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三神官編

残酷な女神が支配する

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私はその場から跳ね起きたかと思うと、腰から剣を抜いて婦人に向かって振るう。剣は婦人の頬を掠めていき、その顔を顰めさせることに成功した。
正直にいえばいい気味である。これまで散々驕り高ぶっていた姿からの転落ぶりは見ていて心地が良い。
だが、当然向こうは私のこの処理にいい感情を抱かなかったらしい。私に向かって大きな叫び声を上げて言った。

「お前、よくも私にこんな事をォォォォ~!!」

「へっ、ようやく正体を露わにしたか……これまでのクールぶっていた表情なんて飾りに過ぎない……ようやくその薄汚い本性を見せたなぁ」

やっとの思いで馬から這い上がったポイゾが舌で唇を舐め回しながら言った。

「黙れ、下等生物の顔をしてよくも私に傷を付けたな……許さん……許さないぞォォォォ~!!!」

「許さないってどう具体的に許さないのか教えてくれないかな?」

ポイゾが剣を構える。私に傷を付けられ怒りに駆られた婦人はその姿を変化させていく。
婦人の姿は梟の姿そのものであった。しかし、その顔には梟にあるはずの愛らしい両目の代わりに妖怪のような恐ろしい両目をしている他に口元は梟らしかねない肉食獣のような牙が生え揃えられていた。
その翼からは凶悪な爪が生えていた。梟らしかねない凶悪な怪物を思わせるような鳴き声を上げてポイゾに向かって襲い掛かっていく。

このままではポイゾが始末されてしまう。あの婦人は従来の天使たちとはレベルが違うのだ。私は慌てて雄叫びを上げて自らの力を高めていく。
機会はあの梟の怪物がポイゾを始末しようと目論んでいる時だろう。

梟の怪物がポイゾの討伐にのみ夢中になり、私のことを忘れてしまった時こそが絶好のチャンスである。
ポイゾの嫌味な口調に引っ張られ、梟の怪物は爪を振り上げてポイゾの殺害に向かう。私は背後から勢いよくポイゾに向かって斬りかかり、梟の怪物に大きな攻撃を与えていく。

魔法は効かずともこいつらの言う天使の力なれば効くはずだ。そう考えて短剣を背中に突き立てたのだが、私の目論見は成功したらしい。梟の怪物は悲鳴を上げてその場をのたうち回っていく。
我を忘れて苦しむ姿を見ても哀れだとは思わない。それどころかもっと痛ぶってやろうかという考えに至っていく。

この前に痛めつけられたお詫びもある。私は梟の怪物を思いっきり蹴り付け、地面の上に仰向けにして倒れ込ませることに成功した。
私がそのままガラ空きになっていた心臓に向かって短剣を突き立てようとした時だ。背後から新たな気配を感じて振り向いた。
背後からは別の怪物が姿を現した。姿を現したのは隼にも似た姿をした怪物である。

これまでの怪物とは異なり、そのビジュアルには気持ち悪さよりも格好の良さに焦点が当てられているらしい。
他の天使たちと同じような鎧を纏っており、緑色の隼を思わせる気高い顔が特徴的である。
緑色の隼の奇襲を寸前のところで回避した私は改めて奇襲に備えて短剣を構えた。

いつこちらを襲ってくるのかわからない。そんな存在が隼である。
用心しなくてはならない。隼の襲撃に備えていた時だ。仰向けに倒れていたはずの梟が起き上がり、私に向かって襲い掛かってきたのだ。
私は自らの身を捻って梟の襲撃を回避し、襲撃した時の勢いのまま空へと昇ろうとする梟の足を短剣で斬りつけたのである。

梟はまたしても悲鳴を上げる。二本の脚の脛に刃が直撃すれば人間でも悲鳴を上げる。天使だとしても例外ではないのだろう。冷ややかな思いで空へと昇っていく梟を見つめていた。
いつの間にか空中に控えていたはずの隼が消えていたことに気がつく。私が不安を感じて辺りの探索を開始した時だ。
ポイゾが大きな声を上げた。

「バカッ!背後だッ!」

私が慌てて背後を振り返ると、そこには爪を構えて私を狙う隼の怪物の姿が見えた。気が付いたら時には今更、避けられないという距離にまで迫ってきていた。
絶体絶命。そんな言葉が私の頭の中をよぎる。一瞬一瞬がスローモーションのように遅く感じられる。これは走馬灯というやつなのだろうか。

それともまた別の現象であったのだろうか。私にはわからなかった。
いずれにせよ腹は括らなくてはならないだろう。
その時だ。私の頭の中に天啓ともいえる考えが頭に思い浮かぶ。
私は咄嗟に叫んだ。

「何をしやがるこの野郎ッ!」

短くとも相手には効果がある言葉である。心なしか怪物のスピードが速まったような気がする。
私はこの瞬間を狙った。一か八かの賭けができるのは今しかあるまい。

私は腰から短剣を抜き、両手に握り締めていく。怪物のスピードを短剣で弾き、上手くいけば反動の力を使って怪物を弾き飛ばそうと試みたのである。
勢いよく飛んできた怪物を受け止めるのは至難の業。しかし、この怪物を弾いて地面の上に転倒させるまでは諦めてはならない。

私は大物を釣り上げた漁師の心境だった。漁師も吊り上げた巨大な獲物を船の中に入れるまで油断はしていられない。
心持ちは同じである。私は思わず唇を噛み締めていく。それから足を動かして踏ん張る力を強めていく。

もう少しだ。もう少しで怪物を弾き返せる。私は自分に言い聞かせて目の前から襲いくる隼の猛攻を凌いでいた。
やっとの思いで隼を弾いて、その翼に向かって短剣で傷を入れたのとポイゾが梟の怪物に襲われるのは殆ど同時であった。

「あーッ!クソッ!何をやってるッ!」

私は怒りに任せて剣を振るうと、天使が慌てて空中へと飛び去っていく。

「大丈夫?」

「平気だけど、随分と口が汚くなっていたなぁ。いけないよ。ここに来たばかりの頃のキミはもう少し綺麗な口だったはずだ」

「……そりゃあ、ここに来てから色々あり過ぎたからねぇ。口だって悪くなるよ」

私は少し前にこの世界に来てからの事を思い返す。思えば色々なことがあった。一年も経っていないのに私のこれまでの人生を塗り潰すほどの面白い出来事と胸糞の悪い出来事、驚くような出来事が起こったのだから。

その殆どは真上で私たちを狙っている天使のせいだ。空の生き物に姿を変えた天使たちは私たちを殺すタイミングをずっと狙っている。
卑怯な奴らだ。ならば、今度はこちらから向かっていくしかないだろう。
私は自身の翼を使って空中へと羽ばたいていく。

そして、今この瞬間を、この空の上を支配するのは白き翼の天使であるという事をあの二体の化け物に教えてやるのだ。
そのことだけで私の胸が躍った。
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