虹の戦記

綾野祐介

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第8章 剣士祭

剣士祭

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剣士祭

「さあさあマゼランに剣士祭の季節がやって来たよ~」

 威勢のいい声が飛び交う中、マゼランは剣士祭の開幕を迎えていた。剣士祭は約1か月に渡って行われる剣士たちの年に一回のお祭りだ。

 マゼランには二百近い数の公認、非公認の道場があり聖都騎士団所属の道場だけでも二十はある。六つの州所属の騎士団や二つの公王領所属の騎士団の数も多い。

 ただ約半数は個人経営の私塾だった。それだけに剣士祭での成績が私塾への入者数に直結するので切実な問題だった。

 昨年の剣士祭の華、道場対抗戦では上位八位までに入ったのは聖都騎士団所属道場が四、州所属が三、私塾が一だった。

 聖都騎士団所属では昨年クレイオン道場が優勝している。他にはメスト道場が準優勝、ダモン道場が四位、カンタロア道場が五位だった。

 州所属ではグロシア州所属ランドルフ道場が三位、ガリア州所属のルトア道場が六位、ジャスメリア公王領所属のソノタ道場が八位だった。

 私塾で唯一八位までの本選に出場できたのは最終的には七位に入ったイプロス道場だった。数年前にはローカス道場も本選には出場できなかったが十位に入っている。

「いよいよ剣士祭だな」

「それはいいけど申込みはちゃんとしてあるんだろ?」

「それは大丈夫。僕とクスイーで申し込んでおいたから」

 剣士祭には事前の申込みが必須だった。道場対抗戦は五人一組で選手が入れ替わっても大丈夫だか申し込みをしていないと出られない。

 一応ほとんどの道場が出場するので本選に出るまでに一次予選と二次予選がある。一次は三道場で総当たりを行い一位のみが二次予選に進める。二次予選からは八道場毎に勝ち残る。

 一次予選の抽選が始まった。代表してアクシズが抽選くじを引く。

「一次予選7組だとよ」

 一次予選の7組では1番最初にくじを引いたので他の二つの道場はまだ決まっていない。

「どこと当たってもいいけど、強い所とは出来るだけ遅く当たりたいな」

 ルークは現実的だ。

「どこでもいいさ。強い奴とは全部やりたいんだから」

 ロックは本気でそう思っている。道場対抗戦は予選を含めて8試合しかできない。ロックは全然物足りなかった。

「7組の一つか決まったよ、プレトリア州所属のル=ラオ道場というところらしい」

「プレトリアか。剣より魔道ってお国柄なんだろ?あまり期待できないな」

「あ、最後の一つも」

「おい、ヴォルデス道場って」

 もう一つの道場はヴォルデス道場だった。ヴォルデス道場はロックたちの活躍でほぼ壊滅状態だったはずだ。

「ちょっと聞いてきたら、どうもヴォルデス道場は実際に暗殺に関わった人は全員捕まったけど関係していない残りの人たちで再興している最中らしいよ」

「それじゃあ、やっぱり強さは期待できないよな。なんだか残念な結果だ」

 ロックからするとそうかも知れないが、強い奴らは本戦まで行けば沢山いるだろう。

「ちゃんと勝ち残ったら嫌でも強い奴と戦うことになるんだから、少しは我慢して確実に勝つことだね」

「勝つさ。三騎竜に当たるまでは負けられない」

「僕もランドルフ道場と当たるまでは負けられません」

 珍しくクスイーが興奮気味に言う。クスイーにすればランドルフ道場以外はどうでも良かったのだ。

「とりあえず明後日から始まる剣士祭、存分に楽しむとしようか」

 ロックは楽しくて仕方がなさそうだった。



剣士祭②

 10月1日、剣士祭の道場対抗戦一次予選7組の第一試合が始まる。

 剣士祭の各試合は本選は公営試合場で行われるが予選は八か所の聖都騎士団所属道場で行われる。二十ある聖都騎士団所属道場でこの八つは固定されていてとても名誉な事だと言われている。

 八か所の会場となる道場は当然勝ち残って本戦に出場する八道場に入ることを目指しているが昨年は半分の四つしか残れなかった。それだけ各州の騎士団所属道場や私塾、自由道場が強くなってきている証拠だった。

