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三神官編
ある女の告発
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ここまでの話を聞いて感じられたのはティーの境遇がひたすらに哀れであることと奇しくも彼が引き取ろうとしているデストリア帝国の最後の跡継ぎが『白き翼の勇者の伝承』の大ファンであることが皮肉のように感じられるくらいだろうか。
そんなことを考えていると、扉が開いてノー部の姿が見えた。
「申し訳ありませんが、そろそろお引き取り願えないでしょうか?」
「ホルスタインさん。お願いがある。やはりこの子は私のものだ。私が引き取ってもいいだろうか?」
「……それはこの子の意思次第ではないでしょうか?」
「この子の意思か……」
その言葉を聞いてトーマスは考え込む。随分と長い間、考えていたが、椅子に座りっぱなしであったということに疲れたのか、そのまま椅子の上から勢いよく立ち上がった。
「わかった。また、この子の調子がよくなったら改めてここを訪れさせていただきましょう」
「……助かります。それでは出入り口までご案内致しましょう」
トーマスは最後に眠りこけるティーに対して「また来るよ」と再会を約束してから部屋を去っていく。
と、同時に私の意識も私の体に戻っていく。体を動かそうとしたが、全身が痛い。
まだあの婦人にやられた傷というものが残っているらしい。このまま動けるかと訝しんだ時だ。私の部屋の中に誰かの姿が見えた。
誰だろう。幽霊というやつだろうか。もし、そうだったとすれば私には恨まれる筋合いなどないということを説明してやらなくてはなるまい。そんなことを考えていた時だ。
耳元でハッキリとした声が聞こえた。
「しっ、動かないで」
あの討伐の帰りに聞いた声である。私が肩をすくませていると、彼女は私のことなど無視をして話を続けていく。
「こんばんは。お嬢ちゃん……この声には聞き覚えがあるから自己紹介はしなくてもいいよね?」
「わ、私を殺しにきたの?」
私の舌がもつれる。その問い掛けに対して婦人はハッキリとノーと答えた。
では、どうした用件でここに尋ねてきたのだろう。私が問い掛けると、闇に紛れていた婦人は言った。
「違う。違う。あの時に言えなかったことを言おうと思って」
「な、何を言おうとしたの?」
私の声が震える。
「あの時に私があなたたちの元に降りてきたのはあなたたち人間が絶対に私たち天使に敵わないということを説明したかったの」
闇の中で顔が見えないが恐らく得意げな顔を浮かべているのだろう。ドヤ顔の婦人の姿が目に浮かぶ。
「つまり、この戦争では私たち人間が勝てないってことを言いたかったってことを言いたかったの?」
私の声は極度の震えを起こしていた。恐らく想像したくない結果であったからだろう。どうかそれ以上言わないでくれ……。私は心の中で懇願したが、そんな懇願はあっさりと切り捨てられてしまった。
「えぇ、その通り、あそこで私が圧倒的な力を見せて、討伐隊を倒すことでそのことは証明できたでしょ?」
その結果が今に至るまで続く全身の痛みである。私は部屋の中にいる婦人がこの痛みによってトラウマができてしまったということまで想像してあの攻撃を仕掛けたのだろうか。
そうだったらなかなかのものである。
そんなことを考えていた時だ。
例の婦人が私を誘惑するように言った。
「ねぇ、ルシフェル。私たちの凄さがわかったでしょ?いい加減人間の味方なんてやめて、私たちの元に帰ってきなさいよ」
彼女が腰を下ろす音が聞こえた。そしてそのまま手入れが行き届いていると思われる手で私の顎を摩っていく。
その様が不愉快であったので思わず口を尖らせながら反論する。
「……私は倉持波瑠です。ルシフェルなんて名前じゃあない」
「じゃあ、倉持波瑠でもいいわ。その力を我々に返しなさい」
「我々に?悪いけど返すつもりなんてないよ」
「そっか、残念だなぁ。あなたたちと敵対することになるのが本当に残念」
その言葉を聞いて声のトーンが低いことに改めて驚いた。暗闇の中にいる女は不気味に笑っているのだろう。
