ミアと堕落の悪魔(仮)

星島新吾

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エピローグ1 堕天

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この世界には二種類の悪魔がいる。一つに誰もが心に秘める邪な心を擬人化した偶像。二つ目に悪魔族という蔑称の意味も含まれた種の名前としての人々。騒動はそんな悪魔族のいない天上大地マゴニアから始まった。

「お嬢様、どうかご無事で!」

草原を遠ざかる護送車に向かって、ピンと延びたアホ毛を持つショートカットの背の高い家令が手を突き上げ叫ぶ。突き上げた腕は爪に抉られたような跡や擦り傷でボロボロ、少し前より戦闘の形跡があったようだった。

「美亜!」

そんな美亜と対照的に馬車の中から叫んだ少女は、この世のモノとは思えないほど美しい着物に身を包んでおり、一目でこの国の長の資格を有する者と示していた。

彼女は幼い頃より傍にいた親友を怪物の前に置いて逃げだした自分を酷く恨み、今にも走る護送車の扉を開けて飛び降りようとしている所を同伴する財閥の男に止められていた。

「神宮寺くん!君が死ねばもっと多くの人が苦しむことになる。辛いかも知れないが堪えてくれ!」

「美亜!行かないで!……美亜!」

フォーク以上に重いモノを持ったことのない彼女の扉を開けようとする腕は、男の腕によって止められる。

そんな護送車のゴタゴタを見送りながらミアは安堵の笑みを浮かべていた。

銃を握る力もなく、目の前の化け物から逃げる力も彼女には残されていない。

雷を衣のようにまとった八メートルを超えるエゾシカの形をした未知の化け物は、未だ標的をこの地に残る者に定め、感覚を研ぎ澄まし次の攻撃に備えていた。

そんな油断も隙も無い化け物を前に、捕食されるのをただ待つだけの存在になってなお、彼女は自分の選択に一片の後悔もなく、むしろ充足感で満たされていた。

(よかった。お嬢様だけでも助けられて……)

夕日の沈む草原で、周囲には有能と評されていた兵士達の屍が転がる。

自分もすぐにその一部になるのだと思うと、興奮している今のうちに早く殺してくれとさえ願った。

「クッ……ここまでか……」

残された彼女の武器は噛みつき攻撃(バイティング)のみ。締め技も銃を握る力も残されていない彼女に残された最後の武器だった。彼女は怪物が襲ってきた場合に、動かない腕を犠牲に目か鼻の一部を噛み千切り、冥途の土産にしようとしていたのだ。

彼女の髪で隠れた奥でギラリと光る三白眼は、覚悟を決めた戦士の目をしており、それを警戒したのか怪物は、彼女の周囲をぐるぐると歩きつつ唸りを上げていた。

「グルルル……ワオーン……」

エゾシカの化け物は狼のように雄叫びを上げると、雲一つない夕焼けに陰りが見え始める。

「なに……どういうことだ……?」

季節外れの積乱雲は恐らくあの化け物の仕業。彼女の心に恐怖を超えた畏敬の念が湧き始める。今まで出会ったことのない規模の災害に、彼女の唇は自然と震えた。

「天候を変えるなんて……」

その問いに化け物は当然答えることなく、帯電する大角を振りかざし雄叫びは繰り返された。

一度目の雄叫びで雷雲を呼び、二度目の雄叫びで竜巻を呼んだ。そして三度の目の雄叫びが天へ上った時。

パチパチと肌を焦がす感触を一瞬ミアが味わったその刹那。

鼓膜を破る爆音と強烈な閃光を引き連れ巨大な稲妻が彼女と天上大地を貫いた。

美亜は体は一部を残して炭化するほどの稲妻を受け地面に倒れ伏し、そして大地もその雷(いかずち)に耐えることができなかったのか、ボロボロとその一体が崩壊するように崩れ去った。

(く……そ……寒い……私は死ぬのか………嫌だ……こんな場所で……消えたくない……)

そして彼女の体は崩壊した天上大地から転がるように地底大地へと転がっていった……。
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