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第7章 マゼランの三騎竜
ローカス道場
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第7章 マゼランの三騎竜
ローカス道場
「ランドルフ道場には僕が案内します。」
クスイーが先頭に立って歩き出した。徒歩でそれほど離れていないらしい。ルトア道場も割と近かったし、この辺りは強い道場が犇めき合っているのだ。
「張り切るのはいいけど、大丈夫なのか?一度も勝ったことないんだろ?」
「はい、試合では一度も勝ったことないです。」
「じゃあ練習では勝ててたのか。」
「いいえ、練習でも買ったことありません。」
クスイーは惚けているのか天然なのか区別がつかなかった。足手まといにならないことを祈るだけだ。
「ロックさんは本当に強い方ですよね。ローカス道場が盛んだったころ色んな剣士と立合いましたがロックさんより強い方は一人もいませんでした。飛び抜けて一番です。」
ロックはまんざらでもない様子だ。
「ルークもそこそこ強いんだぜ。」
「そこそこ、は余計だよ。ついて行くの、辞めようかな。」
「待ってくれ、流石に一人では無理だって。ルークが半分受け持ってくれる計算なんだから。」
「僕が半分って、そんなには無理に決まってる。もう帰ろう。」
ルークとしてはロックが散々暴れまわっている最中に卑怯な手を使いそうな奴だけ何とかするつもりでしかいなかったのに、半分担当なんて酷すぎる。
「駄目ですよ、ルークさん。僕も怒っているんです。今更引き返せません。さあ、行きましょう。」
なんでクスイーが仕切るんだ?、といいつつ後を付いて行く二人だった。
ランドルフ道場に着くと、門の前に人だかりができていた。その中に一人、見覚えのある顔が。
「あの娘、塾生を連れて自分で乗り込んできたのか。ちょっと拙いんじゃないか?」
今にも乱闘が始まりそうな気配がする。巻き込まれないようにするのではなくロックの場合はわざわざ巻き込まれに入るのだ。
「ちょっと待って、待って。アイリス、何がどうしたんだ?」
「ロック様、ルーク様も。そして、なぜあなたがここに居るのです、クスイー=ローカス。お二人の邪魔でもしに来たのですか?」
アイリスはクスイーに対してのみ辛辣だった。なにかこう、憎んでさえいそうな感じだ。二人の間に何があったのだろう。
「ぼっ、ぼっ、僕は、その君が危ない目に遭ったって聞いたから、いてもたっても居られなくなって二人に付いてきたんだ。」
ふり絞るようにクスイーがそう告げるがアイリスは途中から聞いていなかった。
「それで、どなたか責任者の方は出て来てはくれませんの?」
ランドルフ道場の者にアイリスが問う。
「だから何度も言っているだろう。うちの手の者があなたを襲ったなどと、そんなあり得ないことで師範も師範代もお忙しいのにお手を煩わせるわけにはいかないと。」
「あり得ないことだと?アイリス様がそんな確証もないことを言うわけがないだろう。さっさと師範か師範代を出せ。」
横からそう言ったのはリンク=ザード、ルトア道場の若き師範代だったが、実際にはアイリスは証拠もなく来ている。態といちゃもんを付けに来ているのだ。一度こうして騒ぎになると相手もそうそう襲ったりはしてこない筈、という目論見だった。アイリスは、リンクはどっちの味方なの?と思ったが口には出来ない。
「俺たちが証人だよ、それでどうだい?」
ロックが口を挟む。事情は概ね理解した。アイリスはランドルフ道場の手の者に襲われたと騒ぎ立てに来ていたのだ。当然ランドルフ道場関係者は知らないと答える。アイリスたちには証拠がない。
「ありがとうございます、ロック様。でもあなたたちを巻き込むことはできません。こちらにお任せくださいませ。」
アイリスからするとローカス道場のたった一人の塾生であるクスイーが来てしまっているのでロックたちを巻き込むことによってローカス道場も巻き込んでしまうことを恐れていた。
(もう、なんであのバカは弱いくせにこんなところにうかうかと出て来てしまうのよ、どうなっても知らないわよ。)
「居たよ、こいつらだね。」
いつの間にか道場の中に入って居たルークが二人ほど連れて来たのはアイリスを襲った者たちに間違いなかった。
ローカス道場②
「間違いない、アイリスを襲ったのはこいつらだ。」
ロックも確認した。道場の表に出て来なければバレないと高を括っていたのだろう。身を潜めているところをブラインドの魔道を使って道場奥に侵入していたルークに見つかったのだ。
「覚えているからまたおいで、と言ったが、こちらが押しかけてしまったな。」
ルークに連れられてきた一人はアイリスを襲ったリーダー格の男だった。
「しっ、知らない、そんなことは知らない。」
男はたじろぐ声で弁明するがロックは許さない。
「ほら、そっちの男の腕に俺が付けた傷がある。これでも俺が嘘を言っているというのか?」
「だから知らないと言っているだろう。離せ、俺は関係ない。」
その時、犇めき合っているランドルフ道場の塾生たちを掻き分けて男が現れた。
「騒がしいですね、どうしましたか。何の騒ぎです?」
「ロマノフ塾頭、いえ、このルトア道場の女が言いがかりを付けて来て騒いでいるだけです。もう帰らせますのでお気になさらないでください。」
応対していた男が慌ててロマノフと呼ばれた男を下がらせようとする。
「ロマノフ様、私はルトア道場師範ムルトワ=シュタインの娘アイリスです。ついさっき、この道場の手の者に襲われたので抗議に来ました、五人の犯人のうちの二人が彼らで間違いありません。」
「これはこれはアイリス嬢、ご無沙汰しています。なんと、そんなことがありましたか。で、その二人がアイリス嬢を襲ったという証拠でも?」
ロマノフ塾頭は落ち着いている。何らかの証拠を相手が出せると思っていないからだ。知らぬ存ぜぬで切り抜けられると思っていた。
「証拠はないが証人ならいるぜ。」
ロックが横から口を挟む。ロマノフはロックの方を見ていない。
「そこに居るのはローカス道場のクスイー君じゃありませんか。ローカス道場も何かうちの道場に言いたいことでも?」
「え、あ、そのアイリスが襲われたのなら僕も黙っていられないので。」
「ほほう、そうなのですか。それは面白いことをお聞きしました。」
拙い。クスイーに対してもアイリスがネックになることを相手に把握されてしまった。まあ、元々ローカス道場は剣士祭に出てくるとは思っていなかったが。
「俺のことは無視かい?」
ロックが重ねて言う。無視されるのは気分のいいものではない。確かに顔見知りではないが無視することはないだろう。
「ああ、あなたが証人だと仰るのですね。」
「そうだよ、彼女がそこの二人と他に三人の計五人に襲われていたのを俺が助けたんだよ。全員の顔も覚えている。ルークも覚えているよな。」
「ええ、僕も五人とも覚えていますし、リーダー格だったのは彼に間違いありません。」
「君たちはルトア道場の関係者ですか?だとしたら、その証言は意味をなしませんね。」
ロマノフは一向に焦らない。
「いや、俺たちは今日ローカス道場に入ったばかりで、彼女を助けた時はまだローカス道場に入ってさえいないから、どこの関係者でもない第三者ってことだな。」
「それはそれで、どこのどなたか存じ上げませんか、迂闊に証言を信用できるものでもありませんね。よろしいですか、そろそろお引き取りいただいても。」
ロマノフは最後まで落ち着きはなっている。なかなか肝の据わっている奴だ。こいつが黒幕、という事なのかも知れない。
ローカス道場③
「俺の身元を開示すればいいかい?それとルークも。」
どうもロックはルークの素性を明かすことに快感を覚えているようだ。
「あなたたちはいったい何者なのですか?」
ロマノフは自信満々のロックに少しだけ不安を覚えたようだ。
「俺はロック=レパード。最近名乗ってばかりだが父は聖都騎士団副団長をやっている。そして、こいつはルーク=ロジック、アゼリア公の養子だよ。」
塾生たちがざわつく。アゼリア公の養子というのは今一よく判らないが聖都騎士団副団長は名前が通っているるし、その息子が御前試合で優勝したことは当然知っていた。
「ロック=レパードという名前には聞き覚えがありますね。ただルーク=ロジックという名前は、もし詐称なら重い罪になると思いますが大丈夫ですか?」
「心配はいらない。俺はロック=レパード本人だし、彼は確かにアゼリア狼公の養子に間違いない。」
正式な騎士団員なら騎士団発行の鑑札プレートを持っているのだがロックやルークは騎士団員ではないので特に身元を証明するものを持ち合わせて居ない。商人なら商人で核都市の商業ギルドが発行する交易許可証を持っている。
