフからロジック家の家紋入りの短剣と一緒に貰った名剣だった。
ハーツクライは自分に何が起こったのか、まだ自認できずに中央に立ちくしている。ルークからするとハーツクライが強くければ強いほど陥ってしまう悪質な罠のような試合だった。ルークはロックの様に強い相手に実力を出させた上で勝つようなことは全く考えていない。
「ハーツクライ、負けは負けだ、下がっておれ」
プラクト=クレイオンの言葉にやっと意識を取り戻したかのようなハーツクライが控え席に下がった。全く納得いっていない様子が見て取れる。ルークの方を睨んでいるが、当のルークは全くハーツクライを意識していなかった。
ルークにしてみればロック対マシュの試合は今でも回避すべきだったのではかいかと思っていた。ただ、マシュ=クレイオンとハーツクライ=ミットローの間に大きな技量の差が有る訳ではない。同じマゼラン最強のクレイオン道場で大将と副将を任されている二人なのだ。
その意味でもハーツクライには何か勝つ方法を工夫しないとルークと言えども苦戦するはずだった。奇襲戦法がこんなに上手く行くとは正直ルークも思っていなかったがハーツクライが十分強かったこととルークをあまり強いとは認識していなかったことが功を奏したのだろう。
「ルーク」
ロックは何とも言えない表情でルークを迎えた。ルークが勝った、それはいい。問題は勝ち方だ。いつもルークは最小限の試合時間で終わらせようとする。ある程度力量の差がある場合はそれも仕方ないがハーツクライはそれほどルークと差があるようには見えなかった。騙し討ちのような試合だった、というのが正直なロックの感想だ。
ただマシュとの試合のお膳立てをしてくれて、という意味ではルークに感謝している。ルークを勝ち方で攻める気にはならない。ただ少し、ほんの少し納得していない、ということろだ。
「一応繋いだよ。あとは任せたからね」
「判っている。お前の用意してくれた試合だ、存分に楽しむことにする」
ロックは言葉通り楽しむことに決めた。マシュ=クレイオンは強い。今日現在はクリフの言う通り三騎竜には勝てないかも知れないが、あと少し経験や切っ掛けがあれば三騎竜の一角を落とす日が、そう遠くない内に来る可能性もある。
ロックはクリフに勝てなかったが、同じように現時点ではクリフに勝てない者同士の試合がどちらに軍配が上がるのだろうか。
そして今年の剣士祭本選の最後の試合が始まる。
剣士祭Ⅴ⑤
今年の剣士祭本選最後の試合。それはクレイオン道場とローカス道場が2勝2敗で辿り着いた大将戦だった。この試合に勝った方が優勝なのだ。
クレイオン道場の大将は道場主であるプラクト=クレイオンの孫でクレイオン道場で師範代を務めるマシュ=クレイオンだ。18歳の時に出場した御前試合も当然の様に優勝している。
マシュは初めて出場した2年前から剣士祭予選・本選を含めて一度も負けていない。その間マゼランの三騎竜は一度も出場していないのだが、もう五年も優勝を続けている。
クレイオン道場は優勝、準優勝を含めてかれこれ15年に渡って本選決勝進出を続けていた。聖都騎士団所属道場としては最強の名を欲しいままにしていた。
今年の剣士祭も予選、本選を通じて決勝の2敗しかしていない。
「マシュ、儂に恥をかかせるなよ」
プラクトのプレッシャーを正面から受け止めてマシュ=クレイオンが中央に立つ。
その体躯はルークとほぼ変わらなく痩せて見える。背はルークより少し高くアクシズよりは少し低いくらいか。剣士として理想的な体型をしていると言っていい。そして筋肉は十分しなやかで実用的で理想的な付き方をしていた。
方やローカス道場の大将はロック=レパード。今年の御前試合の優勝者だ。
背はマシュより少し低いが体格は少し大きい。筋肉の付き方はマシュ程洗練されてはいないが力を発揮するのに十分な鍛えられ方をしているのが見て取れる。
ロックは剣士祭で予選では一回しか試合が出来なかった。それで一勝。本選では1勝1敗で一応勝ち越してはいる。1敗はマゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズだ。
「剣士祭本選決勝戦、大将戦クレイオン道場マシュ=クレイオン対ローカス道場ロック=レパード、始め」
大将戦が始まった。ロックはルークのような奇襲は掛けない。相手の出方を見たり、力量を見たうえで勝ち筋を見付けるのだ。
二人は闊達に打ち合う。それが前もって打ち合わせをしていたかのように打ち合い、受け合っている。相手がどう打ち込んでくれば、どう受ければいいかを十分理解しているし相手の剣速やフェイントも想定の範囲内で打ち合いが続いて行く。
息も付かせない程の打ち合いを二人は楽しんでいるかのようだった。特にロックは打ち込んでいても受けていても笑っていた。表情はマシュの方が少しだけ固い。ロックは気が抜けているかのように笑いながら剣を振るっている。
「マシュ」
「なんですか」
「楽しいな」
「別に楽しくなんかありませんよ」
ロックは心の底から楽しんでいた。勝ち負けは二に次ぎでいかにこの打ち合いを長く続けられるかを考えている。
相手の体力が尽きるまで打ち続けるつもりであっても二人の体力は無尽蔵であるかのように剣速も体捌きも落ちない。
二人とも基礎に根差した剣技を振るう。悪質なフェイントなどは使わない。
ただ基礎を徹底的に叩き込まれているマシュに対して、ロックはある程度の基礎は習得していたが、どちらかと言うと後は自己流の修行を続けていた。
基礎やそれに基づいた想定内のフェイントを続ける二人だった。マシュは全くブレないがロックは少しづつ、ほんの少しづつブレ始めていた。
それが特に問題ないくらいのブレの間はロック自身も気が付いていなかった。
剣士祭Ⅴ⑥
我流が本流を超えられない。それはある意味真実だろう。基礎とそれに基づいた変化の蓄積は途方もない数だ。それを極めつつあるマシュ=クレイオンは本流中の本流だった。
道場での試合に特化した剣術。それが実践では役に立たないとは言わないが命のやり取りを伴わない試合で可能な技と実戦で鍛え上げられて高みに達している者との差は、各々得意とすね場面では最強を謳えるかもしれないが、相手の土俵では心もとない。
マシュとロックの差は、ほんの僅かだった。道場での試合に限って言えば、マシュに十分利がある。その差をロックは実戦での経験で補っていた。
マシュの剣はクスイー程剣速が有る訳ではない。但し相手を追い詰めることに関しては理詰めで徐々に追い詰めていくことに長けている。
