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第一章 白道
四面楚歌ならず、四面美花? その3
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「よし。やっと話を戻せるわ。まったく我儘な新人を迎えると苦労するわね」
「すいません」
ここでも素直に謝っておく。
結果から見れば大きく遠回りさせてしまったのだから、僕が悪い。
僕にとっては決心に必要な過程だったのだけれども。
「さぁ、改めて思いを込めて!」
四方から突き出された拳を裏返して手を開く。
それぞれの掌には、直径1センチほどの丸く研磨された石がのっていた。
赤、青、黒、白。
綺麗に磨かれた天然石のビーズは、唯一の窓から薄く差し込む朱色の夕日と、蛍光灯の白い光が混ざった柔らかな明かりの下で、まるで自ら輝いているように見えた。
「PS倶楽部恒例、守護石選びよ! 新入部員は先輩の持ち寄ったパワーストーンの中から気に入った石を選んで、アクセサリーを作るの」
「男子はブレスレットやストラップが多かったわね。中にはピアスなんて人もいたけど」
「……その石を中心に天然石を学ぶ。気に入った石なら勉強しやすいから合理的」
3人の先輩方が軽く説明してくれる。
守護石だとか言っているけど、どうやらパワーストーンの世界に入門するためのとっかかりを作るという意味合いが大きそうだ。
パワーストーンの効能とかおまじない的な面には特に興味はないけれど、石そのものは好きだった。
何千、何万、何億なんて実感の伴わない時間の中、星によってゆっくりと育まれてきた結晶。
スケールのでかさがハンパない。
こんな十ミリビーズだって、幾星霜の年月が込められているんだ。
「やっぱり思った通り。黄塚くん、目の色が変わった。絶対好きだと思ったんだ」
「笹ちゃん、見る目あるわぁ。やっぱり将来有望ね!」
白道さんと部長が頷きあっている。
なんだかなあ。
しかし、何で新入部員の白道さんが守護石を用意してるんだろう。
先輩が後輩に、って話じゃなかったのか。
「細かいこと言いっこなしよ。新入部員歓迎なんだからいいじゃない」
そうですか。
守護石選びって言っても、いい加減なんだなぁ。
まぁ、パワーストーンを信じてるわけじゃないからいいんだけどさ。
「さぁ、じっくり選んで決めなさい!」
「もう私のに決まりだと思うけどね」
「……選んでくれると嬉しい」
「運命は自分の手でつかむんだよ!」
僕は突き出された掌の上にあるビーズを1つ1つ見ていく。
半透明で、色が赤からオレンジへと綺麗に移り変わっていくカーネリアン。
青緑の混ざり合う様は、海と空の間から削り取ってきたかのよう。インディアンの聖なる石、クリソコラ。
黒の光沢が美しい。古代、石器として用いられた天然ガラスのオブシディアン。
白の地に朧に揺らぐ光彩。月明かりをそのまま表面に浮かび上がらせたようなムーンストーン。
どれもパワーストーンとして名の知られている天然石だ。
まぁ、この場で花崗岩やペグマタイトみたいな岩石標本を出されても、嬉しさより空気読めなさに引いてしまう。
さて、話によるとこの中から石を選んでアクセサリーを作り、身につけないといけないらしい。
選んだ石を提供してくれた先輩と一緒に作ることで、上下の親睦を深めるという意味もあるそうだ。
「それだとやっぱり白道さんが出しちゃいけないんじゃ」
「笹ちゃんはもう自分で守護石を決めてるみたいだからね。まぁ、このイベントもパワーストーン初心者用に考えたものだから、彼女はこっち側」
さようですか。
ちらりと視線を右に向けると、白道さんが奥ゆかしい微笑を浮かべた。
よく見れば確かに耳には小さなピアスが輝いていて、質素な指輪にも同じ透明な石がついている。
たぶん袖に隠れたブレスレットもそうなんだろう。
水晶か、カルサイトか、それとも他の石か。この距離では分からなかった。
入学前から糸川高校は校則がゆるくて楽だって聞いていたけど、確かにそうみたいだ。
クラスの女の子たちが嬉しそうにしゃべっていたのを思い出す。
ここら辺のほとんどの中学校では『校則で拘束されてる』なんて笑えない駄洒落がそのまま具現化しているから、糸川高校の開放感たるや、まさに天国、理想郷。
女子がいっせいに自らを飾り立てるのは当然の結果だと思う。
「ちょっと、黄塚。ちゃんと真剣に選んでる?」
「はい、もちろん」
ちょっと別のことを考えすぎた。まずは目の前の課題だ。
僕も石は好きだけど、アクセサリーではなくもっぱら原石のほうだから、こうやってビーズを見てもどんなものを作ればいいのかイメージが沸かない。
まぁ、それはこれから相談すればいいだろう。
問題はそっちじゃない。
「あの、部長」
「うん? 決まった?」
瞳を輝かせて覗き込んでくる朱沼部長。期待感が強く伝わってきて、僕は身が縮むような思いにとらわれた。
「いえ、そうではなくて。無いんです」
「無い?」
「はい。その、言いづらいんですが、この中にはこれだって感じる石が無いんです」
僕の言葉にきょとんとした先輩は、周りの3人と視線を交わし、それぞれが持つ石を眺めた後、おもむろに告げた。
「つまり、こういうこと? あんたはこんな美少女4人があんたのことを考えて考えて考え抜いて選んできた石がことごとく気に食わない、と」
うう、息が詰まる。
4人に対する申し訳なさと、部長の冷たい瞳の奥に燃え上がる炎を垣間見て、文字通り身体が固まった。
僕はパワーストーンを信じてるわけじゃない。
こだわらずに適当に選んで話を合わせておくことも、やろうと思えばできた。
お皿いっぱい盛ってあるさざれ石のなかから選ぶだけのような、手間のかからない遊びだったのなら迷うこともない。
それこそ手を突っ込んで引っかかったのを摘み上げればいいだけだったろう。
でも、この守護石選びで、そんないいかげんなことはできない。
赤沼部長の言う通り、どんなきっかけであろうと、どんな理由であろうと、この4人は3日間それぞれ時間を割いて、僕のイメージに合う石を探してくれた。
なら、僕自身も妥協してはいけないはずだった。
本当に気になった石を、身につけておきたいと思えるストーンを選ばないと、それこそ失礼極まりないと思う。
僕の説明を聞いた朱沼部長は、またもや僕の目を奥の奥まで探るように見つめた後、肩をすくませてため息をついた。
「本気で言ってるみたいね。あんたホント真面目というか、頭が固いというか。らしいって言えばらしいわ」
朱沼先輩は他の3人を見渡して、吹っ切れたように指示する。
「どうやらこの新人さんをとりこにする石を探すのが、今年度初の課題になりそうね。皆心してかかって。黄塚は手強そうよ!」
「まかせて! ふふ、腕が鳴るね。陽介クンの心を射止める石を見つけてみせるわ!」
「……最も相性のいいパワーストーンを選ぶのは、とても難しいけど1番大事。私にとってもいい経験」
「黄塚くんの運命の石、必ず見つけてあげるね!」
4人が4人ともそれぞれ瞳を輝かせて宣言してる。
ちょっと変わっているけれど魅力的な女の子ばかりだから、瞳を奪われても当然な光景だった。
残念ながら、僕はただただ申し訳なくて縮こまっていたのだけれども。
ゆっくりと沈む夕日の照り返しで赤く染まる地学準備室。
僕の守護石について議論を交わす先輩アンド同級生。
僕は身をすくませながらも、せめてパワーストーンの入門書ぐらいは目を通しておこうって考えていた。
「すいません」
ここでも素直に謝っておく。
結果から見れば大きく遠回りさせてしまったのだから、僕が悪い。
僕にとっては決心に必要な過程だったのだけれども。
「さぁ、改めて思いを込めて!」
四方から突き出された拳を裏返して手を開く。
それぞれの掌には、直径1センチほどの丸く研磨された石がのっていた。
赤、青、黒、白。
綺麗に磨かれた天然石のビーズは、唯一の窓から薄く差し込む朱色の夕日と、蛍光灯の白い光が混ざった柔らかな明かりの下で、まるで自ら輝いているように見えた。
「PS倶楽部恒例、守護石選びよ! 新入部員は先輩の持ち寄ったパワーストーンの中から気に入った石を選んで、アクセサリーを作るの」
「男子はブレスレットやストラップが多かったわね。中にはピアスなんて人もいたけど」
「……その石を中心に天然石を学ぶ。気に入った石なら勉強しやすいから合理的」
3人の先輩方が軽く説明してくれる。
守護石だとか言っているけど、どうやらパワーストーンの世界に入門するためのとっかかりを作るという意味合いが大きそうだ。
パワーストーンの効能とかおまじない的な面には特に興味はないけれど、石そのものは好きだった。
何千、何万、何億なんて実感の伴わない時間の中、星によってゆっくりと育まれてきた結晶。
スケールのでかさがハンパない。
こんな十ミリビーズだって、幾星霜の年月が込められているんだ。
「やっぱり思った通り。黄塚くん、目の色が変わった。絶対好きだと思ったんだ」
「笹ちゃん、見る目あるわぁ。やっぱり将来有望ね!」
白道さんと部長が頷きあっている。
なんだかなあ。
しかし、何で新入部員の白道さんが守護石を用意してるんだろう。
先輩が後輩に、って話じゃなかったのか。
「細かいこと言いっこなしよ。新入部員歓迎なんだからいいじゃない」
そうですか。
守護石選びって言っても、いい加減なんだなぁ。
まぁ、パワーストーンを信じてるわけじゃないからいいんだけどさ。
「さぁ、じっくり選んで決めなさい!」
「もう私のに決まりだと思うけどね」
「……選んでくれると嬉しい」
「運命は自分の手でつかむんだよ!」
僕は突き出された掌の上にあるビーズを1つ1つ見ていく。
