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第一章 白道
旅は道連れ、世は情け……なし? その4
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「アハ、災難だったね陽介クン、笹良ちゃん」
「助かりました~。本当は凄く怖かったんです。ありがとうございます。蒼川先輩」
白道さんがほのかに青白くなった顔で、唇の両端をあげていた。
ああ、そうか。やっぱり凄く無理をしていたんだ。
僕は急に情けなくなった。
けっして僕だけの責任ではないと思うけど、周りに流されてクラスメイトの女の子にこれほど負担をかけるなんて、男としてどうなんだろう。
「黄塚、あんたもっと頑張んな。笹ちゃん1人に相手させてどうするよ」
ひとしきりバナナの叩き売りのような口上をまくしたててきた朱沼部長が、僕の頭に拳を押しつけひねくり回す。
痛かったけど、これは甘んじて受け止めるしかない。
言葉もなくなすがままになっていた僕を見て、白道さんは慌てたように言った。
「部長、そんな事ないんです!」
「笹ちゃん?」
「わたしが言った事でこんな事になったんだし、黄塚くんはかばってくれたんです。言い返しちゃった後でどうしようかと思ってた時、黄塚くんが前に出てくれて凄く心強かった」
先ほどまで白かった顔色を嘘のように真っ赤にして経緯を説明する白道さん。
拳を止めた部長は、目を細めて僕を睨みつけた。
「ふーん。ま、よしとするけど、やっぱりもうちょっと頑張らないとね。見て分からない程度の行動じゃ、まだまだ足りないぞ、黄塚」
「了解です。頑張ります」
全く反論できなかったので、僕は正直に頭を下げた。
尊大に頷き返した部長は、同時に自分の首筋をなでると僕たちに顔を近づけて囁く。
「でも、PS倶楽部に入ったことが原因みたいだし、それは謝っておくわ。パワーストーン同好会とはいろいろあってね」
「いろいろ?」
反応する僕と白道さんに対して、横から輪に加わった蒼川先輩が困ったように小首を傾げた。
「うーん。ホント些細な事だって私は思うんだけどね。あっちにとってはかなり重大事件みたい。特に美登里はとにかく絡んでくるから」
「理由は部活のときにでも説明するわ。もうそろそろクラスに行かないとまずいでしょ」
部長が見上げた校舎壁面の大時計は、ホームルームまであと五分程しかない事を指し示している。
校門あたりに集まっていた同級生たちはいつの間にか解散していて、パワーストーン同好会の先輩2人も既に見えなくなっていた。
「分かりました、部長。放課後に伺います」
「うん。またね、笹ちゃん」
しっかり礼をする白道さんに、軽く手を振って校舎の入り口に向かう朱沼部長と蒼川先輩。
僕たちも急いで行こうと踏み出した時、何かとっても大切な事を忘れている気がした。
「どうしたの、黄塚くん。ちょっと急がないと」
「え、あ。そうだね」
なんだろう。すごく個人的にだけど絶対忘れてはいけない事だった気がする。
頭をひねってもどうにも思い出せず、でもこんな事で遅刻する訳にもいかず。
僕はますます大きくなる不安を抱えながら校舎玄関で上履きに履き替えた。
1年生の教室はすべて一階で、僕の所属するC組はちょうど校舎の真ん中にあたるから、玄関廊下からクラスの扉が見える。
あれ。どうしてあんなに廊下側の窓ガラスに人影が集まっているんだろう。
「早く早く!」
「了解!」
廊下は走ってはいけません。白道さんと共に再び競歩のごとく早歩きで廊下を進む。
なんだか胸の鼓動が怪しくなってきた。
競技並みのスピードで歩いているからだけではない、不自然な脈。
教室の扉前に着いた時、急激に襲いきたのは既視感。
この突き刺さるような視線。喉元に蘇る圧迫感。
確かに覚えがある。あれは……。
「おはようー!」
爽やかに扉を引き開ける白道さんの後頭部を見ながら、僕はやっと思い出した。
いつの間にかいなくなっていた悪友の事を。
「おっす、ヨースケ。いやー今日はいい天気だね。いい朝だね。……そしていい身分だね」
聞き覚えのある妙に親しみのこもった台詞と共に立ちはだかるのは、中学の時からの友人でクラスメイト。
そして、多分この瞬間から恐怖の尋問官になる男。
「達也。あの、だな」
「二度目はないって言ったよな。きりきり吐いてもらおうか。あの美女ぞろいって有名なPS倶楽部に入ったって?」
「あー……」
教室の入り口に壁となって並ぶ、達也と男子たち。
言葉の調子ほど穏やかな雰囲気は欠片も感じない。
っていうか、目が洒落になってない。
達也の手の中にはスマホ。絶対SNS系アプリが立ち上がっている。
白道さんはやっぱり何も分かってないらしく、周りを見回した後、まるで春風のように軽やかに僕の後ろに引っ込んだ。
あー、白道さん。
いきなりこんな状況に遭遇したら、怖くなるのは本当に心の底から分かるけれど、その反応は完全にNGです。
人壁の一部からくる圧迫感が恐ろしいほど高まった。
もしかしてそのまま圧し潰されるんじゃないかと思えるほどに。
達也の指の動きが怖い。
目で追えないほどのフリック入力が生み出す波紋が電磁波となって、光速で広がっていく様を幻視する。
どんな情報がどこへ流れていくのか。どんな噂になるか、知れたもんじゃない。
ホームルームの始まりを促すチャイムが響き渡る。
不承不承それぞれの机に向かう男たちの眼は、一点に集中して微動だにしない。
白道さんが少しほっとした顔で教室に入る姿を見送りながら、僕は無言の言葉が視線の矢となって次々顔面に突き刺さるのを感じていた。
『これで済んだと思うなよ』
『休み時間はないと思え』
『どうやら血の涙でも流したいらしいな。いいだろう。思う存分泣き喚け』
僕は先生の声に背中を押されるまで、動く事ができなかった。
……人の噂は七十五日というけれど、二ヶ月半で治まるかな、これ。
「助かりました~。本当は凄く怖かったんです。ありがとうございます。蒼川先輩」
白道さんがほのかに青白くなった顔で、唇の両端をあげていた。
ああ、そうか。やっぱり凄く無理をしていたんだ。
僕は急に情けなくなった。
けっして僕だけの責任ではないと思うけど、周りに流されてクラスメイトの女の子にこれほど負担をかけるなんて、男としてどうなんだろう。
「黄塚、あんたもっと頑張んな。笹ちゃん1人に相手させてどうするよ」
ひとしきりバナナの叩き売りのような口上をまくしたててきた朱沼部長が、僕の頭に拳を押しつけひねくり回す。
痛かったけど、これは甘んじて受け止めるしかない。
言葉もなくなすがままになっていた僕を見て、白道さんは慌てたように言った。
「部長、そんな事ないんです!」
「笹ちゃん?」
「わたしが言った事でこんな事になったんだし、黄塚くんはかばってくれたんです。言い返しちゃった後でどうしようかと思ってた時、黄塚くんが前に出てくれて凄く心強かった」
先ほどまで白かった顔色を嘘のように真っ赤にして経緯を説明する白道さん。
拳を止めた部長は、目を細めて僕を睨みつけた。
「ふーん。ま、よしとするけど、やっぱりもうちょっと頑張らないとね。見て分からない程度の行動じゃ、まだまだ足りないぞ、黄塚」
「了解です。頑張ります」
全く反論できなかったので、僕は正直に頭を下げた。
尊大に頷き返した部長は、同時に自分の首筋をなでると僕たちに顔を近づけて囁く。
「でも、PS倶楽部に入ったことが原因みたいだし、それは謝っておくわ。パワーストーン同好会とはいろいろあってね」
「いろいろ?」
反応する僕と白道さんに対して、横から輪に加わった蒼川先輩が困ったように小首を傾げた。
