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職人の惑星『ヒッポタス』

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「そうか……自身の体の周りに纏っている電磁波を飛ばして大津さんに浴びせたんですね……クソッ、想定外だった」

 ジョウジは忌々しそうに下唇を噛み締めながら言った。その姿はますます人間のようであり、かねてよりジョウジを気に入っていった男を更に喜ばせることになった。

 だが、今の男にはジョウジに目を向ける予定などない。一度興味深そうにビームポインターを自身に向けるジョウジを見つめただけだ。その後で男はせめてもの慰めの言葉をかけた。

「その通りだ。アテが外れて残念だったな」

「あなたには何も言われたくはありませんよ」

 ジョウジの両目はギラギラと光っていた。敵意に満ちた目であったが、男は気にする素振りを見せなかった。

 それどころか、

「そして悪いが、こいつはオレの手で預からせてもらうぞ」

 と、断りの文を入れた後で男は唖然としているジョウジを横目に地面の上に落ちていたスイッチをゆっくりと回収した後で地面の上に倒れそうになっていた修也の腕を引っ張り上げ、引き摺っていく。

「は、離せ!」

 修也は声を荒げた。これ以上ないまでに声を搾り上げたつもりだった。

 だが、男は意に返す様子は見せなかった。暴れようとも考えたが、今の満身創痍とも言える状態でどこまで戦えるのかは未知数。修也にも分からなかった。
 そのため大人しく引き摺られるより他に選択肢がなかった。

 全てを諦め切った修也はそのまま男が乗る宇宙船の中にでも拉致されるのかと思われたが、意外なことに運び込まれた先は少し前まで修也たちが取り引きを行なっていた町だった。

 男はフレシュット・ピストルを手にしたまま町長の屋敷へと押し込み、修也を客室の中へと荷物を放り投げるかのように投げ込んだ。

 パワードスーツを身に纏っていたので修也にとっては痛くも痒くもなかったのだが、それでも屈辱的な行動であることには変わらない。修也はヘルメット越しに男を睨んだ。

「そろそろ、その原始的なパワードスーツを脱いだらどうだ? なぁに、ここは以前あんたが泊まっていた部屋だ。遠慮することはないさ」

「誰が……」

 修也は悔しさからかヘルメットの下で両目を広げて親の仇でも睨むかのように男を強く睨み付けた。

「まぁ、おれも嫌われたものだな」

 男は苦笑しながら言った。

「あんた、まさかあんなことをしていて好かれるとでも思ったのか?」

 修也は小馬鹿にするように大袈裟に両肩をすくめてみせた。

 だが、男は修也が挑発する姿を見せても何も言わなかった。ただ無言でフレシュット・ピストルを構えながら近くにあった肘掛け付きの椅子を引き寄せて乱暴な手付きで腰を下ろすだけだった。

「悪いが、あの魔人ならもう動かさせないぞ。今ここで私があんたを倒して、スイッチを奪ってやるからな」

 修也は少女の一件や男が訳のわからない理屈のため魔人を操り、ヒッポタスの人々を殺していた一件があったことを思い出しからかいつもより口が悪くなっていることに気が付いた。

 人間がたまに心の内で生じる『怒り』というのは恐ろしいものだ。一度爆発すれば自身も周りにも大きな被害が生じていく。被害の差はあれども爆弾と同じだ。

 修也がこんな状況で上手い比喩を見つけ出したことに対して苦笑していると、男がスイッチを見せて言った。

「そのスイッチならここにある。だが、今のお前では奪い取れまい。お前には何もできないぞ」

 修也は男の言葉に己の中に生まれつつあった戦士としてのプライドが傷付けられたような気がした。

 それはようやく卵から雛に生まれ変わったような小さなプライドだったが、それでも傷付けられて黙っているわけにはいかなかった。

 いや、それ以上にこれ以上男の気まぐれで罪のない人々が蹂躙されていくのが許せなかったのだ。
 修也は必死に体を起こそうとしたが、今の体は吊り上げられた直後に船の上を跳ねる魚のようにバタバタと動くだけだった。

「どうしてだッ!」

 修也が再び声を荒げた。先ほどよりも声が掠れていたが、気にすることはなかった。
 しかしそれを聞いた男は嘲笑することもなく淡々と言った。

「疲れだな。今のあんたにはこれ以上ないほどの疲れが蓄積している」

 どうやら今の修也には戦いの際に応じた疲れが自身が思っていたよりも溜まっていそうだ。疲労と痛みが見えない縄となり、修也を縛っていると表現してもいいだろう。

 とにかく今の修也が動けないことは事実だ。当然ながらスイッチを奪い取れるはずもない。

 修也は悔し紛れに小さく拳を震わせていった。拳を罪のない地面の上に叩き付けたかったが、今の疲労感ではそれも難しいだろう。

 修也が苦笑していると、男がフレシュット・ピストルの銃口を倒れている自身に向けながら言った。

「ところで、あんたはこの町を……いいや、一部のことを除き全てのことが平等で全てが上手くいっているこの世界についてどう思う?」

「素晴らしいよ、宇宙の上にできた理想郷シャングリラといっても過言ではないね」

 修也は鼻を鳴らしながら言った。そのことから男は修也の言葉を皮肉だと受け取ったらしい。相変わらず眉一つ動かさずに問い掛けた。

「なぜ、そう否定から入ろうとする? お前たち地球人が成し遂げることができなかった理想郷ユートピアをこの星の人たちが築き上げたからか?」

「……違う。この星の理想は天敵と外部との交流がないことで築き上げられたまやかしのものに過ぎない。人間が文明を発展させる以上は絶対に他者と交わる必要がある。お前たちはそれを意図的に妨げているだけだ」

「かもしれんな。だが、それの何が悪い? 元来野蛮な星の人間は共通の敵がいなければ団結しないものだ。それを我々があの鎧を築き上げてそれを成し遂げたんだ。……それでも危険を冒して交流しようとする危険人物は現れた。無論すぐに殺したし、交流を行った村は村ごと全滅させた」

「貴様らはそれでも人間か!? ……いや、失礼。人間ですらなかったな……あんたは正体も名前も分からないどこかの進んだ星の異星人なんだから」

 修也はわざと『様』という単語を強調して男を皮肉ったのだ。神の如き傲慢な振る舞いを見せる謎の宇宙人に対して修也ができる精一杯の抵抗であったといってもいいだろう。

 ここで並の相手ならば怒鳴って地面の上をアザラシのようにバタバタと動かしている修也を蹴り付けるなり、その頭をフレシュット・ピストルのグリップの部分で殴り付けるくらいのことはしたに違いない。そうしなかったのは男がそんな小さなことを気にするような器の小さな人物ではなかったからだ。

 男は残念そうに修也を見つめた後で声のトーンを落として言った。

「……地球人というのは宇宙でも滅多に見ることができないような美しいものを作ることができるが、一度刃を握らせれば残忍極まりない。我々はヒッポタス星人を地球人のようにしたくないだけだ。なぜ分かってくれない?」

「それで鎧に泣かされる人がいていいのか? それで青銅の魔人が町を壊滅させてもいいのか?」

 修也は男を日本刀のように鋭く尖った目付きで見つめながら問い掛けた。

「……一度壊れた社会秩序を保つためにはその壊れた源を壊さねばならんのだ」

 男はそのことを正常な林檎の中に腐った林檎が落ちると、一気に籠の中にある林檎が全て腐っていくという現象に例えた。

 要するに腐った林檎を拾って捨てただけに過ぎないというだけのことに過ぎないと力説していたのだ。

 だが、修也には微塵も理解できない理論だった。平和秩序永遠のためだけに人が死んでいいはずがないし、そのために一方的な虐殺が許されていいはずもないのだ。道徳的にいえば男の行動は許されないことなのだから……。

 修也はそれらのことを迷うことなく男へとぶつけた。すると男もそれに対して反論を口に出す。こうして議論が続けられていったが、いくら話し合っても平行線のまま。決して混じり合うことがない討論が一室の中で繰り広げられていった。

 修也が謎の宇宙人との議論で饒舌に口を走らせている一方で宇宙船では修也誘拐の報告がジョウジの口から伝えられていった。

「申し訳ありません。スイッチも奪えず、大津さんが誘拐されてしまったのは私に責任の一端があります」

 ジョウジは両膝を突いて深く頭を垂れた。その姿は古の謝罪スタイルであったが、いささかオーバーにも囚われかねない姿に見えた。

 しかし誠意は伝わったので、二人の子どもが不愉快になることはなかった。
 麗俐に至っては慌てた様子で、

「そんな頭を上げてください。ジョウジさんの責任ではありませんよ」

 と、慌てて宥めたのだった。
 落ち着いた様子を見せる麗俐とは対照的に悠介は絶望感でいっぱいになっていたらしい。

 すっかりと打ちのめされた様子だった。壁の上にもたれかかりながら重い溜息を吐いた後で言った。

「そ、そんな……お父さんが誘拐されたなんて……」

「諦めるのはまだ早いよ! 私たちの手でお父さんを取り返しにいけばいいじゃん!」

 麗俐は拳を握り締めながら弟に向かって訴え掛けた。しかし肝心の弟はといえばすっかりと打ちのめされた様子だった。

 絶望に打ちひしがれ、顔を青く染めている様子から察するに父親のことを諦めてしまっているに違いない。
 麗俐は怒りを感じたが、拳を震わせて情けない弟を激励した。

「ねぇ、バスケットボールの試合って諦めたらそこで終わりなんでしょ? 悠介はバスケの優秀な選手だよね?」

 麗俐の口調は辛辣であったが的を射たものだ。悠介は立ち上がり、姉と共に父親を助けに行く決意を固めた。

「よし、それでこそ我が弟だ」

 麗俐は口元に微笑を携えながら肩を強く叩いた。その時だ。二人の脳裏に見知らぬ男の声が聞こえてきた。

 どうやら噂に聞くテレパシーとやらだ。二人は意識を声のした方へと集中させていった。
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