1 / 2
エピローグ1 堕天
しおりを挟む
この世界には二種類の悪魔がいる。一つに誰もが心に秘める邪な心を擬人化した偶像。二つ目に悪魔族という蔑称の意味も含まれた種の名前としての人々。騒動はそんな悪魔族のいない天上大地から始まった。
「お嬢様、どうかご無事で!」
草原を遠ざかる護送車に向かって、ピンと延びたアホ毛を持つショートカットの背の高い家令が手を突き上げ叫ぶ。突き上げた腕は爪に抉られたような跡や擦り傷でボロボロ、少し前より戦闘の形跡があったようだった。
「美亜!」
そんな美亜と対照的に馬車の中から叫んだ少女は、この世のモノとは思えないほど美しい着物に身を包んでおり、一目でこの国の長の資格を有する者と示していた。
彼女は幼い頃より傍にいた親友を怪物の前に置いて逃げだした自分を酷く恨み、今にも走る護送車の扉を開けて飛び降りようとしている所を同伴する財閥の男に止められていた。
「神宮寺くん!君が死ねばもっと多くの人が苦しむことになる。辛いかも知れないが堪えてくれ!」
「美亜!行かないで!……美亜!」
フォーク以上に重いモノを持ったことのない彼女の扉を開けようとする腕は、男の腕によって止められる。
そんな護送車のゴタゴタを見送りながらミアは安堵の笑みを浮かべていた。
銃を握る力もなく、目の前の化け物から逃げる力も彼女には残されていない。
雷を衣のようにまとった八メートルを超えるエゾシカの形をした未知の化け物は、未だ標的をこの地に残る者に定め、感覚を研ぎ澄まし次の攻撃に備えていた。
そんな油断も隙も無い化け物を前に、捕食されるのをただ待つだけの存在になってなお、彼女は自分の選択に一片の後悔もなく、むしろ充足感で満たされていた。
(よかった。お嬢様だけでも助けられて……)
夕日の沈む草原で、周囲には有能と評されていた兵士達の屍が転がる。
自分もすぐにその一部になるのだと思うと、興奮している今のうちに早く殺してくれとさえ願った。
「クッ……ここまでか……」
残された彼女の武器は噛みつき攻撃(バイティング)のみ。締め技も銃を握る力も残されていない彼女に残された最後の武器だった。彼女は怪物が襲ってきた場合に、動かない腕を犠牲に目か鼻の一部を噛み千切り、冥途の土産にしようとしていたのだ。
彼女の髪で隠れた奥でギラリと光る三白眼は、覚悟を決めた戦士の目をしており、それを警戒したのか怪物は、彼女の周囲をぐるぐると歩きつつ唸りを上げていた。
「グルルル……ワオーン……」
エゾシカの化け物は狼のように雄叫びを上げると、雲一つない夕焼けに陰りが見え始める。
「なに……どういうことだ……?」
季節外れの積乱雲は恐らくあの化け物の仕業。彼女の心に恐怖を超えた畏敬の念が湧き始める。今まで出会ったことのない規模の災害に、彼女の唇は自然と震えた。
「天候を変えるなんて……」
その問いに化け物は当然答えることなく、帯電する大角を振りかざし雄叫びは繰り返された。
一度目の雄叫びで雷雲を呼び、二度目の雄叫びで竜巻を呼んだ。そして三度の目の雄叫びが天へ上った時。
パチパチと肌を焦がす感触を一瞬ミアが味わったその刹那。
鼓膜を破る爆音と強烈な閃光を引き連れ巨大な稲妻が彼女と天上大地を貫いた。
美亜は体は一部を残して炭化するほどの稲妻を受け地面に倒れ伏し、そして大地もその雷(いかずち)に耐えることができなかったのか、ボロボロとその一体が崩壊するように崩れ去った。
(く……そ……寒い……私は死ぬのか………嫌だ……こんな場所で……消えたくない……)
そして彼女の体は崩壊した天上大地から転がるように地底大地へと転がっていった……。
「お嬢様、どうかご無事で!」
草原を遠ざかる護送車に向かって、ピンと延びたアホ毛を持つショートカットの背の高い家令が手を突き上げ叫ぶ。突き上げた腕は爪に抉られたような跡や擦り傷でボロボロ、少し前より戦闘の形跡があったようだった。
「美亜!」
そんな美亜と対照的に馬車の中から叫んだ少女は、この世のモノとは思えないほど美しい着物に身を包んでおり、一目でこの国の長の資格を有する者と示していた。
