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天使王編

決戦に赴く前に

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「まさか、我々までもてなしてくれるとは」

「本当に恩にきます」

団長とヒールの両名が配られたジョッキを片手にブレードに向かって頭を下げた。

「いえいえ、劇団イカロスの方がせっかく来てくれたんですから……これくらいのおもてなしをさせていただくのは当然ですよ」

ブレードが劇団イカロスの人々に飲み物を運んでいたが、どこかその表情が心苦しそうだった。
ブレードには心の中で謝罪の言葉を述べ、レギュラーである私たちは最後の台詞合わせを行なっていく。

配役としてはポイゾが本人の役を、私が弟のヒール・プラントの役を、マリアがポイゾの母親役を、モギーがポイゾの父親役を、ティーがポイゾの祖父役をそれぞれ担当することになった。

だが、その中でマリアが少しだけ躊躇し始めた。やはり、このやり方は少しばかり陰湿であるから躊躇していたのだろう。
陰湿な芝居をしぶり始めたマリアであったが、ポイゾが再び自身の境遇を再び話して、真摯な態度でマリアを説得させるとようやく納得したのか、マリアもしぶしぶ役者を引き受けた。

ようやく納得したマリアを含めた私たちでポイゾの境遇を告発するための芝居を行う。
初めこそここぞとばかりにヒールがポイゾを罵倒していたのだが、自身が話した台詞を一言一句再現されるたびに顔が青くなっていた。

これが劇団員だけであったのならばまだ説得もできたのだろうが、周りには劇団には関係のない兵士たちまでも集まっていたのである。言い訳は不可能である。
次々と名優に向けられる視線が痛くなっていくのを私は下手な演技を続けながら観察していた。いい気味である。

最後に例の台詞を発した時に、兵士たちは明らかに気を悪くしたのか、黙ってその場を去ったりするか、名優の名前を罵ったりする様が見えた。
全てが終わった後に名優が激昂しながら席から立ち上がった。

「ポイゾォォォォ~!!!貴様ァァァァァ~!!落ちこぼれの分際でオレを馬鹿にしてェェェェ~!!」

ヒールの一人称も素の口調は「おれ」であるらしい。そのままポイゾに向かっていくが、その前に私が足を転ばせてやった。惨めにも足が引っ掛かってしまったヒールは頭から地面へと衝突してしまった。

「落ち着きなよ。次はあんたの講演でしょ?」

「うるさい……うるさい……このクソ野郎がァァァァァ~!!!」

「うるせぇのはテメェだよ」

モギーがヒールの頭を強く蹴り飛ばす。台本にはなかった行為である。慌てて私が止めに入ろうとしたが、モギーは完全に制御を失ってしまっていた。
モギーはヒールの胸ぐらを掴み上げると、何度も何度もヒールの顔に向かって殴打を喰らわせていく。流石にやり過ぎでだ。私は慌てて止めに入るものの、モギーは乱暴に私を弾き飛ばす。

私が弾き飛ばされる様子を見せたブレードがモギーを止めるように集めた兵士たちに向かって指示を出し、モギーを羽交締めにして引き離す。
それでもなお暴れようとするモギーは拘束された兵士たちによって取り押さえられ、その腕の中で必死に暴れていた。
だが、ヒールも負けてはいない。顔を殴られた仕返しにモギーに殴り掛かろうとしていた。

「この野郎ッ!死ねッ!」

「やかましいお前が死ねッ!」

両者ともに兵士に抱き抱えられながらでの罵倒の応酬となった。
モギーはそのまま独房に、ヒールは城の医務室に連れて行かれた。
結局その日は残りの計画を実行できなくなってしまった。そればかりか、劇団が抱える名優に傷を付けたということでこちらが賠償を払わされることになってしまった。

しかし、名優が傷付けられ、侮辱を受けていたにも関わらず慰問の芝居を続けたのは流石というべきだろう。
私たちは残った宴会の料理を目にしながら代役を立てられて実行された恋愛劇を見つめていた。

感想としては普通に面白いという以外になかった。それだけ無難な芝居に演技であった。
私たちは劇団が立ち去り、部屋の後片付けがされる中でブレードから説教を受けることになった。

仲間たちの中でも原因となった私とポイゾが一番多く叱られることになった。
背中を丸めてその場を立ち去ろうとした私であったが、最後にブレードが私をもう一度だけ呼び止めた。

「待って!キミの方法はいけなかったけれど、仲間を思う姿勢だけは伝わったよ。方法はお世辞にも褒められたものじゃなかったけど、キミのその姿勢だけは忘れないでほしいッ!」

鞭を放ってもちゃんと傷薬も塗ってくれるのがブレードのいいところだ。
私は満面の笑みを浮かべながら言った。

「ありがとう!ブレードッ!」

ブレードはその言葉を聞いてまたしても私に微笑んだ。
そしてそのまま明日に備えて自室へと戻ろうとした時だ。背後からポイゾが声を掛けてきた。

「待ってくれ!」

「どうかしたの?」

「今日はぼくの計画に参加してくれてありがとう。あんな最低の計画だっていうのに……」

「気にしないで。ちょっと計画は狂ってしまったけど、あんたの弟にも痛い目を見せられたし」

「……そう言ってもらえると嬉しい」

ポイゾは笑った。いつものような陰湿な笑みではない。心からの笑顔であった。
その姿がたまらなく素敵であった。恐らくポイゾはこうした笑顔を浮かべることできていたのだろう。
しかし、両親からの差別や弟からの虐めによってその性格が醜く歪んでしまったに違いない。
そう考えた瞬間に私は反射的にポイゾの体を強く抱き締めていた。
それから私は母親になった心境でポイゾの頭を優しく撫でていたのである。しばらくの間私はポイゾを無言で抱き締めていたのだが、すぐに自分が何をしていたのかを思い出し、慌ててその体を離す。

「あっ、ごめん。嫌だったよね!」

「……別に、おれはむしろ嬉しかった」

ポイゾはどこかその顔を赤く染めているように見えた。
私が微笑ましくなってポイゾの顔を見つめていた時だ。ポイゾがぶっきらぼうな態度で私をその場から引き離し、そのまま立ち去るように指示を出す。
私はポイゾの言葉を聞いて慌てて自室へと引き返す。
穏やかに過ごせる最後の夜はどうしてあんな馬鹿なことをしたのかと自問自答しながら床に着いたのだった。

翌日いよいよ決戦の場へと赴くことになった。
その際に国王が新たに見出した被差別階級の戦士たちも合流することになった。
彼ら彼女らはそれぞれの場所で鍛え上げていたらしく、私たちに胸を張っていた。

そして新たに加わった面々と従来の仲間たち全員が馬に乗り合わせ、それぞれ死地へと赴くことになった。
最後に私たちは礼装として派手な飾りの付いた鎧を身に付けて謁見の間へと向かった。

ブレードは私たちの前で王太子兼討伐隊の隊長として父であり国王であるノーブの前で跪いて、彼の前で忠誠と『神の大粛清』の防止を誓い、人類終焉の阻止を誓ったのであった。
それから背中を向けて玉座の間を去り、城の外に用意されていた馬に乗って決戦の地へと向かう。

人類の存続という希望を背中に背負った私たちには多くの人々の歓声を浴びせられた。私たちはどう中を歓声で迎えられながら決戦の地へと向かっていくのだった。
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