十分力量に差があればそんなことはマシュもしないのだが拮抗している場合はこの手法を取るのだ。そしてマシュはこのやり方で負けたことが無かった。
ただマシュは三騎竜の誰とも立ち合ったことがない。マシュが剣士祭に出場する頃には三騎竜は既に剣士祭には出場しなくなっていたからだ。
勿論クレイオン道場にも三騎竜の三人は指導に来てくれている。それはあくまで指導であって試合ではない。模擬戦をやることはあっても、道場を背負ってなどという正式な試合ではない。
いつかしらマシュは自分より強い剣士が居なくなってしまったことに寂寥感を感じていた。
さっきは『楽しくない』と言ったが、それは嘘だ。マシュも久しぶりの好敵手に試合を存分に楽しんでいた。
「やっぱり楽しいんじゃないか、顔が笑ってるぞ」
ロックの指摘は正しかった。マシュの顔は笑みを浮かべていたのだ。こんなことは今までなかった。
「そうかも知れませんね。最後までつきあってくださいよ」
マシュはギアを一つ上げた。ロックもそれに倣う。
マシュが打ち込む。ロックが受ける。ロックが打ち込む。マシュがそれを受ける。マシュがフェイントを掛けるがロックは引っかからない。ロックがフェイントを掛けてもマシュは引っかからない。
やはり事前に打ち合わせでもしていたかのように二人の打ち合いは見ていても美しかった。
「綺麗だね、ずっと見ていたくらい」
ルークが思わず呟く。それは剣の試合と言うよりは舞のようだった。
「マシュ、いつまで遊んでおるのだ」
クレイオン道場側からプラクトが激を飛ばす。プラクトからすると二人の試合は遊んでいるように見えるらしい。プラクトもかつてマゼラン最強と言われたほどの剣士だったのだ。
プラクトからすると息子が剣の道を進んでくれなかった分、孫のマシュに期待していた。そしてその期待に十分マシュは応えていた。自慢の孫に間違いなかった。その自慢の孫と同等の者など存在してはいけないのだ。
「判っています。でも楽しいんですよ」
マシュは楽しいことを認めた。ロックとの試合は楽しい。それは間違いなく事実だった。
「こんな経験は初めてなんです。もう少し、もう少し楽しませてください」
マシュがギアをもう一つ上げる。ロックもそれに倣う。
「この時間がずっと続けばいいな」
ロックもマシュと同じ気持ちだった。ただ、そうもいかないことは二人とも判っている。決着を付けなければならないのだ。
剣士祭Ⅴ⑦
マシュもロックは、その身体からは想像できない程のタフさを備えている。いくら打ち合っても、疲れを見せないし息も上がらない。ずっと続けていられるのだ。
マシュがさらに一段ギアを上げる。マシュにとってはこれが限界だった。ロックはそれに応える。ロックもこれで限界だ。
「楽しい時間も終わる時は終わるんだな」
ロックが呟いた時、試合の決着が付いた。マシュのギアが更に一瞬だけだが上がったのだ。ロックはそれに付いていけなかった。
マシュはロックとの試合によって覚醒したようだ。突然マシュについて行けなくなる。マシュの動きをロックは完全に見失っていた。これは二人に相当の差が出来た証だった。
ロックは見失ってしまうほどのマシュの動きから繰り出された剣を受けきれなかった。そして決着の時を迎えたのだ。
「そこまで、マシュ=クレイオンの勝ち」
今年の剣士祭がクレイオン道場の優勝で幕を閉じた。
「君のお陰だ」
試合後マシュがロックに駆け寄って来た。
「君との試合で僕は一つ高みに登ることが出来た。感謝するよ」
「いや、勝ったお前から感謝されてもな」
「でも君が居なければ僕はこの高みを経験することは出来なかったと思う。だから礼をすることは当たり前のことだ」
「まあいいけど、次は俺が勝つさ」
「うん、そうだね、次は君が勝つかもしれない。でもそう簡単には行かないと覚悟しておいてくれ」
それだけ言うとマシュは一礼して去って行った。
「なんだったんだ」
「マシュは心から君に感謝しているんだよ」
「そうなのか?」
「君たちのようなレベルでの試合はマゼランでもなかなか組めないんだろうと思う。例えばマゼランの三騎竜となら可能かも知れないけど。そのレベルでの試合、それも剣士祭の本選決勝の大将戦ともなると、この経験は何にも勝るだろうしね」
「まあ、確かに殿しかったけどな」
「そのお陰で彼は覚醒した、とでも言うべき成長を、この一試合で成せたということさ、そりゃ感謝もするだろう」
「確かに最後のあいつの動きはとんでもなかった。たの高みに俺も述べれるのかな」
「君なら出来るさ。というより君にしか登れない高みがあると思うよ。その為の今日の一敗だと思う。大きいよ、この一敗は。これで成長しないなんてあり得ないよ」
ルークは心からそう思っていた。マシュは今回覚醒を経験しただろうが、どちらかと言えばロックの方がより高い所への足掛かりを得たんじゃないかと思う。
「さあ、道場へ帰ろう」
負けたロックが一番元気だ。一行は道場へと戻る。ロックを初め皆は意気揚々と帰路に就いたのだった。
剣士祭Ⅴ⑧
まだ明るいうちに一行は帰路に着いたので夕飯の食材を買いに市場へ寄ることにした。今日はご馳走だ。
剣士祭の成績がマゼランで広まれば、もしかしたら明日からでも入塾希望者が殺到するかもしれない。
「今日の晩餐を終えたら、明日の朝にも出発するかな」
「えっ、もう行かれるんですか?」
ロックは剣士祭が終わったらまた修行の旅に出るつもりだった。それが塾生が集まりだしてからでは抜けにくいと思うのだ。
「新しい塾生が来るときに俺たちが居ない方がいいんじゃないか。どっちにしてもずっとは居られないんだからな」
ロックの意見は間違ってはいない。ロックやルーク、アクシズを目当てに入塾した後、直ぐに三人が居なくなってしまったとしたら詐欺だと騒ぎになってしまうかも知れない。
クスイー=ローカスとマコト=シンドウがいるローカス道場に入塾してくれる人材が必要なのだ。あとトリスティア=アスドレンも協力してくれる。
三人で対応できる人数の新入生なら逆に丁度いい人数に収まるかもしれない。それが一番良かった。
一行が少し人通りが途切れた場所に差し掛かった時だった。
「待て」
後ろから声を掛けられた。聞き覚えがある声だ。
「待ったらいいことでもあるのかい?」
ロックが態と揶揄うように応えた。
「こちらにとっていいことは有るがな」
見ると覆面で顔を隠した十数人が後ろで既に剣を構えていた。『待て』と事前に声を掛けただけでも、まだ良心的か。
「ふーん、そうかい。で剣を抜いたってことは切られてもいい覚悟はできている、ってことでいいんだな?」