 ローカス道場一次予選第7組は昨年3位決定戦でランドルフ道場に敗れて4位に入った聖都騎士団所属のダモン道場だった。道場の大きさでもダモン道場はマゼランで5指に入る大きさだった。

 第一試合が始まる。プレトリア州騎士団所属のル=ラオ道場と私塾ヴォルデス道場だ。

 ヴォルデス道場は幹部が殆ど頼まれて人を襲ったり殺したりする組織に属していたのでガーデニア州騎士団に捕まってしまったが、無関係の者たちの懇願が通って経営も前道場主とは関係がない別の者が行うことを条件に存続を許された。いずれは何処かの道場に吸収されるかもしれないが今はなんとか存続するように頑張っているのだ。

 五人対五人の団体戦で第一試合はヴォルデス道場が三対二で勝った。ヴォルデス道場が強い、というよりは
ル=ラオ道場が弱い。やはりヴォルデス道場は強い者は殆ど残っていない。ル=ラオ道場はプレトリア州騎士団所属なだけあって剣より魔道のお国柄が良く出ている。剣が魔道よりも低く見られているのだ。

「なんだ、俺たちの出番はまだなのか」

 ロックが不満そうに言う。7組の第二試合は明日だった。

「まあ試合の日程なんだから仕方ないじゃないか。それより他の会場や屋台でも見に行こうよ」

 優勝候補の試合を見ることは参考になる筈だ。但し、昨年本選に出場した道場は一次予選は免除で二次予選も一試合少ない。その優遇措置を得る為になんとか本戦に出ようとしているのだ。

「それじゃあクレイオン道場やランドルフ道場の試合か見れないじゃないか」

 ロックの言う通りだが仕方ない。

「お世話になったスレイン道場なら一次予選からだから見れるよ」

 マコトとクスイー、それに引率のアクシズは何回かスレイン道場に出稽古に行って親しくなっていた。一次予選で当たらなくてほっとしていたのだ。

 スレイン道場の試合会場は聖都騎士団所属キズロラ道場だった。昨年はスレイン道場に負けて十四位だった道場だ。本選出場の道場に負けた八つの道場の中で9位から16位までの順位戦も行われるのだ。

 昨年の雪辱を晴らす意味でも一次予選からスレイン道場とは当たらないが勝ち残れば二次予選では当たるはずなのでキズロラ道場としては願ってもない組み合わせだった。

 会場に着くとシル=スレインが居た。

「なんだ、見に来てくれたのか。ちょうと今から試合なんだ、ちょっとだけ待っててくれ」

 シル=スレインは自信満々に会場の中に入って行った。そして言葉通り直ぐに戻って来た。ロックたちは一応試合を見に来たのだが先にスレイン道場が三勝してしまったので、直ぐに終わってしまったのだ。

