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水の惑星『カメーネ』

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「何? 天よりの使者が現れただと?」

「はい、陛下。シーレ殿下が案内を買って出たらしく、現在は使者の方々を宮殿へ案内しております」

 クレスタリア王国の最重要機関ともいえる巨大な宮殿の謁見室。石造りの簡素な玉座の上に座った顎の下に長く白い髭を垂らした老人が慇懃な顔を浮かべながら部下の報告に耳を貸していた。

「奴らは何かを持ってきたのか? 例えばラオス王の奴らが破壊の筒のようなものを」

「それは不明です。ですが、陛下……これは絶好の機会です。我々もラオス王もといコルテカに対して天よりの力を背後につける時がきましたぞ」

 部下の言葉を聞き、国王は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「よろしい。今宵は盛大な宴を開くぞ! 見ておれ、ラオス……天よりの力を手に入れたのがお主だけだとは思うなよ」

 国王はギリッと歯を鳴らしながらラオスと呼ばれる男のいる海の方向を睨んだ。
 自身の国と敵対関係にあるコルテカ王国が突然力を手に入れたのはわずか一週間前のことである。コルテカ王国は突然海路を塞ぎ、破壊の筒と呼ばれる武器でクレスタリア王国の海軍を襲ったのだった。

 クレスタリア王国の海軍は破壊の筒と呼ばれる武器の前に大敗を喫してしまったのだ。このままではクレスタリア王国の大国としての威信そのものが揺らぎかねない。そんな中でコルテカとは無関係の天からの使者たちが現れたのはまさしく『渡りに船』としか言いようのない奇跡であった。

 国王は歓喜の顔を浮かべながら娘が連れてくる使者を待ち構えていた。その時だ。

「父上! あの者から聞きましたぞ! 我が国に忌まわしき天よりの使者を迎え入れると仰られるのですか!?」

「その通りだ。息子よ」

 国王は顔色一つ変えることなく言った。

「納得がいきません! そもそも我が国には蛮勇で名を馳せる勇者たちが幾人もおるはずです!その者たちを差し置いてわざわざ天寄りの使者を迎え入れるなど……正気の沙汰とは思えませぬ!」

「黙れッ! 貴様にあの破壊筒の威力がわかるか!?」

 国王が思い出したのは破壊筒と呼ばれる武器のことだった。破壊筒は近付くこともせずに一瞬で相手を倒すことが可能なのだ。しかも弓を射るよりも速い速度だ。普通に戦って勝てるはずがなかった。

 幸いであったのは破壊筒を操るのが同じく人間であったことだ。それに加えてクレスタリア王国の戦士たちが弓矢や円盤投げで奮闘してくれたということも大きい。もし、あの奮闘がなければ今頃は海路を奪われていただけでは済まなかったかもしれない。

 いずれにしろ、蛮勇だけでは通らないような世の中が到来しようとしているのだ。彼の息子の発する言葉はあまりにも状況が読み取れていないものだった。

 父親である国王に叱責されてもなお、同様の主張を続けていることから本当に武勇だけでコルテカを倒せると思っているのだろう。
 国王は痛む頭を抑えながら玉座から腰を上げた。

「父上、どこにいかれるのです?」

「決まっておろう。使者殿の応対の準備じゃ」

「父上ッ!」

 息子は愚かな態度を見せる息子を見て弱った様子を見せる国王の態度を読み取ることもせずにひたすら呼び止めようとしていた。父親はそれを無視して使者の応対準備へと向かっていった。



















 シーレたちの乗る馬車に案内され、修也たちはクレスタリア王国の王都へと辿り着いた。
 思えば、あの後に王宮からシーレを追いかけて来た家臣が現れたのは本当に運が良かった。その使者に自分たちのことを伝えてもらい、自分たちや地球からの荷物を乗せてもらえるだけの大きさを持った馬車を用意してもらえたのだ。

 御者役も恩返しだとシーレ自らが勝って出てくれたのでそこに心配はない。

 惑星カメーネの中でも最大の島かつ最大の勢力とされる王国の王都だ。その繁栄ぶりに修也たちは思わず感銘してしまっていた。

 舗装された道路、整備された水道、そして往来を行き交う人々の姿。それは地球上からはほとんど消え去ってしまった古き良き時代の光景そのものであった。

 修也は何者かが地球の忘れらされた文明を遠い宇宙の地球よりも少しだけ水が多い惑星の上に再現しているような気がした。

 思えば行き交う人々も皆、古代ギリシャの人々が着ていたようなひらひらとした一枚の布だけを纏っていた。

 いわゆるドーリス式のキートンと呼ばれる仕様の服装である。その下に革のサンダルのみを履いて頭の上に水瓶を抱えたり、利き手に買い物籠と思われる袋を下げていた。

 修也たちがその光景に見惚れていた時だ。麗俐が歓喜の声を上げた。

「どうしたんだ?」

 修也が問い掛けると、麗俐は悦ばしいと言わんばかりに両頬を赤く染め上げながらすれ違った一人の男性を指差した。

 修也がその男性の方を向くと、上半身に衣類を纏っておらず、地球におけるボクサーやプロレスラーが持つような鍛え上げられ、引き絞られた見事なまでの黄金比が惜しげもなく街ゆく人に向けて披露していたのだ。