ロックの力量を知っている相手がその言葉で少し怯んだ。闇討ちは自尊心が許さなかったので声を掛けたが、真面にやって勝てる相手でも無いと思っている。
本来人海戦術しかないのだが、思ったほど人数は集められなかったのだ。
「声でバレてるけど大丈夫ですか?」
ルークが相手を心配して声を掛ける。首謀者はシューア=ランドルフで間違いない。動機は自らの敗戦と道場の敗戦の逆恨みだろう。
「えっ」
声だけで特定されるとは思っていなかったのか、シューアは少し辟易ろいだ。ただ、剣はまだ交えていないとはいえもう襲ってしまっている。後戻りは出来ない。全員を殺す覚悟で来ているのだ。
「いいよ、折角来たんだ、掛かっておいで」
またロックは煽っている。相手を怒らせて我を忘れさせようとする作戦だが、功を奏するかどうかは不明だ。
「手を出すなよ」
ロックがルークたちを牽制する。一人で相手をするつもりなのだ。マシュとの試合で疲れている筈だが、やはり真剣での戦いの方が得意ではあるのだ。
「人数多いよ、大丈夫?」
「まあ大丈夫だろ。負けそうになったら助けてくれよ」
そんな気は毛頭ないのだがロックは冗談のつもりで言っていた。ルークもアクシズも実のところ助けに入るつもりがない。ただ疲れだけが問題だったのだ。
「殺したら駄目だよ」
ルークはそう言うとマコトにルーリ=メッセスを呼びに行かせた。ロックが勝ったとしても後始末が問題だ。ここはガーデニア騎士団の出番だった。
剣士祭Ⅴ⑨
「では、これで失礼します」
ルーリ=メッセス中隊長は部下を引き連れて直ぐに駆けつけてきた。その時には全員が倒された後だった。ルーリは全員を捕縛して騎士団詰所へと戻って行った。
シューア=ランドルフは自身だけの判断でサーシャやロマノフには相談せずに、若しくは相談したが一存でやったことにするよう言い含められていたのだろう。道場が主導して襲わせた、という事には出来ない。
シューアの暴走、ということで厳重注意と謹慎辺りで済ませる算段だ。それだけの影響力をサーシャ=ランドルフは有していた。
「さて、帰るか」
ロックは晩飯前の運動を少し熟しただけ、みたいな感じだった。
道場に戻るとミロとトリスティアでご馳走を作ってくれた。旅立つロックとルークの為だ。そして多分同じように道場を離れるアクシズの為でもある。
「あー、美味かった。ミロもトリスティアも料理が上手いな」
「そうだね、ミロの料理はマゼランに来てから格段に上手くなった」
最初のころは結構失敗を続けていたが最近のミロの料理は本当に美味かった。
「あとはソニーに礼を言わないとね」
「ああ、そうだな。でも何故ソニーは今日協力してくれたんだろう」
「何か思惑があったんじゃないかな。でも打算からであっても力になってくれたことは本当に助かったし、いいじゃないか」
「そうだな。アクシズの協力がなければ決勝まで行けなかったことは間違いない」
そこにアクシズが割って入って来た。
「なんだ、俺の話か?」
「ああ、剣士祭は全部アクシズのお陰だと言ってたんだ、改めてちゃんと俺を言いたかった。本当にありがとう」
「なんだ、そんなことか。俺はソニーに頼まれて俺が出来ることを出来る方法でやっただけだ。まあ結構楽しかったし礼を言われるようなことではないさ」
アクシズは少し照れた表情を浮かべた。
「お前たちは旅に出るんだろ。いつかまた都世子下で会えるといいな」
「そうですね。でも、その時は敵か味方か判りませんが」
「おいおいるルーク、物騒なことを言うなよ。もし本当に敵同士で会ったらどうするんだ」
「もし敵同士で会ったら一目散に逃げるさ、お前たちと戦うなんて無茶は出来ん」
冗談とも本気ともとれる口調でアクシズが言った。
「まあ、もし本当にそんなことになったら、ちゃんと手加減するさ」
「それは駄目だよ、ロック。アクシズも手を抜かれても嬉しくないよ」
「いや、俺は十分嬉しいぞ、存分に手を抜いてくれ」
確実にマゼランでも上位に入る三人は、ローカス道場から直ぐに居なくなってしまう。三人の会話には入れないクスイーは三人が居なくなってからのことが不安になって来た。
マコトさんと二人で道場を盛り上げて行こう。そしてロックさんたちがマゼランにまた来てくれた時に立派な道場に成っておくのが三人に対しての一番のお礼だと思っていた。
そして、自分でも精進してロックたちに好敵手として認めて貰えるくらいの剣士になろう。クスイーはそう誓うのだった。
剣士祭Ⅴ⑩
「ソニー=アレス、今回は本当に助かった、ありがとう」
ロックとルークは礼を言うためにソニーの元を訪れていた。アクシズは既にローカス道場を後にしていた。
「いや、アクシズがお役に立てたのならよかったよ」
「でも何で俺たちに協力してくれたんだ?」
ロックが素朴な疑問をぶつける。
「ああ、最初は僕自身が、と思ったんだけど流石にそれは無理があるし、それなら丁度アクシズが居たから、と思っただけだよ。僕と彼の用事はまだ少し時間が掛かりそうだったからね」
「君とアクシズの用事って?」
「それはちょっと」
「だよね。いいよ、ありがとう、本当に助かった」
「それにしてもいきなり準優勝は凄いね」
ソニーは色々と誤魔化した。誤魔かせてはいなかったが二人とも突っ込まなかった。
「いや、まあ、それは実力?」
「なんで僕に聞くんだよ」
「確かに君たちの実力だと思うよ。特にロック、君はいずれシャロン公国一の剣士になるんじゃないか」
ロックは褒められて満更でもなさそうだ。
「勿論それを目指して修行を続けるつもりだ」
「そうだよね。で、ずっとマゼランで修業を続けるんだ」
「いや、マゼランはもう出ようと思っている。もっとシャロン中を回って修行をしたいしな。それにルークのためにオーガを探さないと」
「そうなんだ。じゃあもう行先は決まっているんだね」
ロックたちはマゼランを出ることは決めてあったが、何処に向かうのかは決めていなかった。
「いや、まだ」
「えっ、明日にでもマゼランを出るってさっき言ってなかった?」
「ああ、確かに明日出発の予定だけど行先はまだ決めてない」
本当に二人とも行く先を決めていなかった。決めかねていた、というのが正解だった。南西から東へ向かって来たのだ、次はそのまま東に向かうか北へ向かうかの二択の筈だった。
東に向かえばソニーの故郷であるアストラッド州、北へ向かえば聖都セイクリッドのあるジャスメリア地方になる。ロックは朧気ながら聖都に行くのはまだ時期尚早な気がしていた。
「でも、東か」
「そうだね、東がいいかも知れない」
「東だとアストラッドじゃないか。君たちがアストラッドに行くのか」
