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序章
地獄編 第五歌 悪は現れ、神が去れど
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「これは、貴様らの手なんぞには渡さん!絶対に渡してたまるものかッ!」
大陸の統一宗教、イズムラール教の宣教師であった。
宣教師の彼女が抱えている鞄にはイズムラール教の儀式に使うための大事な神具が入っているのであった。
それを彼女はたまたま北部に迷い込んだ二匹の亜人に手に奪い取られようとしているのだ。
彼女にとってイズムラール教の教典にも書かれているように神に見捨てられた生き物である南部の魔物を蔑む気持ちがあったのは確かであった。だが、それ以上に彼は目の前に現れた亜人に対し、意地を張れる理由があったのだ。
彼は何処からか取り出した一枚の紙を取り出し、何やら呟き終わるのと同時に紙を空中に放つ。
宣教師の図らいにより、宙に放たれた紙は眩い光を放ち、夜の闇の中に短い眼鏡を鼻に付けた若い女性の顔が映し出された。「神に仕える者」という表現がピタリと似合う程の凛とした顔をした美しい顔だ。
その眩い光は女性を照らし出すのと同時に、魔物をも照らし、人とは異なる姿形をした異形の怪物達に向かって太陽の光を思わせるような優しい光を凶悪な槍に変え、二本の角を生やした二本足の怪物の胸を突き刺す。
胸を貫かれた怪物達は最初に光が自分達の心臓を貫いていた事に気が付かずに、暫く目をパチパチと鳴らしていたが、事態を飲み込むのと同時に、彼らは全身から逆流してきたと思われる赤い液体を口と鼻の両方から吹き流し、地面の上に倒れ込む。
それを見た宣教師の女性は右手に持っていた神具と共に立ち去ろうとしたが、自分の背後に何者かが潜んでいる事に気が付き、背後を振り向く。
が、彼の動作は一歩か二歩遅れたものであったと言って良いだろう。
なぜなら、彼の両肩にもその女性の甘い吐息がかかる程、近付いて来ていた事に気付いていなかったのだから。
慌ててその場から立ち去った宣教師とは対照的に、女性は満面の笑みを浮かべて、
「こんにちは、お姉さん、今日は月が綺麗ですね」
と、心地の良いソプラノ声で、ついで、彼女はサーベルを突き付けながら言った。
彼女はサーベルを突き付けられ、戸惑う宣教師を他所に話を続けていく。
「わたくしは兄からここに来る筈のイズムラール教の宣教師様が来ると聞いていて、それを確認しに参ったのですよ。その情報をアイスカーレットの街で仕入れてから、五日……待ちに待ちわびましたわ、さぁ、今からでも遅くありません。わたくしとお友達になりましょう!」
突然の事で宣教師は目をパチクリとさせていたが、友達になりたいと主張する長い金髪の女性の言葉と自分は殺されないという安堵感から、右手を伸ばしたが、それに呼応するかのように彼女は手を戻し、再び心地の良い笑顔で言った。
「所でお姉さんはこの場所で何人の亜人のお方を殺しましたか?」
「……二人だけど、それがどうかしたのか?」
「……二人ですか?神に仕える身であるのに、嘘はいけませんよ。大丈夫ですよ、わかってますから、さっきの手つきからあなたが殺したのはそれだけではありませんよね?」
女性はその言葉に眼鏡を曇らせた。暫く顔を地面に向けてから、弱々しい笑顔を浮かべて、
「確かに私は多くの亜人を殺めた。でも仕方が無いんだ。亜人は人を襲う!それを見過ごせないし……」
唇を噛む宣教師に対し、長い金髪の髪の女は痛ましそうな表情を見せて、
「そうですか、残念ですね!でも、仲良くする道は残っています!罰を受けるんです!正しく罰を受けて生まれ変わるんです!そうすればわたくし達は仲良くなれます!」
罰?この女は何を言っているんだ。明らかにそんな事を言わんばかりに険しい目を向けている宣教師に対して彼女は理不尽な要求を続けていく。
「亜人の命を奪っておいて、何の罰もないなら、死んだ方が浮かばれませんわ、あなたには罰を受ける義務がございますわ」
そう言って、彼女はサーベルで青年の肩を強く斬り付ける。
若い女性の両肩の上にサーベルの刃が食い込む。
若い女性は激痛を上げながら、目の前の異常な行動を起こす女に向かって、先程の紙の札を使用して、殺そうと考えたが、その前に目の前の女性によって右腕を掴まれて、その手を封じられてしまう。
「おっと、厄介なものは封じておくに限りますね。ちなみにあなたは死んだら、地獄に行く事は確定ですよ」
その言葉に宣教師の青年は両肩を震わせてしまう。
彼女は幼き日のあの出来事を思い出す。目の前には血塗られた両親の顔。そして、自分に怯える幼い妹。