彼女は幼い頃より傍にいた親友を怪物の前に置いて逃げだした自分を酷く恨み、今にも走る護送車の扉を開けて飛び降りようとしている所を同伴する財閥の男に止められていた。
「神宮寺くん!君が死ねばもっと多くの人が苦しむことになる。辛いかも知れないが堪えてくれ!」
「美亜!行かないで!……美亜!」
フォーク以上に重いモノを持ったことのない彼女の扉を開けようとする腕は、男の腕によって止められる。
そんな護送車のゴタゴタを見送りながらミアは安堵の笑みを浮かべていた。
銃を握る力もなく、目の前の化け物から逃げる力も彼女には残されていない。
雷を衣のようにまとった八メートルを超えるエゾシカの形をした未知の化け物は、未だ標的をこの地に残る者に定め、感覚を研ぎ澄まし次の攻撃に備えていた。
そんな油断も隙も無い化け物を前に、捕食されるのをただ待つだけの存在になってなお、彼女は自分の選択に一片の後悔もなく、むしろ充足感で満たされていた。
(よかった。お嬢様だけでも助けられて……)
夕日の沈む草原で、周囲には有能と評されていた兵士達の屍が転がる。
自分もすぐにその一部になるのだと思うと、興奮している今のうちに早く殺してくれとさえ願った。
「クッ……ここまでか……」
残された彼女の武器は噛みつき攻撃(バイティング)のみ。締め技も銃を握る力も残されていない彼女に残された最後の武器だった。彼女は怪物が襲ってきた場合に、動かない腕を犠牲に目か鼻の一部を噛み千切り、冥途の土産にしようとしていたのだ。
彼女の髪で隠れた奥でギラリと光る三白眼は、覚悟を決めた戦士の目をしており、それを警戒したのか怪物は、彼女の周囲をぐるぐると歩きつつ唸りを上げていた。
「グルルル……ワオーン……」
エゾシカの化け物は狼のように雄叫びを上げると、雲一つない夕焼けに陰りが見え始める。
「なに……どういうことだ……?」
季節外れの積乱雲は恐らくあの化け物の仕業。彼女の心に恐怖を超えた畏敬の念が湧き始める。今まで出会ったことのない規模の災害に、彼女の唇は自然と震えた。
「天候を変えるなんて……」
その問いに化け物は当然答えることなく、帯電する大角を振りかざし雄叫びは繰り返された。
一度目の雄叫びで雷雲を呼び、二度目の雄叫びで竜巻を呼んだ。そして三度の目の雄叫びが天へ上った時。
パチパチと肌を焦がす感触を一瞬ミアが味わったその刹那。
鼓膜を破る爆音と強烈な閃光を引き連れ巨大な稲妻が彼女と天上大地を貫いた。
美亜は体は一部を残して炭化するほどの稲妻を受け地面に倒れ伏し、そして大地もその雷(いかずち)に耐えることができなかったのか、ボロボロとその一体が崩壊するように崩れ去った。
(く……そ……寒い……私は死ぬのか………嫌だ……こんな場所で……消えたくない……)
そして彼女の体は崩壊した天上大地から転がるように地底大地へと転がっていった……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
浮気を許すとかそういう話じゃなくて
ニノ
BL
お互いを思い合っていた筈なのに浮気を繰り返す彼氏………。
要はそんな彼氏に捨てられたくない気持ちが強くて、ずっと我慢をしていたけど………。
※初めて書いた作品なのでだいぶ稚拙です。
※ムーンライトに投稿しているものをちょっと修正して上げています。
学園の片隅に咲く花
永川さき
BL
『この学園のどこかに、三年に一度咲く花がある。その花を手に入れると必ず恋が叶う』という言い伝えのある学園に通う智哉は、昼休みに購買でサンドイッチを買った直後、猫に追いかけられる。
逃げた先で出会ったのは、寡黙なクラスメイトの寛だった。
夏芽玉様主催の「恋が叶う花BL」企画参加作品です。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
淫愛家族
箕田 悠
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる