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聖戦士編

聖戦士のスパイ疑惑

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真夜中の隊長室。恐らくこの時間、ブレードは書類仕事を行なっているはずだ。
私は彼がいることを確信して部屋の扉をノックする。三度扉を叩いた後で、扉の向こうから入室の許可が出た。
私は部屋の扉を開いて、ブレードの部屋に入った。
予想通り、ブレードは与えられた部屋の中で書類仕事をしていた。
しかし、来訪した私に合わせて、一旦は筆を置いて、私に対して和かな笑顔を浮かべながら言った。

「どうしたの?何かあったのかな?」

「うん。昨日の件なんだけどーー」

「あぁ、それなら心配は要らないよ。あの後で父さんが上手くまとめてくれただろ?」

「ううん。そうじゃなくて、私、あの人がエンジェリオンなんじゃあないかなと思って」

「なんだって!それは本当かい!?」

ブレードが私の言葉を聞いて慌てて立ち上がる。丸く開かれた両目には驚愕の色が浮かんでおり、彼の混乱が伝わってくるかのようであった。

「うん。出所は私の夢なんだからハッキリとしたことは言えないんだけど……あの人、前の赤い蛇の天使みたいに人語を喋れるんじゃあないのかなって」

「……つまり、きみは根拠なしにビレニア殿を間者かんじゃと断定しているわけなのかい?」

ブレードの目が怪しく光る。国の聖戦士と決められた人物を「間者」と断定したのだから無理もあるまい。
「間者」とはすなわちスパイを指す名称である。天使たちがこの地球上に降りてくる以前、人類同士の戦争で使われていたとされている。

前にいた世界で、私が住んでいた国でも群雄割拠の時代でも群雄たちが「間者」を使っていたので、この世界で座学の授業を学んだ時は頭に入りやすかった。
だから夢で見た内容をブレードにも説明しやすかった。

もし、そうした概念がなければもう少し説明するのは困難であっただろう。
ブレードは腕を組みながら私に言われていたことを思案しているらしい。
そして、しばらく考え抜いた末にようやく話を聞く決心を固めたらしく、夢の詳細を問い掛けた。

「うん。必要なことだもんね。話させてもらうよ」

詳細は昨日の夜、寝付いた後に見た夢にまで遡る。
夢の中でビレニアは部屋の壁にかけられた鹿、熊、狼の剥製と会話をしていたのだ。場所は私とブレードがノーブの後を追って向かって訪れた部屋である。
ビレニアは片手に赤ワインが入ったグラスを持ち、もう片方には日本語でもこの世界の言語でもない謎の文字で書かれた文字を持っていたのである。
まるで、ミミズが踊っているかのような謎の文字である。
私でさえ読めない文字をビレニアはまるで、娯楽小説でも読むかのように鼻歌を歌いながら楽しげに読んでいたのである。
しばらく読んだ後に彼は剥製に憑依した仲間たちに向かって話し掛けた。

「なぁ、オレがこの世界に派遣されてもう長いことになるが、未だに『神の大粛清』は起きないのかい?予想ならばもうそろそろ起こってもいいはずなんだが」

「まぁ、待て。仮に今、『神の粛清』が起きたとしてもルシフェルに阻まれる可能性が高い」

狼の剥製が窘めるように言った。

「ルシフェル?堕天使のあいつなんぞ恐れていては何も始まらないだろう?」

「嘘を言うな。お前だって恐れているじゃあないか」

「オレが?馬鹿を言うな」

ビレニアの声が震えた。恐らく怒っているのだろう。
だが、彼の機嫌など彼らには関係ないらしい。鹿の剥製が無視をして話を続けていく。

「強がっていても私にはわかる。ルシフェルの存在を見つけ、粛清しようとしたのがその証拠だ。我々が知らないとでも思っていたのか?」

「……わかった。オレがルシフェルの存在を恐れているのは認めようではないか。だが、オレとしては一刻も早く『神の大粛清』は引き起こされるべきだと思うね」

「確かにこの世界で我が物顔で振る舞う寄生虫どもにはそれなりの制裁が必要だと思うが、キミが一刻も早い『神の大粛清』を望む理由を聞かせてもらってもいいかな?」

全ての剥製の声が重なる。どうやらビレニアの声を待っているらしい。
ビレニアはワインに口をつけ、しばらく手元の文字を読み、両目を瞑り十分に思考してから剥製に向かって話し掛けた。

「……諸君はこことは異なる世界にあるもう一つの言葉を聞いたことがあるかね?『可愛さ余って憎さ千倍』という言葉を」

「……なるほど、きみは一度、寄生虫を愛してしまったわけだな?」

「……あぁ、同志たちが人間に戦争を仕掛ける前の話になる。私は調査のためにこの地上に降り立ち、そこで『愛』という感情を知った」

剥製の沈黙が続く。彼は重い口調を振り絞って話を続けていく。

「そこでオレは愛を紡ぎ、一時の平穏を得た。彼女をものにし、キミたちに人間の殲滅をやめようかと提案した」

ここまでの経緯を語るビレニアの言葉はひどく穏やかなものであった。しかし、次からは先程までの穏やかな言葉を引っ込め、目を血走り、強烈で、それでいて口汚い言葉で人類を罵っていくのだった。

「しかし、奴らはそんな私の期待を裏切ったのだッ!奴らは私の妻を殺害し、私を十字架に架けたッ!それこそが『神の望み』だと訳のわからない事を口走りながらなッ!」

ビレニアは彼の仲間が黙っているのをいいことに自身の机を拳に力を込めて強く叩いていく。

「神の望みだと?人間風情が偉そうに何を語るッ!汚らしい人間如きが神の言葉を語り、あまつさえ同じ人を殺めようというのかッ!」

「落ち着き給え、話を聞くにきみ自身もどうやら寄生虫どもに相当毒されているらしいな」

「オレが!?オレがあんな汚らしい奴らと!?」

「左様、話を聞くにきみが『神の大粛清』を望むのはこの世界のためというよりは個人的な復讐の念が優先されているように思われる」

狼の剥製の言葉に他の剥製も同意していく。
ビレニアは仲間の追及に対して、思わず歯を軋ませていたが、すぐに口元に笑みを浮かべて他の剥製に向かって問い掛けた。

「だったらどうだというのだ?オレの個人的な理由はともかく、人類は滅ぼすべき存在だろう?」

「キミを長い間、待たせていたことには同意するが、我々としてもルシフェルを消せないことには『神の大粛清』は行えんのだ」

剥製一同が語る。

「……つまり、オレがルシフェルを始末さえすれば、あんたらは少なくとも前向きに検討くらいはしてくれるんだな」

「まぁ、ルシフェルが我々の敵に回らなければ、そろそろ行うだろうと考えていたわけであるからーー」

「ならば、オレに任せろ。法律の力では無理だが、今度は力でルシフェルを始末してみせる」

ビレニアがそう得意げな顔を浮かべたところで私は目を覚ましたのだ。
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