半透明で、色が赤からオレンジへと綺麗に移り変わっていくカーネリアン。
青緑の混ざり合う様は、海と空の間から削り取ってきたかのよう。インディアンの聖なる石、クリソコラ。
黒の光沢が美しい。古代、石器として用いられた天然ガラスのオブシディアン。
白の地に朧に揺らぐ光彩。月明かりをそのまま表面に浮かび上がらせたようなムーンストーン。
どれもパワーストーンとして名の知られている天然石だ。
まぁ、この場で花崗岩やペグマタイトみたいな岩石標本を出されても、嬉しさより空気読めなさに引いてしまう。
さて、話によるとこの中から石を選んでアクセサリーを作り、身につけないといけないらしい。
選んだ石を提供してくれた先輩と一緒に作ることで、上下の親睦を深めるという意味もあるそうだ。
「それだとやっぱり白道さんが出しちゃいけないんじゃ」
「笹ちゃんはもう自分で守護石を決めてるみたいだからね。まぁ、このイベントもパワーストーン初心者用に考えたものだから、彼女はこっち側」
さようですか。
ちらりと視線を右に向けると、白道さんが奥ゆかしい微笑を浮かべた。
よく見れば確かに耳には小さなピアスが輝いていて、質素な指輪にも同じ透明な石がついている。
たぶん袖に隠れたブレスレットもそうなんだろう。
水晶か、カルサイトか、それとも他の石か。この距離では分からなかった。
入学前から糸川高校は校則がゆるくて楽だって聞いていたけど、確かにそうみたいだ。
クラスの女の子たちが嬉しそうにしゃべっていたのを思い出す。
ここら辺のほとんどの中学校では『校則で拘束されてる』なんて笑えない駄洒落がそのまま具現化しているから、糸川高校の開放感たるや、まさに天国、理想郷。
女子がいっせいに自らを飾り立てるのは当然の結果だと思う。
「ちょっと、黄塚。ちゃんと真剣に選んでる?」
「はい、もちろん」
ちょっと別のことを考えすぎた。まずは目の前の課題だ。
僕も石は好きだけど、アクセサリーではなくもっぱら原石のほうだから、こうやってビーズを見てもどんなものを作ればいいのかイメージが沸かない。
まぁ、それはこれから相談すればいいだろう。
問題はそっちじゃない。
「あの、部長」
「うん? 決まった?」
瞳を輝かせて覗き込んでくる朱沼部長。期待感が強く伝わってきて、僕は身が縮むような思いにとらわれた。
「いえ、そうではなくて。無いんです」
「無い?」
「はい。その、言いづらいんですが、この中にはこれだって感じる石が無いんです」
僕の言葉にきょとんとした先輩は、周りの3人と視線を交わし、それぞれが持つ石を眺めた後、おもむろに告げた。
「つまり、こういうこと? あんたはこんな美少女4人があんたのことを考えて考えて考え抜いて選んできた石がことごとく気に食わない、と」
うう、息が詰まる。
4人に対する申し訳なさと、部長の冷たい瞳の奥に燃え上がる炎を垣間見て、文字通り身体が固まった。
僕はパワーストーンを信じてるわけじゃない。
こだわらずに適当に選んで話を合わせておくことも、やろうと思えばできた。
お皿いっぱい盛ってあるさざれ石のなかから選ぶだけのような、手間のかからない遊びだったのなら迷うこともない。
それこそ手を突っ込んで引っかかったのを摘み上げればいいだけだったろう。
でも、この守護石選びで、そんないいかげんなことはできない。
赤沼部長の言う通り、どんなきっかけであろうと、どんな理由であろうと、この4人は3日間それぞれ時間を割いて、僕のイメージに合う石を探してくれた。
なら、僕自身も妥協してはいけないはずだった。
本当に気になった石を、身につけておきたいと思えるストーンを選ばないと、それこそ失礼極まりないと思う。
僕の説明を聞いた朱沼部長は、またもや僕の目を奥の奥まで探るように見つめた後、肩をすくませてため息をついた。
「本気で言ってるみたいね。あんたホント真面目というか、頭が固いというか。らしいって言えばらしいわ」
朱沼先輩は他の3人を見渡して、吹っ切れたように指示する。
「どうやらこの新人さんをとりこにする石を探すのが、今年度初の課題になりそうね。皆心してかかって。黄塚は手強そうよ!」
「まかせて! ふふ、腕が鳴るね。陽介クンの心を射止める石を見つけてみせるわ!」
「……最も相性のいいパワーストーンを選ぶのは、とても難しいけど1番大事。私にとってもいい経験」
「黄塚くんの運命の石、必ず見つけてあげるね!」
4人が4人ともそれぞれ瞳を輝かせて宣言してる。
ちょっと変わっているけれど魅力的な女の子ばかりだから、瞳を奪われても当然な光景だった。
残念ながら、僕はただただ申し訳なくて縮こまっていたのだけれども。
ゆっくりと沈む夕日の照り返しで赤く染まる地学準備室。
僕の守護石について議論を交わす先輩アンド同級生。
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