「自分では何とでも言えますからね。」
「では剣で証明しようか?」
ロックの思う壺だった。最初からこれを狙っていたのだ。まんまとロマノフはロックの作戦に乗ってしまった。剣で証明する、と言われて最強を謳っている道場が逃げる訳には行かないのだ。
ロマノフとしても急に出場の可能性が出てきたローカス道場の出場者になるかもしれないロックの腕を確認できるのは、それほど悪い話ではない。アイリスのことが放ったらかしになってしまっているが、アイリスにしてもランドルフ道場に警告に来ただけなので問題なかった。
「では中へどうぞ。」
ローカス道場④
十人、二十人。ロックの相手にはならない。
「休ませるな、次だ。
休ませるなも何も、ロックはほぼ全員に対して一太刀で片づけている。これくらいで疲れはしない。
三十人、四十人と続く。そろそろ道場に居る全員と立合うことになる。さすがに先ほどから指示を出しているランドルフ道場の高弟とみられる男が焦りだした。全員が敗れるとは思ってもいなかったのだ。
「もう一回りだ。」
負けた者をもう一回立合わせる。高弟は何かを耳打ちして奥に人をやった。もっと上の者が出てくるのかもしれない。ロックはその様子を見ていてワクワクしてきていた。いい奴でも悪い奴でも剣の達人とは立ち合いたいのだ。
「一斉に掛かれ。」
業を煮やして高弟はそう言い放った。五十人以上が一斉にロックを囲めばさすがに逃げ道すらない。人海戦術の極致だ。
「それは反則だよ。」
見かねてルークも参戦する。クスイーも輪の中に入った。
高弟は驚く。ロックだけではなかったのだ。ルークも相当強い。ロックと比べると線が細くとても剣の達人には見えなかったが、ロック程ではないにしても今いる塾生では太刀打ちできない。
それとクスイー=ローカスだ。高弟はクスイーを知っている。試合を見たことはないが、一度も勝ったことが無いことは有名だった。
高弟は再び驚く。クスイーの剣が見えないほど速い。尋常ではない速さだ。囲まれているので狙いを付ける必要が無い。尋常ではない速さの剣を縦横無尽に振るうのだ。塾生たちは三人にどんどん倒されて行く。もう立っているのは高弟一人になってしまった。
「なんだ、どうした。まさか殺したんじゃないだろうな。」
大変です、と呼ばれたロマノフが出てきた。状況をみて愕然とする。塾生は一人を除いて全員床に倒れていたのだ。
「まさか。全員か。おい、パーレ、これはいったいどういう事だ。」
「俺が本物だ、という事じゃいなか?」
代わりにロックが答えた。
「なるほど、どうやらそのようだな。ロック=レパードだったか。君が本物だと認めよう。ではお引き取り頂こうか。」
「いやいや、それでは話が違う。俺が本物という事はさっきの話も本当に事だということになる、認めることだな。」
「何のお話でしたか?」
ロマノフは惚ける。
「ルトア道場のアイリスをお宅の手の者が襲った、ということだよ。このまま騎士団詰所に連れて行ってもいい。どうする?」
「なるほど。それで私どもにどうしろと?」
「約束するだけでいい。二度とアイリスに手を出さないと。もし守らなければ俺がまたここに来るだけだがな。」
脅しなれて居ないのでロックはあまり怖くない。ただ剣の腕は確かなので威嚇にはなるのだ。
「それだけで?」
「それだけだよ。金を寄越せなんて言わないさ。あとは、そうだなルトア道場やローカス道場が剣士祭に出場できなくなるようなことはするな、と言うだけだ。」
「ローカス道場は元々出られないのでは?」
ロマノフは人数のことを言っている。五人も居ないことを知っているのだ。ロックが居るだけで脅威にはなるが人数を揃えるのは難しいというのだろう。そこは表立ってはやらないだろうが邪魔してくる可能性が高い。
「いや、出るよ。俺とルークとクスイーとあと二人、ちゃんと揃えてやるから、そちらも準備万端で出てくればいい。正々堂々と試合うのは気持ちいいぜ。」
ロックたちはそう言い残してランドルフ道場を後にした。
ローカス道場⑤
一行はアイリスを再びルトア道場に連れて行った。勿論道場のものたちが居るのだがクスイーがどうしても行くと聞かなかったのだ。
「もう二度とあんな真似はしないで欲しい。」
クスイーが別れ際にやっと伝える。
「どうして?うちの道場のことなのよ、あなたに関係ないでしょ。」
アイリスは判ってやっているのか、クスイーに冷たい。巻き込みたくない、という事なのかも知れない。
「関係はないけど、あの、しっ、心配だから。」
「あなたに心配してほしいなんて頼んでいないわ。それよりもちゃんと道場を再建しなさい。」
アイリスはそう言って道場の中へと消えた。
「そうだぞ、うちの問題なんだ、関係ない奴は消えろ。」
リンク=ザードが捨て台詞を残してアイリスの後を追った。リンクが師範代ではランドルフ道場に勝てないのではないか、と心配になってしまう。
三人はミロの待つローカス道場にやっと戻って来た。ロックはまだまだ暴れ足りない様子だったが、少しは満足している風だ。
「相変わらずロックは化け物のような強さね。」
「ミロ、それは褒めているのか貶しているのか?」
「呆れている、というだけよ。」
ミロは本当に呆れていた。マゼラン一を謳うランドルフ道場の塾生を五十人以上一人で倒してしまうのだ。相手が可愛そうだとしか思えない。
「さて、それにしてもあと二人だ、どうしようか。確か締め切りはあと少しと聞いたけど具体的にはいつまでなんだ?」
ロックがクスイーに尋ねるがクスイーは何を聞かれているのか判らない、という表情だった。
「剣士祭の申し込みの締め切りだよ、もう近いんだろ?」
「えっ、本気で出るんですか?人数が足りませんよ。元々出るつもりもありませんでしたから詳細も知りません。」
それはそうだ、一人では元々出場できない。剣士祭は五人一組でないと出場できないのだ。
「じゃあ明日詳細を聞くのと塾生集めだな。」
「それは僕とミロでやるから、ロックはクスイーをなんとか戦えるようにしてあげてよ。多分ランドルフ道場と戦いたいと思っている筈だから。」
「え、いや、僕はそんなことは。」
「いいよ、君かアイリスを好きなことは見てれば判るし、彼女を襲ったランドルフ道場を許せないと思う気持ちも判るから。」
クスイーは顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまった。ルークも判っていても言わない、という腹芸はできないタイプなのだ。
「確かにクスイーの剣を振る速さは俺よりも速い。もしかしたらマゼランで一番かも知れないな。でも相手の攻撃は受けられないし、一太刀目を躱されたら次が無い。その辺りをなんとかしないと試合には出られない。あと二月で一人前に仕上げないと。」
明日からは忙しくないぞ、とワクワクしながらロックは早々に就寝するのだった。
ローカス道場⑥
ロックをクスイーの修行に残してミロとルークは街に出た。あと二人、剣士祭に出場してくれる剣士を探さなくてはならないのだが二人とも全く当てが無かった。
「で、どうするの?」
「うーん、どうしようか。」
いくら考えてもいい案は浮かばない。塾生募集の貼り紙をしても誰も来ないのだ。
かと言って他の道場からの引き抜きが出来るほどの道場ではない。元々は隆盛を誇っていたが今は見る影もないのだ。
街行く人にローカス道場に入らないか、と声を掛けても、道場の名前を出すだけで鼻で笑われるだけだった。それほど逆に有名な道場なのだ。
ルークは最後の望みに掛けることにした。
「ジェイ、見つかったかい?」
(うむ、確かに居たぞ。今でもいるようだ。)
「そこに連れて行ってくれるかな。」
(判った、付いてまいれ。)
「何?どうしたの?ジェイが誰か見つけたの?」
ミロには全く判らなかった。ルークは誰かをジェイに探させていたのか。でもルークがマゼランに知り合いがいるとも思わなかったが。
ジェイに付いて行くと宿屋街に入った。少し高級そうな宿屋の前で止まる。
(ここだ、今いるようだな。二階の一番奥の部屋だ。)
「判った、ジェイは外で見張っていて。ミロ、行こう。」
「行くのはいいけど、誰に会いに行くのよ。」
「なんだ、気が付いてなかったのか、ソニーだよ、ソニー=アレス。」
「ソニーってあのソニー?そう言えばエンセナーダに居たって言ってたわね。今はマゼランに居るのね。」
「そう。この街での知り合いは彼一人だから、何かいい知恵はないか頼ってみようと思って。」
実はそれだけではない。ルークはソニーの動向には関心があったからだ。何の目的でエンセナーダやマゼランにいるのか、アーク=ライザーはアストラッドに戻ったらしいのに一人だけ残って何をしているのか、手掛かりでも見つかれは、と思っていたのだ。
コンコンコン。ソニーの部屋をノックする。警戒してドアの外を探っている気配がした。簡易の魔道だがルークは態と存在を明らかにするように気配を絶たなかった。