「東に向かえばそうなるね」
「アストラッドに入って何か困ったことがあったら僕の名前を使ってくれればいいよ。向こうにはアークも居ることだし頼ってやってくれれば」
「ありがとう、もし困ったことが出来たら頼らせてもらうことにするよ」
「アークか、うん、あいつは良い剣士だ。会うのが楽しみだな」
ロックはやはり剣のことしか興味が無かった。
そしてついに剣士祭本選決勝が始まる。クレイオン道場の周りには入れなかった人々が何重にも取り囲んでいる。関心の高さを物語っていた。
「剣士祭本選決勝クレイオン道場対ローカス道場を始める」
審判の宣誓により試合会場にクレイオン道場の五人とローカス道場の五人が入って来た。どちらも緊張している様子だか、よりローカス道場の特に二人が緊張しているようだ。
「先鋒戦クレイオン道場ウルム=アロア対ローカス道場マコト=シンドウ、始め」
マコトは本選に入ってからまだ一度も勝っていない。マコトが弱い訳ではない、相手が強いのだ。
ウルムは何でもできるタイプの剣士だった。対応力がずば抜けている。マコトの打ち込む剣も難なく捌いて行く。フェイントを入れても全く動じない。
マコトも相手が格上だと判っているので様子見などしない。今出来る限りの力で休まず打ち込み続ける。体力は相当付いてきているはずだ。但しウルムの方が一回り大きい。持久力でもウルムの方が勝っているのだ。
それでも関係なくマコトは打ち込み続ける。動けなくなるまで続けるつもりだ。そこに何か取っ掛かりができるかも知れない、とすら思っていない。ただ休むことなく打ち込み続ける。
いつまでも続くマコトの打ち込みを苦も無くウルムが捌いてはいるが、ウルムの方から仕掛けることが出来ないでいた。
「マコト、そのままでいい、突っ走れ」
アクシズが激を飛ばす。アクシズはマコトが勝てるとは思っていないが一泡吹かせることはできるかも知れないとは思っていた。
「マコトはいつまで持つかな」
「そろそろ限界かもな」
マコトの打ち込みはフェイントも所々に入れつつ速さも緩急を付けているのでウルムも対応が大変だった。だからそこ反撃が出来ないでいるのだ。ただウルムにはまだ余裕がある。マコトが疲れるのを待っているのだ。それからでも十分決着を付けることが出来ると考えている。そしてそれは間違いではない。
「少しマコトの動きが悪くなってきたんじゃないか?」
ロックが指摘する通りマコトの剣速は徐々に遅くなりつつあった。それが態とではないので逆にウルムの反応も悪くなってきている。
「体力的にはもう限界を超えているようだな」
マコトは限界を超えて動き続けている。今日、この試合で終わるのだ、この後のことは考えなくていい。
マコトの限界を超えた動きに対してもウルムは対応し続けている。少しづつ余裕が無くなって来てはいるが、まだまだ対応が可能だった。
「ああ」
口から迸る叫びを残していきなりマコトが倒れ込んだ。突然限界が訪れたのだ。
「そこまで、ウルム=アロアの勝ち」
マコトは倒れ込んだまま動けない。控えて挨拶をしなければならないのだが息も荒く全く身動き出来なかった。
「申し訳ない」
アクシズが肩を貸してマコトを立たせ、ローカス道場側に連れ戻した。
「よく頑張った、強くなったな」
「負けるって悔しいもんだな。俺は負けてばかりだ」
「全部勝つなんて無理な話だ。負けることで次に繋がる。そして強くなって次は勝てばいい」
マコトも言われなくても判っている。真剣に修行する決意を固めていた。クスイーもアクシズもルークやロックも全部超えてやる、と心の中で誓うマコトだった。
剣士祭Ⅴ②
「俺かクスイーのどちらかが勝たないとロックまで回らないからな」
アクシズはクスイーにプレッシャーを掛ける。逆効果になるかもしれないが今のクスイーにはいい刺激になると判断したのだ。
「判っています。力の限り頑張ります」
クスイーの顔は最初の会った頃とは別人のように自信に溢れていた。今回の剣士祭でとてもいい経験が出来た証拠だ。
「次鋒戦クレイオン道場ギークス=ロット対ローカス道場クスイー=ローカス、始め」
クスイーの試合は今のところ同じことの繰り返しだ。その異常なまでに速い剣速を生かすためにできるだけ速く打ち込み続ける。疲れるとか、フェイントとかは全く関係がない。ただ異常なまでの速さで打ち込み続ける。
同じようではあるがマコトとの違いは剣の速さと打ち込むパターンが少ないということだ。ただ判っていても、その剣速を捌くことは容易ではない。
クスイーは普通の剣士であれば剣速だけで圧倒できるレベルまで達している。ただその剣速は目で追うというよりは経験則で身体が勝手に対応できるくらいの達人であれば問題なく対応できるのだった。
そのレベルの剣士はマゼランでも多くは無い。クスイーの課題は剣速を落とさずに色々なフェイントを混ぜ込むことだ。それで対応できる剣士の数は極端に減るだろう。
そしてギークスは今のクスイーの剣速に対応できる数少ない剣士だった。キークスとすれば今までのクスイーの対戦相手がやった事をそのまま実行するだけだ。クスイーが疲れてその剣速が衰えるまで受け続けるのだ。
「クスイー、休むな、気力の続く限り行け」
アクシズがいつものように声を掛ける。クスイーにはそれしかないからだ。
「ん?」
ギークスが怪訝な表情を浮かべる。予想以上にクスイーの剣速が衰えないのだ。それどころか、どんどん速くなってきている気がする。
「なんなんだ、お前。この前の試合と違うぞ」
ランドルフ道場の剣士たちは情報収集も怠ってはいない。勝つべくして勝つ、それが信条だった。当然ローカス道場の準決勝も見ていた。その時のクスイーならもうとっくに疲れて剣速が落ちていたはずだ。
「僕は日々進化しているのです」
クスイーが珍しく試合中に相手を煽った。それは自信の表れだ。マゼランで一番のクレイオン道場と互角に渡り合っている。というか、少し押してさえいるだ。
しかし相手のギークスもクレイオン道場でずっと次鋒を預かっている猛者だ、そう簡単には負けない。クスイーの体力が落ちるまで受け続ける。
クスイーの剣速が更に上がる。フェイントを入れない素直な剣筋なのでギークスも辛うじて受けることができているが、それにも限界がある。
ギークスがもうこれ以上は無理だと思った瞬間、それは訪れた。クスイーが完全に止まってしまったのだ。クスイーは立ったままま動かなくなった。立ったまま気絶しているのだ。
試合続行が不可能とみて審判が宣言する。
「そこまで、ギークス=ロットの勝ち」