そんなことを考えていると疲れてしまったのか、また目蓋を閉じた。今度は夢を見なかった。
翌朝、私の体はまだ痛んでおり、起き上がることは不可能であった。
昨日の婦人が余程、強く私を痛めつけていたのかがわかった。
ノーブが朝食を持って現れた際に私はスープに口を付けながら昨日起きたことを思い返していた。
昨日は夢と現実とで色々な情報が入ってきてしまったので頭が混乱しそうだ。
話をまとめると、白き翼の勇者の伝説に登場するイブ・パイクーンとその敵であるデストリア帝国が名前を変えて現在に至るまで存在していた事、ティーがそこの子孫であった事、他にもあの戦いが私たちが天使に敵わないということを伝えるための戦いであった事である。
何かこう色々なことが耳に入ってきて、頭が混乱しそうになってしまう。
しかしまとめておかなくてはならない。まとめて整理しなくては頭が追い付きそうにないのだ。
私は朝食を食べ終える頃にようやく情報を整理することができた。
情報を整理し終えて暇になると、退屈になりつまらないことを次々と考え始めていたが、やがて白き翼の天使たちと私がこの世界に来る前に読んでいた『エンジェリオン・ゼロ』の本の中にアクシオンという土地で決戦が行われたという記述があったという共通点に気が付いたのだ。
どうして今の今まで忘れてしまっていたのだろうか。デストリア帝国とエンジェリオン。人類に牙を剥く二つの勢力との決戦が同じ場所であるという事に。
何か深い意味があるに違いない。私は難しく考えたものの結局、今のところはそれに関する情報が不足しているということもあって結論を導き出すことができなかった。
なんとなくモヤモヤとした思いを抱えたまま私は痛みが取れるまで安静にすることになったのだ。
結局、10日という長い時間を費やしてようやく私はベッドの上から起き上がることになったのだ。
食堂では私たちと同様にあの婦人にひどく痛め付けられた仲間たちが私を待っていた。
「災難だったよね。まさか、あんなに強いなんて」
「クソッタレ、あいつ……今度、出会ったら必ずぶっ殺してやる」
「あんまりそういう過激な事は言わないん方がいいんじゃあないかな?」
クリスが苦笑しながらポイゾを窘めるが、彼は謝罪の言葉を述べるどころかフンと鼻を鳴らしてクリスから顔を背けたのである。
そんなことを考えていると、扉が開いてノー部の姿が見えた。
「申し訳ありませんが、そろそろお引き取り願えないでしょうか?」
「ホルスタインさん。お願いがある。やはりこの子は私のものだ。私が引き取ってもいいだろうか?」
「……それはこの子の意思次第ではないでしょうか?」
「この子の意思か……」
その言葉を聞いてトーマスは考え込む。随分と長い間、考えていたが、椅子に座りっぱなしであったということに疲れたのか、そのまま椅子の上から勢いよく立ち上がった。
「わかった。また、この子の調子がよくなったら改めてここを訪れさせていただきましょう」
「……助かります。それでは出入り口までご案内致しましょう」
トーマスは最後に眠りこけるティーに対して「また来るよ」と再会を約束してから部屋を去っていく。
と、同時に私の意識も私の体に戻っていく。体を動かそうとしたが、全身が痛い。
まだあの婦人にやられた傷というものが残っているらしい。このまま動けるかと訝しんだ時だ。私の部屋の中に誰かの姿が見えた。
誰だろう。幽霊というやつだろうか。もし、そうだったとすれば私には恨まれる筋合いなどないということを説明してやらなくてはなるまい。そんなことを考えていた時だ。
耳元でハッキリとした声が聞こえた。
「しっ、動かないで」
あの討伐の帰りに聞いた声である。私が肩をすくませていると、彼女は私のことなど無視をして話を続けていく。
「こんばんは。お嬢ちゃん……この声には聞き覚えがあるから自己紹介はしなくてもいいよね?」
「わ、私を殺しにきたの?」
私の舌がもつれる。その問い掛けに対して婦人はハッキリとノーと答えた。
では、どうした用件でここに尋ねてきたのだろう。私が問い掛けると、闇に紛れていた婦人は言った。
「違う。違う。あの時に言えなかったことを言おうと思って」
「な、何を言おうとしたの?」
私の声が震える。