「ロック、見てくれてたか」

「ああ、凄いな、あの時より数段強くなっている」

 出ていたのはスレイン姓以外の三人だがロックたちが出稽古に行った時とは動きが全然違っていた。

「ああ、ローカス道場から出稽古に来てくれて本当に助かった。彼らはいい練習相手になってくれたよ。特にアクシズ=バレンタインは教えるのが上手い」

 自分たちの道場が褒められるのは悪い気がしない。ロックは嬉しそうだった。それに相手が強くなってくれると遣り甲斐が出るからだ。

「とりあえず一次はなんとかなりそうだから、二次も残って本選で会おう」

 一次予選で勝残った道場が出場する二次予選で八つの道場が勝残り方式で一位を決める。それで本選出場が決まり二位は順位戦に回るのだ。



剣士祭③

 ローカス道場一行は一通り道場を見回っていくつか試合を見たがロックの琴線に触れるような試合は無かった。やはり一次予選免除の道場が強いからだろう。

 夜にはいろんな通りに屋台が出ていてお祭り騒ぎだった。

「今夜はここで食べて帰ろう。ミロには何か買って」

 特にそんな話はして来なかったがお祭りだとはミロも知っているので大丈夫だろう。

 二つ三つ屋台を回って買い食いをしていると同じように買い食いしてる集団に出会った。そこに何人か見知った顔を見つける。

「あっ」

 思わずロックが声を上げた。そこには道場の一行を引き連れたロマノフ=ランドルフが居た。

「なんか見たことが有る顔だ」

 ロックは名前を憶えていなかった。ただいい印象が無いことは覚えている。

「なんて名前だったっけ?」

「ロマノフだと思うよ、ロック」

 ランドルフ道場の塾頭ロマノフだ。

「なんだ、お前は。誰だ?」

 向こうもロックを覚えていなかった。いや覚えていても知らない振りをしているのか。

「俺はロック=レパードだ。そういえばランドルフ道場とかいうところで見たな」

 ロックは嫌味でもなんでもなく相手のことをその程度の認識でしか覚えていないのだ。

「一応、あの後は手を出してきてはいないようだね」

 ルークが二人に聞こえるように説明する。

「ああ、アイリス嬢を襲った輩か」

 ロマノフが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「なんだ、ローカス道場の面子か。それで剣士祭には見学に来たのか?」

 知っていて挑発をしている。

「ははは、冗談にしては面白くないな。うちに当たるまで負けるなよ。この手で叩き潰してやるから」

 ロックが笑いながら言う。ロックの実力を知っている者からすると、その笑顔が逆に恐ろしい。

 相手も一応大人だ、そのまま何事もなかったように行き違った。クスイーはずっとロマノフを睨んでいた。

 クスイーも自分の力は実感している。今の自分ではロマノフには勝てない。ロックたちに頼るしかないのが悔しかった。今年は間に合わなかったが来年までには自分でロマノフに余裕で勝てるほどにはなるつもりだった。



剣士祭④

「なんか逆に怖いよ」

 翌日、ローカス道場のル=ラオ道場との一次予選が行われた。結果はローカス道場の三連勝で1勝した。手応えとしては全くない。ル=ラオ道場は終わって敗退が決まった。

「何がだ?」

「なぜル=ラオ道場が剣士祭に出てきたか、だよ」


「そりゃ出たいからに決まっているだろう」

「みんなロックの様に剣のことだけ考えている訳じゃないんだよ」

「そうなのか?」

「そうなの」

 ロックからすると道場で5人いるなら剣士祭に出るのは当たり前、という考えになるのだが、実は剣士祭に出ていない道場も少なからずある。

 5人の出場者を揃えられなかった道場もそうだが、元々プレトリア州騎士団所属の道場はあまり出場したりしないのだ。

「それと試合中に少し変なところがあったんだよ」

「変なところ?」

「クスイーやマコト、アクシズの試合の間中向こうの剣士の一人がこちらの何かを探っている様子だったんだ」

「何かを探っている?」

「魔道の一種だと思うんだけど相手の色んな情報を探っていたんじゃないかな」

「何を探っていたんだ?」

「それは判らない。でも彼がプレトリア州所属という事を考えると魔道力やどんな魔道を使えるのかを探っていたんじゃないかと思う。でも三人はほぼ魔道を使えない筈だから無駄だったかもね」

「ルーク、お前は大丈夫だったのか?」

「僕は勿論大丈夫。そしてロック、君もね」

 ルークは相手に情報を与えるようなことはしない。ルークよりも高位の魔道士になら情報を盗まれてしまうかも知れないが、今回のような相手なら問題は無い。そしてロックは簡単な魔道も使えない。というかロックは魔道を覚える気が無い。

 いずれにしても、これで一次予選はローカス道場と新生ヴォルデス道場が1勝で並んでいる。明日の直接対決で勝った方が2次予選に出場できる。

 ダモン道場での一次予選は順調に進んでいて既に二次予選に進出を決めている道場もあった。

 ダモン道場は一次予選は免除で二次予選からだが、二次予選も二回戦からの出場になる。二次予選には他に6道場が出場できるのだがガーデニア州騎士団所属のゲイル道場とバウンズ=レア自治領騎士団所属のドーバ―道場は二連勝で二次予選を確定させていた。

 一次予選は三人で終わってしまったのでルークとロックの出番がなかった。ロックからすると試合はしたいのだが弱い相手とはやりたくない。一次予選には強い相手とは当たりそうになかったので気持ちは二次予選に向いてしまっている。

