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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』
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「私としてはこのまま無事に過ごしたかったんだがね」
フェイスヘルメットの側頭部からモダンアートに登場するような腕を垂らした例のアンドロイドは言い訳するように言った。
いや、『するように』という表現は適切な言い方ではない。実際に彼の言葉は単なる言い訳に過ぎないのだからそのような抽象的な表現はやめた方が無難だ。
何が無事に過ごしたいだ。それならばどうしてこのような愚かな真似を行うのか。なぜ、自分たちを地球へと旅立たせてくれないか。
『悲しい』などという言葉を使うくらいであればせめて表向きは悲しんで見せるくらいすればいいというのに例のアンドロイドはそれすらしようとしない。
随分と融通が効かないコンピュータだ。
軽蔑を通り越して怒りすら覚えてしまう。
修也はこのような形で例のアンドロイドを問い詰めたかった。味方を背後から撃つような愚かな真似を行ったアンドロイド相手に1時間でも2時間でも迫ることができたはずだ。小さな失態を突く器の狭い愚か上司のように。
だが、お互いに話している暇などないことは当事者である修也が1番よく知っている。隙さえあれば、お互いがお互いの命を取り合う油断のならない状況。隙をみせればどうなってしまうのかなど容易に想像がつく。
隙をみせればこちらが不利になるような状況で話し合いを求めるのは嵐の中で引き戸を開くような愚かな行為に等しい。
ましてやこちらが有利な問い詰めが行えるなど夢物語であるしか言いようがない。
そんな事情から早々に話し合いを放棄した修也は構うことなくレーザーガンを構える。銃口の標的となっているのは真っ例のアンドロイド。この状況であれば容易に撃つことができるだろう。
事実ジョウジが捕えられていなければすぐに意味のない鉄屑へと変えることはできた。
こちらが手を出せないという状況に追い詰められたのはジョウジの存在が大きい。とはいえ無視することはできない。これまでの付き合いもあるし、人情的な問題でも見殺しにすることはできない。人間であれば当然のこと。
修也はフェイスヘルメットの下でジョウジを捕らえているアンドロイドを睨む。
だが、アンドロイドは構うことなく叫んでいく。
「大津さん! 私ごと撃ってください!!」
予想だにしない言葉。本来の機械でできたアンドロイドであれば絶対に口にしないような台詞であるに違いない。自己犠牲の精神、思いやりの心そういった人間だけが持っているくだらない感情から生じた台詞。
そのことをコンピュータで分析し、予想だにしない結果に例のアンドロイドは面食らったような顔を浮かべている。むしろジョウジに感情があることを知っていた修也よりもジョウジとの接点がほとんどなかった例のアンドロイドの方が驚いていたといってもいいだろう。
頭の処理が追い付いていないのか、彼は間の抜けたような声を出しながら言った。
「面白い。まさか、アンドロイドがそのようなことを言うとは思わなかった」
「私とカエデさんには『感情』がありますからね。あなたのようにプログラムされたデータを読むだけの存在とは大きく異なるものでね」
ジョウジの口調は皮肉めいていた。わざと苛立てるようなことを言って相手の怒りの琴線に触れようとするところがまた人間臭い。一部の人間であればジョウジの皮肉を『人間的』だと絶賛するだろう。また、他の一部の人間は『生意気』だと批判するに違いない。
いずれにしろ、これまでに見たことがないような存在だ。
ーーここで破壊してしまうのはもったいない。
宇宙船の機能を用いて入念な研究を行えば今までに見たことがないようなデータを残すはずだ。