「あの時に私があなたたちの元に降りてきたのはあなたたち人間が絶対に私たち天使に敵わないということを説明したかったの」
闇の中で顔が見えないが恐らく得意げな顔を浮かべているのだろう。ドヤ顔の婦人の姿が目に浮かぶ。
「つまり、この戦争では私たち人間が勝てないってことを言いたかったってことを言いたかったの?」
私の声は極度の震えを起こしていた。恐らく想像したくない結果であったからだろう。どうかそれ以上言わないでくれ……。私は心の中で懇願したが、そんな懇願はあっさりと切り捨てられてしまった。
「えぇ、その通り、あそこで私が圧倒的な力を見せて、討伐隊を倒すことでそのことは証明できたでしょ?」
その結果が今に至るまで続く全身の痛みである。私は部屋の中にいる婦人がこの痛みによってトラウマができてしまったということまで想像してあの攻撃を仕掛けたのだろうか。
そうだったらなかなかのものである。
そんなことを考えていた時だ。
例の婦人が私を誘惑するように言った。
「ねぇ、ルシフェル。私たちの凄さがわかったでしょ?いい加減人間の味方なんてやめて、私たちの元に帰ってきなさいよ」
彼女が腰を下ろす音が聞こえた。そしてそのまま手入れが行き届いていると思われる手で私の顎を摩っていく。
その様が不愉快であったので思わず口を尖らせながら反論する。
「……私は倉持波瑠です。ルシフェルなんて名前じゃあない」
「じゃあ、倉持波瑠でもいいわ。その力を我々に返しなさい」
「我々に?悪いけど返すつもりなんてないよ」
「そっか、残念だなぁ。あなたたちと敵対することになるのが本当に残念」
その言葉を聞いて声のトーンが低いことに改めて驚いた。暗闇の中にいる女は不気味に笑っているのだろう。
そんなことを考えていると疲れてしまったのか、また目蓋を閉じた。今度は夢を見なかった。
翌朝、私の体はまだ痛んでおり、起き上がることは不可能であった。
昨日の婦人が余程、強く私を痛めつけていたのかがわかった。
ノーブが朝食を持って現れた際に私はスープに口を付けながら昨日起きたことを思い返していた。
昨日は夢と現実とで色々な情報が入ってきてしまったので頭が混乱しそうだ。
話をまとめると、白き翼の勇者の伝説に登場するイブ・パイクーンとその敵であるデストリア帝国が名前を変えて現在に至るまで存在していた事、ティーがそこの子孫であった事、他にもあの戦いが私たちが天使に敵わないということを伝えるための戦いであった事である。
何かこう色々なことが耳に入ってきて、頭が混乱しそうになってしまう。
しかしまとめておかなくてはならない。まとめて整理しなくては頭が追い付きそうにないのだ。
私は朝食を食べ終える頃にようやく情報を整理することができた。
情報を整理し終えて暇になると、退屈になりつまらないことを次々と考え始めていたが、やがて白き翼の天使たちと私がこの世界に来る前に読んでいた『エンジェリオン・ゼロ』の本の中にアクシオンという土地で決戦が行われたという記述があったという共通点に気が付いたのだ。
どうして今の今まで忘れてしまっていたのだろうか。デストリア帝国とエンジェリオン。人類に牙を剥く二つの勢力との決戦が同じ場所であるという事に。
何か深い意味があるに違いない。私は難しく考えたものの結局、今のところはそれに関する情報が不足しているということもあって結論を導き出すことができなかった。
なんとなくモヤモヤとした思いを抱えたまま私は痛みが取れるまで安静にすることになったのだ。
結局、10日という長い時間を費やしてようやく私はベッドの上から起き上がることになったのだ。
食堂では私たちと同様にあの婦人にひどく痛め付けられた仲間たちが私を待っていた。
「災難だったよね。まさか、あんなに強いなんて」
「クソッタレ、あいつ……今度、出会ったら必ずぶっ殺してやる」
「あんまりそういう過激な事は言わないん方がいいんじゃあないかな?」
クリスが苦笑しながらポイゾを窘めるが、彼は謝罪の言葉を述べるどころかフンと鼻を鳴らしてクリスから顔を背けたのである。
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