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岩の惑星ラックスフェルン

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「そうでしたか、あそこには居づらくなってしまったんですね」

 修也は罪悪感からか視線を落としていった。

「えぇ、それ以上の取り引きは難しいと判断しましたから」

「……そうでしたか」

 修也は申し訳なさそうに視線を下げた。

「えぇ、あなたが我々を守りきれなかったせいでね。本当にもったいない。あなたが倒れなければあの村のようにもう少し交渉がスムーズに進んだでしょうに」

 ジョウジの言葉だけを見れば嫌味に捉えられるだろうが、実際のところはというとジョウジは嫌味など述べては居なかった。

 事実をありのままに告げただけである。修也自身もそのことを理解していたから反論をすることもなくただ黙っていたのだった。

 ヘリの中に生じた気まずい空気に追いやられ、当惑していた修也に対して話題を変えることで助け舟を出したのはカエデだった。

「しかし問題はあのアメーバです。カエデの解析によれば知性と学習能力を持つ非常に優秀な宇宙生物だということになります。このまま学習し続けていけばゆくゆくは私たちを狙うのではないでしょうか?」

「ではどうしましょう?」

「一刻も早くこの星から逃げ出すのが今の我々に取れる最適な選択だと思われます」

「しかしまだ宇宙船の中に在庫はあります。それにまだ甲羅も肉もまだ量が足りません」

 ジョウジの言葉もカエデの言葉も尤もだ。人命を優先するのならばカエデの言葉に従うべきだろう。会社の利益を優先するというのならばジョウジの言葉を優先した方がいいだろう。
 こうなった場合アンドロイドたちがどちらの選択肢を取るのかは明白だ。

「惑星から逃げ出すというのは時期尚早というべきでしょう。交易の方を優先させていただこうと思います」

 カエデも反論の言葉を口に挟まなかった。彼女も口には出さずともどちらを優先して行うのかは理解したらしい。
 投票では負けるのはいつも少数の方だ。民主主義というのは多い方が勝つシステムなのだ。

 修也は全てを諦めたように乾いた笑みを浮かべていた。宇宙船を停めた場所のすぐ側でヘリを降ろした。
 ヘリは無事にジョウジの手によって回収され、三人で宇宙船の中に入っていった。

 それは今後別の村との交易で使うことになっている商品を回収するためである。

 無事に宇宙船から商品を回収し、もう一度ヘリに乗り込もうとした時だ。周囲からパキパキッと小枝の折れる音が聞こえてきた。

 同時にズリズリと何か不気味なものが這いずってくるような音が聞こえてきた。

「あ、あれはなんでしょうか?」

 修也は恐怖で声を震わせながらジョウジに向かって問い掛けた。

「……大津さん、覚えていませんか?あの巨大なアメーバが最初にどうやって我々の元に来たのかを」

「最初に私が対峙したアメーバは這ってあの村にまで来たような気がします」

 初めてアメーバと戦闘を行った際の情景は今でも鮮明に思い出せる。あの時は近くの岩の上を這って住民たちの村を襲いにきたのだった。

 この近くにも人喰いアメーバがいたのかと修也は考えた。しかしか聞こえてくる音は異様なまでに多かった。

 ズリズリという音が四方から取り囲むように聞こえてきたのだ。

「い、異常だ……残念ですが、ラッセルフェルンでの貿易はこれで辞退させていただきましょう」

 さしもの冷徹アンドロイドであっても今の状況は異様だと分かるようだ。
 慌てて宇宙船へと戻ろうとした時だ。どこからかヒューンという何かを飛ばしたような音が聞こえてきた。

 かと思うと、ドシーンという子どもが遊びで地面の上に石を放り投げた時に生じるような音が聞こえてきた。

 落下したものが着した先は土である。それ故に辺りには茶色の砂塵が巻き上がっていった。

「な、なんだ!?」

 修也が声を上げるのと粘土のような小さな泥を全身に付けた人喰いアメーバがその牙を露わにし、三人を威嚇するのはほとんど同じタイミングだった。
 どうやら自らの意思で宙の上に飛び上がり、宇宙船の入り口の前に着地して修也たちの出口を塞いだのだと思われる。

 修也は咄嗟にジョウジを突き飛ばし、ビームソードを両手に構えると、扉の前に立ち塞がった固体を焼き尽くしたのだった。

 だが、それだけでは終わらなかった。周りからは続々と殺人アメーバの姿が見え始めた。

 包囲網を築き、修也たちが逃げられないようにしようとするその姿は人間の軍隊が辺りを取り囲む行動を彷彿とさせた。

 同時に修也はたかだかアメーバがそこまでの知性を持ち合わせていることに対して強い衝撃を受けた。

 今の彼はパワードスーツを着込みながらも全身から冷や汗を吹き流していた。
 許されるのならば全てを忘れて子どものように泣き喚きたかった。

 だが、泣いてもどうにもならぬ状況にあり、泣けば自身の品格を落とすだけであるということは彼自身が一番よく理解していた。

 恥を晒してはならない。そんな思いを胸に抱いていた修也は泣かなかった。むしろ獣のような雄叫びを上げて堂々とした態度で周りを取り囲むアメーバたちに挑んでいった。

 修也がここまでやる気を振り絞った以上は自分たちも協力しなくてはなるまい。
 二人はビームポインターを使用しての援護効果は最適であったというより他にない。

 というのも修也を襲おうとする他の固体の触手や本体を攻撃することによって修也を前方での戦いにのみ集中させることができたからだ。

 修也は次々と迫り来る敵をビームソードの熱で葬っていた。

 だが、『多勢に無勢』という言葉があるように三人はアメーバたちによる数の暴力に屈していた。

「ハァハァ、クソッ! どうすればいいんだ?」

 修也は追い詰められていた影響か、いつもよりも口が悪くなっていた。
 倒しても倒しても地面の下から湧き出てくるかのようにその姿を見せるので、対処法が見出せないのだ。

 修也は『四面楚歌』の状態で必死になって剣を振った項羽の気持ちが分かったような気がした。

 周りを漢の兵士に囲まれた項羽も今の自分と同じようにキリのない戦いに辟易していたに違いなかった。
 その時だ。修也は思わず近くにあった小石に踵をつまずかせてしまい、そのまま地面の上に大きく倒れてしまったのだ。

「うわッ! し、しまった!」

 だが、今更悔いても後の祭りである。アメーバたちはここぞとばかりに触手を伸ばしていった。

 それでも修也は触手に捕まることなく、伸びてきた触手をビームソードで必死になって振り払っていった。もう二度と触手に足を掴まれることも触手で振り払われることもないようにという決意が触手を払っていったのだ。

 修也が懸命に戦い続けた甲斐もあってか、アメーバの体から伸びてきた無数の触手に好き放題されることはなかった。
 修也は懸命にビームソードを払い、時にはレーザーガンと併用して迫り来るアメーバたちを倒していった。

 次第にアメーバたちも修也に恐れをなしたのか、触手の数が少なくなっていった。それを見て修也は兜の下で得意げな笑みを浮かべて問い掛ける。

「アメーバたちめ、まだやるつもりか?」

 当然アメーバにそんな言葉が通じるはずがない。それでも修也の放った気迫に押されて恐れをなしたらしい。
 無数に伸びていた触手は修也の前からみ確実に数を減らしていた。

 上手くいけばこの星から脱出できるかもしれない。修也がほくそ笑んだ時だ。
 突然どこからか足音が聞こえてきた。今度はアメーバたちが這う音ではなかった。

 それは明確に人間が歩く時に生じる音だった。
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