モダンアートの出来損ないのようなパワードスーツを着たアンドロイドはそう考えるのと同時に、あっさりと人質を解放したのである。
その上、修也だけを確実に殺すためだけにわざわざ修也を見下ろせる位置という有利な状況まで放棄してまで宇宙船の上から降り、惑星サ・ザ・ランドの地表の上へと降り立つ。
その姿はさながらアポロ11号から降り立った宇宙飛行士を連想させた。
だが、彼は宇宙飛行士が初めて月に降り立った時に持っていた感慨深さや感動などという感情とは無縁であろう。
アポロを比喩に使うのはいささか皮肉が過ぎたかもしれない。
例のアンドロイドの中に渦巻いているのは修也を葬り去るというたった一つの自分自身に課したプログラムのみ。
そんな恐ろしい機械を敵として相手にするのだ。緊張しないわけがない。
修也は思わず身震いしてしまう。両肩も強張っていく。
正直にいえば怖い。恐怖の波がいくら逃げても迫ってきて自らの体を呑み込もうとする。今の自分を表すのに今ほど適切な比喩表現はないだろう。
絶頂ともいえるほどの恐怖に見舞われた修也であったが、逃げたいという感情を振り払い、挑むからこそ護衛官と呼ばれ、会社から給料を貰うのではないだろうか。
腹を括った修也はそうして、目の前に立っているモダンアートの腕を側頭部から垂らしたアンドロイドと対峙していく。
本来であれば悠介も麗俐もこの戦いに加わりたかった。自分たちの父親が命の危機へと晒されている状況に対し、ジッと指を咥えて見ている真似などできない。
すぐにでも参戦したいというのが当然の感情だろう。
だが、迂闊に戦いの渦中へと加われば父親の足を引っ張ることになってしまう。その思いが頭の片隅をよぎり、横入りができない状況にあった。
碁盤の争いにおいて横から口を挟めば首を斬られるという戒律が大昔には存在していたらしいが、その戒律は今の状況を真っ直ぐに指しているように思えてならない。
現在、2人の目の前で行われている生身の戦いと碁盤での争いは異なるものの、口を出した者が痛い目に遭うというのは共通していた。横から口を挟めば後に持つのは死。
そうなれば自分たちは碁盤の試合を眺める観客よろしく見守るより他に手段はない。
最初に攻撃を仕掛けたのは修也の方だった。わざわざレーザーガンを仕舞い、自身の得物である。ビームソードを取り出す。
レーザーガンを捨ててまで挑んだことから修也が短期での決戦を目論んでいたことはいうまでもない。
アッシュとの戦いでダメージや疲労が残っていたとは思えないほどの俊敏な動きで光剣を振い、宙の上を蹴っていく。そのまま宙の上で弧を描き、相手の前面へと踏み込む。
それから勢いのまま突き立てようとしたのだが、例のアンドロイドはあっさりと修也の光剣はレーザーガンで弾いていく。
彼はレーザーガンの引き金を引かず、盾のように構えることで修也の光剣を弾き飛ばしたばかりではなく、腹部に向かって勢いよく蹴り飛ばしたのである。
蹴りを喰らった修也は地面の上をゴロゴロと大きな音を立てて転がっていく。森林業者が事故で大木を転がしてしまった時のように修也は荒れた土地の上を転がり続けていく。そのまま立ち上がるのと立ち上がるのと同時に四つん這いになって荒い息を吐き出す。
無理もないアンドロイドの強靭な蹴りを喰らったのだ。巨大な鉄の塊を押し付けれたにも等しい苦痛が襲ってきたといっても過言ではない。
例のアンドロイドはそのまま地面の上にえづいている修也の元へと飛び上がり、馬乗りとなった。
だが、彼は感情を持たないアンドロイド。怒りのまま殴り付けるような真似はしなかった。
確実に止めを刺すため、修也の頭部へとレーザーガンを突きつけていく。あとは引き金を引くだけ。そんな状況に子どもたちは悲鳴を上げる。
だが、例のアンドロイドは本人からにしろ外野からにしろ、人間の口から発せられた悲鳴や命乞いに良心を向けるような真似はしないだろう。
絶対絶対という言葉が今ほど適切に似合う状況はないかもしれない。修也がフェイスヘルメット越しに乾いた笑いを浮かべる。少しでも明るい雰囲気を醸し出す。それこそが今の修也にできる精一杯の状況。
どうせ死ぬというのであれば最後は笑顔で死にたい。悲しい顔を浮かべて死ぬよりも良いではないか。
と、修也が哲学科の学生の如く自己問答していると、それまで圧迫された状況に苦しめられていた自身の体が急に重みから解放されたことに気が付く。試しに腕を動かす。
すると、あっさりとパンチが虚を撃つ。例のアンドロイドが重しになっていれば動かすことができない状況である筈。
修也が状況確認のために首を動かしていると、自身の目の前で格闘戦を繰り広げるジョウジと例のアンドロイドの姿。
現在は例のアンドロイドの手足を拘束しているジョウジが戦いを有利に進めている。
それを見て修也の中にあった謎が解けた。恐らく宇宙船の上にいたジョウジが修也を助けるため自ら飛び降り、飛び降りた際の勢いにのって、例のアンドロイドの背中へと飛び付いたのだろう。
そして飛び付いたまま、ジョウジを引き離そうと、もつれ合っているというのがことの真相で間違いない。
アンドロイドの中ではジョウジを戦力として認識していなかったに違いない。優秀なアンドロイドは存在こそ認識していても何もできないと判断を下したのだろう。その驕りこそが命取りとなったというのがこの一件で得た教訓ではないだろうか。
内蔵された優秀なコンピュータは人間が持つ『感情』を軽視し過ぎたという結果が導き出したのだ。
修也はジョウジの勇気に感謝し、駆け寄っていく。それから例のアンドロイドのの上に馬乗りになっているジョウジの上から頭部を目掛けてビームソードを振り下ろす。
修也のビームソードの威力は例のアンドロイドが被っていたフェイスヘルメットを砕いていった。強力な光剣の先端はあっさりと頭部へと侵入を果たし、例のアンドロイドのコンピュータを完膚なきまで砕いていく。
火花が飛び散っていくのと同時にそれまではジョウジを殴っていた筈の手足がすっかりと大人しくなり、機能停止の音が鳴り響くのと同時に完全に地面の上へと落ちていった。手足は両腰の上に当てられて、「気を付け」の姿勢を取っている。
例のアンドロイドはもう2度と直立不動の姿勢のまま起き上がることはないだろう。永遠にこの未開の惑星の上で錆びていくのを待つことのみ。
錆びた後は吹き荒ぶ風と砂が例のアンドロイドの体を覆い隠し、その正体を消し去ってしまうだろう。掘り起こされる機会がなければ永遠に日の目を見ることもない。
どこかセンチメンタルなことを考えたせいか、修也はすっかりとセンチメンタルな気分に成り果てていた。自らの手で止めを刺したアンドロイドに同情の目を向けているのはその証明ともいえる。
「大津さん、どうしましたか?」
修也を現実へと引き戻されたのはジョウジの一声。慌てて声のした方声を見ればそこにはとっくの昔に起き上がっていたジョウジの姿が見えた。
どうやらジョウジはとっくの昔に起き上がっていたらしい。顔には呆れ果てたような表情。
「いいえ、なんでもありませんよ」
修也は慌ててジョウジに向かって言い放つ。本当になんでもないことなのだ。
「そうですか、それならばいいのですが……」
ジョウジの瞳にはどこか悲しげな表情が浮かんでいる。助けてくれなかったことに対する悲しみの念であることは明白。
慌てて謝罪の言葉を口にするも、ジョウジはなかなか笑顔を見せようとはしない。
どこか気まずい空気が続いていく中で、修也は話題を変えるべく明るい声で言った。
「そうそう、例の宇宙船の強奪に成功しましたよ! これで地球へ帰れるはずです!!」
だが、ジョウジは答えない。悲しげな顔で修也を見つめ続けている。虚空を眺め続ける様を見るたび罪悪感で胸が痛む。
気まずい空気を打破しようにも適切な対応が浮かばない。そのためひたすら苦笑いを浮かべていた。
そんな修也を救ったのは子どもたちだった。麗俐と悠介はジョウジの元へと駆け寄ると、無事を心配し、安全を確認してから宇宙船の元へとジョウジを連れ出す。
