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岩の惑星ラックスフェルン

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 予想していたよりも早く、目の前から恐ろしい怪物が迫ってきていた。修也は慌てて腰に下げていたレーザーガンを取り出して怪物の頭を撃ち抜いた。熱線によって怪物の頭はものの見事に焼き尽くされたのだった。

 もし、ジョウジの忠告を聞かずに『メトロイドスーツ』を身に付けていなければ今頃あの食人植物の手によって丸呑みにされていたに違いない。
 修也はジョウジに感謝の言葉を述べていた。

「礼には及びません。あなたに死なれると私どもが迷惑を被るだけなので」

 あまりにもあけすけな言い方に少し向っ腹が立った。もう少しオブラートに包んで欲しいものだ。

 しかし今回は助けられた立場にある。余計なことは言わない方が吉というものだ。
 修也は黙って先を急いだ。森の中を歩いていると、その途中で小川が流れていることに気が付いた。

 地球で見る小川とは異なり、水は透き通るように綺麗だ。この星が文明の闇に毒されていない証拠であるともいえるだろう。

 修也は咄嗟に川辺へと近寄っていた。そしてその水を半ば衝動的に両手で掬い上げようとした時だ。

「お待ちなさい。その水が我々の口に合うかどうかは分かりませんよ。お飲みになりたいというのならば先に私のコンピュータで分析させてください」

 ジョウジは修也を背後に寄せ、小川の分析を始めていく。ジョウジのコンピュータは小川の中にある成分が地球人にとって有害ではないということを突き止めた。

「結構です。今後はこの水を汲んでも問題はありませんよ」

「は、はぁ」

 修也はどこか気落ちしたような顔で答えた。まるで両肩に重しが乗っているかのように下がっていた。
 あんな人の喜ぶところに水を差したようなことをされれば自然と飲む気も薄れてしまう。

 だが、ジョウジもカエデも修也の不快感などに構うことなく森の奥を進んでいった。しばらく太い木ばかりの景色が続いていたがやがてその光景も途切れ、代わりに岩ばかりが並べられた場所に辿り着いた。

 そこには動物の皮や骨で建てられた原始的な家々が立ち並んでいた。家の中からは体に動物の毛皮だけを巻き付けた人々が不安げにこちらを覗かせていた。
 家の中にいた人々は誰もが不安気にこちらを見つめていた。当然といえば当然。ラックスフェルンの住民たちからすれば自分たちは得体の知れない宇宙人なのだ。

 ジョウジが住民たちの警戒を解こうと『メトロイドスーツ』を切ろうとした時だ。

 前方から鋭い矢が飛んできた。咄嗟に身を逸らしたために万が一の事態は起こらなかったが、もしあの時に『メトロイドスーツ』を解いていれば、スーツを解除した一瞬の修也の眉間に矢が突き刺さっていたに違いない。

 その事実に怯えた修也は思わず腰を抜かしていた。

「あ、危なかった……もし、あと少し遅れていれば……」

「命はありませんでしたね」

 背後にいたカエデが事実をそのまま述べた。或いは人工頭脳を持つ冷たいアンドロイドなりの皮肉であるのかもしれない。

 ここで文句の一つでも言ってやりたい気持ちであるのだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

「我々は敵ではありません!! 地球のメトロポリス社から来た者なんですッ! 皆様方の生活を少しでもよくしようとーー」

 修也は日本語で住民に向かって訴え掛けていたが、当然ながら他所の惑星かつ文明に触れていない人々に修也の説得が伝わるわけがなかった。
 ここぞとばかりに背後の森から弓矢や石の槍で武装した住民たちの姿が見えた。

 武器を構えている姿からは明確な殺気が感じ取れた。来れば殺すという意志をハッキリと感じ取れたような気がした。

 以前ここにメトロポリス社の交易船が来たはずだというのにどうしてこうも殺気立っているのだろうか。
 もしかすれば前回と交渉のメンバーが異なることに対して警戒心を抱いているのだろうか。
 だが、仮にもその推測が正しかったとしてもなんの意味もないことなのだ。