「とりあえず明日も三人で終わって次に進もう」

「一度も試合に出ないでいいのか?」

 アクシズはロックに確認する。出たいんじゃないかと思ったからだ。

「弱い相手では満足できないからな。ゲイル道場は一度行ったことが有るけど、あの時は三騎竜がいたから道場に強い奴がいたかは覚えてないけど」

 ロックの意識はクリフ=アキューズだけに向けられていたので他の者は全く目に入っていなかったのだ。

 

剣士祭⑤

 その日の帰り道。ルークだけが一行から分かれて一人になった時。

「誰?」

 ルークの後ろから誰かの気配がした。気配というか魔道で追跡者を探知したのだ。

「私です、ルーク様」

「あ、君は今日の」

「そうです。私はル=ラオ道場のロン=スアルと申します」

「確かに会場に居た人だね。誰かが付いてきていると思って一人になってみたんだけど君だったのか。それでル=ラオ道場の人が何の用?」

「ルーク様にはぜひ我がプレトリアにお越しいただけないかと」

「プレトリアに?なぜ?」

「ルーク様が狼公のご養子になられたことは聞き及んでおりますが、その魔道の知識、見識を我が州で発揮していただきたく、実は私はそのために今回剣士祭などと言う無粋なものに参加した次第です」

 プレトリア州が剣よりも魔道を重視していることは聞いていたが、それはかなり強く剣を否定し魔道を肯定しているようだ。

「僕をプレトリアに招くために、その切っ掛けを作ろうとわざわざ剣士祭に参加したというのか」

「その通りでございます」

 いかにもありそうなことではあるが、それをそのまま鵜呑みにするほどルークも初心ではない。

「ロジック家の養子である僕がアゼリア州を差し置いてプレトリア州に仕官できると思うのかい?」

「実のご子息であれば無理でしょうが、ルーク様はご養子であらせられます。いか用にもできるのではないかと愚考しております」

「正しく愚考だね。僕の意志が入っていない」

 養父ヴォルフ=ロジック公爵を裏切るような振る舞いは出来ようはずもない。

「ルーク様も世界の深淵にご興味がお有りかと思っていたのですが」

「世界の深淵?」

「世界の理とでも申しましょうか。我がプレトリアはそれを追い求めております。そのためのプレトリア騎士団でございます」

「世界の理?ちょっと言っている意味が解らないけど。僕がそれに興味があると思ったのかい?」

 ロン=スアルからは敵意は感じられない。本気で勧誘しているように感じる。だが、その真意は判らない。

「魔道士たるもの、いずれの魔道士であっても世界の深淵、理を追い求めない者などおりましょうか」

 ロンは熱弁するが、熱弁すればするほどルークは冷めてしまっていた。

 ルークとしては何よりも自らが何者なのか、ということが最重要課題であり、それが判ってからのことなど今は考えられない。自らの記憶を求める旅なのだが、そのための方法が判らないのでロックと色々なところを回っているだけだ。
 
 今の所、ほとんどロックの我が儘に振り回されているだけなのだが、結果としてそれがいい方向に向かっているのではないかとルークは考えていた。但し確信ではない。

「僕はちょっと違うのかも知れない。悪いね、そのお誘いには乗れないよ」

「判りました。いずれまたお考えが変わる時も来るでしょう。その時はいつでもロン=スアルの名前をお呼びください。どこに居ても直ぐに駆けつけさせていただきます」

 そう言うと、またふっとロンは消えてしまうのだった。

「どうかしたか?」

 ルークに声を掛けたのはアクシズだ。

「いや、何でもないよ。どうしたんだいアクシズ、みんなと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」

「いや、お前か姿を消したのに気づいてな。まあ、お前だけなら大丈夫だとは思ったんだが、念のためだ、念のため。剣士祭が終わるまでは怪我などしないようにしないとロックに怒られるからな」

「確かに。でもありがとう、大丈夫、何の問題もないよ」

 ルークはロンのことは話さなかった。ルークはアクシズをロックほど信用している訳ではない。ロックは信用と言うよりも剣士として信頼しているだけなのだろうが。



剣士祭⑥

 翌日、ローカス道場とヴォルデス道場の試合かあったが、やはり三人で簡単に終わってしまった。ヴォルデス道場の大将からは元道場主たちの行いの謝罪と再起への誓いを伝えられたが、ロックたちには特に感想もなかった。

「これで一次予選は突破したけど、こんなに簡単に勝ち残っていいものなのか?」

 マコトが疑問を投げかける。

「いや、僕たちが強い、ただそれだけじゃないかな。二次予選は三人では終われない試合も出てくるだろうから気を引き詰めて行かないとね」

 ルークはそう言うがロックには二次予選にも特に試合いたい剣士が見当たらなかった。

 二次予選には会場にもなっている前年四位のダモン道場が出て来る。抽選の結果、ダモン道場とは二次予選の決勝でしか当たらない。

 二次予選の最初の試合はバウンズ=レア公王領所属のドーバ―道場だ。一次予選をローカス道場同様三人づつで勝ってきているので副将や大将の実力は不明だが、試合を見た三人の力を見るとロックにはあまりうれしい相手とは見えなかった。

 それよりもドーバ―道場に勝ったとすると次に当たるのは順当にいけばガーデニア州騎士団所属のゲイル道場のはずだ。

 ゲイル道場は一度三騎竜を探しに行ったことがある。師範代のグランデル=ゲイルはとても強そうには見えなかったが三騎竜の一人クリフ=アキューズが丁寧に指導していたので弱い者も少なかったはずだ。その実力が発揮できれば当然勝ち上がって来るだろう。

 二次予選は明日から始まる。ロックは自分の出番はまだまだ先か、と残念がっていた。

 ルークが一次予選の結果を聞いて回ると、スレイン道場は順当に勝ち残っている。他にはルトア道場やランドルフ道場、クレイオン道場は一次予選免除で試合をしていない。

「二次予選も他の道場を見て回りたいから、三人で勝ち残っておいてくれるか?」

 ロックが無茶なことを言いだす。

「駄目だよロック。ちゃんと五人揃っていないと失格になってしまう」

「そう言う規則なのか。それなら仕方ないけど、勝ち残れなかった道場にも強い剣士がいたかもしれないから本当は全部見たいんだけどな」

「ジェイに見て回ってもらうといいよ」

「なるほど、それで強いのがいたら教えてもらうか」

(なんだ、最近は忘れられてしまったのかとおもっておったぞ)

「おいおい、僕はちゃんと話をしているだろ?」

(お前は人使いが荒いだけじゃ)

「まあ、頼りにしているんだから、そう言うなよ」

「なんだルークは何かを頼んでいるのか?」

「ちっょとね」

「まあいい、ジェイ、頼むよ、色んな道場の試合を回って強そうなやつを見て来てくれないか」

(それはいいが、強い所の奴はちゃんと残るだろう)

「そう。だから負けた道場で強い剣士を見て来てほしいんだよ」

(それはいいが全部の会場を回れるわけではないぞ)

「判っている。例えばクレイオン道場やランドルフ道場に負けた剣士とか」

(判った。まああまり期待するでない。強い奴はちゃんと残っていると思うぞ)

「そうだよロック。強い剣士が居る道場はちゃんと残っている筈だよ」

 ロックはとりあえず強い剣士とやりたい。強い剣士全員と試合たいのだ。



剣士祭⑦

 翌日、朝からローカス道場とドーバ―道場の二次予選第三試合が行われた。

 ローカス道場の先鋒はマコト=シンドウ。スレイン道場に出稽古に行ってからずっとこの順番だった。マコトももう何も言わない。初見で相手の力量を見る、という役割をちゃんと熟している。

