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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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「カエデさん、どうしてあなたはそこに?」

 ジョウジの疑問はもっともだった。これまで姿を見せなかったはずのカエデが姿を見せたのだから当然の反応であるといえた。
 カエデはビームポインターを構えながらどこか淡々とした口調で説明していった。

「私があの男を攻撃できた理由ですか? それならば簡単です。麗俐さんと悠介さんを囮にしたんですよ。その上、彼らは私のことを知りませんよね。ですからお二方が突撃したのが全てだと思うはずです。お二方も含めて騙すつもりでいたんですよ。人間が持つ心理というものを巧みに利用して私は扉の裏に隠れ、ビームポインターを発射してみなさんがピンチになったところを助けたというわけなんです」

 カエデの言葉は理にかなっていた。戦闘においては実に合理的な考え方だ。いわゆる戦略の見通しを立て、最悪の事態を想定して動いたといってもいい。
 カエデに対して文句を言えるはずがなかった。カエデのおかげで助かったのは事実である。

 しかしその一方でその喋り方や人ましてや仲間を利用するようなやり口に人間味を感じないと思ったのもまた事実である。ジョウジが複雑な顔を浮かべていた時のことだ。

「貴様……よくも文單をッ!」

 激怒した顔淵が起き上がり、それまで腰に収めていたはずの剣を抜いてカエデの方へと襲い掛かっていこうとした。

 だが、剣をカエデに突き刺すよりも前にビームソードを持った修也が立ち塞がって顔淵による特攻攻撃をものの見事に塞いだのであった。顔淵の剣をビームソードを盾の代わりにして塞ぎ、それから剣とビームソードの刃を重ね合わせ、しばらく斬り合いを続けた後に剣ごと弾き返したのだった。

 剣を叩き落とされ、武器を失ったことによる焦りを見せた顔淵の前に修也はビームソードの先端を突き付けながら警告の言葉を口にした。

「これ以上はやめたまえ。本当に死ぬぞ」

 無論、この星の人間に日本語が理解できるはずがない。しかしビームソードが突き付けられたことで自身が不利な状況に置かれたことは肌で感じたらしい。

 顔淵はこの事態を打開するための最良の方法を考えていたが、肝心の頭の中は真っ白になってしまい、策というものは何も浮かんでこないような状況だった。

 ここで運が良ければ辺り一面を純白に包まれた頭の中にある世界を行灯の光が照らし、その後で天帝からの素晴らしい授かりものが浮かんでくるはずだ。
 しかし今回は顔淵に対して天帝は味方しなかったらしい。

 顔淵が絶望の色で顔全体を染め上げていた時のことだ。ふと無意識のうち、意図せぬうちに修也の足を払おうと試みていた。

 両足が絡められるよりも前に修也はその場を離れていたので体が転ぶようなことはなかったが、それでも絶対的に有利な状況が変わってしまったのだった。

 顔淵はこれを好機と捉えた。今度は感情に任せて剣による攻撃を仕掛けるのではなく、己が宿している魔法(実態は超能力の類である)を用いて修也に対して反撃を試みようとしたのだった。

 顔淵は掌の上に炎を飛ばし、修也を焼き殺そうとしたものの、修也はその攻撃をあっさりと交わしていった。
 それを見た顔淵はチェーン店で売っている小さなドーナツ並みの炎を何度も飛ばしていったが、修也が炎を喰らうようなことはなかった。

 炎を紙一重のところで交わし、寸前のところで避けていく姿は戦記物の物語に登場する豪勇のように思えた。もう直ぐ迫り来る修也を前にして顔淵はなす術もなかった。結果として彼はもう一度強力な拳を喰らう羽目になってしまったのだった。

「先ほどの様子から察するに彼の使える超能力は炎だけのようですね。戦いの中で別の超能力を隠していないかと危惧しておりましたが、もう一人の方と比べて一種類しか扱えないようです」

 脇で戦いを見ていたジョウジが両肩で息をしている修也の元へと向かって、その肩を優しく摩りながら言った。

「ありがとうございます。そうですね。彼の使える超能力が一種類でなければ私はもう少し苦戦していたかもしれませんね」

「もしくはこの場に倒れていたのは大津さんだった……かもしれませんね」

 ジョウジの言葉は迫真だった。修也はパワードスーツのヘルメット越しではあったものの、ジョウジがいかにこの戦いを危惧していたのかを察し、改めて今回対峙した男たちの力の強さに驚かされざるを得なかった。超能力というこれまで目の当たりにすることがなかった存在は脅威的であったといえた。

 何種類もの超能力を自由自在に扱いあれだけ苦戦していたもう一人の男がカエデの襲撃であっさりと倒されたのは幸運であったといってもいい。

 修也が思わずゾッとして身を震わせていた時のことだ。騒ぎを聞き付けたのか、今頃になってガチャガチャと金属の音を鳴らしながら宮殿を警備する兵士たちが部屋の中へと駆け込んで来た。

「お客人方!!! ご無事ですか!?」

 安否の声を叫びながら部屋の中に飛び込んで来た兵士たちが目撃したのは予想だにしない光景であった。
 というのも綺麗に整えられた部屋はあちこちが荒らされていたからだ。寝台は倒され、机はひっくり返され、椅子に至っては足の一脚が壊されていた。

 箪笥なども倒されて中に入っていた衣服が地面の上に散乱している姿が見られた。強盗が入ったのかと錯覚するほどの荒れた光景であったが、何よりも驚いたのはその真ん中に紅晶公主が震えて座っていたことだ。

 刺客に襲われたことと、それまで張り詰めていた緊張の糸が戦線が終結したことによってぷつりと切れたことで一気に恐怖が押し寄せたらしい。

 紅晶は現在、麗俐とカエデの両名によって慰めと優しさの両方が与えられていたのであった。いわゆるアフターフォローも完璧に行われていたといってもいい。
 紅晶は麗俐とカエデの両名が付き添いながら兵士たちによって別の部屋へと運ばれていくのが見えた。

 これにて一件落着というところだろうか。修也は紅晶が去っていく場面を見て、自分の任務はようやく終わりを告げたと悟って地面の上にゆっくりと尻餅をついていった。

「これでようやく彼女も恐怖から解放されましたね」

「いいえ、まだ事件そのものは解決していないのではないと思いますよ」

「どういうことです?」

「まだ彼らを操っていた黒幕の正体が分かっていないんですよ。その黒幕が捕まらないことには殿下も安心して過ごすことはできないでしょう」

 ジョウジの言葉を聞いて修也は目から鱗が落ちる思いだった。確かにいくら敵を退けたといっても肝心の黒幕が現れないのであれば事件は永久に闇の中となってしまった。

「ともかく、我々としてはこれ以上感知することではないので、部屋を替えて休ませてもらいましょうか」

「おいおい、それは冷たいんじゃあないのか?」

 と、ジョウジに意見したのは悠介であった。修也と違って高校生という若さもあり、悠介は少し棘を含んだ口調でジョウジの冷たさを批判したのだった。

「日本には乗り掛かった船という諺があるぜ。理由はどうであれ一回はお姫様を助けたんだろ? この陰謀が片付くまではここにいるべきだと思うな。オレは」

 このとき悠介は真っ直ぐ射抜くような瞳をしていた。それはまさしく不正義を糾弾する弁護士のような目であった。

 だが、いくら不正義を追求されたとしてもジョウジの中で一番大きいのは会社の利益だった。そこを譲るわけにはいかない。

 利益が最優先とはいっても同情の念が湧かないわけでもない。むしろあんな幼い時分で刺客に狙われるという恐ろしい目に遭っていることに関しては気の毒に思わざるを得ない。

 しかし同情で時間を潰すわけにもいかない。わざわざ他の星で繰り広げられるお家騒動に介入して、いたずらに掻き回すような真似はよろしいことではないのだ。

 惑星カメーネの一件を追求されれば痛くなるが、それでも可能な限りは規則を守りたいというのが会社人としての考え方ではないだろうか。

 そうした理由もあってか、ジョウジはなかなか首を縦に振ろうとしなかった。
 修也と悠介は頭の固いアンドロイドめいたジョウジの対応に頭を悩ませるしかなかったのだが、翌日になって事態は急展開を迎えた。

「事件の黒幕は丞相、董仲達とうちゅうたつと饗応役を務められた孫本初の両名にございます。たまたま計画を聞いた私を殺そうとしていたのですよ!」

 公主からの報告を受けた皇帝は怒りに燃えた。直ちに逮捕令を出し、孫本初と董仲達の両名の地位を剥奪。その上夜の闇を通してどこかへ逃げた政治犯として懸賞金をかけるという徹底ぶりを見せたのだった。

 一方で暗殺未遂事件の主犯として牢屋に連れ込まれた顔淵には凄まじいまでの拷問が加えられた。
 超能力を使われないように両手を叩き潰した後で上半身をひん剥かれ、拷問を行ったのであった。

 苛烈ない拷問が続けられたが、顔淵は一切の情報を口に出さなかった。
 家臣としてその態度は見上げたものであるが、逃亡先や仲間の数を割り出せない皇帝はその怒りの矛先をぶつける先を失い、あろうことか宇宙からの施設に対してその怒りをぶつける羽目になったのだった。

「お主らの饗応役であった孫本初と元丞相董仲達の両名の探索をお主たちに命ずる! もしこの命が果たせなかった場合は皇帝として即座の帰還を命じるものとする!」

 皇帝からの言葉を聞いたジョウジは絶句する羽目になった。いずれにしろ、これによってジョウジたちはこの星の出来事に介入しなくてはならなくなったのだ。
 ジョウジは本来であればアンドロイドであり、頭痛など感じる機能は用意されていないはずだ。

 それでも感情が芽生えたこともあってか、ズキズキと頭が痛むような錯覚に陥った。感情が芽生えるよりも前は気のせいだと片付けられたのだが、芽生えてからはそのように片付けられなくなったのが面倒なところである。
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