ドアが開くとソニーが居た。
「どうしたんです、ルーク=ロジック。なるほどさっきのはあの使い魔でしたか。誰かが僕を探りに来たとは思っていたのですが。」
「悪いね、ちょっと頼りたいことがあって君を探していたんだ。」
ルークは現状をソニーに簡単に説明した。
「ロックさんらしいですね。彼は本当にアークに似ている。剣に対して真っ直ぐなところがね。そうですね、少し考えてみますか。」
「君が出てくれてもいいんだけどね。」
「えっ。僕がですか。なるほどそう来ましたか。でも僕もアストラッド州の太守の息子です。アストラッド州騎士団の専属道場もありますから、そちらの道場で出場するのはちょっと。」
「それはいいんじゃないかな。ロックは聖都騎士団副団長の息子だし僕も一応アゼリア州太守の養子になっているから自由道場であるローカス道場からなら問題ないと思うんだ。助けてほしいんだよ。君が出てくれたらあと一人になる。」
ソニーは少し考えていたが、直ぐに決断した。
「判りました、他に二人集まらなければ一人は僕が出ましょう。でも僕は剣の方はそれほどではありませんよ?ロックは勿論、君にも到底敵わない。」
「いや、ロックは別として僕となら違いは無いと思うよ。僕も色々と強い剣士を見て自信がなくなりつつあるんだ。」
ソニーが出てくれればあとは一人。一緒にいることでソニーの動向も知れる。一石二鳥でルークはとても満足だった。
ローカス道場⑦
「そうか、ソニー=アレスが見つかったのだな。それでうちから出てくれると。ちょっと協力的なのが逆に怖いな。」
ロックの感想はルークも感じていたところだ。そもそもソニーのマゼランに居る目的が判らない。何かを企んでいることは確かなのだが。
「まあ、手伝ってくれるというのだから頼ろうよ。背に腹は代えられないしね。」
「それもそうか。で、あと一人は?」
ミロもルークも目を合わせようとしない。今のところ何の手掛りもなかった。明後日に迫った締切に間に合うのだろうか。とりあえず出場者の登録をしておけば変更は前日までなら可能らしい。ただし当日五名が揃って居なければ、その時点で失格となる、とのことだった。
「もうちょっとある。なんとか見つけてこないと。俺とクスイーも行こうか?」
「いや、闇雲に探しても無理なものは無理だと思うから二人は修行に専念しておいてよ。明日はアゼリア州騎士団御用達の道場にもいってみる。立場を利用するのは本当はやりたくないんだけど。」
ルークとしても自分だけが我が儘を言ってはいられない、と思ってのことだ。ルークのことがちゃんと通達されていることを祈って。
「で、クスイーの方はどうだい?」
珍しくロックの表情が曇る。
「いや、確かに剣の速さは一級品なんだ。それは間違いない。ただ、」
「ただ?」
「それを生かす術が皆無なんだよ。一回振り下ろせばそれで終わりで二の太刀が無い。相手の剣もほとんど受けられない。駆け引き何て夢の夢だ。」
これは間に合わないかも知れない。
「でも、少し希望もあるんだぜ。」
「希望?」
「そう。結局剣を振る速さは一級品なんだからそれを色々と応用できるようにすればいいんだ。実は俺が打ち込む速さよりクスイーの方が早いもんだから受けられずに空振りしてしまう、というのが判ったんだよ。」
「そこまでの速さなのか、凄まじいな。」
相手の剣より速いから受けられないなんて想像も付かなかった。そんなことが現実にあるものなんだ。それもロックの剣ですら凌駕してしまうほどに。
「時間を掛ければ、まあなんとか形には出来るかも知れない。素振りのやりすぎで型が固まってしまっていて、解すのが大変で、そこが一番時間がかかりそうだけどな。」
ロックの苦労が目に浮かぶ。クスイーといえば、道場の真ん中で大の字で倒れている。ずっと一人で素振りを続けていたのがロック相手に打ち合うのだ、いきなりで疲労ぐあいは想像も付かない。但し、これから毎日続くのだろう。
伸びているクスイーを無理やり起こして夕食を取らせる。ミロの料理は最初酷かったが最近は少し食べられるようになっていた。
「ちゃんと食べておかないと明日も修行キツいからね。しっかり食べてしっかり寝てしっかり修行しないと。」
もしかしたらミロが一番厳しいかも知れない。
次の日、ミロとルークはアゼリア州御用達のモントレー道場を訪れた。ルークの件はちゃんと伝わっていて紋章入りの細剣も十分役に立った。
「ルーク様。それでこちらにはどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「ザビス=モントレー様、どうか普通にお話しください。僕はロジックの名を名乗ってはいますが、狼公の血縁でも何もありません、ただの市井の一般人です。逆に話し難いので。」
「判りました、そう仰るのでしたら。で、どうされました?」
ザビスはモントレー道場に何かの否があって咎められるのかと心配していたのだ。モントレー道場は確かに他の道場と比べると大きくはない。アゼリア州自体は剣が重宝されているお国柄なのだがモントレー道場には最近強い剣士が出ていなかったので人気があまりなかったのだ。剣士祭でも活躍できてはいなかった。
「実はロック=レパードとローカス道場に入ることなりまして剣士祭に出場するのに人数が足りないのです。それで心当たりがないかとお聞きしたくて来ました。」
自分が責められるのではないと聞いて安心したのか、ザビスはほっとした表情を浮かべた。
「そうですか。しかし実は当道場も手練れが五人は中々揃わず困っているところなのです。」
どこの道場も剣士祭で名を挙げて塾生を多く集めたいのだ、自分たちの準備で手いっぱいで手伝ってくれるはずもなかった。
ローカス道場⑧
「うちの塾生はとてもじゃありませんがお眼鏡に適う者はいないでしょう。ロック=レパードの名は聞き覚えがあります。今年の御前試合の優勝者でしたね。そのような強者と肩を並べる剣士は当道場にはおりません。お力になれず申し訳ない。」
上辺だけの言葉でザビスはルークを追い返そうとしている。狼公の養子、と言う存在がどのような立場なのか、自分にどのような影響力があるのか、判断が付かないでいるのだ。ルークの役に立つことが有意義な事なのか判らなかった。
確かに道場を見るとそれ程の手練れが居るようにも見えなかった。弱小とは言わないがマゼラン最強を名乗るには程遠いようだ。
「判りました。でもこの道場の方のお力を狩りに来たのではないのです。誰か紹介してもらえないかと思って。」
そうなのだ、元々モントレー道場の塾生を借りる気は無かった。ただ手伝ってくれそうな人物を知らないか、ということを聞きたかっただけなのだ。ルークはやはり狼公の養子の立場を利用したくなかった。
「そうですね。ただ名のある剣士は必ずどこかの道場に属していると思いますがね。ああ、一人だけ心当たりがあると言えばありますが。」
「本当ですか、それは誰なんです?」
「いや、辞めておいた方がいいと思いますよ。強いことは間違いないのですが彼には問題が多すぎる。」
ザビスがいう所によると、その剣士は道場破りのような事を繰り返しているらしい。どこの道場にも所属していおらず有名な道場を次々と訪れては他流試合を申し込んでいるが大手の道場は相手にしていない。少し格下の自由道場は数軒試合ったらしいが、全て勝ったとのことだ。
ただ相手をした道場は売名行為で受けただけだったのだが逆に利用されてしまっている。その剣士の名は今のところまだ知られていないし、どこに居るかが判らない、というのだ。これでは探し様がない。
「うちにも一度来ましたが追い返しました。ここ数日、毎日のようにどこかの道場を訪れてはいるようですが。」
名前も住んでいるところも判らない男を探すには相当な偶然でも重ならない限り無理な話だろう。今からでは到底間に合いそうもない。
「貴重なお話、ありがとうございます。探してみます。」
そう言うとルークとミロはモントレー道場を後にし一旦ローカス道場に戻った。
「どうだった、誰か見つかったか?」
ロックにそう言われたがルークは言いあぐねていた。あまりにも雲を掴むような話しか聞けなかったのだ。
「うわさが聞けた、くらいかな、ごめん、今のところ全然だ。」
ルークは聞いた話をそのままロックに伝えた。
「その話、最近よく聞きますよ。この辺りの道場もいくつか襲われたとか。」
「その道場破りが来てくれれば、俺が打ち負かして無理やりにでも塾生にするんだけどなぁ。」
「そんな都合よく行くはずないよ。」
「それもそうだな。もう明日には間に合わないかな。」
その時道場の扉が開いた。
「おい、ここで一番強い奴を出せ。」
そこにはロックたちより少し上の青年が立っていた。相当な偶然が重なったのか?
