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のびしろ4 謎の店、女店主とその娘

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食器は大きいモノから洗っていく。

小さなものからでも別にいいと思うのだけど、僕は転生する前に親にそう教えられた。何事をするにも、大きなことを初めにして小さなことを後から済ませていけばいい、そういう話だ。

だから夏休みの宿題も僕は自由研究と絵日記からする人だった。そして漢字ドリルなんかの面倒なタスクは決まって友達を家に呼んで、お菓子を出して手伝って貰っていた。

「うぁ~! ノビシロさんって食器洗うの上手なんだね! 」

ポエがカウンタ―から乗り出して、僕のことをそんな風に褒めた。この年で誰かを褒めるなんてそうできることじゃない。凄い子だ。

「ありがとう」

食器一つ洗っているだけで人生の一ページを振り返ることになるとは思わなかったけど、それで大切なことを思い出した。僕は面倒ごとを友達に頼っていたということだ。だけど転生したばかりで友達は愚かこの町の人に信用すらされていないだろう。

信用されなければ仕事を任せることは出来ない。お金と信用、コレは近くて遠い関係だ。前世ではこの両方が少なからずあった事は随分と幸運なことだったらしい。

「さて。食器洗いも終わったことだし。お母さんに知らせに行ってくれるかい」

「うん、わかった! 」

ポエはそう言って店の奥へと消えていった。

「そう言えば何を話していたの」

そうきくと、ポエは絵をかくことが好きだということや、周りに友達が少なくて話し相手が欲しかったなどという話をしていたのだと、彼女は教えてくれた。

「不思議だな。温厚そうでいい子なのに」

「そう? 路地裏に住んでてあんな性格の子、私見たことないけど? 」

性格、優しくて人をたてることを知っている七歳児だ。同世代なら随分人気者になっていそうなものだけど……。

「だったら猶更……」

「今日を生き残る食事も取り合いになるような路地裏よ?当然、気の強い子達が生存競争では残っていくワケ。そういう子達と親のいる彼女が友達になれると思う? 」

環境や教育レベルの違いで持ち合わせている視点が違うという話だろうか。

それとももっと単純に、お金のある子はきらーいという嫉妬からくる仲間外れだろうか。どちらにせよ、すぐに解決とはいかなさそうな問題だ。

「残念だね」

「そう? 私ならそういう子と絡んでほしくないし。コレで良いと思うけど」

フォールンはどうやら、同じ水準の人間同士でグループを作ればいいと思っているらしい。

なるほど、彼女の視点で話すとなると路地裏にいる子供達と仲良くするのではなくて、ポエにはもっと同じ環境の友達がいる場所を用意してあげるべきだ、という話になって来るだろう。

僕は路地裏の子供達とも仲良くして良いと思うけど、僕とフォールンの考えは何が違うんだろう。

僕は水滴でぬれた皿を拭きながら、低く積み重ねていく。

「【のびしろ】でどうにかならないかな」

「どう使うつもりなの? 」

「例えばこの町の子供が何かしらの力を持てば、金銭的な余裕が出来るようになるんじゃないかな。そうしたらそんな子どもとならポエだってきっと……」

シジュウみたいに、この町の子供が力を持てば大人のするような仕事を子供でも出来るのではないだろうか。そんな考えをフォーリンは笑顔で否定した。

「残念だけど難しいと思うわ。あなたのいた世界ではどうだったか分からないけど、子供達が力をつけたところでそれを良いことに使うとは限らないもの。あなたの【のびしろ】というチートスキルは、誰かの能力を引き上げると同時に大きな責任も同時に相手に与えるのよ。大人に使うには何も言わないけど、子供に使うなら、考えて欲しいの」

フォーリンの言葉は今の僕では全てを理解することは難しかった。彼女の言い方では責任能力のない大人には【のびしろ】を使ってもいいという風にも聞こえてからだ。

子供を大切にするけど、それに対して大人への無関心さのようなものを僕はフォーリンから感じた。

そんな話をしていると、ポエがここの店の女主人を連れて戻ってきた。

朝に見た強い女というイメージが崩壊するような可愛いパジャマとナイトキャップを被った女主人はまだ眠たいのか、クマのある目を擦っている。そして綺麗になった食器や鍋などを確認すると少し頷いて、

「ご苦労様。次は倉庫の整理をお願い。終わったらまたポエに言ってちょうだい」

と言って、女主人はまた戻っていった。

「可愛いのが好きなのかしら……」

「藪蛇になるよ」

「気になるわね……」

フォーリンは店長のキュートなパジャマ姿が気になるようで、彼女が上の階に上がるまで声をかけるタイミングを狙っているようだったが、上に戻ったことで諦めて僕の元へと戻ってきた。

ポエに連れられてやってきた食糧庫の中は比較的清潔で、流し場の茶色よりかは快適に整理整頓が出来そうだった。

「えっとね、こっちの木箱の飲み物を出してお店の棚に並べて、調理台の横にある棚に減ってる材料を足していくんだよ」

簡潔かつ丁寧にポエは教えてくれる。小さい頃からお手伝いをしてくれているのかも知れないが、ソレにしたって子供とは思えない説明に舌を巻く。

「毎日お手伝いしてるの? 」

「うん! ……でも、たまにサボってる……へヘヘ」

ポエはそう言いながら、箱詰めされた酒の木箱を開けた。彼女の応対は大人に好かれるマニュアルを熟読しているかの如く完璧で、僕は若干彼女に恐怖すら感じた。

そしてポエに言われた通りにお酒を表に並べているうちにふと気づく。

「えっと……これ、棚に並べても大丈夫かな? 怖い人がこの瓶を見たら……」

酒を並べるということは、この町の警備兵がこの店に訪れれば一発アウトということだ。

振り返ってカウンターに座っているポエに棚のお酒について聞くと、

「……? 大丈夫だよ? 」

と、ポエはそう言ったが、明らかに違法なことだ。

どんなカラクリがあるのか知らないけど、とりあえず僕はポエの言う通りに品出しを終わらせた。万が一の時は僕が全部飲んで処分するとしよう。

「ねぇノビシロ? 」

フォーリンが、酒の棚の前に立った僕の肩に乗って聞いた。

「どうかした?」

久しく飲んでいないビールの味を思い出して思わず僕は喉がなっていた。ダメだな、仕事に集中しないと。そしてそんな僕を見たのか、フォーリンはジト目になって聞いてくる。

「馬鹿な顔になってるけど。一体何を考えていたの? 」

「馬鹿な顔?……………さぁ? フォーリンの気のせいじゃない? 」

酒なんて高級品を堪能するのはまだ随分先の話だろう。今はガマンだ。しかし掃除をしてくると労働の火照りというのは感じるもの。水の一杯でも飲みたい気分だった。

それでも何とか補充を終えると、流石にお腹と喉が限界を迎えていた。

ポエに女主人を呼んで貰うと、彼女はぐるーっと一周してオッケーをだした。

物の位置や配置には気を配っていたけど、彼女が頷くまでしばらく緊張が続いていた。

しかし、食器から倉庫まで問題ないということでその日は最後に店内の掃除をして、もう上がっていいことになった。

掃除と言っても、水を使ってしっかりするものではなく、三十分ほどで終わる簡単な掃き掃除のようなものだ。

それも終わると彼女から手渡しで報酬の入った包みを貰う。コレが今日の僕のお給料だ。それを懐へと収めると、女主人はポエとしばらく話した後に僕に質問をしてきた。

「あんた、この辺じゃあ見ない顔だけど最近この町にきたのかい? 」

田舎でもないのにそんなことがわかるのか、と僕は初めに思った。

城下町なんて城を囲んでずっと遠くまであるんだから、知らない顔だってあるだろうと思って彼女の言葉を頭の中で反芻させる。そして僕と女主人が長命族(同族)だったということを思い出した。

「……えぇ、最近。ココに来たんです」

本当に。やっと一日たったぐらいなんですよ。不思議なものですね。

「アンタのこと、結構この子が気に入ったみたいでね、しばらく雇ってやっても良いけど? どうする? 」

「ありがとうございます。少し考えてみます」

「ふーん……。そう言えば自己紹介がまだだったね。アタシはフロリナ。よろしく」

フロリナと名乗った女主人と握手を交わして、僕は初めて元気になった彼女を見た。

気が強くセクシーだという印象は変わらないが、艶のある白い髪が耳にかかり、それをかき上げる仕草なんかからは長命族特有と思われる少しの幼さのようなモノを感じた。長命族は皆髪が白いのか、僕の髪も白い。

僕はそして視線を下にずらすと人間族ヒューマリスのポエが映った。

そうしてしばらく瞳を閉じて、また開いて、彼女に目線を併せるために膝をついた。

「また会いに来るよ」

「うん! ノビシロさん。フォーリンも! 今日はありがとう! 」

花が咲くような笑顔を見せるポエに、僕はしばらくこの店の繁盛は約束されたようなものだと思った。

そうして扉を出ると、黒い服装で黒い帽子を被った眼つきの悪い男と出会った。

男は、「どうも」、と言ってから店へと入って言った。

外には早くも一番星が見えている。夕方の仕事帰りにでも寄ったということだろう。彼のいい夜を願おう。
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