全て彼自身の手で殺した相手だ。あの日、自分はどうしてあんな事をしたのか覚えていない。
だが、何かに苛立って家族を皆殺しにしたのは覚えている。あの日の記憶は曖昧で、最愛の家族だった筈の両親の顔の輪郭でさえ歪んでしまっていたのだ。
あの日の罪は山よりも高く、積み上げる善行は塵よりも低いと彼女は感じていた。
後にシャーロットは懐術する。ここで、ぼんやりとしてしまった事が彼の命運を分けてしまった事は間違いないと。
彼女は自分の首が胴から離れている事に気が付く。
殺されたのだ。気が付かないうちに。
宣教師の女は悲鳴を上げる暇さえなくあの世へと旅立ったのだ。
「私はこんな事をしてまで蘇りたくは無かったッ!どうして!?どうして!?お前なんぞに忠誠を……」
「それ以上ご無礼な口を利くと、口を縫いあわしますわよ」
宣教師の女は先程、自分が死んだ筈の森の前の道で二人の見た目麗しい金髪の男女に絡まれている自分がいる事を認識していた。
何処となくかけ離れた感触であった。先程まで地獄に居た事が嘘のようだ。クレイトン・グンシルは目の前の短い金髪の髪の男性を睨みながら、そんな事を考えていた。
金髪の髪の男性は彼女の短いキャラメル色の髪を優しく撫でて、
「お前に大切な役割を与えようと思う。あの亜人どもを殺した手腕を見越して、私の護衛に任じてやろうと言うのだ。ありがたく思え」
「誰が、お前なんかの……」
神に仕える人間として、目の前の男に従う事は髪を裏切るという事なのだ。
強い目で睨む美しい女性に短い髪の男は再び迫り、彼女の髪を何度も優しく撫でていく。
「それだ。お前は私が見てきた中でも、格別だ。大抵の女性は私を見ると、陶酔するか、怯えるかの二択だ。そのように私を突っぱねる態度に出たのはお前が初めてかもしれん……」
怯える女性宣教師にシリウスは迫り、彼女の耳元で囁く。
「私のために働いてくれ、私がこの世界を手に入れれば、必ず万民が神を信奉し、1日を過ごす日になるさ」
シリウスはそう言って、女性宣教師の右手を手に取り、その手の甲に口付けを交わす。
悪魔が優しく私を弄ぶ。クレイトンはそう心の中で表現した。だが、彼女はその悪魔の独占欲に囚われ、彼の駒になりたくなった。
表面では恐れていながらも、この悪魔の持つ妖しげな魅力に虜になってしまっていたのだった。
彼女は抵抗する振りを一度行った後に、シリウスの提案に乗った。
シリウスは新たに自らの虜になった女性にを見て、口元の右端を吊り上げていた。
大陸の統一宗教、イズムラール教の宣教師であった。
宣教師の彼女が抱えている鞄にはイズムラール教の儀式に使うための大事な神具が入っているのであった。
それを彼女はたまたま北部に迷い込んだ二匹の亜人に手に奪い取られようとしているのだ。
彼女にとってイズムラール教の教典にも書かれているように神に見捨てられた生き物である南部の魔物を蔑む気持ちがあったのは確かであった。だが、それ以上に彼は目の前に現れた亜人に対し、意地を張れる理由があったのだ。
彼は何処からか取り出した一枚の紙を取り出し、何やら呟き終わるのと同時に紙を空中に放つ。
宣教師の図らいにより、宙に放たれた紙は眩い光を放ち、夜の闇の中に短い眼鏡を鼻に付けた若い女性の顔が映し出された。「神に仕える者」という表現がピタリと似合う程の凛とした顔をした美しい顔だ。
その眩い光は女性を照らし出すのと同時に、魔物をも照らし、人とは異なる姿形をした異形の怪物達に向かって太陽の光を思わせるような優しい光を凶悪な槍に変え、二本の角を生やした二本足の怪物の胸を突き刺す。
胸を貫かれた怪物達は最初に光が自分達の心臓を貫いていた事に気が付かずに、暫く目をパチパチと鳴らしていたが、事態を飲み込むのと同時に、彼らは全身から逆流してきたと思われる赤い液体を口と鼻の両方から吹き流し、地面の上に倒れ込む。
それを見た宣教師の女性は右手に持っていた神具と共に立ち去ろうとしたが、自分の背後に何者かが潜んでいる事に気が付き、背後を振り向く。
が、彼の動作は一歩か二歩遅れたものであったと言って良いだろう。
なぜなら、彼の両肩にもその女性の甘い吐息がかかる程、近付いて来ていた事に気付いていなかったのだから。
慌ててその場から立ち去った宣教師とは対照的に、女性は満面の笑みを浮かべて、
「こんにちは、お姉さん、今日は月が綺麗ですね」
と、心地の良いソプラノ声で、ついで、彼女はサーベルを突き付けながら言った。
彼女はサーベルを突き付けられ、戸惑う宣教師を他所に話を続けていく。