「多分俺かな。」
すぐに状況を理解してロックが応える。道場破りだ。そんな都合よく行くものなのか。
「最近話題の道場破りってのはお前か?」
「話題かどうかは知らんが道場破りを続けていることは確かだ、それが噂になっているのだろう。で、お前が一番強いのだな。というか、この道場には他に人はいないのか?寂しい道場だな。」
どうもこの青年はマゼランの道場事情には詳しくないらしい。知っていたらローカス道場には来なかっただろう。
「そう言うな。で俺が立合えばいいんだな?だが立合うには条件がある。」
「なんだ、条件だと?」
「俺に負けたらここの塾生になって欲しい。それだけだ。」
ロックの頭の中での計算では、これでソニーを入れて五人集まった。
ローカス道場⑨
「なんだと、まず俺が負けることはないだろうが、万が一負ければこの道場に入らなければいけないのか。」
「そうだ。それが立合う条件だ。」
青年は少し考えたが直ぐに、
「判った。それでいい。では、始めるぞ。」
青年はロックの前に立った。その佇まいからすると確かに相当な使い手ではあるようだ。
「ルーク、合図を。」
「判った。では、始め!」
二人が正面から少しずつ左に回り始める。間合いはまだ詰めない。少し回った後、不意に青年が仕掛ける。
「キェイ。」
なんとも言えない掛け声で上段から斜めに切り掛かった。クスイーのように上段から真っ直ぐ振り落とされたのなら受けるのは容易いのだが、斜めに振り下ろされると受ける角度の調整が難しい。しかし、ロックはその難しさを感じさせない。
「おっと。」
ロックは拍子抜けする声で受ける。暫らくは相手に自由に打ち込ませる気のようだ。
何度か打ち合い、というか青年が打ち込みロックが受け流すことを繰り返した。
「うん、判った。」
ロックはそう言うと青年の打ち込みを受けるのではなく払い除けて逆に相手に打ち込んだ。青年は初めてロックに反撃を喰らって、その剣の速さと強さに打ち負けてしまい剣を落とす。
「はい、それまで、ロックの一本勝ち。」
ルークはロックの勝利を宣言した。
青年の腕はまだ痺れていて剣を持つことが出来なかった。
「結構強いね、よかった、強い人が見つかって。」
「結構強い、ってお前は何者なんだ?俺は今までいろんな道場を回ってきたが一度も負けたことは無かった。聖都騎士団や大手の道場は相手にしてもらえなかったが、それでも一度も負けなかった。その俺がああも簡単に。お前、とんでもないな。」
痺れた腕をさすりながら青年は座り込んだ。
「まあ、そこそこの腕だとは思ってるよ。」
「ロックは今年の御前試合の優勝者なんだよ。」
「そうなのか。でも多分三年前の優勝者とは立ち合ったことが有るが俺の方が強かったぞ。」
「まあ、俺が特別なんじゃないか。」
ロックは満更でもない様子だ。
「約束通り道場に入って剣士祭に出てもらうからよろしくな。」
「剣士祭?ああ、そんな祭りがあると聞いたな。お前たち、そのなものに出たいのか。」
「強い奴と試合えるのは嬉しいだろ、お前もその仲間だと思うけど。」
「まあ、そうだな。俺は強い奴と戦いたい。自分が一番だと証明するために故郷を出てきたんだからな。俺の名前はマコト=シンドウ、よろしくな。」
ソニーを計算に入れれば五人揃った。都合が良すぎるくらいでルークは少し懸念もあったが、ロックが単純に喜んでいるので口を出さないことにしたのだった。
ローカス道場⑩
ミロを含めて四人を道場に残してルークは道場を出た。ソニーにもう一度会うためだ。ソニーは部屋に居た。
「どうしました、ルーク。」
ソニーは特に驚いた様子もなくルークを迎え入れた。来ることが判っていたようだ。
「ソニー、実は話していた通り一人は見つかったんだけどあと一人なんだ。力を貸してくれないか?」
「その話なんだけど、やはり僕はアストラッド太守の息子という立場で君と一緒に大会に出るわけには行かないと思うんだ。うちの騎士団が修行している道場もいくつかあることだしね。」
まあソニーの言い分は十分予想されていたことだ。一旦は考えると言ってはくれたが、最終的には駄目なのだろうとルークは思っていた。そこで次の案だ。
「そうか、仕方ないね。じゃあ誰か紹介してくれないかな。」
ソニーはあてにしていなかったがソニーの人脈には期待していた。ただ大っぴらにマゼランで活動していた訳でもなさそうなので淡い期待だったが。
「紹介か、ちょっと待って。」
ソニーは少し考えていたが何かを思いついたようだ。
「そうだな、受けてくれるかどうかは判らないけどどこの道場にも属していない、でも腕は経つ人物に一人心当たりがある。行ってみるかい?」
「ありがとう、ぜひ紹介してほしい。で、その人は君の知り合いなのかい?」
「知り合い、というか、まあ、そうだな、知り合いということでいいんじゃないかな。歳は僕たちより5、6歳上だと思う。剣の腕はアークとそれほど変わらないくらい、ということだから大丈夫なんじゃないかな。」
「アークと変わらないなら相当強いという事じゃないか。それは有難いけど僕たちに協力してくれるかな?」
「それは本人に聞いてみないと判らないけど、まあ僕も頼んであげるよ。」
ソニーがそんなに力になってくれる訳は判らないがルークとしては有難い。
「じゃ、それほど遠くないから今から行こう。」
ルークは念話でジェイに行先が判ったらすぐにロックに知らせに行ってもらうことを頼んでソニーについて行った。
相手の部屋には直ぐに着いた。ソニーが泊まっていた宿とは少し違って庶民的な建物だった。
「アクシズ、居るかい?ソニー=アレスだ。」
ソニーがドアを叩きながら言う。直ぐにドアが開いて青年が出てきた。無精ひげを生やしているので少し草臥れた印象だった。
「どうしたソニー。今日の予定は無かったはずだが。」
「ごめん、ちょっと頼みがあって、ああ、彼はルーク、ルーク=ロジック、アゼリア狼公の養子さんだよ。」
「ルークと言います。宜しくお願いします。」
「ああ、俺はアクシズ=バレンタイン、ソニーとは、まあ、そうだな知り合い、ということでどうだ?」
二人とも似たようなことを言う。関係を他に表現できない関係、ということだろうか。
「いいんじゃない。それでさ、ちょっと頼みがあるんだよ。」
「珍しいな。で、頼みの主はルーク君ということか。」
「はい、そうです。というか僕ではなく僕の友人の頼みなんですが。実は僕も巻き込まれているだけです。」
「前に話たろ、ロック=レパードの頼みというわけなんだ。」
「あの御前試合の優勝者か。なるほど、なんとなく判った。それで、それはお前の中で問題ないと判断したんだな?」
「うん、大丈夫。出来得る限り彼の役に立ってあげて欲しい。」
「お前がそう言うなら、判った、ルーク君、君の頼みを聞こう。」
ルークは色々と聞きたいことも多かったが全て呑み込んで剣士祭への参加を依頼するのだった。
ローカス道場
「ランドルフ道場には僕が案内します。」
クスイーが先頭に立って歩き出した。徒歩でそれほど離れていないらしい。ルトア道場も割と近かったし、この辺りは強い道場が犇めき合っているのだ。
「張り切るのはいいけど、大丈夫なのか?一度も勝ったことないんだろ?」
「はい、試合では一度も勝ったことないです。」
「じゃあ練習では勝ててたのか。」
「いいえ、練習でも買ったことありません。」
クスイーは惚けているのか天然なのか区別がつかなかった。足手まといにならないことを祈るだけだ。
「ロックさんは本当に強い方ですよね。ローカス道場が盛んだったころ色んな剣士と立合いましたがロックさんより強い方は一人もいませんでした。飛び抜けて一番です。」
ロックはまんざらでもない様子だ。
「ルークもそこそこ強いんだぜ。」
「そこそこ、は余計だよ。ついて行くの、辞めようかな。」
「待ってくれ、流石に一人では無理だって。ルークが半分受け持ってくれる計算なんだから。」
「僕が半分って、そんなには無理に決まってる。もう帰ろう。」
ルークとしてはロックが散々暴れまわっている最中に卑怯な手を使いそうな奴だけ何とかするつもりでしかいなかったのに、半分担当なんて酷すぎる。
「駄目ですよ、ルークさん。僕も怒っているんです。今更引き返せません。さあ、行きましょう。」