 美しい筋肉のバランスに惹かれたのは麗俐だけではなかったらしい。感情を得たとはいえ、普段は人間らしさなどを感じることもしないカエデも美しいプロモーションを持つ男に夢中になっていた。

 性質が悪いのはそうした男たちが次から次へと現れることだ。後でジョウジを介してシーレに聞いたところ惑星カメーネでは古代ギリシャに倣い成人した男性に至っては全員が上半身を露わにしなければならないというルールがあるらしい。

 美しい筋肉は成人した男性の象徴だということもあり、先ほどからすれ違う成人した男性たちの上半身からは弛んだ腹部は確認できない。見えるのは鎧のように硬い筋肉だけだ。

「すげ~な。あんな筋肉があったらオレももっとバスケの試合で活躍できるんだろうなぁ」

 メトロポリス社に移籍する前まではバスケに命を賭けていた悠介ならではの意見だった。

「確かにねぇ、あれだけ立派な筋肉があるんだったらあの有名なナントカって高校にも負けなさそうだもんね」

 と、横に座っていた麗俐が茶々を入れた。

「ナントカじゃねーよ。八王子だよ。八王子学園」

 悠介はムスッとした態度で100年以上前からバスケの強豪校として名を馳せる高校の名前を挙げた。

 一年前、悠介は前に通っていた高校のバスケ部員として八王子学園との練習試合に参加したことがある。

 だが、強豪校ということだけはあって悠介たちの高校が大敗した。分かっていたことではあったものの、元カノである紗希の失望した顔が見えたことを覚えている。

「クソッ、お姉ちゃんのせいで思い出したくもないことを思い出しちまったよ」

「そりゃあ悪かったね」

 麗俐は弟がバスケ部を辞めた理由を理解しているからか、バツが悪そうな顔を浮かべた後でもう一度外に目をやった。
 悠介が舌を打ちながらもう一度馬車の景色を眺めようとしたものの、どうしても紗希の顔が頭に浮かび、素直に楽しめなくなってしまった。

 結局悠介はモヤモヤとした思いを抱えながら宮殿へと辿り着いた。
 宮殿は石膏や社長が熱望していたという白亜の石を用いた巨大な建物だった。

 ミノア文明の時代に建てられたというクノッソス宮殿を思わせるような立派な建物が人工的な山の上に載っていた。

 そこに続くまでには長い道が続いている。シーレ曰く「王の道」と呼ばれる道だそうだ。更にその先には石造りの階段が続いている。これらの無駄な道や階段が王の権威を象徴しているのだそうだ。
 修也は絶対王政の姿を垣間見たような気がした。

 シーレの操る馬車は「王の道」の前で停まり、そこから宮殿までの道を歩いてゆくことになった。

 修也たちが「王の道」を歩いていき、階段を登り、宮殿の前に辿り着いた時だ。
 歓待を祝うラッパの音が聞こえてきた。かと思えば、宮殿から華美な絵画が記された鎧を着用した老人が姿を現した。
 老人が現れるのと同時にラッパが鳴り止んだ。

「ようこそ、天よりの使者殿よ。わしの名はアリソス。クレスタリア王国の三代国王である」

 それを聞いた修也たちは慌てて膝を突いていった。
 その中の代表として答えたのは儀礼に精通しているジョウジであった。

「国王陛下、我らは地球という惑星より交易のためにやって参りました者です。国王陛下の心よりの歓迎、我々には何者にも変え難い貴重なものです。今後も貴国と我が星とが友好的な関係のままであることを祈ります」

 それを聞いたアリソスは満足気に笑ってみせた。

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。それよりもどうだ? 城の中央会場に宴の準備ができておる」

「あ、ありがとうございます! 陛下の心遣い……なんと感謝したらよろしいのでしょうか!?」

「いやいや、使者殿。堅苦しいことは抜きにしよう。まずは長旅の疲れを癒すがよいぞ」

 アリソスはいかにも好好爺と言わんばかりの笑みを浮かべて言った。
 その顔からは下心が一切ないように思えた。
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