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若き兵士の受難

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私の挑発に乗ったのは先程、兵士を殺害したエンジェリオンだけではなく、別の数体が同じ挑発に乗った。
エンジェリオンたちが雄叫びを上げて剣を構えて、私の元へと向かってくる。
いいだろう。まとめて相手にしてやろうではないか。
決意を固めた時だ。不意に私とエンジェリオンたちの前に指揮官が天からその姿を現した。

雲が割れ、一筋の光が地上に差したかと思うと前の世界で見た陸亀のような顔に甲羅を背負った二体の天使が姿を見せた。
ただ唯一、前の世界の陸亀と違う点は目が鋭く剣のように尖っている点と噛み付けば骨ごと砕きそうなほどの鋭利な歯を有していることだろうか。
あとは強いていうのならば二本の足で立っている点にある。
前の豹にしろ、今回の亀にしろどうして二本足で動くのだろう。
私が思わず小首を傾げていた時だ。

「指揮官!?どうして!?」と、背後にいた若い兵士が悲鳴を上げる。だが、彼の行動を責める気にはなれない。私だって可能であるのならば叫びたい。どうして、指揮官が新たに天から降りてくるのか、と。

だが、今ここで私が動揺の悲鳴を上げては仲間たちにも類が及ぶ。私ですら
なので、私は懸命に悲鳴を堪えた。そして足を踏みとどまり、指揮官と対峙した。
指揮官は手に棍棒を持っていた。正面からその棍棒を振り上げて私の頭を叩き割ろうとした。
だが、それを剣で防ぐ。剣の刃身と棍棒とが重なり合い、火花が散る。
それから何度かにわたって打ち合ったものの、私の力の方が強いらしい。
力を込めた刃身の上に魔法を纏わせて指揮官を背後に向かって弾き飛ばす。

最初の一体はそれで対応できたが、私は背後から迫るもう一体の亀に気が付かなかったのだ。
背後から頭部に強烈な力を加えられ、私は地面の上へと倒れ込む。
頭部から血が湧き出てきたような気がした。試しに頭を触ってみたが、どこか柔らかい。やはり不意打ちを喰らって弱ってしまったらしい。
周りからも悲鳴が湧き上がる。私の人生もここで終わりなのだろう。

思えば短い人生であった。私の人生は勉強と望まない人生を歩むことにあった。
それで、ようやくそんなものとは関係のない世界に来たと思ったのに死んでしまうのだ。
情けない話だ。どうせ死ぬのならば前の世界の実父に今の私の姿を見せて死にたかった。
今の私は鎧を身に纏った天使殺しを専業とする兵士なのだ。
そういえば父は兵士を嫌っていた。テレビで兵士の姿が映るたびに罵声を浴びせていた。
なぜ、あそこまで兵士という存在を嫌っていたのだろう。前の私も理解できなかったが、今の私はもっと理解できない。
兵士が危険の任を一身に背負うから平和が保ってているというのに。

だが、今の私にもっと理解できないのは自分が死んだ後のことだ。
このまま目を閉じることで何が起こるのかは未知数だ。
ただ、この世界で確実に起きるのは私の頭を叩いた亀が止めを差すために近付いてくることであろう。
その時に私は棍棒で確実に頭を潰されるだろう。私の頭は地面の上に投げ捨てられて潰れたトマトのようになってしまうことは明白だ。
想像すればするほどグロテスクだ。私が見なくてよかった。

だが、問題はそんなことではない。問題は上記にも述べたように死んだ後の私の意識だ。
一般的に言うのならば地獄か天国の二択なのだろうが、生憎と私は人を生かすための勉学は熱心に勉強してきたものの、人が死んだ後にどうなるのかという勉強をしてこなかった。
だから、どうなるのかはあやふやな知識に頼るしかなかったのだ。

ただ、この世界に来る前に見た地獄と思われる場所に行かなければいいと願うばかりである。
私が観念して目を瞑ろうとしたのだが、私の意識はガキンという金属と金属とがぶつかり合う音で強制的にこの世界に引き戻された。

音がした方向を恐る恐る見つめると、そこには魔法を纏わせた武器で指揮官から私を守るポイゾの姿が見えた。
これがブレードやタンプルならば納得がいったが、よりにもよってポイゾである。彼がわざわざ馬を降りて助けに来てくれたという現実が私には受け入れられなかった。
彼は魔法を纏わせた紫色の剣身を振り回し、指揮官に向かってダメージを与えた。
そのまま容赦なく第二撃を与え、指揮官を弱らせていく。
その上、そのまま彼に攻撃を与えられた指揮官は体全体が青白く変色していく。
その姿を見て首を傾げる私にポイゾはいつものいやらしい笑みを浮かべながら言った。

「オレの魔法には強力な即効性の毒が含まれていてね。例えかすり傷でも致命傷になるんだよなぁ。まぁ、普段のエンジェリオンならオレの一撃を喰らった時点で死ぬんだけど……指揮官だからか、なかなか死なないなぁ」

その言葉に従って指揮官を見つめると、そこで確かに指揮官が弱っている姿が見えるのがわかる。
色が変色し、地面の上を苦しみ回っていた。

「もういいや。鬱陶しいし、このまま死になよ」

ポイゾが剣を逆手に持ち、それを指揮官に向かって突き刺そうとした時だ。
背後から殺気を感じ、慌てて剣をかざして背後からの攻撃を防ぐ。
棍棒と剣とが重なり合い、凄まじい音を立てていたものの、ポイゾは動じる気配を見せない。
それどころか顔にはいつものあのいやらしい笑顔さえ浮かべていた。
ポイゾはしばらくの間、指揮官と切り結んでいたものの、飽きたのか、そのまま懐の中へと潜り込み、下段から強烈な一撃を喰らわせた。

「弱いなぁ、そんな弱いくせに人類ぼくらに危害を加えるだなんて、何様のつもりなんだい?」

『……私には言わせれば貴様ら人間こそ何様のつもりだ』

ポイゾの眉根が寄せられた。微かな動揺の声さえ漏れている。
今まで喋らなかったエンジェリオンが喋らなかったことに対して驚いているらしい。
動揺するポイゾを放置して、指揮官は完璧な日本語で話を続けていく。

『貴様のせいで、我が同胞はあと少しの命だ。オレも貴様の剣を喰らってしまったからな。長くはもたないだろう』

「一体、どこの国の言語を喋っているんだい?喋るつもりならばちゃんとした言葉を喋ってくれないかな?」

『貴様にこの言葉は理解できんか』

「ぼくはさぁ、不愉快なんだよ。薄汚い天使が人間の真似をするなんてな」

『私から言わせれば薄汚いのは貴様ら人間の方だ』

どうやら、ポイゾは彼らの言語を理解できず、彼らは私たちの言語を理解できているらしい。
ここにきて、私が思ったのはどうして、私がこの世界の言語を喋ることができ、この世界の本を読むことができるのかという事だ。
彼とポイゾのやり取りを通して、今まで忘れていた違和感をようやく取り返した。

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