なんでクスイーが仕切るんだ?、といいつつ後を付いて行く二人だった。
ランドルフ道場に着くと、門の前に人だかりができていた。その中に一人、見覚えのある顔が。
「あの娘、塾生を連れて自分で乗り込んできたのか。ちょっと拙いんじゃないか?」
今にも乱闘が始まりそうな気配がする。巻き込まれないようにするのではなくロックの場合はわざわざ巻き込まれに入るのだ。
「ちょっと待って、待って。アイリス、何がどうしたんだ?」
「ロック様、ルーク様も。そして、なぜあなたがここに居るのです、クスイー=ローカス。お二人の邪魔でもしに来たのですか?」
アイリスはクスイーに対してのみ辛辣だった。なにかこう、憎んでさえいそうな感じだ。二人の間に何があったのだろう。
「ぼっ、ぼっ、僕は、その君が危ない目に遭ったって聞いたから、いてもたっても居られなくなって二人に付いてきたんだ。」
ふり絞るようにクスイーがそう告げるがアイリスは途中から聞いていなかった。
「それで、どなたか責任者の方は出て来てはくれませんの?」
ランドルフ道場の者にアイリスが問う。
「だから何度も言っているだろう。うちの手の者があなたを襲ったなどと、そんなあり得ないことで師範も師範代もお忙しいのにお手を煩わせるわけにはいかないと。」
「あり得ないことだと?アイリス様がそんな確証もないことを言うわけがないだろう。さっさと師範か師範代を出せ。」
横からそう言ったのはリンク=ザード、ルトア道場の若き師範代だったが、実際にはアイリスは証拠もなく来ている。態といちゃもんを付けに来ているのだ。一度こうして騒ぎになると相手もそうそう襲ったりはしてこない筈、という目論見だった。アイリスは、リンクはどっちの味方なの?と思ったが口には出来ない。
「俺たちが証人だよ、それでどうだい?」
ロックが口を挟む。事情は概ね理解した。アイリスはランドルフ道場の手の者に襲われたと騒ぎ立てに来ていたのだ。当然ランドルフ道場関係者は知らないと答える。アイリスたちには証拠がない。
「ありがとうございます、ロック様。でもあなたたちを巻き込むことはできません。こちらにお任せくださいませ。」
アイリスからするとローカス道場のたった一人の塾生であるクスイーが来てしまっているのでロックたちを巻き込むことによってローカス道場も巻き込んでしまうことを恐れていた。
(もう、なんであのバカは弱いくせにこんなところにうかうかと出て来てしまうのよ、どうなっても知らないわよ。)
「居たよ、こいつらだね。」
いつの間にか道場の中に入って居たルークが二人ほど連れて来たのはアイリスを襲った者たちに間違いなかった。
ローカス道場②
「間違いない、アイリスを襲ったのはこいつらだ。」
ロックも確認した。道場の表に出て来なければバレないと高を括っていたのだろう。身を潜めているところをブラインドの魔道を使って道場奥に侵入していたルークに見つかったのだ。
「覚えているからまたおいで、と言ったが、こちらが押しかけてしまったな。」
ルークに連れられてきた一人はアイリスを襲ったリーダー格の男だった。
「しっ、知らない、そんなことは知らない。」
男はたじろぐ声で弁明するがロックは許さない。
「ほら、そっちの男の腕に俺が付けた傷がある。これでも俺が嘘を言っているというのか?」
「だから知らないと言っているだろう。離せ、俺は関係ない。」
その時、犇めき合っているランドルフ道場の塾生たちを掻き分けて男が現れた。
「騒がしいですね、どうしましたか。何の騒ぎです?」
「ロマノフ塾頭、いえ、このルトア道場の女が言いがかりを付けて来て騒いでいるだけです。もう帰らせますのでお気になさらないでください。」
応対していた男が慌ててロマノフと呼ばれた男を下がらせようとする。
「ロマノフ様、私はルトア道場師範ムルトワ=シュタインの娘アイリスです。ついさっき、この道場の手の者に襲われたので抗議に来ました、五人の犯人のうちの二人が彼らで間違いありません。」
「これはこれはアイリス嬢、ご無沙汰しています。なんと、そんなことがありましたか。で、その二人がアイリス嬢を襲ったという証拠でも?」
ロマノフ塾頭は落ち着いている。何らかの証拠を相手が出せると思っていないからだ。知らぬ存ぜぬで切り抜けられると思っていた。
「証拠はないが証人ならいるぜ。」
ロックが横から口を挟む。ロマノフはロックの方を見ていない。
「そこに居るのはローカス道場のクスイー君じゃありませんか。ローカス道場も何かうちの道場に言いたいことでも?」
「え、あ、そのアイリスが襲われたのなら僕も黙っていられないので。」
「ほほう、そうなのですか。それは面白いことをお聞きしました。」
拙い。クスイーに対してもアイリスがネックになることを相手に把握されてしまった。まあ、元々ローカス道場は剣士祭に出てくるとは思っていなかったが。
「俺のことは無視かい?」
ロックが重ねて言う。無視されるのは気分のいいものではない。確かに顔見知りではないが無視することはないだろう。
「ああ、あなたが証人だと仰るのですね。」
「そうだよ、彼女がそこの二人と他に三人の計五人に襲われていたのを俺が助けたんだよ。全員の顔も覚えている。ルークも覚えているよな。」
「ええ、僕も五人とも覚えていますし、リーダー格だったのは彼に間違いありません。」
「君たちはルトア道場の関係者ですか?だとしたら、その証言は意味をなしませんね。」
ロマノフは一向に焦らない。
「いや、俺たちは今日ローカス道場に入ったばかりで、彼女を助けた時はまだローカス道場に入ってさえいないから、どこの関係者でもない第三者ってことだな。」
「それはそれで、どこのどなたか存じ上げませんか、迂闊に証言を信用できるものでもありませんね。よろしいですか、そろそろお引き取りいただいても。」
ロマノフは最後まで落ち着きはなっている。なかなか肝の据わっている奴だ。こいつが黒幕、という事なのかも知れない。
ローカス道場③
「俺の身元を開示すればいいかい?それとルークも。」
どうもロックはルークの素性を明かすことに快感を覚えているようだ。
「あなたたちはいったい何者なのですか?」
ロマノフは自信満々のロックに少しだけ不安を覚えたようだ。
「俺はロック=レパード。最近名乗ってばかりだが父は聖都騎士団副団長をやっている。そして、こいつはルーク=ロジック、アゼリア公の養子だよ。」
塾生たちがざわつく。アゼリア公の養子というのは今一よく判らないが聖都騎士団副団長は名前が通っているるし、その息子が御前試合で優勝したことは当然知っていた。
「ロック=レパードという名前には聞き覚えがありますね。ただルーク=ロジックという名前は、もし詐称なら重い罪になると思いますが大丈夫ですか?」
「心配はいらない。俺はロック=レパード本人だし、彼は確かにアゼリア狼公の養子に間違いない。」
正式な騎士団員なら騎士団発行の鑑札プレートを持っているのだがロックやルークは騎士団員ではないので特に身元を証明するものを持ち合わせて居ない。商人なら商人で核都市の商業ギルドが発行する交易許可証を持っている。
「自分では何とでも言えますからね。」
「では剣で証明しようか?」
ロックの思う壺だった。最初からこれを狙っていたのだ。まんまとロマノフはロックの作戦に乗ってしまった。剣で証明する、と言われて最強を謳っている道場が逃げる訳には行かないのだ。
ロマノフとしても急に出場の可能性が出てきたローカス道場の出場者になるかもしれないロックの腕を確認できるのは、それほど悪い話ではない。アイリスのことが放ったらかしになってしまっているが、アイリスにしてもランドルフ道場に警告に来ただけなので問題なかった。
「では中へどうぞ。」
ローカス道場④
十人、二十人。ロックの相手にはならない。
「休ませるな、次だ。
休ませるなも何も、ロックはほぼ全員に対して一太刀で片づけている。これくらいで疲れはしない。
三十人、四十人と続く。そろそろ道場に居る全員と立合うことになる。さすがに先ほどから指示を出しているランドルフ道場の高弟とみられる男が焦りだした。全員が敗れるとは思ってもいなかったのだ。
「もう一回りだ。」