 相手のドーバ―道場はサーメル=ズール。小柄なマコトより約20cmは高く体重では約30kgは重い。

 対格差はそのまま力の差でもある。試合が始まるとマコトはとりあえずサーメルの剣を避けて受けないようにしている。受けてしまうと手が痺れてしまう可能性があるからだ。

「怖いな、こっちの細剣が折れてしまう」

 軽口をたたきながらマコトはそれでも一度も相手の剣を受けない。サーメルは体格を武器に力で押し切るタイプなのだがマコトに悉く避けられてしまうのでだんだん焦って来た。

「逃げてばかりいないで、打ち込んできたらどうだ」

 サーメルは挑発するがマコトは乗らない。会場を広く使って存分に逃げる。

 初めてサーメルの剣をマコトが受けた時、ルークが叫んだ。

「今魔道を使ったぞ、マコト、気を付けろ」

 サーメルは敏捷性を上げる魔道を自らに掛けて剣速を突然上げたのだ。

「反則じゃないのか?」

「いや、いい。このまま続けてくれ」

 ルークの声にマコトが応える。この程度の相手に魔道を使われたとはいえ負ける訳には行かないのだ。

「では遠慮なく」

 サーメルはそういうと堂々と魔道を掛けた。マコトが受けざるを得ない剣速だ。但し、毎日クスイーの剣を受け付けているマコトから見たら十分対応できる剣速だった。

「何だお前、なぜ対応できる」

 サーメルの驚きはその時道場に居たローカス道場以外の道場全員の共通したものだった。

 どちらかと言えば小柄なマコトが大柄なサーメルを完全に翻弄している。

「あれはどの道場のものなんだ?」

 会場となったダモン道場で見ていた者たちの間で密やかにささやかれ始める。第一次予選ではマコトの本領を発揮できる相手ではなかった。簡単に決着が付いていて、ほとんどの者がちゃんと試合をみれていなかったのだ。

「もしかして道場破りにうちに来たやつじゃないか?」

 どうもマコトが道場破りをやっていたときに訪れた道場があったらしい。ただ、その道場は受けなかったのでマコトの腕は見ていない。

 力強いサーメルの剣を悉く受け流し、逆にマコトの剣がのど元に突き刺さる一歩手前で止まる。

「そこまで。マコト=シンドウの勝ち」

 終わってみれば危なげもなくマコトが勝った。ただ相手は剣に魔道を掛けてくる。それに対処する必要がある。次はクスイー=ローカスの出番だ。

「次鋒ローカス道場クスイー=ローカス対ドーバ―道場トリスティア=アドスレン」

 クスイーの相手は女性だった。初めての女性との試合にクスイーは戸惑っている。クスイーが剣士祭に出たい思ったのはアイリス=シュタインを理不尽に襲ったランドルフ道場に腹を立てたからだ。女剣士、という存在はローカス道場に元々大勢塾生が居た中にも女性は居なかった。

 トリスティアは剣士祭にもほとんど見られない女剣士の一人だった。

「ちょっと待って、アクシズさん」

 クスイーはアクシズに助けを求めるが、当然アクシズは無視した。仕方なくクスイーはトリスティアと対峙する。が、覚悟は決まっていなかった。


 
剣士祭⑧

「それでは次鋒戦、始め!」

 審判の声にクスイーは反応できない。トリスティアはクスイーが構えていないのも関係なく打ち込んできた。辛うじてそれを躱すが、まだクスイーの覚悟が追い付いていない。ちゃんと相手の試合を見ておけばよかったと後悔してももう遅い。

「ちょっ、ちょっと待って」

 クスイーの言葉で相手が素直に待ってくれる訳もない。クスイーは相手の剣をなんとか数回受けたが足元も覚束ない。

「クスイー、しっかりしろ」

 アクシズが激を飛ばすが、どうしてもクスイーはトリスティアに打ち込めない。

「躱すだけじゃ勝てないぞ」

 クスイーもそんなことは言われなくても判っている。それでもやはり打ち込めないものは打ち込めないのだ。

 徐々に追い詰められてくるクスイー。打ち込み続ける相手が疲れるのを待つしかない。

 ところがトリスティアは小柄ではあるが持久力には自信があるようだ。バウンズ=レア自治領は砂漠が多い地方で、そこで生まれ育ったトリスティアは強靭な足腰を持ち合わせて居た。