「うーん。ホント些細な事だって私は思うんだけどね。あっちにとってはかなり重大事件みたい。特に美登里はとにかく絡んでくるから」
「理由は部活のときにでも説明するわ。もうそろそろクラスに行かないとまずいでしょ」
部長が見上げた校舎壁面の大時計は、ホームルームまであと五分程しかない事を指し示している。
校門あたりに集まっていた同級生たちはいつの間にか解散していて、パワーストーン同好会の先輩2人も既に見えなくなっていた。
「分かりました、部長。放課後に伺います」
「うん。またね、笹ちゃん」
しっかり礼をする白道さんに、軽く手を振って校舎の入り口に向かう朱沼部長と蒼川先輩。
僕たちも急いで行こうと踏み出した時、何かとっても大切な事を忘れている気がした。
「どうしたの、黄塚くん。ちょっと急がないと」
「え、あ。そうだね」
なんだろう。すごく個人的にだけど絶対忘れてはいけない事だった気がする。
頭をひねってもどうにも思い出せず、でもこんな事で遅刻する訳にもいかず。
僕はますます大きくなる不安を抱えながら校舎玄関で上履きに履き替えた。
1年生の教室はすべて一階で、僕の所属するC組はちょうど校舎の真ん中にあたるから、玄関廊下からクラスの扉が見える。
あれ。どうしてあんなに廊下側の窓ガラスに人影が集まっているんだろう。
「早く早く!」
「了解!」
廊下は走ってはいけません。白道さんと共に再び競歩のごとく早歩きで廊下を進む。
なんだか胸の鼓動が怪しくなってきた。
競技並みのスピードで歩いているからだけではない、不自然な脈。
教室の扉前に着いた時、急激に襲いきたのは既視感。
この突き刺さるような視線。喉元に蘇る圧迫感。
確かに覚えがある。あれは……。
「おはようー!」
爽やかに扉を引き開ける白道さんの後頭部を見ながら、僕はやっと思い出した。
いつの間にかいなくなっていた悪友の事を。
「おっす、ヨースケ。いやー今日はいい天気だね。いい朝だね。……そしていい身分だね」
聞き覚えのある妙に親しみのこもった台詞と共に立ちはだかるのは、中学の時からの友人でクラスメイト。
そして、多分この瞬間から恐怖の尋問官になる男。
「達也。あの、だな」
「二度目はないって言ったよな。きりきり吐いてもらおうか。あの美女ぞろいって有名なPS倶楽部に入ったって?」
「あー……」
教室の入り口に壁となって並ぶ、達也と男子たち。
言葉の調子ほど穏やかな雰囲気は欠片も感じない。
っていうか、目が洒落になってない。
達也の手の中にはスマホ。絶対SNS系アプリが立ち上がっている。
白道さんはやっぱり何も分かってないらしく、周りを見回した後、まるで春風のように軽やかに僕の後ろに引っ込んだ。
あー、白道さん。
いきなりこんな状況に遭遇したら、怖くなるのは本当に心の底から分かるけれど、その反応は完全にNGです。
人壁の一部からくる圧迫感が恐ろしいほど高まった。
もしかしてそのまま圧し潰されるんじゃないかと思えるほどに。
達也の指の動きが怖い。
目で追えないほどのフリック入力が生み出す波紋が電磁波となって、光速で広がっていく様を幻視する。
どんな情報がどこへ流れていくのか。どんな噂になるか、知れたもんじゃない。
ホームルームの始まりを促すチャイムが響き渡る。
不承不承それぞれの机に向かう男たちの眼は、一点に集中して微動だにしない。
白道さんが少しほっとした顔で教室に入る姿を見送りながら、僕は無言の言葉が視線の矢となって次々顔面に突き刺さるのを感じていた。
『これで済んだと思うなよ』
『休み時間はないと思え』
『どうやら血の涙でも流したいらしいな。いいだろう。思う存分泣き喚け』
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