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天使王編

祭りの前

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天使たちとの決戦が始まるからだろうか。馬に乗っている私の胸はこの上ようもなく高鳴っていた。
それは他の仲間たちもそうであったらしく、全員が神妙な顔で馬を進めている。
天使たちが現れると約束した場所に着くまでに各国の討伐隊が合流していき、最終的には五百名を超す大軍勢となっていた。

周りを人で囲まれているというのはいつも少数で討伐に赴く私にとって新鮮なものであった。
幸いなことに途中で天使たちが現れることもなく私たちは順調に歩みを進めていた。
そして決戦の地へと辿り着いたのだが、まだ天使たちは出てきていない。そこで討伐隊のリーダーたちが順番に指示を出し、野営を張ることになった。

着いた当初は各国討伐隊の隊長同時による作戦会議が行われ、夜遅くまで会議が開かれることになった。
私たちはその間、各国の討伐隊を交えて最後の戦闘訓練を行なっていた。
最後の戦闘訓練というだけのことはありなかなかに辛いものであったがそれでも私は戦えた。仲間のために。そして、この世界の人類のために。

戦闘訓練と各国の隊長による会議は辺りが全て闇に包まれる頃合いにようやく終了し、各部隊は明日に備えて休むことになった。
その傍でブレードが全軍の総司令官に推挙されたというのだから驚く。
理由は人柄と王太子という身分。それにこれまで多くの天使たちを倒して、各国にその名を轟かせていたという実績によるものだとされ、ブレードは散々辞退したが、やむを得ずに引き受けたのだという。

各国の国旗が掲げられた天幕の前で焚き火を焚いて各国の討伐隊の面々が最後とばかりに携帯食や水などの飲み物が入ったジョッキを片手にさまざまな話に花を咲かせていた。

私たちも例に漏れず焚き火の前で思い出話や雑談を行なっていた時だ。
聞き覚えのある声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこには前に私たちが全滅していた時に応援としてきた神聖リーモ帝国の討伐隊の面々が姿を見せたのである。

「お久し振りです。おれです。ギトです。テザリア・ギト」

「お久し振りです。テザリアくん」

ブレードが焚き火の前から立ち上がって礼の言葉を返す。

「いえいえ、そんな他国とはいえ王太子殿下に頭を下げられるなんて恐縮ですよ」

「確かに身分は王太子ですけど、今は討伐隊の一隊長です。変に気を遣わないでください」

ブレードが苦笑する。

「あっ!そうだ!おれ、仲間たちと食べようと思って前日にお弁当を作ってきたんですよ。けど、張り切りすぎて作り過ぎちゃって、余ったんです。よかったら貰ってください」

テザリアが懐から食べ物が入ったお弁当を取り出す。
中には彼の手作りだと思われる揚げた鳥の料理やレタスとトマトに特製のドレッシングをかけたサラダ。豆を使った煮物料理、それに旅立つ日に食べた白身魚のフライ。そして、私がもう一度食べたいと願っていた小エビを挟んだパンなどが弁当箱の中に所狭しと詰め込まれていた。

「これは美味しそうだな」

「確かに、何度見ても食べたくなるような味だ」

「えへへ、そう言ってもらえるとおれも作った甲斐があります。よかったら夜食にでもどうぞ」

笑顔を浮かべるテザリア。その笑顔はどこまでも眩しかった。
そこにテザリアと対面したことがないモギーが割って入り、弁当とテザリアを交互に眺めてニヤリと笑う。

「なるほど、こいつは決戦前のプチパーティーにちょうどいいかもしれんな。おい、好青年お前さんの名前はなんつったっけ?」

「あっ、おれですか?おれはテザリアです。テザリア・ギトって言います。よろしくお願いします」

自己紹介を終えた後にモギーが大胆にもテザリアの肩を強く叩いて大きな声で言った。

「ハハハハハハッ!いいぞ!おれはお前が気に入ったッ!今日はお前さんがこしらえたその弁当で宴会でもしようじゃねぇか!いいよな?ブレード?」

「もちろん、最後の最後だし、それくらいは許可してもらわないと」

ブレードは好感性を持つ微笑を浮かべながらテザリアのお弁当箱を受け取った。
それから一旦天幕の中へと帰っていった。それから数度にわたって人数分の簡易的なジョッキや野営用のテーブル。それにテザリアから受け取ったお弁当を持って帰ってきた。

ブレードはテーブルの上に弁当を置き、それから人数分のジョッキを並べた後で自身のジョッキを宙に掲げて乾杯の音頭をとった。
私たちもそれに合わせて乾杯を行なっていく。新たに加わった仲間たちも含めて全員で乾杯を行い、天使への勝利を誓った後はそのままお弁当を摘んでの宴会である。テザリアの弁当は頬が落ちそうなほどに美味しかったが、中でもモギーはその美味さの虜になったようで他の人の分まで料理を漁っていたというから驚いた。

その途中でテザリアの仲間であるギレア・ルーズビットとアンナ・ウィンドリバーが合流し、大規模な宴会となった。大勢の人数を囲んでの宴は楽しかった。ずっとこんな時間が続けばいいとさえ思っていた。

だが、そう上手くはいかないのが現実というものだ。
夢のような一夜はすぐに明け、悪夢のような現実がやってきた。
そう天使たちが姿を現したのだ。いつものように空から降臨という可愛いものではなかった。

空の上に見たこともないような扉が現れたかと思うと、そこから扉が開いて無数の天使たちが姿を見せた。
ブレードは剣を構えながらその天使たちの姿を見据えて私たちに向かって叫ぶ。

「見よ!これが天使たちであるッ!ついに天使たちが総攻撃を仕掛けてきたのだッ!諸君らは覚えているか!?三年前に天使どもが我々の土地に降り、我々の親や親戚、友人を殺してその国土を自在に踏み躙っていたことをッ!」

ブレードの呼び掛けに各国の部隊の戦士たちが各々の武器を掲げて叫び声を上げていく。
ブレードは自分の演説が効いたと判断し、更に強い声で部隊兵たちに向かって叫ぶ。

「今こそ我々は家族がッ!友人が味わった無念を晴らし、迫り来る天使どもを撲滅しなくてはなるまいッ!今こそ我々が勝利を勝ち取る時なのだッ!進めッ!我が同胞たちよッ!無念を晴らすためにッ!諸君らの大事な人を守るためにッ!」

ブレードの言葉に討伐隊の戦士の理性は吹き飛ばされた。歯茎を剥き出しにし、獣が泣き叫ぶ声のように一斉に同調してブレードに賞賛の言葉をぶつけていく。

「進めッ!我々は天使たちに……いいや、神とやらに見せてやるのだッ!我々の勝利をッ!我々の意思をッ!勝利万歳!我らが人類に栄光のあれッ!」

集まった討伐隊の面々は口々に「勝利万歳」を叫んで現れた天使たちに立ち向かっていく。
私は最初に接近した戦士が天使を斬り伏せた瞬間に確信した。今ここに人類と天使たちによる最後の戦いが始まったのだ、と。
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