 全く疲れを見せない相手にクスイーは手の打ちようがない。逆にクスイーの方が疲れが出始める。

 そしてついに決着が付いた。トリスティアの剣をクスイーが受け損なったのだ。

「そこまで。トリスティアの勝ち」

 結局ローカス道場の初黒星をクスイーが喰らってしまった。ロックたちは特に全勝を意識していた訳ではなかったが、初めての敗戦に少しショックを受けていた。

「クスイー、今後の課題だな」

 ロックはそういうが自分が女剣士と試合うときにはどうするんだろう、とルークは思った。

「あなた、何も出来ずに負けたことを恥に思いなさい」

 トリスティアは試合後クスイーに詰め寄った。自分が女だからと言う理由で勝ちを貰ったようで納得がいかないのだ。

「ごめんなさい。でも女の人に剣は振れない。もう二度とやのたくないよ」

 トリスティアは不満顔のまま引き下がって行った。普通に戦えばクスイーの勝ちは間違いない。それでも負けは負けだ。

「中堅ローカス道場アクシズ=バレンタイン対ドーバ―道場ホーン=ディーン」

 アクシズが道場の中心に出る。その姿には余裕しかない。

「それでは中堅戦、始め!」

 掛け声と同時にアクシズが動く。ホーンは受け手一方だ。アクシズの剣をホーンが受けきれなくなって直ぐに決着が付いた。

「そこまで、アクシズ=バレンタインの勝ち」

 相手との力量に相当差がある。アクシズがクスイーと交代しておけば無敗を続けられたかも知れないが、アクシズには負けて強くなることが必要だと思ったので代わらなかった。ただ、クスイーは今後も女剣士とは戦えないことを確信させられただけで終わった。

 これでローカス道場の2勝1敗。剣士祭で初めて副将戦に入りルーク=ロジックに出番が回って来た。


 
剣士祭⑨

「ルーク、いいなぁ。代わってくれるか?」

 初めて順番が副将まで回って来てルークの出番になったのをロックは羨ましそうに見ている。

「駄目だよ、ちゃんと順番は登録してあるんだから」

「じゃあルークが負けてくれれば」

「それも駄目。僕はクスイーの1敗だけで最後まで行くつもりだからね」

「そんな調子で最後まで行けるのか?」

「強い道場と言っても三人くらいが限度だと思うんだよ。ロックと僕とアクシズが居ればなんとかなるんじゃないかな。マコトとクスイーには頑張ってもらわないといけないけど」

 おとなしそうな顔をしているがルークには自信が漲っている。本当に最後まで無敗で行くつもりだったのかもしれない。クスイーが女剣士に打ち込めなかったのは想定外だ。

「副将戦ローカス道場ルーク=ロジック対ドーバ―道場チューレ=サイレン」

 呼ばれてルークが道場の中央に出る。相手のチューレはルークよりも一回りはデカい。細身のトリスティアは別としてバウンズ=レア公王領所属の道場は大柄な剣士が多い。

「では副将戦始め!」

 掛け声を聞いた瞬間にルークが相手に切り掛かる。ルークの剣は変幻自在だ。右から来た剣を受けた次の瞬間には、また右から剣が来る。一瞬ルークが背中を向けたと思った途端上段から剣が振り下ろされる。