「わたくしは兄からここに来る筈のイズムラール教の宣教師様が来ると聞いていて、それを確認しに参ったのですよ。その情報をアイスカーレットの街で仕入れてから、五日……待ちに待ちわびましたわ、さぁ、今からでも遅くありません。わたくしとお友達になりましょう!」
突然の事で宣教師は目をパチクリとさせていたが、友達になりたいと主張する長い金髪の女性の言葉と自分は殺されないという安堵感から、右手を伸ばしたが、それに呼応するかのように彼女は手を戻し、再び心地の良い笑顔で言った。
「所でお姉さんはこの場所で何人の亜人のお方を殺しましたか?」
「……二人だけど、それがどうかしたのか?」
「……二人ですか?神に仕える身であるのに、嘘はいけませんよ。大丈夫ですよ、わかってますから、さっきの手つきからあなたが殺したのはそれだけではありませんよね?」
女性はその言葉に眼鏡を曇らせた。暫く顔を地面に向けてから、弱々しい笑顔を浮かべて、
「確かに私は多くの亜人を殺めた。でも仕方が無いんだ。亜人は人を襲う!それを見過ごせないし……」
唇を噛む宣教師に対し、長い金髪の髪の女は痛ましそうな表情を見せて、
「そうですか、残念ですね!でも、仲良くする道は残っています!罰を受けるんです!正しく罰を受けて生まれ変わるんです!そうすればわたくし達は仲良くなれます!」
罰?この女は何を言っているんだ。明らかにそんな事を言わんばかりに険しい目を向けている宣教師に対して彼女は理不尽な要求を続けていく。
「亜人の命を奪っておいて、何の罰もないなら、死んだ方が浮かばれませんわ、あなたには罰を受ける義務がございますわ」
そう言って、彼女はサーベルで青年の肩を強く斬り付ける。
若い女性の両肩の上にサーベルの刃が食い込む。
若い女性は激痛を上げながら、目の前の異常な行動を起こす女に向かって、先程の紙の札を使用して、殺そうと考えたが、その前に目の前の女性によって右腕を掴まれて、その手を封じられてしまう。
「おっと、厄介なものは封じておくに限りますね。ちなみにあなたは死んだら、地獄に行く事は確定ですよ」
その言葉に宣教師の青年は両肩を震わせてしまう。
彼女は幼き日のあの出来事を思い出す。目の前には血塗られた両親の顔。そして、自分に怯える幼い妹。
全て彼自身の手で殺した相手だ。あの日、自分はどうしてあんな事をしたのか覚えていない。
だが、何かに苛立って家族を皆殺しにしたのは覚えている。あの日の記憶は曖昧で、最愛の家族だった筈の両親の顔の輪郭でさえ歪んでしまっていたのだ。
あの日の罪は山よりも高く、積み上げる善行は塵よりも低いと彼女は感じていた。
後にシャーロットは懐術する。ここで、ぼんやりとしてしまった事が彼の命運を分けてしまった事は間違いないと。
彼女は自分の首が胴から離れている事に気が付く。
殺されたのだ。気が付かないうちに。
宣教師の女は悲鳴を上げる暇さえなくあの世へと旅立ったのだ。
「私はこんな事をしてまで蘇りたくは無かったッ!どうして!?どうして!?お前なんぞに忠誠を……」
「それ以上ご無礼な口を利くと、口を縫いあわしますわよ」
宣教師の女は先程、自分が死んだ筈の森の前の道で二人の見た目麗しい金髪の男女に絡まれている自分がいる事を認識していた。
何処となくかけ離れた感触であった。先程まで地獄に居た事が嘘のようだ。クレイトン・グンシルは目の前の短い金髪の髪の男性を睨みながら、そんな事を考えていた。
金髪の髪の男性は彼女の短いキャラメル色の髪を優しく撫でて、
「お前に大切な役割を与えようと思う。あの亜人どもを殺した手腕を見越して、私の護衛に任じてやろうと言うのだ。ありがたく思え」
「誰が、お前なんかの……」
神に仕える人間として、目の前の男に従う事は髪を裏切るという事なのだ。
強い目で睨む美しい女性に短い髪の男は再び迫り、彼女の髪を何度も優しく撫でていく。
「それだ。お前は私が見てきた中でも、格別だ。大抵の女性は私を見ると、陶酔するか、怯えるかの二択だ。そのように私を突っぱねる態度に出たのはお前が初めてかもしれん……」
怯える女性宣教師にシリウスは迫り、彼女の耳元で囁く。
「私のために働いてくれ、私がこの世界を手に入れれば、必ず万民が神を信奉し、1日を過ごす日になるさ」
シリウスはそう言って、女性宣教師の右手を手に取り、その手の甲に口付けを交わす。
悪魔が優しく私を弄ぶ。クレイトンはそう心の中で表現した。だが、彼女はその悪魔の独占欲に囚われ、彼の駒になりたくなった。
表面では恐れていながらも、この悪魔の持つ妖しげな魅力に虜になってしまっていたのだった。
彼女は抵抗する振りを一度行った後に、シリウスの提案に乗った。
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