 修也は対応に頭を悩ませていた。その時だ。ジョウジが原始人たちに向かって一礼を行なった。それから何か訳のわからない言葉を口にしたかと思うと、カエデに向かい合って言った。

「圧縮した商品をここに並べるんだ。彼ら彼女らにまずは我が社の商品を知ってもらうんだ」

 カエデはシェルダーバッグの中に商品と同様に圧縮していたと思われるピクニックシートを地面の上に敷き、その上に次々と圧縮した商品を元に戻して置いていった。

 この時ピクニックシートに群がる住民たちを見て修也は古き良き時代の縁日の映像を思い起こしていた。星の住民たちは縁日に夢中になっている客のように木のみで作られたアクセサリーや髪留めなどに夢中になった。

 中にはカエデから手渡された包装のない菓子パンを食べて感銘を受けている者の姿も見受けられた。
 一通り商品を楽しんだ原始人たちに対して神妙な顔を浮かべたジョウジは何やら訳のわからない言葉を言った。

 するとこれまで和かに商品を物色していた住民たちの顔色が変わった。そして家に戻ると、血相を変えた様子で黒色の綺麗な石を持って現れた。
 突然のことに理解が追い付かない修也は客対応をカエデに任せて離れたジョウジに向かって密かに耳打ちを行う。

「なぁ、さっきあの人たちになんて言ったんだ?」

「亀の甲羅と肉をあるだけ持ってこいと言ったんです。大津さんはご存知なかったのでしょうが、我が社が昨年この星から持ち帰った亀の甲羅と肉にプレミアが付きましてね」

「そういえば昨年伊達だて首相が村井社長から渡された亀の肉を食べたニュースがありましたね」

 修也は思い出したように言った。

「そうです。そこから日本中に亀肉が売れ、海外にまで輸出されるほどの人気となりました」

「では甲羅の方は?」

「装飾品としての価値です。これも日本のみならず世界各国で人気が出ましてね。どちらもリピーターが多発しているんですよ」

 そのためメトロポリス社はなんとしてでももう一度ラックスフェルンから亀の肉と甲羅とを仕入れる必要があるのだそうだ。
 国際法とやらに触れないための商品選びにフレッドセンは苦悩していたらしい。

 ようやく菓子パンやら再生紙を使った紙パックに入ったジュースやら、先述のような木でできた首飾りなどを手に入れたらしい。

 そういった話を聞く限りでは意外と社長業の方も大変であるらしい。

 修也は思わず溜息を吐いた。店先では販売役のカエデと通訳のジョウジ、そしてラックスフェルンの住民たちがスムーズに取引を進めていた。

 言語についてはジョウジが前回のデータを基にコンピュータの翻訳機能を用いて喋っているのだろう。言語に関する障害は心配しなくてもよさそうだ。

 このまま順調にいけば取り引きはつづがなく終了するだろう。

 地球からの移民ばかりで同等の知恵を持つ者ばかりが住んでいた植民惑星ポーラと比較すればなんとスムーズに交渉が進んでいるのだろう。

 修也は感心した目でカエデと住民たちとの取り引き現場を見つめていた。

 ただその様子を敢えて例えるとするのならば何も知らない無垢な原住民から宝石を巻き上げようとする文明国の人種なる人々の朝ましげな姿を思い起こしてしまった。

 公正な取引とはいえどこか寝覚めが悪いというのが修也にとっての感想だった。
 パワードスーツを着込んだ修也がそんなことを考えていた時のことだ。
 住民たちから悲鳴が聞こえてきた。

「な、何が起きた!?」

 修也の問い掛けに対して代わりに答えたのはジョウジだった。

「この星の住民たちにとっての悪魔が現れたみたいですよ」

「悪魔?」

「あれです」

 修也はジョウジが指を差した方向を見つめていった。細くて綺麗な白い彫刻のように綺麗な人差し指の先には巨大なアメーバの姿が見えた。

 それもただの大きなアメーバではない。岩の上を這って歩く姿の中には最初に遭遇した食人植物のような鋭い犬歯が見えた。

 ノソノソと歩いていくアメーバを見た修也は住民たちを守るためアメーバの前に立ち塞がったのだった。
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