メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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「ご心配には及びません。私の方で大津さんを追い掛けますので皆さんはどうかご心配なさらないように」

 ジョウジはそう言って仲間たちを落ち着かせると、そのまま連れ去られた修也を追って路地裏へと向かっていく。

 昨日の夜も皇帝が強引に紅晶の手を引っ張って部屋に戻していたが、そういった点も二人が親子だということを強調しているように思われた。

 修也は紅晶によって路地裏の壁に強引に背中をぶつけられた後で両肩を強く揺さぶられながら問い掛けられた。

「この子から話は聞いてるのよ! あなたはどうして劉尊を手な付けられることができたの!?私は一向にできないというのにッ!」

 紅晶に取っては真剣な問い掛けであったが、この星の言葉を知らない修也からすれば何を言っているのか分からずに困惑するばかりだった。ただ目の前にいる少女が強い口調で自分に対して必死になって呼び掛けているということだけは伝わってきている。

 どうしようもない状況に対して修也としては愛想笑いを浮かべて対応することしかできなかった。つまるところ愛想笑いで誤魔化そうとしていたといってもいい。

 だが、紅晶にとっては修也が自分を小馬鹿にしているという風に捉えたのだ。日本人にとって愛想笑いで誤魔化すということは美徳とされているが、欧米圏においては美徳ではなく、はっきりとしない態度だと見做されているように。

 紅晶は眉間に青筋を立てて、先ほどよりも強い力を込めて両肩を揺さぶっていく。

「はっきりと言いなさい! 言わないとお父様に言い付けるわよ!」

「こ、公主様、どうかもうその辺りで……」

 同行していた番人の少女はすっかりと冷静さを欠くことになった主人を諌めようとしたものの、彼女は聞く耳を持たなかった。

 紅晶はとうとう肩を揺さぶるだけでは済まなくなったらしい。胸元を掴み上げて恫喝するような態度を見せた。
 修也は1世紀前の凶悪な若者たちに恫喝される中年男性のような目に遭って、自身の身に異常事態が引き起こされているということを察したのだった。

 だが、彼女の言葉など分かるはずがない。言い訳などできるはずがなかった。
 修也が必死になって打開策を模索するため首を振り回していた時のことだ。

「待ってください!」

 と、この星の言葉で紅晶を呼び止める声が聞こえてきた。修也と紅晶が声のした方向を振り向くと、そこには必死な形相を浮かべたジョウジの姿が見えた。

「公主殿下でいらっしゃいますね? 私は昨日この者と同じく天より参ったジョウジという者です。この者は私の護衛にございまする。この星の中でもっとも繁栄した御国の優れた文化を吸収するため畏れ多くも皇帝陛下のお膝元たるこの帝都にて路上で売買を行なっておりました。そのことに関してご不興を買ったというわけでしたら心より謝罪させていただきます」

 ジョウジは深々と頭を下げながら言った。ジョウジの真摯な態度に紅晶も修也から手を離さざるを得なかったらしい。
 修也を壁に押し付けると、ジョウジを見つめると、彼女は鼻を鳴らしながら言った。

「あら、どうしてあなたは私が公主だと分かったの? まだ名乗ってもいないのに」

「そ、それは……」

 ジョウジは言葉に詰まった。まさか昨夜の出来事を目撃しており、そのことがきっかけで彼女が公主であることや鷹の劉尊との一件があったということを知ったなどとは言い出しにくかった。
 答えにくそうにしているジョウジの代わりに答えたのは鳥子屋の番人の少女だった。

「昨日この者たちと仲良くなり、その折りに私が教えてしまったのです。余計なことをしてしまい申し訳ありませんでした」

 紅晶は少女の言葉を聞いて、一応は納得の色をみせた。それでもまだ半信半疑という顔で修也を見つめていた。

 言葉の意味がわからぬ修也は先ほど紅晶が自身の愛想笑いに対して怒ったのを知らなかったようだ。

 そのためもう一度ヘラヘラとした笑いを浮かべている。見るに見かねたのか、修也の愛想笑いをジョウジが止めたことで修也はようやく原因を理解した。
 今度は視線を下に落としていき、目線を合わせないようにしていた。

 曖昧な態度や本質から目を逸らそうとするその姿は典型的な日本人の姿そのものといってもいい。
 大昔から続く日本人の悪癖を見せた修也に対してジョウジが呆れたように額を掌で覆っていた時のことだ。

 正面の通路から絹を裂くような叫びが聞こえてきた。修也たちが慌てて正面の通路へと躍り出ると、そこにはどこからか侵入した例の猿たちの姿が見えた。
 甲片を革紐で綴り合わせた鎧兜を着用し、手元には青龍刀や槍、矛などで武装した猿たちの姿が見えた。

 猿たちは姿を見せるのと同時に人々へ襲い掛かり、商店を荒らし回る……ようなことはしなかった。
 猿たちのリーダー格だと思われる兜の上に羽根飾りをつけ、顎の下に白い髭を垂らした猿が剣を掲げながら叫んでいく。

「我々の仲間を殺した男を引き渡してもらいたい! 下手人を引き渡しさえすれば我々は帝国との休戦協定に準じてここから出ていこうではないか!」

 リーダー格の猿が喋った言葉は明確にこの国の言葉だった。ジョウジは人語を喋ることができる猿の存在に改めて注目することになった。
 彼ら彼女らはどういった理由から流暢に人間の言葉を喋ることができるようになったのだろうか。

 彼らの喋り方に訛りというものは感じられない。猿の毛や顔形さえ人間と類似していれば彼らは人間として認められるに違いない。

 少なくとも地球では彼らは人間として認められるに違いなかった。絶対に駄目なことではあるが、彼らの一人をサンプルとして地球に持ち帰ったらどうなるだろう。どこか不謹慎なことを考えながらジョウジが猿たちを見つめていた時のことだ。

 公主が脇目も振らずに猿たちの元へと走っていったのだった。ジョウジが猿の前に着くのと同時に大きな声で叫んだ。

「何があったのかは知りませんが、ここでは人目につきすぎます。今より内裏の方へとおいでくださいますようにしていただければ幸いでございます」

「貴君は?」

 リーダー格の男が深く濃い眉を上げながら問い掛ける。

「申し遅れました。私は紅晶。この国の公主にございます」

「そうでしたか、それは失礼致しました」

 そう言うと、リーダー格の男は紅晶の前で膝を突いていく。それから深々と頭を下げて言った。

「不詳ながら、この私を宮殿までご案内していただければ幸いでございます」

 紅晶は自身の前で臣下の礼をとるリーダー格の男をじっと見下ろした後で、背を向けていった。それからゆっくりと宮殿へと向かって歩き出していった。
 紅晶が鳥小屋の番人をしている少女と共に猿の軍団を引き連れて歩いていく様子を見ていた修也が隣にいたジョウジに向かって心配そうに声を掛けた。

「ジョウジさん、その」

「駄目ですよ。我々には関係がないことなんですから」

 ジョウジはキッパリと言い放った。修也はまだ何か言いたげな様子であったが、ジョウジの言葉そのものは間違っていない。その通りなのだ。

 闇雲に貿易先の星で起こった出来事に口を出すべきことではないはずだ。
 だが、修也はそれでも少女を助けたかった。気が付けば無意識のうちに走り出し、紅晶を追い掛けていった。

「あっ、大津さん!」

 ジョウジは無闇に首を突っ込む修也に対して苛立った様子を見せた。なぜここまで修也は関係のない王女に入れ込むのかが理解できなかった。地団駄を踏み、悔しげに下唇を噛んだものの放っておくわけにもいかない。なにせ修也はこの星の言葉を喋ることができないのだ。

 やむを得ずにジョウジは修也を追い掛けていき、猿の軍団の先頭に合流していた修也の隣に立った。

 この時に不思議であったのは紅晶が何も言わなかったことだ。激しい気性であったというのに口を挟まなかったのは彼女の中でも不安があったからだろうか。

 紅晶の事情について考えながら彼女と共に行進を続けていると、カエデや修也の子どもたちの姿が見えた。その際にこちらを不安そうな目で見つめていることに気が付いた。
 修也はカエデや子どもたちの存在に気が付くと、一度列を離れて子どもたちの方へと向かっていく。

「すまない。私は一度宮殿の方へと戻ることになる。紅晶殿下が心配なものでな。身勝手かもしれないが、どうしても放っておけないんだ。すまない」

 修也は簡潔に理由を述べた後で猿の軍団へ合流していく。その姿を追いかけていったので子どもたちは父親を引き止める暇もなかった。
 修也はカプセルを握り締めながら宮殿へと戻っていくが、案の定というか、やはり門番に止められてしまった。

 紅晶と門番とのやり取りが続いていたものの、その騒ぎを聞き付けた皇帝が奉天将軍を引き連れて現れたのだった。
 皇帝は猿の軍団をジロリと見据えた後で修也を睨み付けながら問い掛けた。

「この猿どもはお前の手先か?」

 鋭く突き刺さる視線を前にして修也は両肩を強張らせてしまった。言葉の意味は分からなかったが、皇帝が自分を脅し付けているということだけは理解できたので素直に萎縮して見せるより他になかったのだった。

 言葉が通じず口籠もるしかない修也の代わりに答えたのはジョウジだった。

「いいえ、そのようなことはございません。私どもはこの国の優れた品を持ち帰るためお膝元で商品の交換を行なっておりました。その最中に猿どもが現れ、お忍びで現れた殿下が名乗りを上げられたのです。殿下のことを心配された大津さんが同行し、門の前まで付いてこられたのです」

「確かであろうな?」

 双眸の瞳に青白い光が帯びていた。そこには確かな皇帝の威厳というものが備わっているように思われた。
 だが、皇帝が恐ろしい気迫を漂わせていても、それに対して怯む様子は見せずにジョウジは言ってのけた。

「はい、間違いございません」
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