こうすることで修也から離し、頭を落ち着けさせるように仕向けたのだ。
フェイスヘルメットの側頭部からモダンアートに登場するような腕を垂らした例のアンドロイドは言い訳するように言った。
いや、『するように』という表現は適切な言い方ではない。実際に彼の言葉は単なる言い訳に過ぎないのだからそのような抽象的な表現はやめた方が無難だ。
何が無事に過ごしたいだ。それならばどうしてこのような愚かな真似を行うのか。なぜ、自分たちを地球へと旅立たせてくれないか。
『悲しい』などという言葉を使うくらいであればせめて表向きは悲しんで見せるくらいすればいいというのに例のアンドロイドはそれすらしようとしない。
随分と融通が効かないコンピュータだ。
軽蔑を通り越して怒りすら覚えてしまう。
修也はこのような形で例のアンドロイドを問い詰めたかった。味方を背後から撃つような愚かな真似を行ったアンドロイド相手に1時間でも2時間でも迫ることができたはずだ。小さな失態を突く器の狭い愚か上司のように。
だが、お互いに話している暇などないことは当事者である修也が1番よく知っている。隙さえあれば、お互いがお互いの命を取り合う油断のならない状況。隙をみせればどうなってしまうのかなど容易に想像がつく。
隙をみせればこちらが不利になるような状況で話し合いを求めるのは嵐の中で引き戸を開くような愚かな行為に等しい。
ましてやこちらが有利な問い詰めが行えるなど夢物語であるしか言いようがない。
そんな事情から早々に話し合いを放棄した修也は構うことなくレーザーガンを構える。銃口の標的となっているのは真っ例のアンドロイド。この状況であれば容易に撃つことができるだろう。
事実ジョウジが捕えられていなければすぐに意味のない鉄屑へと変えることはできた。
こちらが手を出せないという状況に追い詰められたのはジョウジの存在が大きい。とはいえ無視することはできない。これまでの付き合いもあるし、人情的な問題でも見殺しにすることはできない。人間であれば当然のこと。
修也はフェイスヘルメットの下でジョウジを捕らえているアンドロイドを睨む。
だが、アンドロイドは構うことなく叫んでいく。
「大津さん! 私ごと撃ってください!!」
予想だにしない言葉。本来の機械でできたアンドロイドであれば絶対に口にしないような台詞であるに違いない。自己犠牲の精神、思いやりの心そういった人間だけが持っているくだらない感情から生じた台詞。
そのことをコンピュータで分析し、予想だにしない結果に例のアンドロイドは面食らったような顔を浮かべている。むしろジョウジに感情があることを知っていた修也よりもジョウジとの接点がほとんどなかった例のアンドロイドの方が驚いていたといってもいいだろう。
頭の処理が追い付いていないのか、彼は間の抜けたような声を出しながら言った。
「面白い。まさか、アンドロイドがそのようなことを言うとは思わなかった」
「私とカエデさんには『感情』がありますからね。あなたのようにプログラムされたデータを読むだけの存在とは大きく異なるものでね」
ジョウジの口調は皮肉めいていた。わざと苛立てるようなことを言って相手の怒りの琴線に触れようとするところがまた人間臭い。一部の人間であればジョウジの皮肉を『人間的』だと絶賛するだろう。また、他の一部の人間は『生意気』だと批判するに違いない。
いずれにしろ、これまでに見たことがないような存在だ。
ーーここで破壊してしまうのはもったいない。
宇宙船の機能を用いて入念な研究を行えば今までに見たことがないようなデータを残すはずだ。
モダンアートの出来損ないのようなパワードスーツを着たアンドロイドはそう考えるのと同時に、あっさりと人質を解放したのである。
その上、修也だけを確実に殺すためだけにわざわざ修也を見下ろせる位置という有利な状況まで放棄してまで宇宙船の上から降り、惑星サ・ザ・ランドの地表の上へと降り立つ。
その姿はさながらアポロ11号から降り立った宇宙飛行士を連想させた。
だが、彼は宇宙飛行士が初めて月に降り立った時に持っていた感慨深さや感動などという感情とは無縁であろう。
アポロを比喩に使うのはいささか皮肉が過ぎたかもしれない。
例のアンドロイドの中に渦巻いているのは修也を葬り去るというたった一つの自分自身に課したプログラムのみ。
そんな恐ろしい機械を敵として相手にするのだ。緊張しないわけがない。
修也は思わず身震いしてしまう。両肩も強張っていく。
正直にいえば怖い。恐怖の波がいくら逃げても迫ってきて自らの体を呑み込もうとする。今の自分を表すのに今ほど適切な比喩表現はないだろう。
絶頂ともいえるほどの恐怖に見舞われた修也であったが、逃げたいという感情を振り払い、挑むからこそ護衛官と呼ばれ、会社から給料を貰うのではないだろうか。
腹を括った修也はそうして、目の前に立っているモダンアートの腕を側頭部から垂らしたアンドロイドと対峙していく。
本来であれば悠介も麗俐もこの戦いに加わりたかった。自分たちの父親が命の危機へと晒されている状況に対し、ジッと指を咥えて見ている真似などできない。
すぐにでも参戦したいというのが当然の感情だろう。
だが、迂闊に戦いの渦中へと加われば父親の足を引っ張ることになってしまう。その思いが頭の片隅をよぎり、横入りができない状況にあった。
碁盤の争いにおいて横から口を挟めば首を斬られるという戒律が大昔には存在していたらしいが、その戒律は今の状況を真っ直ぐに指しているように思えてならない。
現在、2人の目の前で行われている生身の戦いと碁盤での争いは異なるものの、口を出した者が痛い目に遭うというのは共通していた。横から口を挟めば後に持つのは死。
そうなれば自分たちは碁盤の試合を眺める観客よろしく見守るより他に手段はない。
最初に攻撃を仕掛けたのは修也の方だった。わざわざレーザーガンを仕舞い、自身の得物である。ビームソードを取り出す。
レーザーガンを捨ててまで挑んだことから修也が短期での決戦を目論んでいたことはいうまでもない。
アッシュとの戦いでダメージや疲労が残っていたとは思えないほどの俊敏な動きで光剣を振い、宙の上を蹴っていく。そのまま宙の上で弧を描き、相手の前面へと踏み込む。
それから勢いのまま突き立てようとしたのだが、例のアンドロイドはあっさりと修也の光剣はレーザーガンで弾いていく。
彼はレーザーガンの引き金を引かず、盾のように構えることで修也の光剣を弾き飛ばしたばかりではなく、腹部に向かって勢いよく蹴り飛ばしたのである。
蹴りを喰らった修也は地面の上をゴロゴロと大きな音を立てて転がっていく。森林業者が事故で大木を転がしてしまった時のように修也は荒れた土地の上を転がり続けていく。そのまま立ち上がるのと立ち上がるのと同時に四つん這いになって荒い息を吐き出す。
無理もないアンドロイドの強靭な蹴りを喰らったのだ。巨大な鉄の塊を押し付けれたにも等しい苦痛が襲ってきたといっても過言ではない。
例のアンドロイドはそのまま地面の上にえづいている修也の元へと飛び上がり、馬乗りとなった。
だが、彼は感情を持たないアンドロイド。怒りのまま殴り付けるような真似はしなかった。
確実に止めを刺すため、修也の頭部へとレーザーガンを突きつけていく。あとは引き金を引くだけ。そんな状況に子どもたちは悲鳴を上げる。
だが、例のアンドロイドは本人からにしろ外野からにしろ、人間の口から発せられた悲鳴や命乞いに良心を向けるような真似はしないだろう。
絶対絶対という言葉が今ほど適切に似合う状況はないかもしれない。修也がフェイスヘルメット越しに乾いた笑いを浮かべる。少しでも明るい雰囲気を醸し出す。それこそが今の修也にできる精一杯の状況。
どうせ死ぬというのであれば最後は笑顔で死にたい。悲しい顔を浮かべて死ぬよりも良いではないか。
と、修也が哲学科の学生の如く自己問答していると、それまで圧迫された状況に苦しめられていた自身の体が急に重みから解放されたことに気が付く。試しに腕を動かす。
すると、あっさりとパンチが虚を撃つ。例のアンドロイドが重しになっていれば動かすことができない状況である筈。
修也が状況確認のために首を動かしていると、自身の目の前で格闘戦を繰り広げるジョウジと例のアンドロイドの姿。
現在は例のアンドロイドの手足を拘束しているジョウジが戦いを有利に進めている。
それを見て修也の中にあった謎が解けた。恐らく宇宙船の上にいたジョウジが修也を助けるため自ら飛び降り、飛び降りた際の勢いにのって、例のアンドロイドの背中へと飛び付いたのだろう。
そして飛び付いたまま、ジョウジを引き離そうと、もつれ合っているというのがことの真相で間違いない。
アンドロイドの中ではジョウジを戦力として認識していなかったに違いない。優秀なアンドロイドは存在こそ認識していても何もできないと判断を下したのだろう。その驕りこそが命取りとなったというのがこの一件で得た教訓ではないだろうか。
内蔵された優秀なコンピュータは人間が持つ『感情』を軽視し過ぎたという結果が導き出したのだ。
修也はジョウジの勇気に感謝し、駆け寄っていく。それから例のアンドロイドのの上に馬乗りになっているジョウジの上から頭部を目掛けてビームソードを振り下ろす。
修也のビームソードの威力は例のアンドロイドが被っていたフェイスヘルメットを砕いていった。強力な光剣の先端はあっさりと頭部へと侵入を果たし、例のアンドロイドのコンピュータを完膚なきまで砕いていく。
火花が飛び散っていくのと同時にそれまではジョウジを殴っていた筈の手足がすっかりと大人しくなり、機能停止の音が鳴り響くのと同時に完全に地面の上へと落ちていった。手足は両腰の上に当てられて、「気を付け」の姿勢を取っている。
例のアンドロイドはもう2度と直立不動の姿勢のまま起き上がることはないだろう。永遠にこの未開の惑星の上で錆びていくのを待つことのみ。
錆びた後は吹き荒ぶ風と砂が例のアンドロイドの体を覆い隠し、その正体を消し去ってしまうだろう。掘り起こされる機会がなければ永遠に日の目を見ることもない。
どこかセンチメンタルなことを考えたせいか、修也はすっかりとセンチメンタルな気分に成り果てていた。自らの手で止めを刺したアンドロイドに同情の目を向けているのはその証明ともいえる。
「大津さん、どうしましたか?」
修也を現実へと引き戻されたのはジョウジの一声。慌てて声のした方声を見ればそこにはとっくの昔に起き上がっていたジョウジの姿が見えた。
どうやらジョウジはとっくの昔に起き上がっていたらしい。顔には呆れ果てたような表情。
「いいえ、なんでもありませんよ」
修也は慌ててジョウジに向かって言い放つ。本当になんでもないことなのだ。
「そうですか、それならばいいのですが……」
ジョウジの瞳にはどこか悲しげな表情が浮かんでいる。助けてくれなかったことに対する悲しみの念であることは明白。
慌てて謝罪の言葉を口にするも、ジョウジはなかなか笑顔を見せようとはしない。
どこか気まずい空気が続いていく中で、修也は話題を変えるべく明るい声で言った。
「そうそう、例の宇宙船の強奪に成功しましたよ! これで地球へ帰れるはずです!!」
だが、ジョウジは答えない。悲しげな顔で修也を見つめ続けている。虚空を眺め続ける様を見るたび罪悪感で胸が痛む。
気まずい空気を打破しようにも適切な対応が浮かばない。そのためひたすら苦笑いを浮かべていた。
そんな修也を救ったのは子どもたちだった。麗俐と悠介はジョウジの元へと駆け寄ると、無事を心配し、安全を確認してから宇宙船の元へとジョウジを連れ出す。
こうすることで修也から離し、頭を落ち着けさせるように仕向けたのだ。
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