負けた者をもう一回立合わせる。高弟は何かを耳打ちして奥に人をやった。もっと上の者が出てくるのかもしれない。ロックはその様子を見ていてワクワクしてきていた。いい奴でも悪い奴でも剣の達人とは立ち合いたいのだ。
「一斉に掛かれ。」
業を煮やして高弟はそう言い放った。五十人以上が一斉にロックを囲めばさすがに逃げ道すらない。人海戦術の極致だ。
「それは反則だよ。」
見かねてルークも参戦する。クスイーも輪の中に入った。
高弟は驚く。ロックだけではなかったのだ。ルークも相当強い。ロックと比べると線が細くとても剣の達人には見えなかったが、ロック程ではないにしても今いる塾生では太刀打ちできない。
それとクスイー=ローカスだ。高弟はクスイーを知っている。試合を見たことはないが、一度も勝ったことが無いことは有名だった。
高弟は再び驚く。クスイーの剣が見えないほど速い。尋常ではない速さだ。囲まれているので狙いを付ける必要が無い。尋常ではない速さの剣を縦横無尽に振るうのだ。塾生たちは三人にどんどん倒されて行く。もう立っているのは高弟一人になってしまった。
「なんだ、どうした。まさか殺したんじゃないだろうな。」
大変です、と呼ばれたロマノフが出てきた。状況をみて愕然とする。塾生は一人を除いて全員床に倒れていたのだ。
「まさか。全員か。おい、パーレ、これはいったいどういう事だ。」
「俺が本物だ、という事じゃいなか?」
代わりにロックが答えた。
「なるほど、どうやらそのようだな。ロック=レパードだったか。君が本物だと認めよう。ではお引き取り頂こうか。」
「いやいや、それでは話が違う。俺が本物という事はさっきの話も本当に事だということになる、認めることだな。」
「何のお話でしたか?」
ロマノフは惚ける。
「ルトア道場のアイリスをお宅の手の者が襲った、ということだよ。このまま騎士団詰所に連れて行ってもいい。どうする?」
「なるほど。それで私どもにどうしろと?」
「約束するだけでいい。二度とアイリスに手を出さないと。もし守らなければ俺がまたここに来るだけだがな。」
脅しなれて居ないのでロックはあまり怖くない。ただ剣の腕は確かなので威嚇にはなるのだ。
「それだけで?」
「それだけだよ。金を寄越せなんて言わないさ。あとは、そうだなルトア道場やローカス道場が剣士祭に出場できなくなるようなことはするな、と言うだけだ。」
「ローカス道場は元々出られないのでは?」
ロマノフは人数のことを言っている。五人も居ないことを知っているのだ。ロックが居るだけで脅威にはなるが人数を揃えるのは難しいというのだろう。そこは表立ってはやらないだろうが邪魔してくる可能性が高い。
「いや、出るよ。俺とルークとクスイーとあと二人、ちゃんと揃えてやるから、そちらも準備万端で出てくればいい。正々堂々と試合うのは気持ちいいぜ。」
ロックたちはそう言い残してランドルフ道場を後にした。
ローカス道場⑤
一行はアイリスを再びルトア道場に連れて行った。勿論道場のものたちが居るのだがクスイーがどうしても行くと聞かなかったのだ。
「もう二度とあんな真似はしないで欲しい。」
クスイーが別れ際にやっと伝える。
「どうして?うちの道場のことなのよ、あなたに関係ないでしょ。」
アイリスは判ってやっているのか、クスイーに冷たい。巻き込みたくない、という事なのかも知れない。
「関係はないけど、あの、しっ、心配だから。」
「あなたに心配してほしいなんて頼んでいないわ。それよりもちゃんと道場を再建しなさい。」
アイリスはそう言って道場の中へと消えた。
「そうだぞ、うちの問題なんだ、関係ない奴は消えろ。」
リンク=ザードが捨て台詞を残してアイリスの後を追った。リンクが師範代ではランドルフ道場に勝てないのではないか、と心配になってしまう。
三人はミロの待つローカス道場にやっと戻って来た。ロックはまだまだ暴れ足りない様子だったが、少しは満足している風だ。
「相変わらずロックは化け物のような強さね。」
「ミロ、それは褒めているのか貶しているのか?」
「呆れている、というだけよ。」
ミロは本当に呆れていた。マゼラン一を謳うランドルフ道場の塾生を五十人以上一人で倒してしまうのだ。相手が可愛そうだとしか思えない。
「さて、それにしてもあと二人だ、どうしようか。確か締め切りはあと少しと聞いたけど具体的にはいつまでなんだ?」
ロックがクスイーに尋ねるがクスイーは何を聞かれているのか判らない、という表情だった。
「剣士祭の申し込みの締め切りだよ、もう近いんだろ?」
「えっ、本気で出るんですか?人数が足りませんよ。元々出るつもりもありませんでしたから詳細も知りません。」
それはそうだ、一人では元々出場できない。剣士祭は五人一組でないと出場できないのだ。
「じゃあ明日詳細を聞くのと塾生集めだな。」
「それは僕とミロでやるから、ロックはクスイーをなんとか戦えるようにしてあげてよ。多分ランドルフ道場と戦いたいと思っている筈だから。」
「え、いや、僕はそんなことは。」
「いいよ、君かアイリスを好きなことは見てれば判るし、彼女を襲ったランドルフ道場を許せないと思う気持ちも判るから。」
クスイーは顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまった。ルークも判っていても言わない、という腹芸はできないタイプなのだ。
「確かにクスイーの剣を振る速さは俺よりも速い。もしかしたらマゼランで一番かも知れないな。でも相手の攻撃は受けられないし、一太刀目を躱されたら次が無い。その辺りをなんとかしないと試合には出られない。あと二月で一人前に仕上げないと。」
明日からは忙しくないぞ、とワクワクしながらロックは早々に就寝するのだった。
ローカス道場⑥
ロックをクスイーの修行に残してミロとルークは街に出た。あと二人、剣士祭に出場してくれる剣士を探さなくてはならないのだが二人とも全く当てが無かった。
「で、どうするの?」
「うーん、どうしようか。」
いくら考えてもいい案は浮かばない。塾生募集の貼り紙をしても誰も来ないのだ。
かと言って他の道場からの引き抜きが出来るほどの道場ではない。元々は隆盛を誇っていたが今は見る影もないのだ。
街行く人にローカス道場に入らないか、と声を掛けても、道場の名前を出すだけで鼻で笑われるだけだった。それほど逆に有名な道場なのだ。
ルークは最後の望みに掛けることにした。
「ジェイ、見つかったかい?」
(うむ、確かに居たぞ。今でもいるようだ。)
「そこに連れて行ってくれるかな。」
(判った、付いてまいれ。)
「何?どうしたの?ジェイが誰か見つけたの?」
ミロには全く判らなかった。ルークは誰かをジェイに探させていたのか。でもルークがマゼランに知り合いがいるとも思わなかったが。
ジェイに付いて行くと宿屋街に入った。少し高級そうな宿屋の前で止まる。
(ここだ、今いるようだな。二階の一番奥の部屋だ。)
「判った、ジェイは外で見張っていて。ミロ、行こう。」
「行くのはいいけど、誰に会いに行くのよ。」
「なんだ、気が付いてなかったのか、ソニーだよ、ソニー=アレス。」
「ソニーってあのソニー?そう言えばエンセナーダに居たって言ってたわね。今はマゼランに居るのね。」
「そう。この街での知り合いは彼一人だから、何かいい知恵はないか頼ってみようと思って。」
実はそれだけではない。ルークはソニーの動向には関心があったからだ。何の目的でエンセナーダやマゼランにいるのか、アーク=ライザーはアストラッドに戻ったらしいのに一人だけ残って何をしているのか、手掛かりでも見つかれは、と思っていたのだ。
コンコンコン。ソニーの部屋をノックする。警戒してドアの外を探っている気配がした。簡易の魔道だがルークは態と存在を明らかにするように気配を絶たなかった。
ドアが開くとソニーが居た。
「どうしたんです、ルーク=ロジック。なるほどさっきのはあの使い魔でしたか。誰かが僕を探りに来たとは思っていたのですが。」
「悪いね、ちょっと頼りたいことがあって君を探していたんだ。」
ルークは現状をソニーに簡単に説明した。
「ロックさんらしいですね。彼は本当にアークに似ている。剣に対して真っ直ぐなところがね。そうですね、少し考えてみますか。」
「君が出てくれてもいいんだけどね。」
「えっ。僕がですか。なるほどそう来ましたか。でも僕もアストラッド州の太守の息子です。アストラッド州騎士団の専属道場もありますから、そちらの道場で出場するのはちょっと。」
「それはいいんじゃないかな。ロックは聖都騎士団副団長の息子だし僕も一応アゼリア州太守の養子になっているから自由道場であるローカス道場からなら問題ないと思うんだ。助けてほしいんだよ。君が出てくれたらあと一人になる。」
ソニーは少し考えていたが、直ぐに決断した。
「判りました、他に二人集まらなければ一人は僕が出ましょう。でも僕は剣の方はそれほどではありませんよ?ロックは勿論、君にも到底敵わない。」
「いや、ロックは別として僕となら違いは無いと思うよ。僕も色々と強い剣士を見て自信がなくなりつつあるんだ。」
ソニーが出てくれればあとは一人。一緒にいることでソニーの動向も知れる。一石二鳥でルークはとても満足だった。
ローカス道場⑦
「そうか、ソニー=アレスが見つかったのだな。それでうちから出てくれると。ちょっと協力的なのが逆に怖いな。」
ロックの感想はルークも感じていたところだ。そもそもソニーのマゼランに居る目的が判らない。何かを企んでいることは確かなのだが。
「まあ、手伝ってくれるというのだから頼ろうよ。背に腹は代えられないしね。」
「それもそうか。で、あと一人は?」
ミロもルークも目を合わせようとしない。今のところ何の手掛りもなかった。明後日に迫った締切に間に合うのだろうか。とりあえず出場者の登録をしておけば変更は前日までなら可能らしい。ただし当日五名が揃って居なければ、その時点で失格となる、とのことだった。
「もうちょっとある。なんとか見つけてこないと。俺とクスイーも行こうか?」
「いや、闇雲に探しても無理なものは無理だと思うから二人は修行に専念しておいてよ。明日はアゼリア州騎士団御用達の道場にもいってみる。立場を利用するのは本当はやりたくないんだけど。」
ルークとしても自分だけが我が儘を言ってはいられない、と思ってのことだ。ルークのことがちゃんと通達されていることを祈って。
「で、クスイーの方はどうだい?」
珍しくロックの表情が曇る。
「いや、確かに剣の速さは一級品なんだ。それは間違いない。ただ、」
「ただ?」
「それを生かす術が皆無なんだよ。一回振り下ろせばそれで終わりで二の太刀が無い。相手の剣もほとんど受けられない。駆け引き何て夢の夢だ。」
これは間に合わないかも知れない。
「でも、少し希望もあるんだぜ。」
「希望?」
「そう。結局剣を振る速さは一級品なんだからそれを色々と応用できるようにすればいいんだ。実は俺が打ち込む速さよりクスイーの方が早いもんだから受けられずに空振りしてしまう、というのが判ったんだよ。」
「そこまでの速さなのか、凄まじいな。」
相手の剣より速いから受けられないなんて想像も付かなかった。そんなことが現実にあるものなんだ。それもロックの剣ですら凌駕してしまうほどに。
「時間を掛ければ、まあなんとか形には出来るかも知れない。素振りのやりすぎで型が固まってしまっていて、解すのが大変で、そこが一番時間がかかりそうだけどな。」
ロックの苦労が目に浮かぶ。クスイーといえば、道場の真ん中で大の字で倒れている。ずっと一人で素振りを続けていたのがロック相手に打ち合うのだ、いきなりで疲労ぐあいは想像も付かない。但し、これから毎日続くのだろう。
伸びているクスイーを無理やり起こして夕食を取らせる。ミロの料理は最初酷かったが最近は少し食べられるようになっていた。
「ちゃんと食べておかないと明日も修行キツいからね。しっかり食べてしっかり寝てしっかり修行しないと。」
もしかしたらミロが一番厳しいかも知れない。
次の日、ミロとルークはアゼリア州御用達のモントレー道場を訪れた。ルークの件はちゃんと伝わっていて紋章入りの細剣も十分役に立った。
「ルーク様。それでこちらにはどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
「ザビス=モントレー様、どうか普通にお話しください。僕はロジックの名を名乗ってはいますが、狼公の血縁でも何もありません、ただの市井の一般人です。逆に話し難いので。」
「判りました、そう仰るのでしたら。で、どうされました?」
ザビスはモントレー道場に何かの否があって咎められるのかと心配していたのだ。モントレー道場は確かに他の道場と比べると大きくはない。アゼリア州自体は剣が重宝されているお国柄なのだがモントレー道場には最近強い剣士が出ていなかったので人気があまりなかったのだ。剣士祭でも活躍できてはいなかった。
「実はロック=レパードとローカス道場に入ることなりまして剣士祭に出場するのに人数が足りないのです。それで心当たりがないかとお聞きしたくて来ました。」
自分が責められるのではないと聞いて安心したのか、ザビスはほっとした表情を浮かべた。
「そうですか。しかし実は当道場も手練れが五人は中々揃わず困っているところなのです。」
どこの道場も剣士祭で名を挙げて塾生を多く集めたいのだ、自分たちの準備で手いっぱいで手伝ってくれるはずもなかった。
ローカス道場⑧
「うちの塾生はとてもじゃありませんがお眼鏡に適う者はいないでしょう。ロック=レパードの名は聞き覚えがあります。今年の御前試合の優勝者でしたね。そのような強者と肩を並べる剣士は当道場にはおりません。お力になれず申し訳ない。」
上辺だけの言葉でザビスはルークを追い返そうとしている。狼公の養子、と言う存在がどのような立場なのか、自分にどのような影響力があるのか、判断が付かないでいるのだ。ルークの役に立つことが有意義な事なのか判らなかった。
確かに道場を見るとそれ程の手練れが居るようにも見えなかった。弱小とは言わないがマゼラン最強を名乗るには程遠いようだ。
「判りました。でもこの道場の方のお力を狩りに来たのではないのです。誰か紹介してもらえないかと思って。」
そうなのだ、元々モントレー道場の塾生を借りる気は無かった。ただ手伝ってくれそうな人物を知らないか、ということを聞きたかっただけなのだ。ルークはやはり狼公の養子の立場を利用したくなかった。
「そうですね。ただ名のある剣士は必ずどこかの道場に属していると思いますがね。ああ、一人だけ心当たりがあると言えばありますが。」
「本当ですか、それは誰なんです?」
「いや、辞めておいた方がいいと思いますよ。強いことは間違いないのですが彼には問題が多すぎる。」
ザビスがいう所によると、その剣士は道場破りのような事を繰り返しているらしい。どこの道場にも所属していおらず有名な道場を次々と訪れては他流試合を申し込んでいるが大手の道場は相手にしていない。少し格下の自由道場は数軒試合ったらしいが、全て勝ったとのことだ。
ただ相手をした道場は売名行為で受けただけだったのだが逆に利用されてしまっている。その剣士の名は今のところまだ知られていないし、どこに居るかが判らない、というのだ。これでは探し様がない。
「うちにも一度来ましたが追い返しました。ここ数日、毎日のようにどこかの道場を訪れてはいるようですが。」
名前も住んでいるところも判らない男を探すには相当な偶然でも重ならない限り無理な話だろう。今からでは到底間に合いそうもない。
「貴重なお話、ありがとうございます。探してみます。」
そう言うとルークとミロはモントレー道場を後にし一旦ローカス道場に戻った。
「どうだった、誰か見つかったか?」
ロックにそう言われたがルークは言いあぐねていた。あまりにも雲を掴むような話しか聞けなかったのだ。
「うわさが聞けた、くらいかな、ごめん、今のところ全然だ。」
ルークは聞いた話をそのままロックに伝えた。
「その話、最近よく聞きますよ。この辺りの道場もいくつか襲われたとか。」
「その道場破りが来てくれれば、俺が打ち負かして無理やりにでも塾生にするんだけどなぁ。」
「そんな都合よく行くはずないよ。」
「それもそうだな。もう明日には間に合わないかな。」
その時道場の扉が開いた。
「おい、ここで一番強い奴を出せ。」
そこにはロックたちより少し上の青年が立っていた。相当な偶然が重なったのか?