クスイーは気絶したままルークに抱きかかえられて下がった。が、直ぐに意識を取り戻す。
「あっ、僕はまた負けたんですね」
「十分だよ、クスイー。恰好良かったね」
トリスティアの視線を確認しながらルークが言う。
(いい子なんだけどな)
そうは思うがクスイーは多分気づかない。そしてクスイーのアイリスへの思いも真剣なのだ。
「これで二敗か、何とかしないとな」
「アクシズ」
「なんだ、ロック」
「これで終わりだ、多少の無理はいろよ」
「判っている、死に物狂いでやってやるさ」
珍しくアクシズが闘志むき出して出て行った。
剣士祭Ⅴ③
「中堅戦クレイオン道場ソルム=ハーツ対ローカス道場アクシズ=バレンタイン、始め」
試合が始まると珍しくアクシスが闊達に打ち込む。後のことを考えていないかのような打ち込み方だ。マコトやクスイーの試合の様に今出来る目一杯の打ち込みをしているようだ。
アクシズはクスイー程の剣速は無いがマコトよりもかなり立ち回りが上手い。ソルムからすると思わぬ方向から剣が打ち込まれる。ソルムはそれに対応することで精一杯だ。
「おい、アクシズはあれで大丈夫なのか?」
ロックが心配している。
「アクシズにはアクシズの考えがあるのでしょう」
相手のソルムもマゼラン最強のクレイオン道場で中堅を任される程の剣士だ、今のところアクシスの剣を受けているだけだが少しでも隙を見せれば一瞬で決着が付くだろう。
しかしアクシズの剣は止まらない。ソルムに反撃の隙を与えず常に受け身に回らせている。どうもローカス道場の伝統芸になっているかのようだ。
アクシズが一段ギアを上げる。ソルムはそれにも十分付いてくる。変則的なフェイントを複数入れてみるが、それにも対応して見せた。
「これはちょっとマズいかもな」
アクシズが珍しく弱気な言葉を呟く。
「無理しなくてもいいよ、アクシズ」
ルークからするとここで終わった方がいいかも、と思っていた。ロックが負けたクリフ=アキューズ戦は仕方ないとして、敗戦を重ねる必要は無いのではないかと思っていた。それほどまでにマシュ=クレイオンは強い。
「無理じゃなくて無茶をするなら何とかなるか」
アクシズはそう言うと可笑しな動きを始めた。シャロン公国の中で行われている剣の流派はいくつかあるが本流であり聖都騎士団で正式に採用されているトレス流には無い動きだ。
「なんだ、アレは?」
今までアクシズがいれていたフェイントとも違う別の動きだ。想定の範囲内での動きであればソルムも十分対応できる。それがアクシズ並みの剣速であっても可能だ。それが見たこともない動きによってソルムの対応が少しづつ遅れだした。
「あれはもしかしたら東方の剣術にある動きのようだ」
マシュの祖父、クレイオン道場の道場主プラクト=クレイオンが呟く。プラクトにしても実際に見たことは無い。聞いた記憶かある程度のものだ。
剣舞のように流れる体捌きでアクシズの剣が舞う。次にどうくるのかが判っていても反応できない、不思議な舞だった。
「これは見せたくは無かったんだがな」
アクシズは少し苦い顔で呟く。誰に見せたくなかったのかは、その言葉だけでは判らなかった。
結局ソルムは初めて見るアクシズの動きに、ほんの少しだけ反応が遅れる。慣れれば問題のであろうが、アクシズがそれを許さない。そして決着が付いた。
「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」
これで副将戦までは繋ぐことが出来た。
「アクシズ、何だあれは?」
「ああ、まあ、詳しくは聞かないでくれ。結構最近まで俺はあちこち放浪していたんだよ」
その放浪している時に東方の国、例えばズィーイあたりで剣の修行もしたのかも知れない。
「なんにしても勝ってくれて助かった。次はルークだ、頼んだぞ」
「僕にはアクシズのような隠し玉はないよ。まあロックに繋げる様に頑張ってみるけど」
ルークはまだ迷っていた。ロックとマシュを対戦させることがロックの為に良いのか悪いのか判断が付いていなかったのだ。
剣士祭Ⅴ④
「ロック、どうしてもマシュと試合たい?」
返事は判っている。聞けば、そうだと応えるはずだ。ただ、ルークは確かめたかっだけだ。覚悟と言ってもいい。クリフ戦に続いて2度目の敗戦を受け止められるのか、という覚悟だ。
「当り前だろう。マゼランで試合たいのは三騎竜とマシュ=クレイオンだ」
探せばまだ埋もれている剣士もいるだろうが、その四人はマゼランで確実に上位に居る存在だろう。
「判った。君まで回せるよう祈っていてくれ」
そう言うとルークは決心して中央へ進み出る。クレイオン道場の副将が相手だ、そう簡単には行かないことはルークも十分理解している。ただ、ルークには作戦があった。
普通の試合であれば開始の合図でお互いが相手の技量を見極める為に打ち合う。そのうちに相手の癖を見付けるなり隙を見つけるなりして勝ちに結び付けていく。技量が拮抗している場合は特に最初は探り合いになることが多い。
ルークはそれを全て無視する。相手の技量も何も判らなくてもいいのだ。ただ自らの最高の技と剣速で一気に方を付ける。
相手からすると試合開始と同時に最高剣速で切り付けられるので対応するのに身体が付いて行っても心が付いて行かない。それでどうしても対応がほんの一瞬遅れてしまう。それがルークの狙いだ。
「副将戦クレイオン道場ハーツクライ=ミットロー対ローカス道場ルーク=ロジック、始め」
勝負は一瞬で付いていた。相手のハーツクライも何が起こったのか判っていない。審判の全く気が付けない内に試合は終わっていた。
ルークにしても自らの持てる全てを掛けて打ち込んでいた。二太刀目は考えていない、全力の打ち込みだった。その瞬間、その一太刀だけであればルークの剣速はクスイーを上回っていたかも知れない。
そしてルークの剣は剣速だけではなくハーツクライの剣を打ち落とすほどの剛剣でもあった。細いルークのどこにそんな力が備わっているのか判らないがハーツクライの剣には罅が入っていた。ハーツクライが持っているのだ、その剣はマゼランの名工の力作だった。ただ、ルークの剣もヴォルフからロジック家の家紋入りの短剣と一緒に貰った名剣だった。
ハーツクライは自分に何が起こったのか、まだ自認できずに中央に立ちくしている。ルークからするとハーツクライが強くければ強いほど陥ってしまう悪質な罠のような試合だった。ルークはロックの様に強い相手に実力を出させた上で勝つようなことは全く考えていない。
「ハーツクライ、負けは負けだ、下がっておれ」
