上 下
56 / 120
三神官編

天使たちの頭目

しおりを挟む
森には指揮官がいた。いつも通りならば数十体のうちの一体という割合なのだが、今回の割合は数十体のうちに三体という数であった。
三体のうち一体は前世の鯱を思わせる頭に体をしていた。しかしその体は腹筋に割れており、その点が奇妙に思えた。

異なる点は腰布を巻き付けている点くらいだろうか。左手には四角い縦、右手には銛を思わせるような槍を構えていた。
鯱の怪物の目は白く光っており、私たちを牽制していた。

しかし、それ以上に不気味に思えたのはその隣に控えていた蟹に似た指揮官とクラゲに似た指揮官である。

蟹に似た指揮官は全身を甲殻に覆われ、顔は蟹をそのまま凶悪にしたような顔であった。小さくてもギラギラと光る両目が私たちを睨んでいる。おまけに両腕の代わりについた大きな鋏までも私たちを狙って怪しく光っている。
不幸中の幸いは鯱の指揮官とは異なり、他の天使と同様の鎧を身に纏っていることだろうか。

クラゲに似た指揮官は右側頭部と左側頭部からクラゲから見える二本の足を生やしていた。
しかし、顔はクラゲがそのまま頭に被さっているかのようで蟹や鯱のように顔を確認することはできなかった。
クラゲの怪物は他の天使たちと同様の鎧を身に纏っていた。

蟹とクラゲは他の天使たちと同じ鎧を身に纏っているというのに、鯱の指揮官だけは免除されているのは何故だろうか。
私が難しく考えていると、先に鯱の怪物が攻撃を始めた。
やむを得ずに私も雄叫びを上げて自らの体に電気の電気の鎧を纏わせていく。
翼も生えており、空中戦に備えることもできるが、目の前の指揮官であるのならば空よりも海の方が似合うだろう。
というか、なぜこの三匹の海をモチーフにした怪物が森というモチーフとはかけ離れた場所に現れたのかわけがわからない。
私はそのまま目の前に現れた怪物たちについての考察をめぐらせていたかったが、蟹に似た指揮官たちが先に攻撃を繰り出したことによって応戦を余儀なくされた。

大きな鋏を振り上げてブレードを襲い始めたのである。ブレードは慌てて剣を盾にして防ぎ、指揮官の攻撃を回避したのである。
これがコングとなって討伐隊とエンジェリオンたちとの戦端が切って落とされたのである。
どうして海の生き物たちが陸上の、それも森の中に現れたのかと考える暇はなかった。

私は剣を振り上げて、敵対者たちを迎え撃った。いつもと同じ混戦が始まった。
今回は蟹をブレードが、クラゲをマリアが、そして中心の鯱を私が担当することになった。
鯱の怪物の持つ銛と私の短剣とがぶつかり合い、凄まじい音を立てていく。
しばらくの間は刃と銛の先端とが擦り合いお互いに一歩も引けないという思いで武器を離さなかった。

それでも限界というのは訪れる。腕が痺れた後で武器を離して、お互いに睨み合う。
かと思えば執拗に銛を構えて突いてくるのである。私は剣を持ってそれを防ぐ。
その後で剣を使って銛ごと怪物を弾いていく。

今度は至近距離から近付いて、剣を振るっていくが、先程と立ち位置が入れ替わるだけであった。
このままでは決着が付かない。私が焦っていた時だ。背後から声が聞こえた。
小さいけれどもハッキリとした声で「やめなさい」という声が聞こえた。
その声を聞いた鯱の怪物は一瞬、動きを止めたが、すぐにまた再開して私を襲い掛かろうとした。

しかし、怪物の動きは封じ込められた。空中で静止している。それまではいくら押し込んでも静止しなかったかのように接着剤を塗られた瞬間にピクリとも動かなくなった小物のようにその場から動かなくなっていた。
何が起きたのかと私が慌てて辺りを見渡すと、辺りの木々の枝が風もないのに揺れる。
何が起きたのかと私が慌てて周辺を捜索すると、背後に例の婦人の姿が見えた。
「あ、あんた……」

