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アールランドリー大陸編

トールキールランド攻略戦ーその④

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クレイトン・グンシルは自身の首が今まさに斬り落とされる寸前の事を思い出す。どうして、この少年にリードを許してしまったのだろうかと。
まず、あの赤い肌の青年がここに駆け寄るのと同時に、自身が十字架を出して貼っていた結界をあの右手で打ち破り、次に彼の側に付いていた少年が手を貸したのであった。
クレイトンは少年の剣が自身に向かって振り落とされるのを恐れ、ナイフを使用して彼の攻撃を防ごうと試みたが、聖なる剣の前には全て無効に終わったらしい。
彼女のナイフは少年の握っていた剣によって粉々に砕かれ、彼女はその後、咄嗟に体を逸らしたが、ナイフを壊した少年はその勢いを落とす事なく、空中で弧を描き、頭に狙いを定めると戸惑う事なく首を斬り落とす。
クレイトン・グンシルはそれこそ悲鳴を上げる間もなく絶命してしまう。
首が落とされ、地面に落ちるまでの一瞬に彼女は走馬灯を見た。
あの運命の日、どうして大切な家族を殺してしまったのかを。
どうして、あの日、自分は怪物に変身してしまったのかを。
クレイトンは元々グンシル家の実の子どもでは無かった。道端に捨てられ、あわゆかば死ぬ運命だったところをグンシル家に拾われ、そこ実の娘と同様に育てられたのであった。
娘とは仲が良く、クレイトンは彼女も大切な妹と思っていたのだが、ある日妹はついに口に出してしまったのだ。
『何よ!血なんて繋がっていない癖に、本当の姉面しないで!』と。
泣き叫んで言ったのだが、同時に彼女は自分が何を言ったのか理解した様だったが、発してはならない言葉を発してしまった今、もう私の中に芽生えた感情は消える事が無かった。
思わぬコンプレックスを刺激された私は自暴自棄となり、やがて語るのもおぞましい怪物となって、家族を殺していったのだった。
そして、最後に妹は何と言っていたのだろう。死の間際となり、クレイトンは彼女の最後の言葉を思い出す。
彼女は、妹は確かに、こう言っていた筈だ。
『ごめんなさい、お姉ちゃん』と。
クレイトンはその言葉を思い出した瞬間に、とっくの昔に出なくなっていた筈の涙が溢れている事に気が付く。
薄れようとする意識の中で、クレイトンは心の中で呟く。
『こっちこそ、ごめんね』と。
そして、彼女の首は地面に転がり、その一生を終えた。
だが、それはある者の意思によって防がれてしまう。
見えない両手が彼女の首を支え、見えない顔が彼女の顔を覗き込む。
クレイトンはその顔に見覚えがあった。それは、自身の上司にして、自分を殺した女の兄にして、事実上の魔界の覇者、シリウス・A・ペンドラゴンであった。
無論、シリウスがこんな所にいる訳はない。これは彼女の妄想に過ぎない。
だが、妄想の中でさえ彼は冷たい口調で言い放つ。
「私にあれを押し付ける気か?貴様はあれ程、私の部下を無意味に殺しておいて、自分だけ死んであの世に逃げるつもりか?それは許さん……」
シリウスの両腕に支えられる首だけになった姉を義両親と義妹は何とも言えない表情で見つめていた。
いたたまれずに、彼女は自分の心境を叫ぶ。
「やめてください!摂政殿下!私は家族の住むあの世に向かうつもりです!もう、これはあなた様にも止められない事です!私の首を掴むお手をお離しくださりませ!」
「いや、離さぬッ!貴様には部下五十名を無意味に死ぬ様に仕向けた責務を果たしてもらわぬ限り、私はこの手を離さぬ!」
そう言うと、腕と顔だけのシリウスは顔だけとなったクレイトンの耳元で何やら囁いていく。
クレイトンはその言葉を両手で塞ごうとしたのだが、首だけの彼女には塞ぐための両腕は無い。
加えて、シリウスの呪いを防ぐための手段も無い。
このまま両親を殺した時の様な惨劇を繰り返すのかと思われたが、彼女が世にも禍々しい怪物へと変貌を来す前に、パキラが地面に転がっていた首を拾い上げて、首を跳ねられる直前に見開いていた両目の目蓋を優しく閉ざす。
「……。あなたに何があったのかは知らない。けれど、こんな状況で目を開いたまま死ぬのなんて、あんまりだ」
自身の首を通してパキラの手の温もり、優しさが伝わって来る。
彼女はこの時に確信した。彼こそが真の勇者だと。世界を救うために現れた神の代行者たる存在だと。
そして、勇者の優しさにもう一度涙を流す。今度は悲しみの涙では無い。感謝の表れ、優しい涙だ。
パキラの優しさに触れて、もう溢れないと思っていた涙腺を溢れさせていると、もう一度パキラが頭を優しく撫でていく。
「お願いです。神様……この人が今度生まれ変わる時はもう悪い人に仕えさせられませんように、この人が今度は大切な人と一生を過ごせますように……」
クレイトンが次に気が付くと、彼女の意思は幽体となり、首となっても涙を流す自分とそれを優しく撫でる少年の姿を見た。
彼女はそれを暫く眺めていると、背後からかつて自身の手で殺した筈の家族が笑顔で彼女を待っていたのだ。
彼女はそれを見ると、直ぐに妹に抱き付いて謝罪の言葉を述べていく。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんね!お姉ちゃんが悪かったよ!あなたの人生を終わらせてごめんなさい!本当にごめんなさい!」
抱き付いて許しを乞う義姉の頭を彼女は優しく撫でていく。
「うんうん、私こそごめんね。お姉ちゃんにあんな酷い事を言ったんだもん。お姉ちゃんが怒るのも無理は無いよ。ごめんね、ごめんね……」
義妹も彼女の頭を撫でながら謝る。その血の繋がらない姉妹を両親は優しく抱き抱えて、
「天国には行けないが……なぁに、地獄でも寂しくは無いさ、家族一緒ならね」
グンシル家の義理の両親がそう優しく囁いた瞬間に、周りの景色は一変し、暗転した後に、その周囲に炎が燃えていく。
四人は互いに手を繋ぎながら、炎の中を歩いていく。
通常ならば地獄の炎はこの世の炎とは比較にならないうちに熱い筈だ。
だが、彼らは笑っていた。そんな事は気にならないとばかりに。











パキラはグンシルの死体を埋め終えると、簡素な石の上に埋まった彼女の前で手を合わせる。
パキラにつられ、他の仲間達も次々と哀悼の意を示していく。
パキラは木の下に作った簡素な墓の前から立ち上がると、背後を振り返り、仲間達の顔を見ていく。
全員の目は引き締まっており、その誰もが決意に満ち溢れていた。
パキラは全員の表情を一瞥してから、腰に下げていた剣を鞘から抜き、その剣を宙に掲げて、
「みんな、ぼくは今日ここに決意したッ!ぼくは必ずシリウスをこの手で斬り殺すと!人間を物か何かのように平気で切り捨て、尚、笑っていられるアイツをぼくは許せないッ!みんな、分かってくれるだろ?」
その言葉を聞いて、全員が一気に首肯する。
彼らは決意を露わにすると、シリウスのいる南部へと向かって行く。
シリウスを倒すために。
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