プラクト=クレイオンの言葉にやっと意識を取り戻したかのようなハーツクライが控え席に下がった。全く納得いっていない様子が見て取れる。ルークの方を睨んでいるが、当のルークは全くハーツクライを意識していなかった。
ルークにしてみればロック対マシュの試合は今でも回避すべきだったのではかいかと思っていた。ただ、マシュ=クレイオンとハーツクライ=ミットローの間に大きな技量の差が有る訳ではない。同じマゼラン最強のクレイオン道場で大将と副将を任されている二人なのだ。
その意味でもハーツクライには何か勝つ方法を工夫しないとルークと言えども苦戦するはずだった。奇襲戦法がこんなに上手く行くとは正直ルークも思っていなかったがハーツクライが十分強かったこととルークをあまり強いとは認識していなかったことが功を奏したのだろう。
「ルーク」
ロックは何とも言えない表情でルークを迎えた。ルークが勝った、それはいい。問題は勝ち方だ。いつもルークは最小限の試合時間で終わらせようとする。ある程度力量の差がある場合はそれも仕方ないがハーツクライはそれほどルークと差があるようには見えなかった。騙し討ちのような試合だった、というのが正直なロックの感想だ。
ただマシュとの試合のお膳立てをしてくれて、という意味ではルークに感謝している。ルークを勝ち方で攻める気にはならない。ただ少し、ほんの少し納得していない、ということろだ。
「一応繋いだよ。あとは任せたからね」
「判っている。お前の用意してくれた試合だ、存分に楽しむことにする」
ロックは言葉通り楽しむことに決めた。マシュ=クレイオンは強い。今日現在はクリフの言う通り三騎竜には勝てないかも知れないが、あと少し経験や切っ掛けがあれば三騎竜の一角を落とす日が、そう遠くない内に来る可能性もある。
ロックはクリフに勝てなかったが、同じように現時点ではクリフに勝てない者同士の試合がどちらに軍配が上がるのだろうか。
そして今年の剣士祭本選の最後の試合が始まる。
剣士祭Ⅴ⑤
今年の剣士祭本選最後の試合。それはクレイオン道場とローカス道場が2勝2敗で辿り着いた大将戦だった。この試合に勝った方が優勝なのだ。
クレイオン道場の大将は道場主であるプラクト=クレイオンの孫でクレイオン道場で師範代を務めるマシュ=クレイオンだ。18歳の時に出場した御前試合も当然の様に優勝している。
マシュは初めて出場した2年前から剣士祭予選・本選を含めて一度も負けていない。その間マゼランの三騎竜は一度も出場していないのだが、もう五年も優勝を続けている。
クレイオン道場は優勝、準優勝を含めてかれこれ15年に渡って本選決勝進出を続けていた。聖都騎士団所属道場としては最強の名を欲しいままにしていた。
今年の剣士祭も予選、本選を通じて決勝の2敗しかしていない。
「マシュ、儂に恥をかかせるなよ」
プラクトのプレッシャーを正面から受け止めてマシュ=クレイオンが中央に立つ。
その体躯はルークとほぼ変わらなく痩せて見える。背はルークより少し高くアクシズよりは少し低いくらいか。剣士として理想的な体型をしていると言っていい。そして筋肉は十分しなやかで実用的で理想的な付き方をしていた。
方やローカス道場の大将はロック=レパード。今年の御前試合の優勝者だ。
背はマシュより少し低いが体格は少し大きい。筋肉の付き方はマシュ程洗練されてはいないが力を発揮するのに十分な鍛えられ方をしているのが見て取れる。
ロックは剣士祭で予選では一回しか試合が出来なかった。それで一勝。本選では1勝1敗で一応勝ち越してはいる。1敗はマゼランの三騎竜の一角クリフ=アキューズだ。
「剣士祭本選決勝戦、大将戦クレイオン道場マシュ=クレイオン対ローカス道場ロック=レパード、始め」
大将戦が始まった。ロックはルークのような奇襲は掛けない。相手の出方を見たり、力量を見たうえで勝ち筋を見付けるのだ。
二人は闊達に打ち合う。それが前もって打ち合わせをしていたかのように打ち合い、受け合っている。相手がどう打ち込んでくれば、どう受ければいいかを十分理解しているし相手の剣速やフェイントも想定の範囲内で打ち合いが続いて行く。
息も付かせない程の打ち合いを二人は楽しんでいるかのようだった。特にロックは打ち込んでいても受けていても笑っていた。表情はマシュの方が少しだけ固い。ロックは気が抜けているかのように笑いながら剣を振るっている。
「マシュ」
「なんですか」
「楽しいな」
「別に楽しくなんかありませんよ」
ロックは心の底から楽しんでいた。勝ち負けは二に次ぎでいかにこの打ち合いを長く続けられるかを考えている。
相手の体力が尽きるまで打ち続けるつもりであっても二人の体力は無尽蔵であるかのように剣速も体捌きも落ちない。
二人とも基礎に根差した剣技を振るう。悪質なフェイントなどは使わない。
ただ基礎を徹底的に叩き込まれているマシュに対して、ロックはある程度の基礎は習得していたが、どちらかと言うと後は自己流の修行を続けていた。
基礎やそれに基づいた想定内のフェイントを続ける二人だった。マシュは全くブレないがロックは少しづつ、ほんの少しづつブレ始めていた。
それが特に問題ないくらいのブレの間はロック自身も気が付いていなかった。
剣士祭Ⅴ⑥
我流が本流を超えられない。それはある意味真実だろう。基礎とそれに基づいた変化の蓄積は途方もない数だ。それを極めつつあるマシュ=クレイオンは本流中の本流だった。
道場での試合に特化した剣術。それが実践では役に立たないとは言わないが命のやり取りを伴わない試合で可能な技と実戦で鍛え上げられて高みに達している者との差は、各々得意とすね場面では最強を謳えるかもしれないが、相手の土俵では心もとない。
マシュとロックの差は、ほんの僅かだった。道場での試合に限って言えば、マシュに十分利がある。その差をロックは実戦での経験で補っていた。
マシュの剣はクスイー程剣速が有る訳ではない。但し相手を追い詰めることに関しては理詰めで徐々に追い詰めていくことに長けている。
十分力量に差があればそんなことはマシュもしないのだが拮抗している場合はこの手法を取るのだ。そしてマシュはこのやり方で負けたことが無かった。
ただマシュは三騎竜の誰とも立ち合ったことがない。マシュが剣士祭に出場する頃には三騎竜は既に剣士祭には出場しなくなっていたからだ。
勿論クレイオン道場にも三騎竜の三人は指導に来てくれている。それはあくまで指導であって試合ではない。模擬戦をやることはあっても、道場を背負ってなどという正式な試合ではない。
いつかしらマシュは自分より強い剣士が居なくなってしまったことに寂寥感を感じていた。
さっきは『楽しくない』と言ったが、それは嘘だ。マシュも久しぶりの好敵手に試合を存分に楽しんでいた。
「やっぱり楽しいんじゃないか、顔が笑ってるぞ」
ロックの指摘は正しかった。マシュの顔は笑みを浮かべていたのだ。こんなことは今までなかった。
「そうかも知れませんね。最後までつきあってくださいよ」
マシュはギアを一つ上げた。ロックもそれに倣う。
マシュが打ち込む。ロックが受ける。ロックが打ち込む。マシュがそれを受ける。マシュがフェイントを掛けるがロックは引っかからない。ロックがフェイントを掛けてもマシュは引っかからない。
やはり事前に打ち合わせでもしていたかのように二人の打ち合いは見ていても美しかった。
「綺麗だね、ずっと見ていたくらい」
ルークが思わず呟く。それは剣の試合と言うよりは舞のようだった。
「マシュ、いつまで遊んでおるのだ」
クレイオン道場側からプラクトが激を飛ばす。プラクトからすると二人の試合は遊んでいるように見えるらしい。プラクトもかつてマゼラン最強と言われたほどの剣士だったのだ。
プラクトからすると息子が剣の道を進んでくれなかった分、孫のマシュに期待していた。そしてその期待に十分マシュは応えていた。自慢の孫に間違いなかった。その自慢の孫と同等の者など存在してはいけないのだ。
「判っています。でも楽しいんですよ」
マシュは楽しいことを認めた。ロックとの試合は楽しい。それは間違いなく事実だった。
「こんな経験は初めてなんです。もう少し、もう少し楽しませてください」
マシュがギアをもう一つ上げる。ロックもそれに倣う。
「この時間がずっと続けばいいな」
ロックもマシュと同じ気持ちだった。ただ、そうもいかないことは二人とも判っている。決着を付けなければならないのだ。
剣士祭Ⅴ⑦
マシュもロックは、その身体からは想像できない程のタフさを備えている。いくら打ち合っても、疲れを見せないし息も上がらない。ずっと続けていられるのだ。
マシュがさらに一段ギアを上げる。マシュにとってはこれが限界だった。ロックはそれに応える。ロックもこれで限界だ。
「楽しい時間も終わる時は終わるんだな」
ロックが呟いた時、試合の決着が付いた。マシュのギアが更に一瞬だけだが上がったのだ。ロックはそれに付いていけなかった。
マシュはロックとの試合によって覚醒したようだ。突然マシュについて行けなくなる。マシュの動きをロックは完全に見失っていた。これは二人に相当の差が出来た証だった。
ロックは見失ってしまうほどのマシュの動きから繰り出された剣を受けきれなかった。そして決着の時を迎えたのだ。
「そこまで、マシュ=クレイオンの勝ち」
今年の剣士祭がクレイオン道場の優勝で幕を閉じた。
「君のお陰だ」
試合後マシュがロックに駆け寄って来た。
「君との試合で僕は一つ高みに登ることが出来た。感謝するよ」
「いや、勝ったお前から感謝されてもな」
「でも君が居なければ僕はこの高みを経験することは出来なかったと思う。だから礼をすることは当たり前のことだ」
「まあいいけど、次は俺が勝つさ」
「うん、そうだね、次は君が勝つかもしれない。でもそう簡単には行かないと覚悟しておいてくれ」
それだけ言うとマシュは一礼して去って行った。
「なんだったんだ」
「マシュは心から君に感謝しているんだよ」
「そうなのか?」
「君たちのようなレベルでの試合はマゼランでもなかなか組めないんだろうと思う。例えばマゼランの三騎竜となら可能かも知れないけど。そのレベルでの試合、それも剣士祭の本選決勝の大将戦ともなると、この経験は何にも勝るだろうしね」
「まあ、確かに殿しかったけどな」
「そのお陰で彼は覚醒した、とでも言うべき成長を、この一試合で成せたということさ、そりゃ感謝もするだろう」
「確かに最後のあいつの動きはとんでもなかった。たの高みに俺も述べれるのかな」
「君なら出来るさ。というより君にしか登れない高みがあると思うよ。その為の今日の一敗だと思う。大きいよ、この一敗は。これで成長しないなんてあり得ないよ」
ルークは心からそう思っていた。マシュは今回覚醒を経験しただろうが、どちらかと言えばロックの方がより高い所への足掛かりを得たんじゃないかと思う。
「さあ、道場へ帰ろう」
負けたロックが一番元気だ。一行は道場へと戻る。ロックを初め皆は意気揚々と帰路に就いたのだった。
剣士祭Ⅴ⑧
まだ明るいうちに一行は帰路に着いたので夕飯の食材を買いに市場へ寄ることにした。今日はご馳走だ。
剣士祭の成績がマゼランで広まれば、もしかしたら明日からでも入塾希望者が殺到するかもしれない。
「今日の晩餐を終えたら、明日の朝にも出発するかな」
「えっ、もう行かれるんですか?」
ロックは剣士祭が終わったらまた修行の旅に出るつもりだった。それが塾生が集まりだしてからでは抜けにくいと思うのだ。
「新しい塾生が来るときに俺たちが居ない方がいいんじゃないか。どっちにしてもずっとは居られないんだからな」
ロックの意見は間違ってはいない。ロックやルーク、アクシズを目当てに入塾した後、直ぐに三人が居なくなってしまったとしたら詐欺だと騒ぎになってしまうかも知れない。
クスイー=ローカスとマコト=シンドウがいるローカス道場に入塾してくれる人材が必要なのだ。あとトリスティア=アスドレンも協力してくれる。
三人で対応できる人数の新入生なら逆に丁度いい人数に収まるかもしれない。それが一番良かった。
一行が少し人通りが途切れた場所に差し掛かった時だった。
「待て」
後ろから声を掛けられた。聞き覚えがある声だ。
「待ったらいいことでもあるのかい?」
ロックが態と揶揄うように応えた。
「こちらにとっていいことは有るがな」
見ると覆面で顔を隠した十数人が後ろで既に剣を構えていた。『待て』と事前に声を掛けただけでも、まだ良心的か。
「ふーん、そうかい。で剣を抜いたってことは切られてもいい覚悟はできている、ってことでいいんだな?」
ロックの力量を知っている相手がその言葉で少し怯んだ。闇討ちは自尊心が許さなかったので声を掛けたが、真面にやって勝てる相手でも無いと思っている。
本来人海戦術しかないのだが、思ったほど人数は集められなかったのだ。
「声でバレてるけど大丈夫ですか?」
ルークが相手を心配して声を掛ける。首謀者はシューア=ランドルフで間違いない。動機は自らの敗戦と道場の敗戦の逆恨みだろう。
「えっ」
声だけで特定されるとは思っていなかったのか、シューアは少し辟易ろいだ。ただ、剣はまだ交えていないとはいえもう襲ってしまっている。後戻りは出来ない。全員を殺す覚悟で来ているのだ。
「いいよ、折角来たんだ、掛かっておいで」
またロックは煽っている。相手を怒らせて我を忘れさせようとする作戦だが、功を奏するかどうかは不明だ。
「手を出すなよ」
ロックがルークたちを牽制する。一人で相手をするつもりなのだ。マシュとの試合で疲れている筈だが、やはり真剣での戦いの方が得意ではあるのだ。
「人数多いよ、大丈夫?」
「まあ大丈夫だろ。負けそうになったら助けてくれよ」
そんな気は毛頭ないのだがロックは冗談のつもりで言っていた。ルークもアクシズも実のところ助けに入るつもりがない。ただ疲れだけが問題だったのだ。
「殺したら駄目だよ」
ルークはそう言うとマコトにルーリ=メッセスを呼びに行かせた。ロックが勝ったとしても後始末が問題だ。ここはガーデニア騎士団の出番だった。
剣士祭Ⅴ⑨
「では、これで失礼します」
ルーリ=メッセス中隊長は部下を引き連れて直ぐに駆けつけてきた。その時には全員が倒された後だった。ルーリは全員を捕縛して騎士団詰所へと戻って行った。
シューア=ランドルフは自身だけの判断でサーシャやロマノフには相談せずに、若しくは相談したが一存でやったことにするよう言い含められていたのだろう。道場が主導して襲わせた、という事には出来ない。
シューアの暴走、ということで厳重注意と謹慎辺りで済ませる算段だ。それだけの影響力をサーシャ=ランドルフは有していた。
「さて、帰るか」
ロックは晩飯前の運動を少し熟しただけ、みたいな感じだった。
道場に戻るとミロとトリスティアでご馳走を作ってくれた。旅立つロックとルークの為だ。そして多分同じように道場を離れるアクシズの為でもある。
「あー、美味かった。ミロもトリスティアも料理が上手いな」
「そうだね、ミロの料理はマゼランに来てから格段に上手くなった」
最初のころは結構失敗を続けていたが最近のミロの料理は本当に美味かった。
「あとはソニーに礼を言わないとね」
「ああ、そうだな。でも何故ソニーは今日協力してくれたんだろう」
「何か思惑があったんじゃないかな。でも打算からであっても力になってくれたことは本当に助かったし、いいじゃないか」
「そうだな。アクシズの協力がなければ決勝まで行けなかったことは間違いない」
そこにアクシズが割って入って来た。
「なんだ、俺の話か?」
「ああ、剣士祭は全部アクシズのお陰だと言ってたんだ、改めてちゃんと俺を言いたかった。本当にありがとう」
「なんだ、そんなことか。俺はソニーに頼まれて俺が出来ることを出来る方法でやっただけだ。まあ結構楽しかったし礼を言われるようなことではないさ」
アクシズは少し照れた表情を浮かべた。
「お前たちは旅に出るんだろ。いつかまた都世子下で会えるといいな」
「そうですね。でも、その時は敵か味方か判りませんが」
「おいおいるルーク、物騒なことを言うなよ。もし本当に敵同士で会ったらどうするんだ」
「もし敵同士で会ったら一目散に逃げるさ、お前たちと戦うなんて無茶は出来ん」
冗談とも本気ともとれる口調でアクシズが言った。
「まあ、もし本当にそんなことになったら、ちゃんと手加減するさ」
「それは駄目だよ、ロック。アクシズも手を抜かれても嬉しくないよ」
「いや、俺は十分嬉しいぞ、存分に手を抜いてくれ」
確実にマゼランでも上位に入る三人は、ローカス道場から直ぐに居なくなってしまう。三人の会話には入れないクスイーは三人が居なくなってからのことが不安になって来た。
マコトさんと二人で道場を盛り上げて行こう。そしてロックさんたちがマゼランにまた来てくれた時に立派な道場に成っておくのが三人に対しての一番のお礼だと思っていた。
そして、自分でも精進してロックたちに好敵手として認めて貰えるくらいの剣士になろう。クスイーはそう誓うのだった。
剣士祭Ⅴ⑩
「ソニー=アレス、今回は本当に助かった、ありがとう」
ロックとルークは礼を言うためにソニーの元を訪れていた。アクシズは既にローカス道場を後にしていた。
「いや、アクシズがお役に立てたのならよかったよ」
「でも何で俺たちに協力してくれたんだ?」
ロックが素朴な疑問をぶつける。
「ああ、最初は僕自身が、と思ったんだけど流石にそれは無理があるし、それなら丁度アクシズが居たから、と思っただけだよ。僕と彼の用事はまだ少し時間が掛かりそうだったからね」
「君とアクシズの用事って?」
「それはちょっと」
「だよね。いいよ、ありがとう、本当に助かった」
「それにしてもいきなり準優勝は凄いね」
ソニーは色々と誤魔化した。誤魔かせてはいなかったが二人とも突っ込まなかった。
「いや、まあ、それは実力?」
「なんで僕に聞くんだよ」
「確かに君たちの実力だと思うよ。特にロック、君はいずれシャロン公国一の剣士になるんじゃないか」
ロックは褒められて満更でもなさそうだ。
「勿論それを目指して修行を続けるつもりだ」
「そうだよね。で、ずっとマゼランで修業を続けるんだ」
「いや、マゼランはもう出ようと思っている。もっとシャロン中を回って修行をしたいしな。それにルークのためにオーガを探さないと」
「そうなんだ。じゃあもう行先は決まっているんだね」
ロックたちはマゼランを出ることは決めてあったが、何処に向かうのかは決めていなかった。
「いや、まだ」
「えっ、明日にでもマゼランを出るってさっき言ってなかった?」
「ああ、確かに明日出発の予定だけど行先はまだ決めてない」
本当に二人とも行く先を決めていなかった。決めかねていた、というのが正解だった。南西から東へ向かって来たのだ、次はそのまま東に向かうか北へ向かうかの二択の筈だった。
東に向かえばソニーの故郷であるアストラッド州、北へ向かえば聖都セイクリッドのあるジャスメリア地方になる。ロックは朧気ながら聖都に行くのはまだ時期尚早な気がしていた。
「でも、東か」
「そうだね、東がいいかも知れない」
「東だとアストラッドじゃないか。君たちがアストラッドに行くのか」
「東に向かえばそうなるね」
「アストラッドに入って何か困ったことがあったら僕の名前を使ってくれればいいよ。向こうにはアークも居ることだし頼ってやってくれれば」
「ありがとう、もし困ったことが出来たら頼らせてもらうことにするよ」
「アークか、うん、あいつは良い剣士だ。会うのが楽しみだな」
ロックはやはり剣のことしか興味が無かった。
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる