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第一章

第五話

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 じっさいにお嬢さまがその記憶を回復したのは、数日後の夜のことでした。

 そのときもわたしは彼女といっしょにいました。ひどい頭痛がすると云って寝込んでいたリラマリアさまが、突然、何かひどく愕然とした表情を浮かべていたことを憶えています。

「思い出した」

 彼女は呟きました。

「何をです?」

 わたしが訊ねると、お嬢さまは見たこともないような真剣な表情で答えたのです。

「この世界のことを」

「この世界? そんなに壮大な話なんですか?」

 思わず吹き出しかけましたが、リラマリアさまの顔を見てその笑いを止めました。

「いったいほんとうは何を思い出したんです?」

 もういちど問い直してみたものの、彼女はもう答えてはくれませんでした。めずらしくまじめな顔で何か考え込むように見えました。

 後にわたしは、このとき、もっとしっかり問いつめておくべきだったと後悔することになります。

 しかし、この時点ではまさかあのようなことになるとは想像もしていなかったのです。

 わたしはのん気に「まあ、思い出せてよかったですね」などと云っていました。

 その記憶がわたし自身の平穏な生活を突き崩す最後の一撃になろうとはまるで思っていなかったのでした。

 数日後、お嬢さまが一通の書き置きを残して家出し行方不明になってしまうそのときまでは。

 その日、お嬢さまの書き置きを見つけたのはわたしでした。大きな硝子のテーブルのうえに一枚の紙が置かれていて、そこには、走り書きのような乱暴な筆致でこう書いてあったのです。

「ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢だった記憶を思い出しました。学院に通えば何か強制力が働いて悪行をさせられるかもしれません。ヒロインをいじめたりしたくないのでしばらく姿を消します。心配しないでください」

 乙女ゲーム?

 悪役令嬢?

 強制力?

 ヒロイン?

 ひとつとして意味がわかる言葉がありません。あわてて伯爵に報告に走りました。

 あらためて調べてみると、金銭と金目のものがいくつかなくなっています。

 当然、伯爵家の総出で必死になってあたりを探しましたが、どこにも見つかりません。

 お嬢さまはいなくなってしまったのでした。
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