 変幻自在な剣に対応が追い付かなくなるのに時間はあまりかからなかった。

 相手にしたら何が起こったのかも判らないまま、気が付けば自分が尻餅を付いていて、その喉元にルークの剣が突き付けられていた。

「そこまで、ルーク=ロジックの勝ち」

 チューレは相当長い時間打ち合っていたと感じていたが実際には1分に満たない時間しか経っていなかった。

「ローカス道場はもう閉めてしまったと聞いていたのだが、強いね。私の出番が無く負けてしまったよ」

 ドーバ―道場の大将格であるクラフト=サイデンスがルークに話しかけた。

「いえいえ、僕たちは最近ローカス道場に入ったばかりで、それまではクスイー=ローカス一人しかいなかったんですよ」

「そうなのか。それならうちに来てもらえばよかった。それにしても君のロジックと言う名前はまさかとは思うがアゼリア公の縁者の方なのかな?」

「ええ、一応狼公の養子と言うことになっています。ただ、そう名乗ってもいい、というだけですが」

「実子ではないというのだな。確かにアゼリア公がご結婚されたとは聞いていなかったからな。それと、そちらの大将は?」

「彼はロック=レパード。御前試合の優勝者です。僕より強いですよ」

「おお、それは。確か聖都騎士団副団長のご子息だと聞いている。そんな方たちが入ってローカス道場は今後も安泰だな」

「いいえ、多分剣士祭が終われば僕とロックはまた旅に出ると思います」

 それは本当の事だ。二人はあくまで旅の途中なのだ。

「そうか。それならばもしバウンズ=レアに来たらサイデンス家を訪ねて欲しい。私が居ればいいし、居なくとも家人には十分に言い聞かせておくから」

「ありがとうございます。バウンズ=レアに行ったときは是非立ち寄らせていただきます」

「なんだ、バウンズ=レアに行くのか?」

 ロックがルークたちの会話に入って来た。

「いや、いつか行ったときは、って話だよ」

「なんだ行かないか。そう言えばシュタールは魔道士の聖地なんだろ?俺にはあまの関係は無いな」

 ロックはもう興味がない様子で離れて行ってしまう。

「すいません、剣のことしか頭にない男でして」

「確かにそのようだ。では、明日の試合も頑張って、出来れば優勝してくれるとうちの道場も箔が付く、頼んだ」

 クラフトは笑顔でそう言いながら去って行ったが、優勝できると本気で思っていそうではなかった。



剣士祭⑩

 ローカス道場に一行が戻るとクスイーが気落ちしていた。ルークの1勝で勝ち上がったのはいいがクスイーは自分が唯一の黒星を付けてしまったことに落ち込んでいたのだ。

「すいません、僕の所為で全勝が途切れてしまって」

「いいよ、誰だって弱みはあるし、クスイーが女の人に打ち込めないのは、寧ろいいことなのかも知れない。ロックや僕は相手が剣士ならあまり気にせず打ち込んでしまうからね」

「バカ言うな、俺は女性には優しいんだぞ」

「でも負けてはあげないでしょ?」

「それはそうだが。相手が参ったと言ってくれるまで相手の剣を受け続けるさ」

 実際のところは途中で嫌になって出来るだけ怪我などしないように打ち込んで終わらせる、というのが関の山だろう。多分ルークでもそうする。マコトとアクシズなら問題なく打ち伏せてしまうだろうが。

「それで、明日は何処とやるんだった?」

「明日はガーデニア騎士団旗下のゲイル道場だよ。一緒に行って三騎竜に会ったあの道場さ」

「おお、では三騎竜は出て来るんだろ?」

「いや、クリフ=アキューズはあのとき稽古を付けに来ていただけだからゲイル道場に所属している訳ではないよ。だから明日は出てこないと思う。そもそも参加しているのかな?ジェイ、何か知らない?」

(なんだ、それを見に行かせていたのだろう。忘れて追ったか?)

「いや、まあ、それも見に行ってもらっていた、ということかな」

(まあよいわ。三騎竜のうち二人は今回も参加しておらんようだった。ただ、そのクリフというのはルトア道場というところから参加するみたいだったぞ)

「ルトア道場って、あの娘が居る道場じゃなかったか?」

 ロックがしょげているクスイーに向かって言う。アイリス=シュタインの父は確かルトア道場の師範だったはずだ。

「そうです、ルトア道場はアイリスの道場です。確かにクリフさんはルトア道場に所属していたはずです。ただ最近は滅多に剣士祭には出場したりしなかったはずなのですが」

 マゼランの三騎竜は強すぎて剣士祭に出場すると相手の負けが確定してしまうので出場を見合わせていたのだ。それが何年か振りに一角とは言え出場するとあって、話題になっているらしい。

「そりゃ俺と試合いたいから出てきたんだろう」

 実のところ、そうとしか思えなかった。ゲイル道場でロックと剣を交えて、ちゃんとした試合をしたいと思ったのだろう。ただ、負けるとも思っていない筈だ。ロックの成長を促すつもりで、負けたからこそ上達することもある、というのを教えたいのだ。直接聞いたわけではないが、その想像はそれほど間違ってはいないとルークは思った。

「でも、最低でも本選に出ないとクリフとは戦えないってことだな」

「ロック、駄目だよ、ちゃんと優勝を狙わないと」

「そうか。でも俺は強い奴とやりたいだけなんだ」

「一番強い奴が決勝に居るんじゃないか」

「なるほどそうか。では決勝に行くとしよう」

「少なくともルトア道場と当たるまでは負けられない、でいいんだな」

 珍しくアクシズが話に入ってくる。

「僕はランドルフ道場と当たるまでは負けられません」

 クスイーも続く。マコトとミロはもう寝てしまっている。

 明日、二次予選の二回戦ゲイル道場に勝てば後一つで本欄出場が決まる。
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