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大魔術師編

漆黒の弓矢

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ポイゾが助けにきたのである。ポイゾは毒を纏わせた剣で私を倒そうとするのに夢中になっていた像の怪物の脇腹に向かって強烈な一撃を喰らわせていく。
像の怪物は悲鳴を上げて地面の上をのたうち回っていく。

「……オレの特製の毒魔法を込めた剣だからな。精々苦しみやがれ」

「ありがとう。ポイゾ」

「構わん。それよりもさっさとそこで苦しんでいるゾウに留めを刺すぞ」

「ううん。待って、その前にあいつを始末しないと」

私が炎の鳥の存在を仄めかしたのと炎の鳥が激昂して私の元に急降下して襲い掛かってくるのは同じであった。
私は慌ててポイゾに飛び掛かって彼と共に地面に転倒して、炎の鳥の攻撃から逃れる。
炎の鳥は私たちを逃した後も興奮していたのか円を描いて動き回っている。

「……なるほど、あれは厄介そうだな」

ポイゾが剣を構えながら言った。

「あれだけじゃあなくて、あいつももうそろそろ起きてくる頃だと思うよ」

像の怪物はようやく毒を受けた衝撃から立ち直ったらしい。像の長い鼻から鼻息を荒げながらこちらに向かってくる。
ポイゾが像の怪物に再び剣を構える。

「……こいつはオレに任せておけ。お前はあの鳥を相手にしろ」

「わかった」

私は翼を上げて宙の上に飛ぶ。これで彼と同じステージに立てたという事だ。
私は短剣を腰に戻し、弓と矢を構える。
電気で作られ矢が炎の鳥を狙うものの、鳥は翼を使って矢を巧みに回避していた。

鳥は主人のために私を殺そうと勢いのままに飛んできた。見上げ果てた忠誠心である。
私は忠義ものの鳥に向かって何度も何度も矢を放ったが、その度に鳥は矢を交わして、私の元に近付いてくる。私の予想よりも遥かに早い速さで矢を避け、こちらに迫ってくるのだからたまったものではない。

鳴き声が近付いてくるたびに私は逃げたい衝動に追い込まれたが、大きく息を吸い込んで己の荒ぶる心を落ち着かせていく。
そして自らに言い聞かせた。私は狩人。目の前の鳥は獲物だ、と。
思い込みの力というのは案外侮れないもので、本当に目の前の鳥が単なる獲物に思えてきた。

あの獲物は近寄った瞬間、確実に私を殺そうとするだろう。
その瞬間こそが仕留めるための絶好の機会ではないだろうか。私はその瞬間を待った。この時の私の心境は枯山水の前で座禅をしているかのような落ち着いた気持ちであった。

両目を閉じ、炎の鳥が私の目の前に迫ったところで私は残っていた電気の矢で鳥の喉元に突き刺す。
炎の鳥は喉を突き刺されたためにフラフラと地面へと落ちていく。

しかし、その体が地面に衝突することは無かった。というのも、地面に衝突する前に宙の中で消滅してしまったからだ。
私はそれを見て安堵の溜息を吐く。と、同時に像の怪物の行方を確認したが、あの毒は怪物にとっては予想以上のダメージであったらしく、ポイゾに押されてしまい、とうとう地面の上に膝を折ってしまう。

一方でこれまでの戦いでダメージが蓄積していたのだろう。足が相当までに震えているのが見えた。
空中の上から見れば互角の戦いであったが、それはどちらも弱っていたからだろう。
ギリギリの戦いを繰り広げる両者がどちらも敵に対する憎悪で突き動かされているという共通点があることが面白い。

憎悪だけで構成された怪物同士の決闘で勝利を収めたのはポイゾの方であった。
毒の魔法という優れた魔法を持っていたこと、それを有効に用いる技術を持っていたこと、そして何よりポイゾの憎悪がオースティンの憎悪を上回ったことが大きかった。

像の怪物は黒い煙を上げていく。どうやらこのまま倒れてしまうのだろう。
ポイゾは怪物が倒れるのと同時に剣を鞘の中にしまい、見向きもせずにその場を去っていく。
彼にとって天使たちというのは関心するに値しない存在なのだろう。

だが、私は違う。私は像の怪物の元へと近寄ると、その手を強く握っていく。
怪物は私の手を拒絶し、私を乱暴に払い除けてから怒鳴り付けた。

「ルシフェル!!どうしてお前は人間なんかに付いたッ!お前が人間につくことなんてなければオレは今頃ーー」

像の怪物は遺言を全て言い切ることなくその体を溶かしてしまったのである。
私はその姿を黙って見つめていた。像の怪物が消えてしまったのを確認すると、仲間たちの元へと戻った。
像の怪物に操っていたアンデットたちは操り主の消滅に伴って消滅してしまったようだ。

仲間たちの目が生き生きとしていた。ポイゾもそんな仲間たちの表情を見て笑顔を浮かべていたが、激戦で得た傷は容易には拭えなかったのだろう。
ポイゾは満身創痍のまま顔は満足気な表情のまま地面の上へと倒れ込む。

そんな彼を慌てて介抱したのはブレードであった。彼は近くにいる人々に荷車を運ぶように指示を出し、兵舎へと運ぶことになった。

兵舎の自室の中に運ばれ、ポイゾは殴られた顔などに傷口に薬を塗られ、包帯を巻かれていく。
顔全体を包帯に覆われた彼の姿は哀れの一言では言い表せない。
顔を背けたくなるような悲惨な姿である。ノーブによれば最低でも一週間は大人しくしていろという事である。

哀れなものである。しかし、哀れなのはポイゾばかりではなかった私たちの仲間にもう一人いたのである。
それが判明したのは夕食の時である。私がスープとパンの食事に取り掛かっていると、どこかで啜り泣く声が聞こえた。
泣き声の主はクリスであった。彼は咽び泣いていた。

私が心配して声をかけても彼は答えずに泣いていた。
その背中を優しく摩りながら私は優しい声で彼に問い掛けた。
優しくし続けていた事でクリスはようやく話す気になったらしい。
彼は涙を溢しながら理由を語っていく。

「ぼくら人間が色々な生き物を滅ぼしちゃったんだよね?そんな……そんなのってないよ」

クリスは戦いの後もそのことを気にしていたらしい。恐らく戦いの間に心の中に蓄積していた感情が一気に爆発してしまったらしい。
私がなんと声を掛けたらいいのかと悩んでいた時だ。オットシャックが明るい笑顔を浮かべながら現れた。

「よっす!今日は大活躍だったな!」

「あぁ、ありがとう」

私は複雑な表情を浮かべて頭を掻く。すると、クリスが目を見開いてオットシャックを弾劾していく。

「どうして、そんなに笑っていられるのさ!?ぼくら人間が大変なことをしたというのにさッ!」

「いや、あれ捏造だってポイゾも言ってたじゃねーか。そんなもん気にしてるどうするよ」

「捏造じゃあないよ!ポイゾくんが勝手に判断しただけじゃん!」

喚き立てるクリスに対して、オットシャックが放った一言は強烈であった。
一瞬でクリスを黙らせることに成功させたばかりか、私自身の中に存在していたモヤモヤとした思いも完全に消し去ったのである。
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