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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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「これで惑星『コッポラート』における貿易も終了ですね?」

「えぇ、『コッポラート』の星の人々は温厚な性格だと聞いていましたからね。あっさりと上質な葡萄を仕入れることに成功しましたよ」

 宇宙船を自動操縦へと切り替えたジョウジはタブレットに惑星『コッポラート』における収支を記し、社長であるフレッドセンに伝えるための資料をまとめ上げていった。

『コッポラート』で取れる葡萄はそのまま食べても加工して食べても、葡萄酒にしても活用できる有効な葡萄で前回仕入れた際にはメトロポリス社に大規模な貿易をもたらしたのだそうだ。

 引き換えに日本から持ってきたおにぎりや味噌などの食べ物が向こうの星へと渡ることになったが、おにぎりや味噌がどこまで彼らに影響を与えるなどたかが知れているはずだ。フレッドセンも国際法を理解しているし、ジョウジやカエデはもっと正確な計算を行なっているのであろうから間違いはない。

 ただ、面倒なので修也にはそれを聞く機会もなかったし、聞こうとも思わなかった。怖かったからと言い訳を行えばその通りなのだが、それ以上に関わりたくないという思いの方が強かった。関わって責任を取りたくないというのが本音だ。
 
 修也が自身の席の上にもたれかかっていると、扉が開いてメンテナンスを終えたカエデが宇宙船の様子を見に戻ってきた。

 カエデはジョウジと何やら話をしたと思うと、そのまま修也の元へと向かっていった。

「お疲れ様です。大津さん、あとはもう帰るだけですね」

「えぇ、苦労した前半三つの惑星と比較すれば残りの二つは実にスムーズに済みましたね。『コッポラート』はそこに住む人々が温厚でしたし、『ギルガム』では誤解さえ解けば比較的フェアなトレードが行えましたね」

 惑星『ギルガム』は1ヶ月前に、ドイツの調査隊によって新たに発見された未開の惑星でそのほとんどを椰子やバナナといった南国の果物がなる木で締められていた星だ。ここでは少数の赤い肌をした人々が寄せ集め合って互いに集落を築いて暮らしていた。

 当初ジョウジは惑星『ギルガム』の文明をこれまでに出会ったどの星よりも野蛮で文化的に劣った星だと推測した。
 それはカエデも同類であったようで、交渉の際にはビームポインターを欠かさなかった。悠介も麗俐もカプセルを握り締め、いつでもパワードスーツを身に纏える状況になっていた。

 一方で『ギルガム』の戦士たちも槍や弓を構えて戦闘を辞さないという姿勢であった。両者はまさに一色触発の状態にあった。

 その誤解を解いたのが修也であった。修也は自らカプセルを地面の下に捨て、両手を上げて非武装を通してみせたのだった。

 両手を上げた姿勢を戦士たちは当初何もわからずに首を傾げていたようだが、その上で修也が宴会でも定番のどじょうすくいやら大昔のコントで使われ、現在でも定番芸となっている髭ダンスと呼ばれる芸をしてみせると、敵意がないことを察したのか、弓や槍といった武器を下げ、修也たちを自分たちのまとめ役である長老の元へと案内していった。

 そして寛大にも貿易を認めてくれたのであった。

 ありがたい処置を行ってくれた長老にジョウジは感謝の意を示し、その後で持ってきた商品と『ギルガム』にしかない商品とを交換して宇宙船に戻ったのであった。

 残りの二つの惑星はボクサーが肩慣らしで自分より弱い相手をKOするかのようにあっさりと方がついたのである。
 最初の惑星での苦労を思えば泣けるほどだ。

 修也が二つの惑星のことを思い返していると、カエデが端末の中に中華風の衣装を着た人々の写真を挿入している姿を見た。

「カエデさん、それは惑星ボーガーでの写真ですか?」

 修也が懐かしそうな顔を浮かべながら問い掛けた。カエデは修也からの問い掛けに対して迷うことなく首を縦に動かした。

「えぇ、惑星ボーガーでの出来事はたった数日の出来事は思えないほど濃いものでしたから。社長や株主の方々に報告するためにも現地で撮った写真を使って説明しておこうと考えたんです」

 修也は口元に微笑みを浮かべながら惑星ボーガーでの出来事を思い返していった。

 猿の本拠地へと乗り込み、孫本初を葬り去ったことは今でも鮮明に覚えている。

 パワードスーツを身に纏った本初を葬り去ったことで残った猿たちはすっかりと戦意を喪失してしまったらしい。武器を捨てて逃げ去っていく姿が見えた。

「待て、猿どもめッ!」

 奉天は得物を握り締めて自分たちと敵対する猿たちを仕留めようとしたものの、ジョウジが肩を引いて奉天を止めたのであった。

「お待ちください。今猿たちを追跡しても意味がありません。それより残った董仲達を探す方が先ではありませんか?」

 ジョウジの問いかけに奉天は首肯した。

 それによって猿の追討は取り止めとなり、奉天はしらみつぶしとばかりに郊外に立っていた天幕を蹴って中を覗き込んでいくものの、天幕の中に残っているのは机や絨毯、兵法書など猿たちが撤退の際に忘れていったであろう物ばかりだった。奉天は猿たちの残り香のように天幕の中で放置された家具を見つけるたびに機嫌の悪い顔で地面を蹴り付けた。

 修也たちはところ構うことなく当たり散らそうとする奉天を宥めるかのように一歩いっぽ堅実に、愚痴を溢すこともなく陰謀の首謀者である董仲達を探していった。

 懸命に探してはみたものの、時間だけがいたずらに過ぎていき修也たちを焦らせた。
 このまま董仲達を発見できないのでは、と不安を覚えた時のことだ。空の上から翼をはためかす音が聞こえてきた。

 修也たちが耳を澄ませながら音のした方向を見上げると、そこには翼を広げたあの孤高の鷹、劉尊が姿を現した。

「劉尊!!」

 修也が声を上げると、劉尊は修也たちを先導するようかのように前へと飛び立っていったのである。修也たちが後を付けていくと、古ぼけた井戸を見つけた。
 石で作られていたものの、長年使われていなかったこともあってか、井戸の所々にヒビが入り、口には埃が溜まっていた。この時に修也たちは何も気が付かなかったのだが、劉尊は何かに気が付いたらしい。井戸の前に立ったかと思うといきなり鳴き声を上げたのであった。

 奉天が劉尊が鳴いた方向に注目してみると、他の部分と比較してもその部分だけは埃が取り除かれているということに気が付いたのである。取り除かれているということは使用した形跡があるということだ。

 奉天が試しに井戸の中を覗いてみると、井戸の底では隅の方で食糧庫に忍び込んだ鼠のように董仲達が全身を震わせていた姿が見えた。どうやら董仲達は本初を様子に向かわせた後で自分だけは密かに天幕を抜け出し、古井戸の中へ隠れて騒動が鎮まるのを待とうとしたらしい。

 事件が終わった後は大方、山を越えて他国に逃げる算段であったのだろう。
 奉天はそのことを悟ると、両頬を紅潮して全身を怒りで震わせていった。

 自身が引き起こした王家転覆にも繋がる陰謀の責任も取らずに悪戯がバレた子どものようにコソコソと逃げ出そうとしていた無責任な元丞相に対する怒りだった。

 拳を強く握り締め、歯をギリギリと鳴らした後で眉根を寄せると井戸の隅に隠れている董仲達に向かって叫ぶように投降を呼び掛けたのであった。

「董仲達! お前の仲間の猿どもは全て葬り去った! あとはお前だけだッ! お前もかつては丞相の位にあったというのであれば潔く出てきたらどうだ!?」

 董仲達は奉天の怒鳴り声を聞いて、これまでと判断したのだろう。隠し持っていた短剣を用いて自らの喉を貫いた。
 井戸の隅で力が抜けたことによって仲達の丸々と肥え太った体が地面の上へ倒れていく姿が全員の目に見えた。

 奉天は慌てて井戸の中へと飛び込んで董仲達の元へと駆け寄ったのだが、いくらその体を揺すっても董仲達から返事が返ってくることはなかった。

 奉天は悔しげな顔を浮かべながら自身と既に事切れた董仲達を運ぶように大声で指示を出した。
 董仲達の死体と共に奉天一行は宮殿へと戻っていったのだった。

 宮殿に至るまでの道では猿たちの襲撃を知った大衆たちが歓呼して出迎えていた。曲芸師などは楽しげな表情を浮かべて曲芸を披露していたし、露天商などは商品を楽しげな顔を浮かべて修也たちに見せていた。

 下手をすればそのまま贈与してきそうな勢いだ。それ以外にも民衆は大喜びで修也たちを出迎えたのである。
 修也たちは時代も状況も違うものの、喜ぶ民衆たちによって作られた花道を歩いていると、古代ローマで功績を上げて凱旋式を行ったローマの将軍たちの心境だった。

 民衆がそんなものであったから皇帝の喜びはそれ以上だった。大喜びで修也たちを出迎え、陰謀解決へと貢献したことや奉天と共に猿たちを退けたことによる褒美の品を与えたのである。

「あの褒美の品ですが、地球に持ち帰れば高く売れそうですよね」

 修也は嬉しそうな顔を浮かべながら言った。下心が丸見えの顔であることは自覚していたが、精巧性の高い銅馬やら金で作られた小さな獅子の置物などはマニアからすれば眉唾物だろう。

「えぇ、その後の交易も無事に終わりましたし、このまま順調にいけばーー」

 その時だ。スコーピオン号に大きな衝撃が起こった。危機を告げる警告音が全体から聞こえてきた。

「な、何が起きたんですか!?」

「どうやら宇宙の中にあるワームホールの中へと吸い込まれたようです!!」

「わ、ワームホール!?」

「詳しい説明は後です! すぐに手動操作に切り替えてこのワームホールから脱出をーー」

「もう無理よ!完全に飲み込まれてしまったから!」

 カエデが悲鳴を上げる。その言葉通りに段々と宇宙船が後方へと引っ張られていく衝撃を感じた。

 修也はどうしようもない強い力で後ろへと引っ張られていった時のことを思い出した。人間ならばまだどうとでもなるだろうが、宇宙の力であってはどうしようもない。修也に残された道はもう祈ることだけであった。
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