「久し振りね。波瑠」

婦人は私を揶揄うように笑いながら言った。

「……こいつらはあんたの手先?」

「あら、この子ったら母親に向かってなんて口を利くのよ」

「天使の下手くそな変装のくせに何を言うのかな?そんな事よりも私の母親を名乗ったことを謝ってもらいたいんだけど」

「謝る?どうして私が?」 

婦人は訳がわからないという風に首を傾げた。演技や私を揶揄うために言っているというわけではなく本当に訳がわからないと言っているようだ。

首をかしげる姿を見て殺意が湧いた。人をあんな風に傷付けておいて、どうして罪悪感の欠片もないのだろうか。
そこまで考えたところで私は思い直す。どうやら天使たちに人間の倫理というのを求めても無駄であるらしい。

ならばこのままここで始末するのが正しいのだろう。
私は短剣を鞘の中に仕舞い、弓矢を新たに作り出してそれを構える。
普通の天使であるのならばここで危機を覚えて襲い掛かってくることだ。

だが、目の前にいる婦人は違う。冷静な態度を装ったままである。
妙だ。私が訝しげな視線で睨んでいると、婦人がクスクスと笑いながら言った。

「ねぇ、波瑠。覚えているかしら?小学一年生の頃の授業参観の時のこと」

「……どこで読んだのかわからないが、天使のくせに私の記憶を読んだらしいな。生憎だけれども私はしっかりと覚えているぞ」

「その時に何を言ったか覚えてるわよね?」

「もちろん、あの日……帰りに文房具店に連れて行ってもらったんだ。そこでお前じゃないお母さんに切れてしまった糊と色紙を買ってもらったんだ」

「その時に作ったのよねぇ。下手くそな鶴とインコ……下手くそすぎて地面の上に叩き落としてやろうと思っていたわ」

「成る程、お母さんがそう思っていた私に印象付けて、私の士気を落とそうというんだな?お前たち天使の考えそうなことだ」

「何を言っているの?ちゃんと倉持響子があなたに持っている感情なのよ。それに私は本人なんだから」

そう言って目の前の婦人は懐に手を伸ばし、何かを取り出す。首を傾げる私を手招きし、無理矢理目の前に立たせて私に向かって言った。

「ちゃんと見なさい」

婦人の中にあったものは確実に幼少期の私が母に送ったものであった。
年齢が一桁の頃の私が母に向かって折った折り紙である。

「あっ、そ、そんな……」

「これでわかったかしら?お馬鹿なお嬢ちゃん」

嘘だ。嘘だ。そんなの嘘だ。私は大きな声で叫んだ。
その後に再び私の視界が狭くなったが、そんなもの構いはしない。
私は叫んだ。大きな声で母の名前を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。

太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。 鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。 ゴゴゴゴゴゴゴゴォ 春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。 一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。 華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。 ※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。 春人の天賦の才  料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活  春人の初期スキル  【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】 ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど 【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得   】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】 ≪ 生成・製造スキル ≫ 【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】 ≪ 召喚スキル ≫ 【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

桔梗の花を手折るとき

三浦イツキ
大衆娯楽
 珍しく都内が白く染まるほどに雪が降った年のある日、長月ヒバナは一本の電話を受けた。恋人である神無キキョウが交通事故に遭ったという。手術を終え命は取り留めたが、目を覚ました彼は記憶を失っていた。恋人の形をした別人。せめて逆であればどんなに良かったか。例え姿かたちが醜い野獣になったとしても変わらずに愛せただろう。しかし、人格が変わってしまった場合は? 彼はこうじゃなかった。目を輝かせて、眩しく微笑む人だった。  これは、彼の死体だ。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

処理中です...