「多分俺かな。」
すぐに状況を理解してロックが応える。道場破りだ。そんな都合よく行くものなのか。
「最近話題の道場破りってのはお前か?」
「話題かどうかは知らんが道場破りを続けていることは確かだ、それが噂になっているのだろう。で、お前が一番強いのだな。というか、この道場には他に人はいないのか?寂しい道場だな。」
どうもこの青年はマゼランの道場事情には詳しくないらしい。知っていたらローカス道場には来なかっただろう。
「そう言うな。で俺が立合えばいいんだな?だが立合うには条件がある。」
「なんだ、条件だと?」
「俺に負けたらここの塾生になって欲しい。それだけだ。」
ロックの頭の中での計算では、これでソニーを入れて五人集まった。
ローカス道場⑨
「なんだと、まず俺が負けることはないだろうが、万が一負ければこの道場に入らなければいけないのか。」
「そうだ。それが立合う条件だ。」
青年は少し考えたが直ぐに、
「判った。それでいい。では、始めるぞ。」
青年はロックの前に立った。その佇まいからすると確かに相当な使い手ではあるようだ。
「ルーク、合図を。」
「判った。では、始め!」
二人が正面から少しずつ左に回り始める。間合いはまだ詰めない。少し回った後、不意に青年が仕掛ける。
「キェイ。」
なんとも言えない掛け声で上段から斜めに切り掛かった。クスイーのように上段から真っ直ぐ振り落とされたのなら受けるのは容易いのだが、斜めに振り下ろされると受ける角度の調整が難しい。しかし、ロックはその難しさを感じさせない。
「おっと。」
ロックは拍子抜けする声で受ける。暫らくは相手に自由に打ち込ませる気のようだ。
何度か打ち合い、というか青年が打ち込みロックが受け流すことを繰り返した。
「うん、判った。」
ロックはそう言うと青年の打ち込みを受けるのではなく払い除けて逆に相手に打ち込んだ。青年は初めてロックに反撃を喰らって、その剣の速さと強さに打ち負けてしまい剣を落とす。
「はい、それまで、ロックの一本勝ち。」
ルークはロックの勝利を宣言した。
青年の腕はまだ痺れていて剣を持つことが出来なかった。
「結構強いね、よかった、強い人が見つかって。」
「結構強い、ってお前は何者なんだ?俺は今までいろんな道場を回ってきたが一度も負けたことは無かった。聖都騎士団や大手の道場は相手にしてもらえなかったが、それでも一度も負けなかった。その俺がああも簡単に。お前、とんでもないな。」
痺れた腕をさすりながら青年は座り込んだ。
「まあ、そこそこの腕だとは思ってるよ。」
「ロックは今年の御前試合の優勝者なんだよ。」
「そうなのか。でも多分三年前の優勝者とは立ち合ったことが有るが俺の方が強かったぞ。」
「まあ、俺が特別なんじゃないか。」
ロックは満更でもない様子だ。
「約束通り道場に入って剣士祭に出てもらうからよろしくな。」
「剣士祭?ああ、そんな祭りがあると聞いたな。お前たち、そのなものに出たいのか。」
「強い奴と試合えるのは嬉しいだろ、お前もその仲間だと思うけど。」
「まあ、そうだな。俺は強い奴と戦いたい。自分が一番だと証明するために故郷を出てきたんだからな。俺の名前はマコト=シンドウ、よろしくな。」
ソニーを計算に入れれば五人揃った。都合が良すぎるくらいでルークは少し懸念もあったが、ロックが単純に喜んでいるので口を出さないことにしたのだった。
ローカス道場⑩
ミロを含めて四人を道場に残してルークは道場を出た。ソニーにもう一度会うためだ。ソニーは部屋に居た。
「どうしました、ルーク。」
ソニーは特に驚いた様子もなくルークを迎え入れた。来ることが判っていたようだ。
「ソニー、実は話していた通り一人は見つかったんだけどあと一人なんだ。力を貸してくれないか?」
「その話なんだけど、やはり僕はアストラッド太守の息子という立場で君と一緒に大会に出るわけには行かないと思うんだ。うちの騎士団が修行している道場もいくつかあることだしね。」
まあソニーの言い分は十分予想されていたことだ。一旦は考えると言ってはくれたが、最終的には駄目なのだろうとルークは思っていた。そこで次の案だ。
「そうか、仕方ないね。じゃあ誰か紹介してくれないかな。」
ソニーはあてにしていなかったがソニーの人脈には期待していた。ただ大っぴらにマゼランで活動していた訳でもなさそうなので淡い期待だったが。
「紹介か、ちょっと待って。」
ソニーは少し考えていたが何かを思いついたようだ。
「そうだな、受けてくれるかどうかは判らないけどどこの道場にも属していない、でも腕は経つ人物に一人心当たりがある。行ってみるかい?」
「ありがとう、ぜひ紹介してほしい。で、その人は君の知り合いなのかい?」
「知り合い、というか、まあ、そうだな、知り合いということでいいんじゃないかな。歳は僕たちより5、6歳上だと思う。剣の腕はアークとそれほど変わらないくらい、ということだから大丈夫なんじゃないかな。」
「アークと変わらないなら相当強いという事じゃないか。それは有難いけど僕たちに協力してくれるかな?」
「それは本人に聞いてみないと判らないけど、まあ僕も頼んであげるよ。」
ソニーがそんなに力になってくれる訳は判らないがルークとしては有難い。
「じゃ、それほど遠くないから今から行こう。」
ルークは念話でジェイに行先が判ったらすぐにロックに知らせに行ってもらうことを頼んでソニーについて行った。
相手の部屋には直ぐに着いた。ソニーが泊まっていた宿とは少し違って庶民的な建物だった。
「アクシズ、居るかい?ソニー=アレスだ。」
ソニーがドアを叩きながら言う。直ぐにドアが開いて青年が出てきた。無精ひげを生やしているので少し草臥れた印象だった。
「どうしたソニー。今日の予定は無かったはずだが。」
「ごめん、ちょっと頼みがあって、ああ、彼はルーク、ルーク=ロジック、アゼリア狼公の養子さんだよ。」
「ルークと言います。宜しくお願いします。」
「ああ、俺はアクシズ=バレンタイン、ソニーとは、まあ、そうだな知り合い、ということでどうだ?」
二人とも似たようなことを言う。関係を他に表現できない関係、ということだろうか。
「いいんじゃない。それでさ、ちょっと頼みがあるんだよ。」
「珍しいな。で、頼みの主はルーク君ということか。」
「はい、そうです。というか僕ではなく僕の友人の頼みなんですが。実は僕も巻き込まれているだけです。」
「前に話たろ、ロック=レパードの頼みというわけなんだ。」
「あの御前試合の優勝者か。なるほど、なんとなく判った。それで、それはお前の中で問題ないと判断したんだな?」
「うん、大丈夫。出来得る限り彼の役に立ってあげて欲しい。」
「お前がそう言うなら、判った、ルーク君、君の頼みを聞こう。」
ルークは色々と聞きたいことも多かったが全て呑み込んで剣士祭への参加を依頼するのだった。
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座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
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カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
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中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
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それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
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